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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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86/204

086_継暦136年_冬/A07

 よお。


 同じ年くらいの女の子を保護したオレ様だ。


 途中で抱えて走ろうとしたが、大丈夫だとやんわりと拒否される。

 そして、拒否した理由もわかった。


 この娘、めちゃくちゃ身体能力が高い。

 オレなんか目じゃない。

 なによりも彼女は走ることが楽しげですらあった。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って……」

「あ、ご、ごめんなさい……。

 こんなに動けるのが嬉しくて」

「じ、自由ってのは、ひい、ふう……い、いいもんでしょ?」

「はい!」


 屈託のない笑顔。

 こんな少女に枷を嵌めて運ぶなんて、ビウモードの連中はいよいよ人材商売を領地運営に採用したのか?

 ……ってわけじゃないよな。

 なにせ運んでいたのはあの子だけだし。


「っと、見えてきたな」


 森を抜け、小道に当たった。

 勿論、地図のとおりだ。


 この小道を進むと小さいながらもそこそこの値段とサービスが嬉しい商人旅籠がある。

 商人旅籠ってのは、大雑把に言えば交易路で商人や旅人を狙い撃ちにしている宿泊施設だ。

 ちょうど疲れたなあって位置で商売するとよほどのこと、つまり交易路の出発・到着地点の街がなくならない限りは運営し続けられる。


 小道にある商人旅籠はニッチな需要を満たすためにある。

 或いは、犯罪者の隠れ家にもなるような場所でもある。


 ただ、ここは前者でしかなかったようだ。

 悪の匂いってのが感じられない、よく言えばアットホームな宿だった。

 悪く言えば、狭っ苦しい宿って感じだ。


 一階は受付と食事処が一緒になっているようで、三人の客が食事なり酒なりをとっている。

 こちらを見てはいないが、それでも注意と観察の視線を感じなくはない。


「いらっしゃい。

 二人かい」

「ああ」


 ちらちらとオレを見る主人。

 関係性を予測したのか、それともどういう身分かを見たのか。


 傍から見りゃあご令嬢と駆け落ちした馬鹿な従者って感じだろうか。

 彼女の身なりはそれくらいには整っていたし、衣服もまた金も手間もかかったものに見える。

 一方のオレはよく言えば冒険者、悪く言えばあんまり汚れていない賊って感じでしかない。


「一部屋でいいか?」


 成り行きとはいえ、同室はどうだろうか。

 ただ、何かあったときに守れるかどうかの問題もある。


「ああ、一部屋でいい。

 とりあえず一週間くらいで」


 彼女がいやがれば、もう一部屋増やせばいいだけだ。


 金は懐にそれなりに入っている。

 数泊する分にはまったく問題ない。

 資産金属もあったが、ここは流石に使えそうにもなかった。


 宿側から提示された金額は格安。

 恐らくは客の格というか、どういう手合いかを測っているのではなかろうか。


 となれば、やることは決まっている。

 オレは他の客には見えないようにその十倍ほどの金額を机の上に置いた。


 主人はちらりとオレを見るが、間違いではないことを確認するとそれを受け取った。


「部屋は上だ。一番奥の部屋を使いな。

 ああ、それと経路案内は部屋の中にあるから目を通しておいてくれ。

 食事は部屋に持っていく、ノックは二回のあとに一回。それで反応がなければ入り口に置いて戻らせてもらう、それでいいか?」


 予想の通りだった。

 何か後ろ暗いことをしている客、だが、金払いがいい。

 なら相応にサービスをしてやろう。そういうことだと思う。


「ありがとう」


 そうして、部屋へと通されて、ようやく安堵の息を吐いた。


