087_継暦136年_冬/A07
よお。
青ざめた顔の娘をなんとか守りたいオレ様だ。
「どうです、このまま来ていただければ丁重におもてなしができるのですが」
つまり、抵抗するなってことだ。
ぞろぞろとチンピラたちが集まってくる。
正直、周りの連中の実力は程度が知れている。
今までの相手が悪すぎただけな気もするが、ともかく、チンピラならオレでも何とでもできる。
こちらにはまだ『ケネスの魔剣』って奥の手がある。
チンピラ相手ってならオレの勝利は揺るがない。
「だめ、です……」
顔を青ざめさせながらも戦うなと言う彼女。
自分が行けば丸く収まるから。表情にはそう書いてある。
お断りだ。
が、抵抗する上での問題が二つある。
一つは痩せぎすの男、ディバーダンとか言ったか、こいつの実力の底が見えないこと。
流石に聖堂騎士並とは思えないが、そうでなくともオレの手に負えるかは微妙だ。
もう一つの問題は指輪だ。あれのせいでこちらの居場所がわかる。
が、あんな風に手の内を曝け出すのは妙だとも思う。
オレだったら、いや、オレじゃなくたって隠しておくだろう。
ここで逃しても次探し出す手がかりになりうるからだ。
そして、それを伝えたのがそこらの賊なら気にもしないが、ディバーダンという油断ならない気配を持っている男がそんな風に口を滑らせるだろうか。
こっちが賊だと侮って、わかりやすい誘導をしただけな気がする。
つまり、あの指輪を外すことそのものがなにかのトリガーになり得ると見るべきか。
オレの知識は古かろうが、大地の姿が変わるとは思えない。
北方に確か、『ツイクノク』と呼ばれていた獣がいたはずだ。
凶暴だが、貴重な食料として重用されていた。毛皮も暖かく、角や骨も加工に向くとか。
確か、その骨を家紋にしている一族があったはず。となれば、ツイクノクを号するとしたらその一族。
であれば、大雑把に場所もわかる。
ケネスの廃砦や襲撃地点、そしてあの宿の場所から考えても、かなり遠い。
馬車なりの移動をしたとしても急いだとしても一週間は掛かるだろう。
オレは彼女の側に寄る。
守るように。
「戦うのは、ダメです……。
ヴィルグラム様の命を犠牲にするほどの価値が私にはありません……」
「命の価値、か。
オレ様は自分の命の価値なんて大したものじゃないと思ってるけど、そう言われちゃ投げ捨てるわけにもいかないよね」
じっと彼女を見て、言葉を続けた。
「自由にするために、信じてくれる?」
「……それは、勿論です」
約束が苦手だ。
大体の場合、守れずじまいだからだ。
だが、こうして約束したからにはそれは果たす努力はする。
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「ディバーダン、こっちもこの娘を奪った理由がある」
「ほう、理由と。金ですかな」
「まさか。
男爵様のご命令だよ」
「……男爵、ですか。
一応お伺いしますが、どなたです」
おっと、有効だったか。
「冗談だろ、男爵ってのを出すのが誠意の限界だ。それ以上は依頼に差し障る。
ウログマでの流れとだけは言っておく」
「それは……ええ、そうですな」
ディバーダンはウログマのことで目を細め、言葉が信じるに値あるものだと判断したらしい。
「こっちの依頼を優先しろとは言わないが、お前らにかっさらわれるとこっちの命が危ないし、
なによりそっちだって都合が悪いだろ。
男爵の皆様と関係性が悪くなるのは」
やれやれと肩をすくめるディバーダン。
「確かに、このディバーダンの一存では決めかねますな」
「だから、ここで無駄に争うのは止めよう。
この娘を引き渡すわけにはいかないが、連れて行かせないとも言わない」
「ふむ、であればどうするのですかな」
落とし所については会話のアタマの時点からディバーダンも理解しているのだろう。
それでもお互いに会話は続け、そして決着させる必要がある。
通過儀礼的ともいうべきやりとりだ。
「連れて行かせる条件は常にこの娘の側にオレ様を置くこと。
そして、オレ様の自由と安全を約束すること。
いいか?」
「少々こちらに不利な気もしますが、ええ、お約束しましょう」
ひとまずは大丈夫か。
あとは逃げる隙を窺うだけ。
彼女とディバーダンと、約束で、どちらのほうが重いかなんて語る必要もないよな。
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一日歩き通し、街へと到着する。
