職人魂
夕食を食べに邸を出て、王都の中でも庶民的な界隈に赴き、ライのお勧めだという店に入った。人気店なのか、店内は多くの人で賑わっている。行きつけらしく、店員はライの姿を見ると直様二階にある個室に案内した。
「此処も顔パスかーライはすごいなー」
「大勢で飲み食いするには都合のいい店なんだ。仕事で組んだ連中とか連れて打ち上げとか」
「成る程」
個室なら、子供や従魔連れでも気兼ねなく居られる。それに、食べ物や飲み物の種類も豊富で割安らしい。行きつけにする訳だ。
子供向けメニューは特になかったが、ウルリヒにも食べられそうな料理を取り分けて、ステフと代わる代わる食べさせてやる。その様子を、向かい側の席からライが目を細め見ていた。
やがて、満腹でウトウトし始めたウルリヒを、デューイが抱き上げる。やっと、落ち着いて夕食にありつけそうだ。
「今日はウル、興奮して燥いでいたから、寝るの早かったなー」
「よく食べてたし、早く寝る分にはいいんじゃないか」
「あんまり早く寝ると、夜中に起きたりするだろ?」
ステフと雑談しながら、料理を口に運ぶ。ちょっと味が濃い目だが、飽きのこない家庭的な味だ。ステフも気に入ったらしく、食べていた皿の料理を一欠、こちらの口に放り込んだ。
「ヴィル、これ美味しいーこういう味、ヴィルも好きだよねー」
「ムグッ……モグモグ……いきなり口に入れるな! 喉が詰まるだろ……」
「ごめーん。でも、美味しいだろ?」
確かに、好みの味ではあった。今度は家で似た様な料理を作ってみるか。等と考えながらステフの皿から料理を摘んでいたら、向かい側から手をガシッと掴まれて食材の刺さったフォークごと持っていかれる。
「二人だけで愉しむんじゃねぇよ、俺も混ぜろ」
ライはそう言うと、そのフォークを口に運んだ。いちいち嫉妬深い事だ。その後、皆で面白がって自分以外の口に食べ物を放り込み合っていた。食事中、ずっと笑っていた気がする。
邸に帰った処で、夕食前に送った伝言の返答が届いた。エルは伝言魔法で休日の予定を報せて来たので、折り返しその日に会う旨を送る。インゲ女史からは、メッセージカードが遣いの者の手で届けられ、翌日の訪問を楽しみにしているとの事だった。
「エルは三日後かー多分、テオも一緒に来るよね一」
「テオ? 誰だ?」
「ライは知らない? 魔術師見習いのテオ。エルの友達だよ」
「エルは知ってて、テオは知らないのか。意外だな」
「魔術師見習いなら見た事はあったかも知れないが、どれがテオだがは分からん」
「「……」」
ライは案外、人の名前や顔を覚えるのが苦手かも知れない、と思った。
明くる朝、身支度と朝食を済ませると、インゲ女史の居るクリューガーブランド本店へ行く準備をする。邸から店迄は騎獣で行ってもいい位の距離があるが、人の多い王都内をヒューイで走るのは気が進まない。
翼犬ヒューイは躰も大きいし、気儘な田舎暮らしで狩りにも自主的に行ってしまう程だ。人混みを避けながら走るのは向いていない。
行き慣れている冒険者協会や定宿などは、王都内でも比較的人混みの少ない地区だし、今回この邸に辿り着く迄もかなり神経を使って人通りの少ない道を選んだ。
「セスは王都に慣れてるからいいけど、ヒューイは心配だな……乗り合い馬車でも拾うか」
「場所は知ってるんだから、ヒューイで飛んで行けばいいんじゃない?」
「降りる場所に困らないか?」
「店の裏庭が結構広いから大丈夫だろ」
結局、騎獣に分乗して行く事になった。セスに先導して貰い、飛翔したヒューイが上空から跡を追う形でクリューガー本店へ行く事が出来た。
店の裏庭は、ライの言う通りかなりの広さがあった。ヒューイで其処に降りると、店の下働きが寄って来て騎獣に手綱を受け取る。客用の厩舎が完備されていた。馬車や馭者の待機所もある。流石は一流店だ。
関係者用の裏口から店内に入り、二階にあるインゲ女史のアトリエを訪う。扉を叩くと、直ぐ応えがあり、助手が待ち兼ねた様にいそいそと室内へ招き入れた。
「待ってたのよ、貴方達! まぁ、この子がウルリヒちゃんね。なんて可愛らしいの!!」
久しぶりに顔を合わせたインゲ女史は、案の定ウルリヒに首ったけとなり、物凄い勢いでデザイン画を描き散らした。助手達もご多分に漏れず、主同様にウルリヒを褒めそやし、量産されるデザイン画を拾い集める。
「インゲ女史は相変わらずパワフルだなぁ」
「ウルってば、モテモテだねー」
「婆さん、ほどほどにしとけよ……」
彼女達の熱量に圧倒されながら、大人しく嵐が過ぎるのを待った。