 ───────────────────────


「とりあえず、自己紹介くらいしておこうか」

「はい」


 彼女は貴族式の礼を取る。

 極めて流麗で、見惚れるほどに優雅。

 貴族の、それも相当位の高い家柄の出ではないのか。

 であれば、何故あんな状況に。


「私は……」


 彼女が名乗ろうとしたときに、下のフロア、つまりは店の主人がいた場所でそれなりに大きな物音が響いた。


 オレたちは声も息も殺し、それに集中する。

 ちらりと窓を見る。


 いざとなったらあそこから。

 いざとならなくても、厄介な気配があったら部屋の近くに避難口があった。

 あそこを使おう。


 部屋に置かれた経路案内には他にもこの部屋には隠し扉が幾つかあることが書かれている。


 金というのは偉大だ。

 場所と相手さえ間違わなければ、多く払えば払うだけ、その分のサポートが受けることができるのだから。


 ───────────────────────


 『羽折り蜥蜴亭』、そこは小さな商人旅籠。


 悪党でも、犯罪者でも、誰でも休ませるのがこの店のモットーだ。

 金次第でサービスを変える。


 主である男、名をクロールマンというが、それが本名かを知るものはいない。

 元々冒険者を生業とし、そして悪漢に堕ちて、やがて金を得て店を始めた。


 彼が活動していた場所は遠い場所であり、彼の悪名を知るものはこの地にはいない。

 経営には精一杯になる客しか来ないが、それでも潤っていた。


 理由は単純だ。


 先程の二人組。

 特に少年の方はこうした場所の流儀をよくわかっている。

 宿泊費としてゆうにひと月は泊まれるだけの代金を置いていった。


 それは言外に彼が追われる立場であること、

 可能な範囲で自分たちを守って欲しいこと、

 それが無理ならば逃走の幇助をしてほしいこと、


 それらを伝えてきている。

 金離れのいい彼らのような客がいるから、羽折り蜥蜴亭は順風満帆にやっていくことができていた。


 扉が勢いよく開かれる。

 クロールマンが現役時代によく見たような顔つきの連中が来店した。

 つまりは悪党であり、礼儀知らずであり、その上で金も払わないような連中だ。


「おい、おっさん。

 ここに女来なかったか? ガキだ、ガキの女。

 まあ、いいや、おい、探せ」


 連れ立っているのは七人ほどのチンピラだ。

 彼らは勝手に上がり込もうとする。

 靴の泥を落とさず、あまつさえ歩くのに邪魔なものは蹴り飛ばす始末。


 先頭を行くチンピラの頭が爆ぜる。


「おい、ここはお前の実家か?

 違うよな?」


 クロールマンは悪漢であった。

 遥か離れた場所で、実に多彩な悪名を稼いだ男である。


 その手には現役時代から彼とともにあった掛矢(ハンマー)が握られている。

 付与術が組み込まれたそれは持ち手には衝撃を伝えない力が籠められており、どれほど相手を殴り殺しても腕の痺れがない代物だった。

 大して有用ではないそれで彼がこんにちまで生き延びた理由は、単純に彼の技量によるものである。


「てめえ、なにしやがッ」


 別の男が噛み付いてこようとした瞬間に下顎を残して顔面が潰れる。

 悪漢の掟の一つ、それは躊躇しないことだ。


 その様子に流石に息を飲むのは生き残りたち。


 食事や酒をとっていた客たちもいつのまにか立ち上がって、武器を構えている。

 彼らはここの客ではあるが、ただの客ではない。


 ここを定宿としている冒険者であり、或いは脛に傷のあるような身分の人間だ。

 言うなれば、ここは彼らにとっての巣穴であり、聖域なのだ。

 汚されたとなれば怒りを向けるのも当然のこと。


「いやはや、申し訳ない」


 一触即発の空気を裂くように、一声。


 チンピラたちの背後から一人の男が現れる。

 痩せぎすだが、確かな筋肉が付いている。

 魔術士風だが、クロールマンの見立てではそうではない。


(暗殺者の類か。斥候の技術だけではない、剣の方もやるな。

 いや、妙な気配だ。インクか?)


