069_王国暦466年_秋/03
よっす。
馬車にぬるりと入り込んだオレだぜ。
ちなみに、そのせいでいきなり殺されかけているオレでもあるぜ。
「殺しちゃだめだ!」
「……承知いたしました」
メイドの抜き手がオレの喉の手前に迫っていた。
わかる。
この一撃、オレをあっさりと殺せるだけの威力があることがわかる。
伊達に自称『何十万回と死んでいるザコ』なのだ。威力の多寡は肌感覚でわかるものが多い。
入り込んだ眼の前には巨躯のメイド。
殺すなと言った声の主はオレの背後にいる。
姿は見えないが、随分と幼い少年の声。
その声の主のお陰でどうやら死なずに済んだらしい。
「ここに入り込んでくるとは面白いね。
暗殺者かな」
「ただの賊だよ。
襲ったのはカシラの命令だが、ここに忍び込んだのはオレの興味と安全のためだ」
「安全?」
大矢が再び馬車に叩きつけられて揺れる。
「逃げようにもあの矢だろ?
けど、馬車はそれに耐えるくらいに頑丈。
そうなりゃ逃げ込むっきゃねえだろ」
オレたちを取りまとめていたカシラも大矢でぶっ殺されたっぽいしな、と付け加えつつ。
「そりゃ不憫だ」
「あー、話しにくいから振り返っても?」
オレの言葉にじろりとメイドが睨むも、声の主は「構わないよ」と言ってくれた。
そうして振り返ると、
苦笑しながら聞いているのは、少年……というか、それよりも幼児と呼ぶにふさわしい外見の人物が椅子に座っている。
口調こそそれなりに成熟した人間のそれだが、子供だ。まごうことなきガキンチョ。
「あー……。
アンタがターゲットだった貴人って奴か。
なんであの男爵だかはこんな子供を殺せなんて言ったんだかなあ」
「ほう、男爵?」
「名前までは知らんが、そう呼ばれていたようだよ。
ここにアンタの馬車が来るから絶対に殺せってな」
小さく彼は笑う。
「そうか、ふふ。いや、意外なところから情報ってのは転がり込んでくるもんだ」
ただ、天使の微笑みという感じではない。
猫が棚の裏に隠れていた獲物を見つけたような。
「で、アンタは誰なんだ?」
貴人ってのはわかる。
見た目がいいからどこぞのお坊っちゃまなんだろうが。
「この地に住んでオレ様を知らんとは、いや……名声なんざそんなもんだよな。
所詮、オレ様の存在なんて宮廷と貴族の間のもの、か。
とはいえ、オレ様にも立場ってものがある。
そちらから名乗ってほしいんだが、ダメかな」
「あーっと、貴き方にこりゃあ失礼を。
オレの名前は──」
困った。
怖いメイドに背中を睨まれている状態で名前なんてポンポン思いつかんぞ。
会話をしつつも大矢がぐらぐらと馬車を揺らしている。
ええい、それでいいか。
「グラだ。
どこにでもいる賊さ」
「グラ、ね。
オレ様と少しだけ共通点もあるってわけだ」
その言葉の意図はわからないが、
「で、アンタは」
と問い返す。
少年は居住まいを正すと、名乗りを上げる。
「ヴィルグラム・カルザハリ。
カルザハリ王国、王太子だ」
王太子?
……マジモンの貴人じゃねえか。
メイド含めて護衛が三人ってなんでそんなことになってんだ?
「……マジか。そりゃあ貴人も貴人なわけだ」
お忍びなのか?
