第3話 そうだ、育成しよう
俺がこの世界で目覚めて以降、『ソード・ルミナス』の物語と全く同じように話は進んだ。
俺やエミリーなど『ポルト村』の若者を連れて狩りのため森へと入ったロイドは、そこで謎の魔物からの襲撃を合う。
魔物の圧倒的な強さに絶対絶命の危機に陥るが、そこでロイドが〝導きの力〟に覚醒。
一転攻勢の展開で魔物を倒し、エミリーたちを救う。
ロイドは『ポルト村』に戻って、一連の出来事を村長に報告。
彼の〝導きの力〟を見た村長は村の言い伝えをロイドに語り、太古の魔物が復活して世界に危機が訪れようとしていると教える。
ロイドは同じ〝導きの力〟に誘われ、『ポルト村』から旅立つことにした――。
……というのが『ソード・ルミナス』冒頭のイベントであり、この世界に転生した俺の目の前で起こった事。
どうやら俺は、丁度ゲームが始まる時間軸に転生したらしい。
ここまで説明すると、大層仰々しいことが起こったように聞こえるかもしれないが……全部俺には関係ないことだからね?
〝導きの力〟も世界の危機も、俺には一切無関係。
だって俺、モブだし。NPCだし。
それにロイドが世界を救うこともわかってるから、焦る必要も皆無というか……。
だから完全に一度観たムービーシーンを見直す感覚で、ロイドの旅立ちを見送っていたのだが――
「それじゃあエミリー、行ってくるよ」
「う、うん……。無理しちゃダメだよ! 大怪我とかしたら嫌だから……!」
「わかってる。俺は必ず、無事に帰ってくるから。約束だ」
……イケメンだ。
悔しいが、ロイドはかなりイケメンだ。
それにカッコいい。
そりゃ大手ゲームメーカーが自信を持って世に送り出したゲームの主人公なんだから、イケメンでカッコよくなきゃ困る。
魔物が襲ってきた時だって、ロイドは身体を張ってエミリーたちを守ってくれた。
だから彼がエミリーを選ばないとわかっていても、恨んだり妬んだりする気持ちにはなれない。
なれない、のだが――
「ロイド……約束だからね……!」
グスッと涙ぐむエミリー。
――可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
この涙ながらにロイドを見送る幼馴染の姿は、何度見てもグッときてしまう。
『ソード・ルミナス』の作中では彼女の出番は基本的にここで終わりで、今後メインストーリーに絡んでくることはない。
だからエミリーがどれだけロイドのことを愛しているかは、ほとんど語られないのがゲームの実情なのだが――
俺にはわかる。
エミリーは本当にロイドのことが好きなんだと。
だからこんなにも涙を流しているんだと。
だからこそ、こんな彼女をロイドが〝ただの幼馴染〟として見ていないのが歯痒くて堪らない。
〝不遇〟なんて一言じゃ片付けられないだろ、こんなの。
ロイド……お前には彼女の気持ちがわからないのか……?