 彼は流石にどこかの誰かのようにインクの匂いを嗅ぎ分けたりなどはできない。


 彼が気配で気がついたのは何度も致命傷になりかけた魔術士との戦いから、

 魔術や請願の気配を直感的に知ることができるのだ。


 勿論、それは害意のあるものが、害意のある使い方をするような存在に限定される。

 つまりは、目の前の痩せぎすの男は平気で人間をいたぶるのに魔術も扱える、ということだ。


(この距離なら殺れる。

 が、下手を打てばこっちが殺られる。面倒だな、客でもねえのによ)


「これは清掃代金だと思ってお受け取りを。それにお客様にもそれぞれにこちらを。

 他に問題があれば、ツイクノクへご連絡をお願いします。

 そのときには『ディバーダンが迷惑をかけた』と仰ってください」


 ツイクノク。北東の方にある伯爵領。

 クロールマンはその辺りには馴染みはないが、いい噂はあまり聞かない。

 こういう連中を飼っているところからもそれがわかるというものだ。


「ああ、受け取っておく。

 さっさと帰りな。

 こっちにも客を選ぶ権利くらいあるんでな」

「それは残念。

 ただ、一つだけ」

「なんだ」

「少年と少女、お見かけにはなりませんでしたかね」

「知らねえ、知っていてもお前らみてえなのと話したいとも思わんね」

「いやはや、確かにこのように荒らされては、そうでしょうね。

 もしもお見かけしたなら情報を。

 清掃代の十倍の金額をお出ししますよ」

「帰れ」


 チンピラたちが去っていく。


 泊まりに来たあの二人組。

 随分と厄介な連中に追われているようだ。

 しかし、悪党でも、いや、悪党だからこそ自分が定めたルールを変えるわけにはいかない。

 一定金額を支払っている彼らにはそれなり以上の手厚いサポートをする。


 クロールマンは悪漢ではあったが、一本筋が通った男でもあった。


「クロールマンさんよ。

 ディバーダンと言や、イミュズで問題を起こした魔術士の一人だぜ」

「暫くはどこぞの伯爵に囲われていたなんて話もあったが、ツイクノクか……。

 あそこの伯爵家は評判が最悪だからな……」

「あの二人組、厄介事を抱えてそうだが大丈夫だろうかね」


 客たちはそうは言うも、若い二人をどうこうするつもりはない。

 むしろ、クロールマンは知っていた。

 彼らはむしろ、若く未来がある二人に何かしてやれないかと考えていることを。


 ここにいる連中は皆、ろくでなしだ。クロールマンを含めて。

 だからこそ、可能性がある人間たちは明るい道を歩ませてやりたいと思う程度の人情があった。


「上手くやれるかはわからんが、多少は手伝いをしてやろうさ。

 旅装に使えそうなもの、余ってたらよこしてくれ」

「甘いねえ、クロールマンさんは」

(から)かったら俺らもここで泊めさせてもらえてないって」

「ちげえねえや、ハハハ!」


 羽折り蜥蜴亭の悪党どもはそれぞれに旅装として使えそうなものを取り出し、鞄二つにまとめるのであった。


 ───────────────────────


 ノックが二回、その後に一回。

 主人が言った通りの合図だ。


「ランチだ、どうする」


 主人の声。


 オレは入り口をそっと開く。

 一応の警戒をしつつも、しかし部屋の外には彼だけがいた。

 ランチと言うだけあって食事もトレーに乗せて運ばれていた。


 それらを机の上に置く。


「さっき、お前らに客が来た。

 追い返したがな。

 ただ、連中は多分、また来るだろう。

 今度はここに直接かもしれん。そうなればオレも守りきれない」

「迷惑をかけたみたいだ、すまない」


 懐から金を出そうとするが、主人は手を前に出して拒否の姿勢を取った。


「これ以上は受け取れん。守れる自信もないんでな。

 連中はツイクノクから来ているらしい。

 ろくでもない連中だったが、本当にツイクノクの人間だというのは一人だろう。