その辺りも興味があったが、流石に聞き出す余裕はなさそうだ。
「流石に名を名乗ればわかるか」
「王太子っていいだけガキって話だったはずだが」
「ははは!ガキだろ、見ての通りさ」
「その割には態度が横柄というか、場馴れしているというか」
「頭のデキが他の連中と違うもんでね」
「で、オレの名前と一部が被っているから、共通点か。
まったく恐れ多いね──」
ばきん、と今までにない音を大矢が馬車へと響かせた。
「殿下、そろそろ馬車の耐久力も限界のようです」
メイドは実に冷静に危機的状況を告げる。
「つっても、アンタは底面から出れんだろ。どうする」
逃げ口はあるものの、彼女はそこから出られないことは先程実証されてしまっていた。
「私は出入り口から出て、大矢の射手を引き付けておきます。
殿下は脱出口からお逃げください」
「それならオレを雇わんか、殿下。
護衛と逃げ道の提示、安くしとくぜ」
「何を馬鹿なことを。殺しに来た賊を雇う馬鹿がどこにいる!」
オレの提案にぎろりとメイドが睨む。
そりゃそうだ。
外にいる連中のせいでこんなことになっているし、オレはその一員だからな。
けど、提案するのはタダだ。
王太子殿下をこのまま大矢の餌食にするのはなんというか、偉そうな言い方をするならば時代の損失ってやつに感じる。
この年齢でここまで頭が回る奴は見たことがない。
成長すれば乱世を鎮める偉大な王か、乱世の全てを平らげる恐るべき覇王にでもなりそうだ。
「……面白そうだな」
「ああ……、殿下。
面白いだけで命をおかけになるというのですか」
この『面白そう』という発言に振り回され続けてきたのだなというのがわかる、メイドの呻くような悲鳴。
「どっちにしろ逃げるなら案内役は欲しいからな。
生きてきた四年間でオレ様が人選をミスったことはないだろう」
「え、四歳なの?」
「そうだが」
「こんな偉そうな四歳がいていいのかよ」
「いいんだよ。実際偉いんだから」
「そんなこと言っている場合ですか!」
飛んできた大矢が遂に壁を貫き始める。
「時間もない。オレ様を信じろ、セニア。
お前は生き延びることを考えるんだ、まだまだオレ様には子守が必要なんだからな」
「殿下……」
セニアと呼ばれたメイドは頼られる嬉しさを隠しきれない部分と、オレのような不逞の輩に任せねばならない状況の悔しさをにじませている。
実際、彼女と共に殿下が外に出るって選択肢もなかないが、大矢が降ってくるところで守りきれるかどうかはかなり怪しい。
どれほどの距離から射っているかはわからないが、少なくともオレやカシラたちがここに来たときの簡単に見回ったときには姿形もない。
高所となるような場所もないわけではないが、限られていて、その限られた場所は結構な距離があった。
もしそこに陣取っているとするなら、狙撃の腕前は相当に洗練されている。
「承知いたしました。
正面から出て、安全確保ができ次第すぐに合流いたします。
グラ、殿下をお願いします」
「はいよ、任せてくれよな」
まずはオレが底面へと出る。危険がないことを理解すると降りてきたヴィルグラム殿下と共に匍匐前進で大矢が撃たれているのとは逆側へと進む。
街道沿いはホームみたいなもんだ。
木々は茂っちゃいるが、森を突き進むようなわけでもない。
隠れてあのメイドを待つにしろ、何をするにしろ都合はいい。
「グラ、二つ言っておくことがあるんだ」
「なんだよ、王子様」
「オレ様は王族で、王族ってのは独特のインクを持つものでさ」
「んで?」
「王族を殺しに来ている連中がそれを探知して狙わないわけがない」
「探知か何かで隠れても無駄だぜ、的なことを仰っておられる?」
「そうなるな」
そういう仕組があるのは初めて知ったが、
「もう一つは──」
ある意味、後者のほうが重要だ。
それを使うハメにならないのが一番ではあるんだが。
風に揺れた木々や枝々の音ではないもの。
何かが近づいてきている。
「王太子殿下、ちょいと失礼」
「ん?うわっ」
オレは殿下を引っ掴むと急ぎ駆け出す。
あまりあのメイドたちがいるであろう馬車から離れたくはないが、ここにいるわけにもいかない。
かといって馬車に戻れば大矢の餌食になるのは間違いない。
洞穴か?
