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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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84/204

084_継暦136年_秋/A07

 よお。


 約束破りのオレ様だ。


 ……まあ、そりゃあ、守りたかったんだけどね。

 ゴルティア様御一行をソクナが進んだ先へは通さないってくらいがオレの限界ってわけだ。


 せめてソクナの心にあったものがなくなって、自由になっていてくれれば嬉しいけどね。


 死んでしまった以上は取り返しはつかないし、復活(リスポーン)のことを知らせるつもりもないのだから再会するのも気が重い。

 なので、気を取り直して新しい道を進むとしよう。

 気を取り直していく以外に選択肢もないのだから。


 周りを見渡す。目を覚ましたのは外。

 背に壁。

 ここはどこだろうかと思っていた辺りで、


「大丈夫だ、こっちにおいで」


 そう言って手厚く歓迎してくれたのは賊のカシラ、とはいっても自称カシラでしかない。


 どうやらオレをどこぞの戦場で追い立てられた子供だと思い、保護してくれたらしい。

 一応は賊たちを取りまとめてはいるが、悪さをしているのは見たことがない。

 襲ってくる賊を撃退したり、危険なエリアを進む行商のちょっとした護衛をしたりして日々の食事を稼いでいる。


 ……目を覚ましてすぐにカシラによって保護され、それから彼らの手伝いをするうちに数週間が過ぎる。


 食事から寝具から、薪から何から何まで足りないものばかり。

 合流してから一週間か二週間は経っただろうが、生きるのに精一杯で日付のカウントも曖昧だ。


 カシラと同じく、賊らしからぬ人々が手を取り合って生きている場所──いつの時代に作られたかもわからない廃砦でオレたちは生活を続けていた。


 ───────────────────────


 どんどんと冬の気配が強まっていく。


「カシラぁ、本気でやるんですかい」


 我慢できる程度の寒さではあるものの、それでも手を擦り合わせている男。

 彼はカシラの側近である。その彼がそんなふうに、不安げに言ったのだった。


 それに対してカシラは言う。


「気乗りはしないが、仕方もない。

 君たちも知っていると思うが、ビウモードの連中が元気になりすぎて、賊はボッコボコにされている」


 カシラの語彙は基本的には育ちの良さそうな人間だと認識できるものが多いのだが、

 時折、他の人間に感化されたのか、砕けた表現をあたかも普通であるかのようにして口に出すことがある。

 ちぐはぐな感じが、場の空気をいい意味で弛緩させていた。


「んで、賊の生き残りがウチらのところに逃げてきたんで、ウチらの勢力がでかくなったんすよね」

「賊として考えれば喜ばしいところもあるが、我々のやり方はそこらの賊とは大きくかけ離れている。

 だから流入そのものは喜んでばかりもいられない」


 名ばかりの賊だものな。カシラたちは。

 ハードコアなやり方を愛する本物の賊(ガチゾク)とは相性が悪い。


「ただ、舞い込んできた仕事をしてもらうには向いているのも事実だ」


 ───────────────────────


 数日前の話だ。


 中核メンバーと客人を交えて会議が行われていた。

 オレは勿論、呼ばれたりはしてないが内容が聞こえてしまったのは仕方ない。

 聞き耳を立ててたんだろうって?

 ……それに関しては黙秘を貫かせてもらいたいところ。


『サリヴァン男爵は本気で仰っているのか?』

『本気だとも、でなければ腹心たる私を一ヶ月以上をかけてここまで送ったりはしない。

 で、どうなんだ。人員と労力は割けるのか』

『そりゃあ、割けますけどね……。

 ビウモードから出る馬車一つに全力を出して狙えって、理由が知りたいところです』

『言われたことをしていれば問題はない。

 今ここにあることは『やるか、やらないか』の決定だけだ。

 前回はこの廃砦で越冬できたようだが、次はどうだ?

