056_継暦136年_秋/A04
よお。
冒険者っぽいことができてちょっと楽しいオレ様だ。
勿論、目的は仇討ちだから楽しい気持ち全開ってわけじゃないが、それでも憧れでもあったんだ。
ともかく、賞金首と判明したシェルンの兄、その目撃情報は四階から六階あたりらしいので虱潰しにしようという話になり、現在はその四階を端から端まであるいている。
何度か賊の襲撃もあったがそれらは問題なく迎撃できた。
が、何度かの戦闘の後に変化があることに気がついていた。
「なんか、敵の質が変わった?」
ここでの敵は大雑把に二種類。
通路をお散歩している悪党ども、
獲物を探している野犬(狼?)の怪物。
どちらかと言えば前者が多く、現状では4回の戦闘を行って、3回が悪党どもだった。
が、質が変わった。
そのあとの四回は単身ではあるが犬型の怪物が連続して現れた。
しかも明らかにオレを狙っている。
まあ、体格的にもオレを狙うのはわかるけど。
「動物型が多くなったでや、気をつけないとね」
動物型の怪物は生存本能を優先せず、敵の撃退を最優先に考えるものが少なくない。
特にダンジョン内で出てくるものであればより顕著だ。
正直、今のオレたちからしてみれば人間型の、つまりは悪漢悪女を相手にしているほうが向きと言える。
何せ連中は戦術的な行動を取る、危険だとわかればさっさと逃げ出してくれるのだ。
などと言っている矢先に犬型の怪物が獲物を探しているのか、それなりの距離の先でうろうろとしている。
今は臭いにしろ気配にしろ気取られてはいない。
「あの手のと戦闘するのは面倒っしょ。あの小部屋に入って様子見るのはどう?」
「中に誰がいるかわからないのに大丈夫か?」
「地図の上じゃあそこは空室。仮に誰かが居たとしても問題ないよ。
冒険者なら別に敵対する意味なんてないし、そうじゃないなら、ほら」
鈍器を構える。
「暴力的解決策……」
かくして、オレたちはこっそりと小部屋に入室した。
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「っぴゃあ!!」
ひっそりと入ったのがまずかったのか、部屋から悲鳴が聞こえた。
先人がいらっしゃったらしい。
古典的な魔術士の服装をしている少女だ。
「ななな、なぜここに」
「部屋があったからだけど、どしたのさ。
なんもおかしくないっしょ?
あ、大丈夫。冒険者だよ、ほら」
シェルンは怯える彼女に認識票を見せる。
複雑な表情をする魔術士。
いや、もしかして……。
「アンタ、遺跡側か?」
オレは短刀を構えると彼女へと向ける。
「ああー……それはびっくりするよね」
シェルンも鈍器を構えた。
魔術士の少女は顔を青くする。
そして、どうしてか目をぐるぐると回す勢いで視点を右左にと動かし、
で小さくぼそぼそと何かを言う。
「どうして自分ばっかりこんな目に」
明らかに混乱している人間のそれだ。
そう呟いたあとに、
「もう、どうにでもなれーっ!!」
彼女が叫んだ。
刹那。
部屋が、いや、このフロアにある床が次々と抜けていく。
急展開にオレはついていけないままに落下していった。
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ダンジョンキーパー……つまりはこの遺跡の一番偉い人から、私は保守やら管理やらを任されている。ごく一部だけど。
遺跡の機能の全てというわけじゃないにしても、
例えば先程のように一時的な崩落なんかもやろうと思えばできる。
そのあとキーパーにどのような目に遭わせられるかは別として。
浮遊感を覚えた瞬間に、私の意識も落ちた。
夢を見るように、自分を見つめ直している。走馬灯と言うやつだろうか。
私の生業は魔術士。
魔術士というのは過酷な職業である。
専門職に見えて、案外なろうと思えばなれるもの。
私はびっくりするほどのど田舎で生まれ、食うに困るような村で育った。
まあ、正確には育たなかったんだけど。