「ロイドー! 元気でねー! 絶対、絶対帰ってきてねー!」
旅立っていくロイドの背中に対し、エミリーは大きく手を振りながら叫ぶ。
そんな彼女の一途な姿を見ていて――俺はとある計画を思い付いた。
▲ ▲ ▲
「……見つけた。こんなところにいたのか、エミリー」
ロイドが旅立った日の夜。
エミリーは村の外れにある大きな木の下で、足を抱えて小さく座っていた。
顔を伏せているので表情までは見て取れないが、たぶん泣いているのだろう。
「……ごめん、一人にして」
「そうはいかない。一人にしたら、ずっと泣き続けたままだろ?」
「……」
俺はエミリーの隣に座る。
どうやら彼女もこれ以上追い返そうという気はないらしい。
「ロイドなら平気だよ。アイツは死んだりしない」
「……なんの確証があって、そんなこと言えるの?」
「じゃあ逆に聞くけど、エミリーの知ってるロイドはそんな簡単にくたばるような奴なのか?」
聞き返すと、再び彼女はだんまり。
そうだと信じたくても、不安の方が勝ってしまうのだろう。
俺は『ソード・ルミナス』をクリアしたから知っている。
ロイドは強い。
それにちゃんと世界を救うし、ちゃんと最後まで生き残る。
『ソード・ルミナス』にはバッドエンドが存在しない。
というよりマルチエンディング形式のゲームではないため、結末は一つしか用意されていない。
この世界がゲームと同じ展開で進んでいくなら、ロイドが旅の途中でバッドエンドを迎えることはないだろう。
……ゲームという都合上、敵に負けてパーティ全滅という可能性もあるけど。
それにこの世界が、どこまでゲームと同じように物語が進むのかは未知数。
ロイドがメインヒロインと結ばれるのも、運命として決まってしまっているのかどうか……そこもまだわからない。
でも考えたってキリがない。
それに俺はウダウダ考えているより、行動に移す方が好きだ。
「エミリー、キミはロイドのことが好きなんだろ?」
「……」
「アイツの傍にいたいと思わないのか?」
「……思うよ」
小さな声で、ポツリと呟くエミリー。
そしてようやく、彼女は少しだけ頭を上げた。
「ロイドの傍にいたい。本当はロイドに付いて行きたかった。でも……アタシなんかが一緒にいたら、足手まといになっちゃう」
――エミリーはゲームにおいてNPCだ。
設定上ただの村娘に過ぎず、特別な能力は一切ない。
狩猟などは日頃から行っているので戦闘の覚えがないワケではないが、〝導きの力〟に覚醒したロイドなどとは比ぶべくもない。
彼女の言う通り、ロイドに付いていっても足手まといになってしまうのは確実だ。
――今のままなら、な。
「そうか。――じゃあロイドの隣にいられるように、強くならなきゃな」
「……え?」
俺はニヤリと笑みを浮かべる。
そしてゆっくりと立ち上がり、
「俺は決めたよ。エミリーを強くする。ロイドの隣にいられるくらい強くして、二人一緒に冒険してもらうんだ」
宣言して見せる。
そう、俺はとある計画を立てた。
それは――〝エミリーを育成してしまおう〟という計画。
彼女を鍛えて強くして、ロイドと一緒に冒険できるようにしてしまえばいいと考えたのだ。
そうすればロイドもエミリーの恋心に気付いて、メインヒロインよりも先に彼女を選んでくれるんじゃないかと、そう考えたのである。
彼女とロイドの強さには天と地ほども差がある。
ロイドは元から村一番の剣術使いとして知られていたが、〝導きの力〟を得たことによって常人では太刀打ちできないほどの能力を手に入れた。
その強さは強大な魔物を単独で撃破するほどなのだから、推して知るべし。
エミリーが自分では一緒に旅などできないと思ってしまうのも、当然だ。
しかし――俺はこの世界の理を知っている。
何故なら『ソード・ルミナス』をプレイしたから。
どうやったらレベルが上がるか?
どうやったらキャラの長所を伸ばせるか?
どうやったらスキルが解放されるか?
どうやったら育成素材を効率よく回収できるか?
この世界におけるキャラの育て方――。
それは一通り把握しているつもりだ。
そしてなにより面白い要素として、『ソード・ルミナス』では登場する人物全てにレベルやステータスが設定されている。
これは『ソード・ルミナス』がオープンワールド要素も含んだゲームデザインとして作られたため。
町人一人一人に至るまでしっかりと作り込まれており、実際に彼らをプレイアブルキャラとして使えるのではと錯覚すら覚えてしまうほど。
この没入感の高さもゲームが傑作と呼ばれる所以の一つだろう。
エミリーは本来であればNPCだし、特別な能力などは持たされていない。
だが初期レベルやステータス自体は設定されている。
ならばレベル上げは可能なはずだし、スキルなどの習得もできるはず。
「そうと決まれば、善は急げだ! 明日にでも旅に出られるよう、すぐに準備しなくちゃな」
「え、あの……! ちょっと、クライ!?」
俺はエミリーの手をグッと引っ張り、彼女を連れて村の方へと走っていった。