 次の冬を越えたいのなら、魅力的な提案だとは思うが』


 会話の中で気になるものがあった。

 サリヴァン男爵。


 奴は男爵同盟の一員。確か狼人間になった奴だよな。

 まあ、同じ名前の男爵がいりゃあ別だろうけど、確か爵位を持つものに同名が既にいる場合は名前を変える慣習があったような気がする。

 そうなれば、サリヴァンはオレの知る男爵で相違ないはずだ。


 カシラに拾われはしたが、オレが客分のような立場であるのは変わらない。

 声を大にして助言するのはお門違いだろう。

 なので、彼らが襲撃のための準備を進め、オレもそれを手伝う。


 サリヴァンの使いが持ってきた依頼。

 その実行、つまりは馬車を襲うために準備を進め、遂にはその状況を実行できるレベルにまでオレたちは行き着いていた。


 だが、オレは知っている。

 依頼主であるサリヴァンはもういないことを。つまり、以後の報酬を支払うものもなければ、援護もない。


 準備をする前に話しておくべきかとも思ったが、準備を完了しなければできないことがあった。

 だからこの日まで黙っていたのだ。


 ───────────────────────


 側近と話しているカシラに対して、


「カシラ、ちょっと話があるんだ」


 オレは声をかけた。


 冬を越えるためにも入り込んだ廃砦の一室。

 ここにはオレ以外にも賊子供(ゾクガキ)に、他にも大人の賊もいる。


「どうしたんだい」


 ここに集まっているのは楽しいお話のためではない。

 外は気温が低くなり始めている、ひしめき合いでもしないと暖を採れないのだ。

 ひしめき合う部屋はちょっと臭いが酸っぱい。


「オレたちはこのままビウモードとやり合うんだよな」

「ああ、そうだ」

「戦力が足りると思えないんだけど」

「ビウモードとやるといっても、馬車一つだ。

 それでも危険だとは思うけど……だとしてもやらねばならない」


 カシラは賊らしくない人々に視線を送る。

 食わせていくためには、やらねばならないことがある、そう言いたいのだ。


「やり方次第でカシラの悩みを解決できるかも」

「……例えば、なんだ?」


 オレが提案したのは大雑把に分断と包囲をする戦術。

 そのためにどうするべきかを、あれやこれやとやり方を提示するとカシラは少し唸る。


「ちょっと来てもらってもいいかい」


 カシラはオレを連れて外へと出た。

 外にはちらちらと雪が降っていたが、この程度ならすぐに溶けてしまうだろう。

 ビウモード辺りが積雪に至るのは稀なことだったはず。


「君は何者だ?

 あのときは記憶が曖昧だから答えられることは少ないと言っていたけど」


 あのとき、というのは拾ってくれたときのことだ。


 嘘ではないが、真実でもない。

 そして語るほどのこともオレにはない。


「だが、君が語るその戦術は記憶もなくうろついていた孤児のものとも思えない」

「自覚はないけど、それなりの生まれだったのかもね。

 それこそ戦術をかじれるくらいに裕福な家庭だったりさ」

「……」

「疑ってる?

 例えば、男爵側から送り込まれた監視役だとか、そういう」


 男爵からすれば賊なんて信頼に値しない存在もいいところだろう。

 襲うと約束はさせても実行するかの確約はどこにもない。


 であれば、勝算があるよと横から口を出す甘言をもたらす存在を雇ったりするかもしれない。

 その考えにカシラが至るのは理解できる。


 オレ様は、といつも通りに言いそうになるが、この状況でいつも通りで通すのは具合が悪い。

 流石にオレもそれくらいの空気読みはできる。

 読まなくていい場合はオレ様で通すけどさ。


「オレがそうだったとしてさ、今ここでカシラと話したりすると思う?

