067_王国暦466年_秋/02
※却説:遺留倉庫は『066_継暦136年_秋/06』からの連続的な繋がりはありません。
よっす。
僻地を荒らし回っている賊のオレだぜ。
賊ってのは気楽な稼業だ。
食っていくのにちょっとしたコツさえありゃあなんとかなる。
例えば、今のオレがそうだ。
木々に紛れるようにしてオレは平地を見下ろしている。
高所にオレが潜んでいることに誰も気づいちゃいねえ。
どこぞの兵士は荷物を背負って歩いているが、それが奪った代物なのをオレは知っている。
それなら、更にオレが奪ったって問題もないよな。
オレは石を掴む。
「へへ、しょうもねえエルフどもにゃ財産なんて勿体ねえ……」
周りを警戒しながら兵士は担いでいる鞄を開こうとしていた。
大きな隙だ、気が鞄へと向く。
独り言を呟くというよりも、自分にそう言い訳しているようにも聞こえた。
悪事を働く奴は後ろめたさからかあんな風に口数が増える。
その点はオレもそうだな。口には出してないが。
この身には印地術、つまりは投石に関する技巧がある。
こいつを「オッホエ」と気合を込めて打ち込むと離れたところにいる兵士がぶっ倒れる。
兜を付けちゃいたが、安物の鉄板で作った飾りみたいなもんじゃあオレの投擲は防げねえ!フッフーゥ!……と叫びたい気持ちにもなるが、それは我慢。
他に兵士がいないのを確認して鞄を漁りにいく。
中にあったのはパンやドライフルーツの類。
この兵士が誰かから盗んだと思う理由は彼の独り言以外にもある。
鞄だ。
エルフ様式で作られた鞄ってのはどうにも可愛らしいものが多い。
頭が潰れた兵士の顔はむくつけき髭面のオッサン。
こいつがそんなもの選ぶとも思えないし、何より鞄にはべったりと血が付いている。
オッサンのではない。なにせ乾きはじめたものだ。
こんな風に追い剥ぎ兵士らしきものから更に奪うことで飯には困らない。
生活のコツだぜ。
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さて、オレが飯の種に困っていないってのは説明できたと思う。
食べ放題形式同然となっているのにはちょっとばかりの説明が必要だ。
現在進行形でオレがうろついているのは西方、ヒト種ではないものたちが多く住まう領域だ。
王国に従う公爵サマが睨み合う危険な地域でもある。
東側にあるカルザハリ王国は版図を広げるために馬鹿げた戦いを続けた。
各地の敵対的な領地を生かさず殺さずで攻めて、逃げ道を用意する。
ヒト種に関しては寛容に、それ以外の種族には苛烈な態度を取った。
これによってヒトは王国に従い、それ以外の種族は西方へと逃げる。
敵を一箇所に集めるためにあえてそういう行いをしたってわけだ。
馬鹿げているが、これは上手くいった。
おかげで敵は西に固まった。
元々エルフ、ドワーフ、獣人たちが西方を支配していたが、そこに各地からその三種族を始めとしたヒト以外の種族が雪崩込んでいく。
あとは武に自信アリアリのカルザハリ王が軍を率いて叩き潰せば東西統一という大偉業を為せる。
そう息巻いていたらしいが、人間ってのには天運がある。
つまり、王様は天運が尽きた。
今頃は首都で寝込んでいるって噂だ。
そうなればどうなるか。
勿論、苛烈な戦略を取った王国への爆発的な反発と反撃だ。
西側に追いやられたヒト以外の種族、本来は手を組まない連中が手を組んだ。
西はクチの悪い連中からは亜人領域だとか亜人圏などと呼ばれちゃいるが、実際には人間種が主。
人間と亜人を分けるのは文明的に手を取り合えるか、取り合えないかで区別される。
エルフは人間、ゴブリンは亜人、ってな感じだ。
が、王国はあえてそれを無視して人間と分類される連中まで亜人扱いしたってわけ。
そりゃあ「お前ってゴブリンと同じだよな」なんて言われたら怒るだろうに、ただ言うだけでなく、ゴブリン扱いを実際にやらかしたわけだ。
そりゃあ反発も凄い。
ちなみに王様が寝込んだあと、一部で統制を失った連中がそうしたことを更に推し進めたって話もある。
王国と西方の戦いは激化し、そこに付け込むのが本来で言うところの亜人だった。
亜人たちは西側も王国も関係なしに、軍や兵士が少ないところに襲いかかる。
そうなれば家族や土地を失うものが現れ、決して平和じゃない地域であるから、そうした人々を受け入れる余裕はない。
人間が人間らしく生きるためのアレコレが失われれば、人間も亜人のような生活をするしかなくなる。
つまりは、賊になるっきゃないってこった。
こうしてこの辺りは亜人、不良兵士や不良騎士を一纏めにしての『賊』の楽園に相成ったってわけだ。
いやな時代になったもんだな。
……お陰で亜人並の悪党はそこら中にいて、呵責なく飯の種にさせてもらってるオレが言えるこっちゃないか。