ディバーダンが手形のようなものを見せるとすんなりと通される。
つまり、ここはツイクノクの影響がある街か、それともディバーダンの顔が利く街か。
オレや彼女、そしてディバーダン配下のチンピラどもまで通されている。
影響力は相当強いようだ。
宿へと通される。
あの商人旅籠より豪華だが、居心地の良さでいえばあちらのほうが上に感じる。
オレと彼女は一緒。
チンピラたちは部屋と、外から脱出できるであろうルート、例えば窓の外であったりに配置されている。
ディバーダンは「やるべきことがあるから」と出ていった。
チンピラどもを蹴散らして外に出るか、それとも。
「あの、ヴィルグラム様」
彼女がおずおずと声をかけてきた。
「ヴィーでいいよ。皆からはそう呼ばれているから」
「では、ヴィー様」
様も要らないんだけどな。
「自己紹介の続き、よろしいですか?」
「あー、そうだったな」
「私はイセリアルと付けられました」
「……?」
「なんでしょうか」
「いや、なんか、うーん……変な自己紹介だなあって」
彼女は疑問符を頭の上に浮かべるような顔をしている。
「オレ様はヴィルグラム。
ヴィーと呼ばれている」
先程と同じことを繰り返しているようで、そのまま繰り返したわけではない。
違和感を共有するためにも、オレはそのように自己紹介をし直す。
まずは『違和感のない言い方』から。
「えっ、あ、は、はい。存じております」
『違和感のある言い方』を試す。
「オレ様はヴィルグラムと付けられた」
「は、はい……」
オレの表情は恐らくはあまり明るいものじゃあなかったのだろう。
有り体に言うなら、曇り気味だったのか。
「私は……」
「──物として名付けられたのか?」
小さく頷く彼女。
「はい、私は……物ですから」
「人材商にそう言われたのか」
「いえ……」
「それじゃあ、イセリアルの家族に?」
それには否定はなかった。肯定があるわけでもないが。
「家族、ではありませんが……親のような方々からそのように」
物同然ではなく、物として名付けた。
人材商によって隷属されたわけでもなく、そして人のように扱われているわけでもない。
枷を外そうとしていたときに、膨大な付与術の情報が技巧越しから流れ込んできたのを思い出した。
位置を知らせるという指輪のその力に目を向けることを忘れるほどに多大な情報だった。
膨大な数の付与術のことを振り返り、一つを見直す。
その中にあった制御に関わるもの。
あのときは体の自由を奪うためのものだと思っていたが。
まさか、とは思う。
だが、ただ行動を阻害するだけであれば束縛という名こそが相応しく、むしろ物として扱い、徹底的に人間としての自由を与えないのならば素直に隷属の力に頼ったほうが話は早いはずだ。
オレの表情から察したのか、諦めたように云う。
「私は、……私は人間ではありません」
オレが偸盗で読んだのは枷の情報ではない。
彼女の、イセリアルと名付けられた存在の情報だったのだ。
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ナウトンとイセリアルを守る仕事の達成を果たせなかったケルダットは馬を飛ばして報告へと戻った。
馬車が襲撃されたのはビウモードからそう離れた場所ではなかったからこそ、帰還に長い時間は要することはなかった。
帰還したケルダットは、豪邸の、その一室で彼は叱責されていた。
「ぞ、賊に襲われて戻ってきただと!?」
向けられているのは叱責だけではない。
異常なまでの焦燥感、或いは恐怖というべき感情が発散しているのをケルダットは貴族から感じていた。
「ええ。命を優先するって権利は伯爵様からいただいてますんでね」
「……な、何故戻ってきたのだ!イセリアル嬢はどうなった!」
ヒステリックな声をあげて、そこらにある調度品を男へと投げつけた。
投げているのはビウモード伯爵家から叙勲された貴族。
爵位こそないが、伯爵家から正式に家臣としての受勲を受けている。
代々文官としての才覚があったからこそ重用されていた。
先代までは清貧を旨とするような生き方をしていた(伯爵家の名誉のために言うと、伯爵は十分な謝礼を支払っていたが、先代はそれらの大部分を寄付に充てていた)が、当代は違った。
篤実の人として知られた先代がこの世を去ったあと、
