王都の暮らし
今回のクエストは、王都に戻り終了した。依頼料の額が今までより桁違いに多く、驚かされる。予告されていた通り、その場で上級冒険者に昇格となった。二つ名はまだついていない。協会幹部から、上級冒険者はなるべく王都に拠点を構えて欲しいと言われたが、保留しておいた。
そろそろ帰りの算段でもと考えていると、トールに自宅へ招待された。トールは上級冒険者としてキャリアも長く、所帯持ちで子どもも三人いると聞く。その他に、自宅では下宿を営んでおり、駆け出し冒険者達の面倒を見ているという。サイラスもトールの世話になった一人で、独立するまではそこに下宿していたらしい。
「トールは面倒見がいいな」
「俺より、かみさんが世話焼きなんだよ」
「なるほど」
「まるで新人冒険者の研修所だぜ」
トールを先頭に、サイラスとそれぞれの騎獣と共に、連れ立って歩く。協会の建物を出て、市場を通り抜けて路地を幾つか曲がった先に、トールの屋敷があった。広い敷地に飾り気のない大きな建物、厩舎を備えた庭など、さすが上級冒険者といった佇まいだ。門を潜ると、庭先に居た少年が駆け寄って来た。
「お帰りなさい、トールさん」
「ただいま。ディーンとフロルを頼むよ」
トールは少年に騎獣の手綱を預ける。使用人か下宿人だろうか。そのまま三人で屋敷に入ると、中ではトールの妻子が待っていた。
「いらっしゃい、サイラス。初めまして、ヴィルヘルムさん」
「お久しぶりです」
「初めまして」
トールの妻は元冒険者で、三人の子は上二人が既に独立し、末っ子の娘一人が残っているという。その母娘の二人に両脇を固められ、席に案内され面食らった。それから暫く、母娘から怒濤の接待攻勢を受け、傍で見ていたサイラスも苦笑していた。
「おい、トール、これはいったい何なんだ」
「済まんな、ヴィルヘルム。かみさんも娘も、将来有望な冒険者と聞いて浮き足立ってるみたいだ」
「将来有望株ならサイラスが居るだろう」
「サイラスはウチの娘を袖にしたからな」
恨みがましいトールの物言いに、サイラスは明後日の方を向いた。サイラスはここで冒険者修行をしていたというし、共に育ったその娘とは兄妹感覚なのかも知れない。
「ヴィルヘルムは王都に住まないのか?」
「街に残して来た物もあるし、一旦は帰るよ。それから身の振り方を考えるさ」
「そう言えば、早く帰りたいって言っていたな。馬車じゃ遅いから、俺がフロルで送って行くよ」
「有難い。ただ、レフや『紅刃』が後から何か言ってくるんじゃないか?」
「その時はその時さ」
トールの家を辞し、出発準備の為にサイラスの家に向かう。同じ王都の中でも、かなり外壁に寄った場所にサイラスの家はあり、辺りは閑散としている。中心部にあるトールの家とは、ずいぶん印象が違った。
「さっと荷作りしてくるから、待ってて」
サイラスはクエスト中の荷を解いて、新たに街の往復分の荷作りをする。洗濯や掃除などは、通いの使用人を雇っているという。食事はほとんど外食しているらしい。
準備を整えたサイラスと、フロルに相乗りして王都を出発した。フロルはルド程のスピードは無いが、あまり揺れないので乗っていて楽だった。休憩の時、雑談で互いの年齢の話になり、サイラスはレフや自分とほぼ同年代だと知れた。サイラスはステフ寄りの年齢と思っていたので、意外だった。
「俺がチビだから、年下と思っていたのか」
「身長なら俺と大差ないだろう。雰囲気の話だ」
「雰囲気ガキっぽいってか?尚更、悪いわ!」
雑談中、近くの茂みにガサリと動きがあった。間髪を入れず、二人同時に攻撃する。サイラスは風の刃を放ち、こちらからは投げナイフの投擲を繰り出す。一瞬にして、角ウサギが狩れた。黙々と解体処理し、夕食が一品増えた。残った肉は、もちろん保存食に加工だ。
「ヴィルヘルムはマメだねぇ」
「レフにも同じ事言われた。普通の事だと思うが」
「ヴィルヘルムの普通の基準が分からん」
角ウサギの串焼きを頬張りながら、サイラスが言う。野営の定番スープに、堅焼きパンを浸して啜る。せっかく火を熾しているのに、携帯食で済ませようとするレフやサイラスの方が、普通じゃないと思う。サイラスは肉を食べ終わった串を振りながら、言い募る。
「だいたい、狩った獲物をさっさか捌いて料理しちまう、ヴィルヘルムが普通じゃない」
「獲物は狩ったら捌くだろう?後は焼くだけだ」
「料理できるヤツは皆そう言うんだ、できないヤツの事は分からないんだ!」
サイラスはそう言って嘆くが、能力の高い上級冒険者に僻まれても困る。そう言えば、自分も上級に昇格したのを忘れていた。ステフは何て言うだろう。喜んでくれるだろうか、それとも戸惑うだろうか。
それから丸一日かけて、街に辿り着いた。定宿には厩舎が無いので、北門に近い厩舎付きの高級宿をサイラスに紹介した。そこでサイラスと別れ、定宿に向かう。いつものカウンターに宿主が居て、声を掛ける。
「いつもの部屋、頼むよ」
「よぉ、色男!久しぶりだな」
ニヤついた顔で宿主が鍵を寄越した。鍵には伝言らしき書き付けが結びつけてあり、取り急ぎ部屋へ行って結び目を解く。広げて見ると、中はやはりステフからの伝言だった。逸る気持ちを抑えて、旅装を解き躰を拭う。着替えて部屋を出ると、よく待ち合わせる酒場に向かった。