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この辺りは賊の楽園。
オレも今日も元気に高所を取って王国の見回り連中に石を投げつけている。
今回は飯の獲得って理由ではない。
相手はエルフの女を追って部隊を離れたバカチンどもだ。
兵士は恐ろしいが、その恐ろしさってのはどこにあるかっていえば統率と戦術。
群れを作っていない兵士なんぞ統率もなけりゃ戦術もない。
カモでしかないのさ。
「オッホエ!」
「ぎゃっ」
「なんだ!?サルの鳴き声みたいなのが──」
「オッホエ!!」
高所から投げつけられた石で見回りどもが一人、また一人と死んでいく。
逃げていたエルフがオレを認識した。
オレもそれを確認したが、別にお礼が欲しいわけでもない。
手で追い払うようなジェスチャーをする。
この先にはエルフたちが作っている難民キャンプじみたものがあるから、そこまで逃げれば大丈夫だろう。
追手に関しちゃ、ここで足止めできるしな。
いやいや。別に彼女のためじゃあないぜ。美人だけど。オレはエルフ好きだけども。
あくまで効率のいい狩りができるからやっているだけだ。
「あ、あそこです!」
「サルみてえな声をあげた奴がいます!」
おっと、位置バレしたか。
さっさと退散するに限る。
オレはこそこそとその場から離れた。
どうせ死んだところで、再びどこぞで目を覚ますだけだが、死ぬってのは痛い。
痛いってことは、辛いってことでもある。
それをありがたがって受け入れるほどオレの性癖は広くない。
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「追え!」
「アイツのせいで巡回の動きが鈍っているのだ!必ず殺せ!」
「包囲だ、包囲網を作れ!」
声が響いている。
いやあ、困った。
ちょっとバカどもに石を投げたらこれだ。なんて時代だ。エルフのお姉ちゃんを助けるのが楽しくて、十日か半月かくらいの間、延々と連中の頭を凹ませ続けただけだってのに……。心の狭い奴らだ。
ちなみに心の広い奴らが誰もいないわけじゃない。むしろ泥中の蓮は結構咲いている。
凹ませる必要がないって奴らは難民キャンプでエルフたちの護衛をしている。
ヒトだとかエルフだとか、種族で敵味方にくくるなんて馬鹿のやることだよな。
「この辺りを通っていやすぜ」
斥候の声。
いやあ、流石に本職相手を騙すのは無理だ。
大きく迂回する形で相手の背中を目指すことにした。
とはいっても、恐らくは連中を狩り続けるってのも限界が近い。このあたりがオレの実力の底ってわけだ。
逃げ切れるほど速度に自信があるわけでもないし、相手を全滅させられるほどの武力もない。
可能なら連中の補給品の一つにでも火をくれてやりたいところだが、間に合うだろうか。
斥候の声はそう遠くないが、近くもない。
急いでいい感じの着火対象を探し、見えてきたのは野営用のテントやら柵やら。
歩哨が一人。
殆ど全員でオレを追いかけ回しているのか?
大あくびをカマしている歩哨にオレは石を投げつける。
頭から赤い花を咲かせて倒れるのを確認する。
これなら火をつけることもできる。もしかしたらそれに紛れて逃げることもできるかも。
絶やさずに灯され続けている焚き木から火を拝借。
空は未だ中天に太陽が昇っている。明かりにする必要はない。
焼くのならば寝床か、食事か。
そうしてオレはどれを焼こうかと思っていると厄介なものを見つけてしまう。
籠だ。牢とも言うか。
中には獣人の子供たちばかり。一部は体格のいい、戦奴として売られそうなものもいる。
なるほど、不良兵士程度に思っていたが、こいつらは下請けか。
人材商に囲われているのだ、ここの連中は。
部隊を離れてエルフを襲おうとする連中が多かったのは、獣人は商品で、趣味に合わなかったのか、美人なエルフとお楽しみする為に独断したんだろうな。よくある話だ。
獣人の一人がオレに気がつく。
静かにしてろというジェスチャーをすると頷いた。
別の獣人が周りを見るようにしてから頷く。
『ここの辺りに見回りはいないよ』そう言いたいのだろう。
耳も目も鼻も、なんだったら気配を探る能力はオレの何倍も優れているだろう。彼らを信じない理由がない。
こそこそと近づく。
腰に吊るしたお手製のピッキングツールで牢を開いてやった。
「静かに逃げてくれよ。オレはまだ牢を開けていくから」
その言葉に彼らは頷く。
『お前らは見張っていろ。誰か来たら殺せ』なんて子供には命じる気にはなれない。
一通り鍵を開け、全員が外に出るのを確認する。
獣人はひとまとまりで別の場所へと逃げようとする。
リーダー格のというべきか、体格の良い(恐らくこの中では年長の獣人)がオレに、
