報告 連絡 相談
店内に入ると、フロアを見渡す。カウンター席の端に待ち人を見つけ、表情が緩むのが自分でも分かった。フロアを横切る間、やたらと視線を感じるが、構っていられない。待ち人の肩に手を置くと、振り返った顔がパッと綻ぶのが嬉しい。
「ヴィル!」
「待った?ステフ」
ステフはエールを飲みながら待っていたようだ。店員にシードルを注文して、ステフの隣に腰掛ける。報告もあるし、聞きたい話も沢山あるが、やっと会えた喜びで言葉が出て来ない。お互いに視線だけ交わして、グラスを傾ける。
グラスが空になると、申し合わせたように二階へと上がる。扉を閉めた瞬間、理性の箍が外れた。触れ合い、求め合い、互いの境目が曖昧になる程に溶けていく。
激情の波が引いて、火照った躰の熱が少しずつ治まってくると、ようやく落ち着いて話せる余裕ができた。寝台に並んで横たわり、互いの近況を語り合う。
「ステフ、今回の護衛依頼はどうだった?」
「勉強になったよ。一緒に組んだパーティーの動きとか目配りとか、さすがベテランは違うよな」
「得るものが多かったみたいだね」
「ヴィルは、王都に呼ばれたんだって?」
ステフに問われて、考える。まず、どこから話せばいいだろう。自分の中でも消化できていない。思い付くまま、ぽつぽつと話す。
「上級冒険者の迎えが来て、驚いたよ」
「まさか、またアイツか?」
「違うよ、『紅刃』じゃなかった。『蒼牙』っていう俺と同じ年頃のヤツで、オオトリに乗って来てたよ」
「騎獣か、いいな!」
「俺たちも騎獣欲しいよな、狩らない?」
それから、ひとしきり騎獣談義になった。オオトリと一角馬を薦められていると話す。ステフはどちらにも興味を示すが、決め手に欠けるようだ。
「帰りは『白爪』ってヤツが送ってくれてね、明日帰るから、一緒に見送り行かないか?」
「ヴィルが世話になったんだ、行くよ」
「騎獣は一角馬でね、狩るなら案内してくれるってさ」
「上級冒険者にも、気のいいヤツが居るんだな」
「むしろ、気のいいヤツの方が多かった。アイツが厄介なだけだ」
強引で、傍若無人な、覇気がダダ漏れの恐ろしい厄介者の顔が浮かぶ。大山猫は可愛いが、アイツと狩りに行く気は更々無い。気持ちを切り替えて、一番の懸念材料を話す。
「俺、今回の件で上級に上がったんだ。王都に住むよう、協会から言われてる」
「ヴィルが上級か……俺、やっと中級なのに」
「ステフは暫くここの街を拠点にするよな。俺だけ王都に行くのも嫌だし、騎獣で通うかな」
「ゴメン、オレのせいで」
「俺だって、王都に伝手は無いから、仕事に困るだけだよ。あくまで協会側の都合だ」
「そうか。なら、騎獣の確保は急ぎだね」
「ああ」
ステフの休養期間中、一緒に騎獣を狩る約束をする。細かい計画は、また後で詰めればいいだろう。それより、もっと言いたかった事がある。
「それで、騎獣が狩れたとして、今の定宿には厩舎が無いんだ。だから、宿を替えるか、厩舎付きの家を借りるかなんだけど」
「そうだね、厩舎が無いと困るな」
「そう、だから、ね」
「ヴィル?」
「……一緒に住まない?」
ステフは弾かれたように跳ね起きると、両脇に手を突いてこちらの顔をまじまじと見る。呆然とした表情が、徐々に喜色で染まっていく。一拍をおいて、やおら抱きついてきた。
「ヴィルと一緒なら、どんな所でもいい」
「いや、厩舎付きの所じゃないと」
「古くても、狭くても、全然平気だよ」
ステフの方に否やは無いと分かって、ほっとする。騎獣の確保と並行して、家探しもすることになった。
翌朝、二人でサイラスの泊まった宿に行く。サイラスにステフを紹介すると、驚いた顔をしたが、すぐ笑顔になった。笑顔にやや黒いものも混じる。
「君がヴィルヘルムの言ってた、早く帰りたい理由だったんだな」
「ハハハ……そうなるかな」
「帰ったら、ライの顔が見ものだぜ」
それから、フロルにもステフを紹介すると、フロルは気難しげに距離をとっていたが、怒らずにステフを受け入れた。ステフも一角馬が気に入ったようだ。サイラスとは再会を約束し、王都へと帰って行くのを見送った。