いや、記憶の中じゃ微かに村か集落があった情報も見える。
そのどちらかに──
「奇妙なインクを追ってきてみれば、まさか扉の前のお前とは」
どちらかを選ぶ前に、道は閉ざされた。
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仮面を付け、外套を羽織る気取った感じの服装。
男爵だか旦那だかと呼ばれていたソイツは森の中で随分とトンチキな格好で現れた。
別に今更変装なんぞしなくてもとは思うが……。
そうか、オレがいることがイレギュラーなのか。
「旦那ァ、こっちは幼児誘拐で忙しいんですがねえ」
「お前の仕事はその子供を手にかけることだろう。忘れたのか?」
「それはカシラへの仕事でしょう?
申し訳ないんですが、旦那に雇われた記憶はないんでね。報酬も貰ってないし」
旦那の周りにいる数名の人間がオレの言葉に武器を抜くことで答える。
「あー、ヤダヤダ。
気に食わない返答をしたら次は暴力ですってよ、王子様」
「まったくだな。
会話を楽しむ心の余裕もないなんて、犬猫の喧嘩よりも低俗だ」
「猫の喧嘩はふしゃふしゃうるさいくらいだし、犬の喧嘩も吠えまくり唸りまくりだし、そんなのに劣るって相当ですなあ」
王子と一緒になってやんややんやと騒ぐ。
「もしかして俺たちに喧嘩を売ってるのか?」
「ナスやキュウリを売っているように見えるんだったら病気だぞ」
「殺す」
売り言葉に買い言葉ってのがあるが、売る方に関しちゃオレはちょっとしたものだと思っている。
賊じゃなくて行商でもやっていれば良い稼ぎが手に入ったかもしれない。
残念ながら今回のお客さんは代金を暴力で支払うつもりらしく、
仮面のお付きが端的に感情を言葉にすると同時に踏み込む。
王子を後ろに投げ捨てるようにしつつ、オレは石礫を撃つ。
襲ってきたのは二人。
片方はオレの印地によって頭が潰れ、そしてもう一人は光を伴った炎が膨張するようにして爆発して吹き飛んだ。
「ナスやキュウリよりはちょっと派手な売り物だったようだな」
殿下の言葉にオレもにやりと笑う。
ヴィルグラム王太子が話したのは『二つある話題』の一つはインクによって探知されているかもしれないということ。
もう一つは、彼自身が魔術や請願を扱えるということだった。
それも、かなり変わった形で彼はそれを用いることができた。
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「時間差で発動するってことか?」
「発動自体はしている。その到達を遅くするというものさ」
「ぜ、全然わからん」
ええと、と言いながら王太子殿下が解説をしようとする。
自分でもその力が複雑で、説明が難航することを理解しているようだった。
「例えば魔術を荷物として考え、それを発送する。到着の日付を……ああ、いや、そんなことを話している場合ではなかったな」
話したそうにも見えたが、そこは四歳児の理性が勝った。すげえぜ四歳児。
「あー、そういやそうだった。
とにかく、今発動したら」
「すぐに発動することも選べるし、ある程度時間指定して、そこで発動させることもできる。
着弾タイミングは多少、到着前に弄ることも可能だ」
要約すればそうだが、変わった形なだけあって、癖も強そうだ。
「便利な罠に使えるって覚えときゃいいよな、王子様よ」
「王子様、か。オレ様を呼ぶのに様は不要だよ。ヴィーで構わないから。
親しいものからはそう呼ばれるし、命懸けの逃避行に付き合ってくれるものに感情を向けても叱られはすまいさ」
四歳児にしては本当に、なんというか、ヒトの心の掴み方を理解している。
案外オレと同じように復活するような体質だったりしてな。
それを確認している時間的猶予がないのが残念だ。
「それじゃあ、ヴィー。
生きて脱出しようぜ。そんで飯の一つでも奢ってくれ」
「良いとも。なんだって奢ってやるとも」
言っててなんだが、四歳児に食事をタカっているのだと気がついて訂正したくなったりもした。