「あなたも来ませんか?」と言ってくれるが、やるべきことがまだあった。
火だ。
難民キャンプを狙い続けられる位置に、こういう連中に居座られるってのは面倒だ。
「お前らだけで逃げられるだろう。
オレより速いだろうし、足手まといにはなりたくないんでね」
苦笑を浮かべた獣人は、
「そういうことにしておきます」とだけ言って去っていった。
オレは彼らを見送るとそこかしこに火を付け始める。
獣人を逃したなら十分な結果だ、さっさと逃げればいい。
火付けが危険なことなのはわかっている。
この手のことを別に誰に頼まれたわけでもない。
ただ、オレが目を覚ましたとき、難民キャンプで介抱されていた。
ヒト種で、身なりの良くない賊のオレを。
それがどれほど危険な行為かもわかっていながら、どこぞでのたれ死にそうなオレを助けたのだ。
オレはそれに報いようとしているだけだ。
そういう……恩義とも言うべきものを無視するのはなんというか、据わりが悪い。
「貴様ァ!!我らの拠点になにをするかあ!!」
見つかっちまった。
そりゃ見つかるか。これだけ煙出てりゃあ。
「包囲作るのに必死で拠点空けるなんてアホの極みすぎるだろう」
「抜かせ!ここにはそれなりの数の兵士が……」
ここの責任者の騎士らしい男がそう言いながら周りを見渡す。
「……待て、なぜいない?」
「それをオレに聞かれても……。歩哨が一人いたけどな。眠そうにしている奴。
もう二度と起きなくてよくなったから本望だろうよ」
「どこに『商品』を隠した?どんなトリックを使ったのだッ!」
「オレのポケットに入っているとでも言いたいのか?」
「ふざけたことを……口を割らせてやるぞ。獣人どもで試した手管を貴様に体験させてくれる」
「騎士のセリフとは思えねえなあ、ゲス野郎め。お前に叙勲したお方の心を考えると泣けてくるぜ。
その頃の気持ってのを思い出したりしないのか?」
「黙れぇッ!」
拷問はごめんだ。
それならまだサクっと殺して欲しい。
オレは石を懐から抜き打つように騎士へと打ち込もうとする。
刹那。
騎士の周りにいた護衛が矢をオレに射掛けた。
避けることはできない。
矢がオレを貫く。痛みがないわけじゃないが、文字通り『死ぬほど痛い』と思う前に意識が消えるのが唯一の救いだろう。
オレは死んだ。
まあ、悪くない賊生だったと言える。
連中への嫌がらせ、道具をかっぱらう、賊っぽい行為のオンパレードだ。
勇者でも英雄でもないオレは美人なお姉ちゃんを抱きかかえて勝利のポーズを決めるなんてことはできない。
賊っぽく戦って、賊っぽく死ぬだけだ。
ああ、それでいいさ。
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「そこまでだ!全員武器を捨てろ!」
声が響く。
賊を殺し、安心して消火をしようとしていたところに一喝するような声が響いたのだ。
「我々はザールイネス公爵家の督戦隊。人材商どもと結託した証拠もある。
大人しく投降せよ。
この拠点にいた大多数は我々によって捕縛、或いは処分されている。
お前たちはどちらを選ぶ」
ザールイネスは、ドップイネス家をはじめとした有力な貴族や学者などを分家とした公爵であり、
公爵という立場以外からも強い勢力を持つ。
その権力は軍の秩序を維持するための督戦隊を持つことを許されてすらいた。
つまりは、独自に戦場で法を作り、適用することを許されているということだ。
西方の軍が暫定の国境線を割れないでいるのは鉄の掟を敷き、実行し続けるザールイネス公爵が存在するからであった。
「わ、我々は……」
「お前たちの飼い主である男爵家は既に我々の別働隊に処罰された後だ。
後ろ盾はない。
もう一度聞く。縄につくか、男爵家の後を追うか」
強行に出るような根性は彼らにはなかった。
ザールイネス公爵の軍だけでは物理的に抑えきれないからこそ、各地の爵位持ちたちから兵士を拠出させているが、こうして混乱に乗じて人材商やその真似事をするものは後を断たない。
「正しからぬ道の歩みを説法で止め、聞かぬものは人体を破砕する。
道理と教えを広める賊、教賊がいるとは聞いていたが、その正体は」
ザールイネスの騎士は彼の声が聞こえていた。
だからこそ急ぎ、ここに来たのだが間に合わなかった。
石を掴んだまま死んでいる賊を見下ろす。
「人体を破砕したのは拳ではなく石。
宗教的な教えではなく、説いていたのは人の道か。
……謳われることのない英雄を、丁重に葬るのだ」
帰還させていただきました。
二週間ほど文章から離れると、どうにも私は指が鈍ってしまうようです。
勘を取り戻すために少し本筋から遡った時代を執筆させていただきます。
なので却説は「これってば、外伝かしら?」くらいの気持ちでお読みいただければ幸いです。