人材商が私や他の家の子供を二束三文で買い上げいったからだ。
口減しってやつだね。
どこにだってあることだし、両親を恨むこともない。
私は先天的にインクがそこそこあったので、日常遣いするための魔術を覚えさせられて、
そこそこ有能に雑用をこなしていた。
そう、魔術なんてのはインクがあれば案外使えてしまったりするわけだ。
一定時間、一定の火力で鍋を温める魔術だとか、そういうもの。
隷属こそ刻印されなかった、理由は単純で、転売されまくるからだ。
一度隷属を刻印された者は売るときにそれなりの手順を踏まなければ主人の情報を書き換えられないらしく、私のように転々とさせられる人材にはコスパが悪いらしい。
ともかく人から人へと転売されていった。
経験は積ませてもらったし、知識も得ることができた。
巻紙の木の植林知識なんかが得られたのは大きい。
もしも自分を買い戻せたらそれを仕事にしようと思えるくらいに儲けが出ていそうだった。
が、人材商の商品というのは入れ替わりが激しい。より安価で体力のある人材があればあっさりと転売されるわけで、やがて行き着いたのはここ、遺跡だった。
魔術士というのは過酷な職業である。
魔術が使えれば、なまじどこでもやっていけるからこそ、本当の専門職となれる魔術士以外は命に関わる仕事や、表沙汰にできない仕事ばかりさせられる。
私の仕事はこの遺跡の管理だった。
遺跡で復活する怪物たちの制御と配置が担当。
制御と言っても、野犬型のは上層に、そろそろお宝が増えてきたみたいだから悪党型の皆さんに回収してもらって、宝箱に突っ込んでもらって……とか。
まあ、遺跡に備えられている魔術の儀式を使うとできることだ。難しいものじゃない。
昨夜から怪物の制御が効かなくなり、犬なんだか狼なんだかわからない怪物ばかりが生まれるようになった。
しかも遺跡側の命令を受け付けない。
ダンジョンキーパーは徹底的な修正を私に求め、私は眠る暇もないほどの忙しさで修正作業に明け暮れていたが、
次から次へと出てくる不具合に頭が沸騰しそうだった。
そんなときに、冒険者と出会った。
本来、この小部屋にはちょっとした魔術によってあげ底というか、二重の壁があるような構造になっていて、私の姿は壁に阻まれて見えないはずだった。
なのに、その壁がなくなっていた。
今にして思えば、不具合によって遺跡の運営用の機能が停止していたのだろう。
遺跡側だと見抜かれた私は混乱して……、いや、命の危機を感じた瞬間に今までの人生を含めてどうでもよくなって、遺跡の制御の一部を使って床を崩落させた。
勿論、こんなことをすればこの遺跡は首だろう。
ああ、ここでの首っていうのは斬首のことね。ははは。……はあ。
笑い事ではない。
いや、笑うしかない、笑うくらいしかやることもない。
どうせ床が落ちて死ぬし。
生きていても、私如きが生きているならあの冒険者たちが生きていてやっぱり殺されるだろう。
いいことのない人生だ。
まあ、魔術士なんて職業につけてしまったのが運の尽き、というやつだろう。
まったく、魔術師というのは過酷な職業である。
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「う、うう……」
「目が覚めたみたいだな。ほら、水。
あんまりがぶがぶ飲むなよ、お腹が痛くなるからな」
オレに差し出された水筒をぼんやりと手に取る魔術士。
それをくぴくぴと少し飲んで、はあ、と息を吐く。
遅れてから。
「え?」
と間抜けな声をあげた。
「ひいい!殺さないでください!なっ、ななな、なんでもしますからあ!!」
水筒を丁寧に置くと驚くべき速度で土下座した。
土下座は東方から伝わり、多くの場所で最大の謝罪と服従を意味する姿勢。
命冥利に尽くすいい姿勢だった。
そして何より土下座慣れしているように見える。
……なんだか可哀想になってきた。
オレはちらりとシェルンを見ると、『引き続きお任せするよ』といった感じで頷くのを見る。