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「それが王太子が持つ、物流の超能力……。
厄介な……」
それを見た旦那は腰の得物を抜くかを悩み、一歩、また一歩と下がっていく。
捨て台詞の一つもなく、彼は消えた。
「殿下―ッ!」
騎士とメイドが追ってくる。
前者は鎧がボロボロなのは戦いぶりを見ていたが、後者は返り血で真っ赤になっていた。別れてからの短時間でどれだけ大暴れしたのか。
あの派手な爆発のお陰もあって居場所はすぐに特定してくれたらしい。
いや、そこまで考えてあの魔術を行使したのだろうか。
「あの爆発する魔術以外にも使えるのか?」
「ああ。だが、居場所を知らせたかったし、あれがベターだったろう」
「そりゃあ、ベターだとは思うが……なんつうか、その判断力は……。
本当に四歳児なのか?」
「本当に四歳児だよ。
親も国も放っておけないから、こっちが早熟になるしかなかったってだけで」
「そりゃあ……しんどそうな」
「なあに、しんどさの中にも楽しさは見出だせるよ」
強いなあ。
「っと、メイドさんよ。
オレのお陰じゃあないが、とりあえずは守りきった。
あとは任せてもいいよな」
「ええ、それは勿論」
恭しい態度を取る。
どうやらメイドさんもオレを敵ではないと認識してくれたのかもしれない。
そういうのが伝わるのはちょっと嬉しいよな。
「ヴィー、飯の奢りについちゃまた今度な。
オレはほら、一応カシラの弔いもしてやりたいから」
「……わかった。
では、いつでも王国首都にある城を訪ねるといい。
もしもオレ様がいなくても合言葉とグラという名前を言えば善きようにすることを約束する」
「ありがとな」
合言葉を耳打ちされ、そして騎士、メイドは去っていった。
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ヴィーたちの背を見送る。
それから暫くしてから、オレは手頃な石を掴むと茂みに石を投げ込んだ。
石は何かに叩き落された。金属に当たるような音だった。
茂みが揺れて、一人の男が現れた。
「気が付いていながら、ここに残ったのか」
「逃げてもよかったんだけどね、お前はヴィーを追うだろ。
そんで、あのメイドと騎士を出し抜いて殺す策を残しているってことなんだろ?」
にたりと笑う旦那。
「それじゃ、ここで時間稼ぎの一つでもしておこうかなってな」
「賊如きがか」
「賊如きでもやれることはあるかもしれないぜ」
ないんだけどね。
あのメイドと騎士を潜り抜けて王子様殺すのにも否定がないし、どう考えても格が違うだろ。
でも大丈夫。
なぜならオレはまるで命が惜しくない。
文字通り命懸けのブラフが見抜かれることはない、そんな無闇な自信がオレにはある。
「石を投げる程度の力で何ができる?」
「おいおい、ついさっき王子様の力を見たってのに何も思わないのか?」
「……インクの気配はない、彼の魔術が飛んでくることなどありえんよ。
つまらんブラフだな」
腰に帯びた剣に手をかけようとするが、
「ぷふっ、くくくっ……」
オレが吹き出すのを見て手を止めた。
「何がおかしい」
「いやいや、短絡的思考過ぎて笑えて来ちまった。悪い悪い。
あのなあ、お前が殺そうとしている王子様はそんなにわかりやすいお人かね。
四歳児だってのにおっかないくらいに考えを研ぎ澄ますお人だったろ。
それが短絡的に、直接的な手段でお前に魔術なんて使うと思ってるのか?」
「……!」
「手下を一人ここに残して死ねというお人か?」
確かに、という表情をする。
オレは石ころを一つ掴むと適当に投げる。
相手は何を?という表情をしている。
「おっと、これは違ったか」
適当なことを言う。
態度は勿論、嘘のない感じで。
「何を……いや、まさか……」
地面を見渡す旦那。
そこら中にある石ころ。
「……石ころに籠めたのか、魔術を」
なるほど。そういう解釈ね。
じゃあそのアイデアをいただこうかな。
「ちょっとでもオレとダンスをしてみたら、どれがドカン!ってなるかもわからないぜ。
オレの命と旦那の命、等価と見るか?