彼は金と色に狂い、周辺地域からは彼に金を積めばビウモードではある程度の悪事が見逃されることを知られている。
性根はまっすぐとは言えない性状ながら、長らく伯爵家を支えた文官一族の人間であるがゆえに、仕事を処理する能力は高い。
それこそ、領地運営になくてはならない人材を一人挙げろと言われれば彼の名前がすぐに出るだろうほどに。
多少といえる範囲の度の過ぎた『やんちゃ』に関しては伯爵は見て見ぬふりをし、ヤルバッツィが監視していた。
必要があれば処理をしていたからこそ許容されていた。
「ナウトン殿は死に、イセリアル嬢は拐われました。
それがどうしたんです」
状況を考えれば、彼らが考えている計画には大きな狂いはないのではないかとケルダットは考えていた。
ナウトンが殺され、イセリアルが拐われる。
それによって彼を招聘していたイミュズとの政治的な駆け引きを賠償を武器に有利に立ち回らせる。
そういうことなのだろうとケルダットは考えていた。
だが、様子がおかしい。
「……まさか、独断だとでも?」
考えてみれば妙なことだ。
イセリアルは常にルカルシ、ウィミニア、ヤルバッツィ、ドワイト、その辺りの人間にがっちりと守られている。
しかし、ここ最近はビウモードでは伯爵までも動かねばならないほどにドタバタとした状況が多く、
ほんの数日、イセリアルを見ているものがいなくなるタイミングがあった。
正確には、その間隙を誰にも知られることなくこの貴族が作り出した。
その隙にナウトンと共に領外に出したのだ。
「と、取り戻してこい!
金ならいくら使ってもいい!冒険者でも賊でも雇え!
まだ知られていない!」
貴族はすぐさま執事を使って資金をケルダットに持たせる。
現金も、資産金属も渡した。
「いいから!いいから連れ戻してこい!全て使って構わん!
こ、このままではお前も私も縛り首だぞ!」
「……クソッ!
どこからどこまでがお前の独断だ!」
逞しい腕が貴族の喉を掴む。
執事は流石に止めようとも考えたが、下手をすればそのままの勢いで主の首がへし折られると理解し、動けずにいる。
獣人の腕力があれば一捻りにできる、つまりは命が握られていることを貴族も理解した。
「ナウトンは元々伯爵閣下の命令で殺す予定だった、それは伯爵閣下も存じ上げている!」
「それ以外は!」
「い、イセリアル嬢については独断だ!
だが、あれを差し出せばイミュズともツイクノクとも良好な関係を築けるのだ!
嬢が必要になれば後にツイクノクから戻させればよいし、愛妾如き、他に探せばいくらでもいる!」
領内ですら徹底的に秘密にしていたからこそ、彼らはイセリアルの重要性を理解していなかったのだ。
ケルダットは貴族を放り投げて急ぎ部屋を出る。
最低にして最大といえる悪用をされたのだ、あの貴族に。
なんと馬鹿なことをしたのか。ケルダットは自らの過ち、その重大さを理解していた。
彼女が何者か、何のために存在しているのかまではわからないが、イセリアルは伯爵家の命運が掛かっているようだった。
騎士団が幾つ運営できるかわからないほどの金額が投資され、多くの人材を使い、戦いを引き起こし、できることはなんでもやった。
それは全てイセリアルのためであることをケルダットは仕事で動かされている中で理解していた。
あの貴族は現場を知らないから、ケルダットが肌で感じていたことを共有できていなかったのだろう。
そしてケルダットは貴族がそれを理解していないことを、このときまで理解できていなかった。
伯爵家の命運を、あの貴族は、自分の飼い主は他者に勝手に売り渡した。
(クソッ!!
この男が現場を知らんということを知っていただろう俺は……!
最悪の方向ではあるが、それでも予測できる範囲のことだったのに、愚かなのは俺か!)
自らの行動を悔やむも、それによって足は止めない。
奪還のために渡された資金で高跳びすることも考えたが、それは辞めた。
自分は傭兵なのだ。
雇われたからには信用に違えるマネはできない。例え相手がその信用を裏切ったとしても。
使用した画像などをまとめました。
……が、小説家になろう様では外部リンクを扱うのはあまりよろしくないと見受けたため、URLを貼るのは避けさせていただきました。
見てやってもいいか!と考えていただける方は大変お手数ですが「Pixiv」にて『百万回は死んだザコ』で検索していただければ出るかと思います。諸々の事情から文字ごとのスペースはございません。