 ディバーダンとか言っていたが」


 彼は知りうる知識は全てこちらに渡すつもりらしい。

 その身が危険になるのではとも思うが、その表情を読まれたのか。


「こっちのことは気にするな。

 それなりにパイプもある、いざとなったときの手がないわけじゃない。

 とにかく逃げるならビウモードにでも」

「ビウモード以外は、ありませんか……?」


 彼女が恐れを押し殺した声で言う。

 主人も少し憐れむような表情をした。


「……ふむ。そうだな。

 ああ、それならルルシエットはどうだ。

 あそこはもっと都市として大きいしな。ここからは離れちゃいるがね」


 それと、と主人は一度部屋の外に出て何かを持って再び現れる。


「客の忘れ物で、捨てるかどうか悩んでたもんだ。

 役に立てれそうなら使ってくれ」


 それは旅装だった。

 捨てるかどうかなんてのは嘘だろう。

 どれも先日まで現役で使われていたものだし、捨てるにしては惜しいと思えるようなものも多く備えられていた。


「……ありがとう」

「いいさ。受け取ってくれりゃ少しは救われた気持ちになれる」


 ───────────────────────


 昼下がりの頃にオレたちはこの宿を出ることにした。


『次に襲撃があったら、私達以外に被害が出るかもしれない。

 それは悲しいから』


 彼女がそのように言うのであれば、頂いた旅装を早速使わせてもらうことになる。

 自由のことを伝えるためにはまず、彼女の意思ってのを尊重しないと伝わらないだろう。


「もう行くのか」

「迷惑掛けそうだしな」

「……そうか。

 まだ一週間分の料金は貰ったままだ。好きなときに泊まりに来るといい」


 宿の主人にオレは礼を言う。彼女もまた貴族式の優雅な礼を取った。


 ───────────────────────


 警戒しながらも、それでも可能な範囲での早足で暫く進む。

 何者かが追いかけてくる気配もない。

 暫く歩いてから、ようやくオレは口を開いた。


「自由をって話なのに移動ばっかりになってごめん」

「大丈夫です」


 にこりと微笑んで返してくれる。

 彼女もまた、オレと同じく少しでも距離を稼ぐべきだと考えていたらしい。

 身なりはどこぞの令嬢といっても通る美しさではあるが、知識や思考は実際的のようでもあった。


「あと、自己紹介もまだだった」


 名前。

 考える暇もなかった。


「冒険者なのですね」


 タグを見やる彼女。

 これを知っている相手に適当な偽名を名乗るのもよくないか。

 冒険者の身分だって言ったときに違う名前が出るのもな。


「ああ、一応ね。

 冒険者のヴィルグラム。一応、青色位階だよ」

「立派なのですね!

 私は──」


「見つけましたよ、イセリアル。我らが姫君」


 宿で聞こえた声がどこからか響く。


「どうして先回りを、という顔ですね。

 それですよ、それ」


 道を囲うように伸びる森から現れた痩せぎすの男は自分の指を示すようにしている。

 彼の指には何もない。

 イセリアルと呼ばれた少女の指にそれはあった。


「あなたの身体を安定させるためのものではありますが、同時にあなたの居場所を理解するための紐でもあるのです。

 あまり感知する距離は優れてはいませんが、それでも今回は役に立ったわけですねえ」


 おっと、と痩せぎすは声を上げる。


「私としたことが失礼を。

 お二人にご挨拶がまだでしたね。

 ディバーダンと申します、ナウトン博士とご一緒にツイクノクまでお越しいただくつもりでした。

 どうでしょう、お二人で。最高のおもてなしをいたしますよ」


 イセリアルと呼ばれた少女は顔色が悪い。血の気が引いていた。


 それを見た以上、オレの取るべき道は一つだけだよな。


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