それなら一緒に踊ろうぜ」
「馬鹿げたことを……」
腰にある剣の柄に手を触れ、しかし抜きはしない。
こちらも同様に、石ころを掴んではいるがピッチングフォームは取らない。
睨み合いの状態。
こっちは時間を消費できるなら消費していきたいが……。
五分か、十分か、睨み合いは続く。
動けば爆発するかもしれず、動かないままに隙を見せればオレの印地が飛んでくる。
石ころを投げるだけとは言ったものの、それでも人体を破砕するくらいの威力があるんだ。
それを目の当たりにしている旦那は抜刀の構えのまま、額に汗を浮かべていた。
やがてもう数分経った頃に、死が隣り合わせにあることを飲み下したのか。
「王族殺しをするのだ、今更──」
柄を握り、剣を抜き打つ。
「己の死を恐れるものかよッ!」
覚悟を決めちまったか。
もっと時間を稼ぎたかったが仕方ねえ。
オレは石を投げつけようとするも、それが不可能であることに気がつく。
相手が剣を抜いたとしても、即座に斬りつけられるような距離にはいない。それくらいはオレも気を配る。
相手が剣を抜く。いや、それは剣のようでいて、そのものではなかった。
節を幾つも持った、ムカデめいた作りをしている。
鞘から解き放たれたそれは蠢くようにしてそれぞれの節を開くようにして伸び、鞭のようにしなってオレへと襲いかかる。
説明すれば長くとも、刃が延長していくようにしてオレの体に届いたのは本当に一瞬のことだった。
体の半ばまでムカデ状の刃が切り込まれる。
オレはその刃を掴む。
少しでも時間を稼げるのならばそれでいい。
あの王子様が生きて、育てばこの乱世も少しはマシな時代になるかもしれない。
そう思わせるくらいのカリスマがヴィーにはあった。
「刃を離せッ!」
剣を引き戻そうとした瞬間だった。
「この男爵の道の邪魔をする な゜っ」
むくつけき男の喉から出るとは思えない、間の抜けた音。
旦那の首がぽんと刎ねられ、切断面から空気が漏れたものだった。
力と支えを失うようにしてか、ぐらりと倒れる旦那。
その後ろにはあの布だらけの、仮称傭兵が立っていた。
「……間に合わなかったでゴザルか」
男とも女とも付かぬ声。
片手には円形の鉄片が握られている。外に向いた刃が備えられているようにも見えるが、何かまでは理解できなかった。
「あの大矢を放っていた弓手を殺すのに手間取らなければ助けられたかもしれぬのに……。
,
この身の戦技が不十分であったからだ……申し訳ない」
「申し訳ないと、思ってくれる……なら、頼みが……ある……」
痛みはない。
つまりは、命は尽きかけているって証拠だ。
「ヴィーを、助けてやってくれ……」
「言われるまでもない。仕事のうちでゴザル。
だから安心して逝かれよ。
おぬしを見送ったあと、すぐにおいついて必ず守り抜くゆえに」
「本当なら、オレも……何かヴィーの手伝いをして……こんな時代を何とかしてやれれば……よかったんだが……な……」
意識が闇に溶けていく。
後のことを『布まみれ』に託し、オレの命は尽きた。
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「名も知らぬ人よ。
殿下の周りにもっとおぬしのような人材が増えればいいのだが、彼に見合うようなものはいつも我先にと命を落とす。
……むごい時代でゴザルな。本当に」
もはやそこには命あるものは忍者一人を除いて誰もいない。
「……無事を約束した手前もある。急がねばならぬでゴザルな」
次に風が木々を揺らすと、まるでその忍者も元からそこにいなかったかのように消えた。