 戦術の話にしたって、やるなら他の……それこそカシラの側にいる大人に教えて、その人に言わせたりするんじゃない?」

「……む、むむ……。

 確かに、確かにそうだね」


 あえて、そういうのを演じる間者もいそうなもんだけどね。

 まあでも、実際サリヴァンの手下だなんて思われるのは心外だから訂正はする。


 この機会だ。折角だからカシラのことをもう少し知っておきたい。

 賊のカシラだからって常に最悪のクソゲス野郎だとは限らないことをオレは知っている。

 彼にはどんな目的や背景があるのだろうか。


「ねえ、カシラ。

 皆を食わせるためだってだけなら別の手段もあるんじゃないの?」

「……そうだな、ああ、そうだよ。

 わかっては、いるんだ」


 カシラは背丈が高く、すらりとはしているが決して弱々しくはない。

 どこか立ち振舞には気品がある。

 もしかしたなら、元々は立場のある家柄の人間だったりするのではないだろうか。


 つまりは、短絡的な思考ではなく、長期的な計画を立てられるだけの学識や教養が備わっているのではないのか。

 それを知りたいのだ。


「私は小領主の息子でね」

「小領主?」

「小領主を知らないか。

 ……簡単に言えば、伯爵様に命じられて荘園や村を管理する立場の人間さ」

「代行貴族的な?」

「ははは、随分と古い言葉を知っているな」


 なるほど、古かったか。


「じゃあカシラは貴族だったの?」

「一応は、そうだな」


 貴族ではあるが、血筋がそうではなく、彼は土地を治める才能があるとして主家に取り立てられて貴族となったケースらしい。


「ただ、伯爵同士の諍いでとばっちりを受けて、荘園は燃え落ちた。

 生き残ったものを連れて右往左往している内に、このザマさ」

「村でも拓けばいいじゃないか。

 村や荘園の運営をしていた経験があるんだろ?」

「ああ、実はその準備も進めてはいる。

 ……問題は、合流した賊たちなんだ」


 彼らが生き残りに必死になる一方で、困っている人間を放っておけないのもカシラ。


 ただ、そのせいでたちの悪い……いうなれば『本物の賊』を入れてしまい、

 どこで馬車襲撃の話を聞いたのか、金になりそうな今回の依頼に大いに乗り気になってしまったようだ。


 それを取りやめれば確実に組織の内紛に繋がる、そういうことだ。


「準備って」

「君が言った通りのもの、つまりは村を拓く、そういう話さ」


 なるほど。合流した賊が問題になる、か。

 予定よりも数は増えるし、秩序も保てるか怪しい。

 越冬だの運営だのが成立しない可能性が大きいのか。


 逆に言えば、荒くれ賊がいなければ越冬はほぼ確実に可能なのだろうか。


「ああ、名前を聞いてなかったね」

「ヴィルグラム」

「はは、王様のような名前だ」

「心だけは王様でいたいもんだからね、賊だとは言ってもさ」

「ヴィルグラム、頼みがあるんだ。

 私の代わりにその村の──」


 そうなるだろうなあ。

 だから答えは決まっている。


「いやだ」


 お断りだ。

 代行貴族の、じゃなくて、小領主の仕事なんて務まるわけがない。


「……そうか」

「役割が違うでしょ。

 カシラの仕事はそっちだ。その道のプロなんだろ。

 荒くれ者どもはオレ様がなんとかしてやるって」


 口調もいつも通りだ。

 カシラも腹を割ってくれた。それならオレも擬態する必要もない。


「オレ様、か。

 ははは、それが君の本当の一人称というわけかな」

「流石に状況が状況だから改めていたけど、やっぱこっちがしっくり来る」

「ふふ、ははは」


 暫しカシラも笑う。

 そうしてから、オレは改めて言う。


「カシラ、多くを救ってやってくれよ。

 村ってのを作ってさ、賊子供(ゾクガキ)だとか、賊になりきれない奴らを正しい道に歩ませてやってほしいんだ。

 だからさ、男爵の仕事の方はオレ様にやらせてよ」


 カシラは苦々しい表情を浮かべ、

 しかし、これまで彼を頼ってきた人々を救えるのも、彼自身だけであると理解してくれたらしい。


「わかった……」


 カシラは腰に帯びていた剣をオレに渡す。


「こいつは荒くれ者が私に従う気になった理由さ。魔剣だよ。

 主家から賜ったもので、それなりの力がある。

 これを持っていれば連中も君に従うだろう」

「わかった。

 それじゃ、もう少し実務的なことも話し合おう、カシラ」

「ケネスだ。

 今から私と君は目的を共にする同志、互いに遠慮のない呼び方をしたい」

「わかったよ、ケネス」


 オレがやるべきことは決まった。


 ある程度の話し合いの後に、懐に入っていたある程度の金額が入ってた財布を机に置く。

 男爵の出す予定だった報酬には足りないが、まとまった金額と言えばそうだ。

 報酬がない以上はここで別れても越冬できない可能性が大きい。


 魔剣の代金として、オレはそれを支払わせてもらった。

 ケネスは魔剣は危険な任務のための報酬であって、売買ではないからお金をもらうのは、と躊躇もしたが、

 人々を村へと向かわせ、荒くれものたちと離別することを考えれば男爵の依頼の成否に関わらず金は得られない。

 その考えに行き着いたケネスはオレの財布を受け取ってくれた。


 ───────────────────────


「まさかカシラをボコしたのが賊子供(ゾクガキ)とはなあ」

「敬意が感じられないなあ」


 刀身を淡く光らせる。

 色を変えるだの光らせるだの意味があるかと思っていたが、

 付与術が込められた武器を持っているのだぞというのを見せるのには程よい機能であることを認識した。


 ケネスの魔剣は素直な使い心地だった。

 受け取った日からすぐに勝手を理解するために付与されているものを探る。


 興味を引いたのは『刀身の保護』という効果があった。

 連戦で血に濡れたり脂で切れ味が鈍ったりしないという機能のようだった。

 ついでにこの効果が発露するときに淡く光る効果があるので先程のような脅しの道具にしたりもできた。


 高度な付与術付きの武器にはハナからついているようなもの……という知識はある。

 だが、この武器にはあえてそれを別項目にしている。

 そうした理由は付与をした施術者なり、作るように要求した貴族がいるならその人物なりに聞かねばわからないだろう。


 ともかく、軽さも振り心地も上等だ。

 荒くれ賊たちは決闘でケネスをボコボコにしてこれを奪ったと勘違いしている。


「へへ、すいやせん。カシラ」


 賊の一人が魔剣を恐れて下手(したて)に出る。


 剣を弄ぶように、手から離しては一回転か二回転した武器を掴む。

 失敗すれば指が飛びそうなものだが、その辺りは大丈夫だ。

 『刀身の保護』の付呪によって切れ味を消すことができるようなっている。

 このあたりも戦闘のためのものというよりも祭儀的なものに使うためだったのではと考える理由になっていた。


「オレ様たちのやることはわかっているな」

「へい、襲撃、包囲、分離ですね」

「お前らが襲撃し、穴のある包囲を作る。

 穴は誰も彼もを簡単に通すものじゃない。護衛の何人かがお前らを足止めして、なんとか馬車だけを逃がすんだ。

 そこを更にオレ様と腕に自信のある連中で襲撃する」


 特に野に放しちゃいけなさそうな悪党を上から選び、それを最終盤面で使うことにしていた。

 こうして準備は整ったのが数日前。

 それからは道から少し外れた場所で野営をしながらお相手を待つ。


 準備から数日、馬車が一台見えたと報告が来る。

 屈強で大柄な馬を二頭立てにしたものらしい。屋敷そのものを引けそうだなどと見張りが言う。


 事前に何度かリハーサルを行っていたのが功を奏して、賊たちは慌てず騒がずそれぞれの持ち場に付けた。

 見えてきた馬車は報告にあった通り、相当に大きなもので、御者席と後方部分のデッキにそれぞれ護衛が付いていた。


 大きさがどうあれ、やることは変わらない。


「よし、取り掛かるぞ」


 オレの言葉に、悪党どもが動き出す。


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