遺跡サイドなら親の仇の仲間かもしれない。そうなれば冷静にことにあたれないかもしれないから任せてくれたのか。
魔術士が目を覚ます前にシェルンと話し合って決めたことだった。
対話はオレが、何かあったらシェルンが対応。
まあ、この調子なら何かはなさそうだけど。
「オレ様はヴィルグラム。あっちのエルフはシェルン。
アンタは?」
「ひひひ、卑職はゴジョと申しますうう」
「ゴジョ?」
「は、はい。田舎の育ちなもので、名前なんてないんです。
生まれたときに生まれた順に番号を振るのが通例でして」
その事情だけで彼女が過酷な道のりを辿ってきたことが何となく察することができてしまった。
「……わかった。ゴジョ。
オレ様は別にアンタを取って食おうってわけじゃない。
ただ聞きたいことがあるだけだ。
質問に答えてくれるか?」
ゴジョはちらりとオレの腰に備えられた短刀を見てぶんぶんと頭を振って頷いた。
「まずは、遺跡側の人間か?」
「は、はい。卑職はこの遺跡の六階層から上の管理をしています。
そこから下、最下層まではキーパー様が管理をしておられますう、はい……」
キーパー、つまりこの遺跡の支配者だ。
尤も、六階から上に用事のあるシェルンからしてみればキーパー云々は横においていい。
「んじゃ、次だ。
この遺跡に、えーと、あそこのエルフの兄の」
シェルンを見る。
自分たちの目的についての情報収集だと理解した彼女が改めてゴジョに向き直った。
「わっちは事情があって兄を探してるんだ。
名前はサーク。この遺跡にいるってことは知っているけど、居場所は知らない?」
「サーク……。
『後片付け』のサークですか?
ええ、いらっしゃいます」
すんごい名前来たな。
どう考えても剣呑。どう考えても強敵。
「五階か四階にいるってわっちは聞いていたんだけど」
シェルンは上を見て、四階がなくなったことを示すように。
「元々、サークが待機しているのは五階ですから。
ただ、普通の方法じゃあ会えません、冒険者さんたちが踏破しているエリアとは別に、
ダンジョン関係者しか入れないエリアに常駐しているんです」
「常駐?」
「必要があったら出るんです、攻略の可能性があるような冒険者を殺すとか」
「ああ……なるほど……」
人間型の怪物というか、悪党どもはどうやって生活しているんだと思っていたが舞台袖というか、控室めいたものがあるんだな。
「じゃあ、次の質問だ。
サークに会いたい。どうすればいい?」
再び彼女は顔を青くする。
「案内しろとは言わない」
「で、でしたら……」
ゴジョはポケットから護符を一枚渡す。
その後に彼女は懐から地図を取り出して説明をする。
オレが持っている地図よりも詳しいものだった。地図の大きさがそもそも倍はある。
なるほど、彼女の言う『冒険者が踏破しているエリアとは別にある』ということが書かれていたのだ。
彼女は説明ついでに自分の地図に印をつけるとその地図をオレに渡してくれた。
「そこで壁に護符を貼ってくだされば、扉が開きます」
「わかった」
「あとは~……何か~……?」
「それだけだ。あ、いや」
上を見上げる。
「出入り口ってどうなるんだ?」
「崩落は一時的なものですから、すぐに元に戻りますよ。ああ、ほら」
ぞるぞると蠢き、そうした生物かのように天井が『生えて』いく。
「これでまた元通りですから」
「なるほど。
それじゃあ」
「それじゃあ?」
びくびくと震え、しまいには目まで瞑っている。
「行っていいよ。ああ、でも遺跡の中を歩くんじゃなくて、外に向かってな」
「あ、あの……卑職を殺さないので?」
「殺してほしいのか?」
「まままま、まさか!生きたい!生きたいです!」
即両手を上げて無抵抗を示し、さらに即土下座。
その態度にちょっと羨ましくもなる。
どうあれ命を重く見ることは大事なことだ。
それを見ながら、やろうとしていたことを一つ彼女に託してもいいかもしれないと考えた。
「ゴジョ、地上に戻ったら冒険者ギルドを頼るんだ」
オレは自分のタグを渡す。
「オレ様が保証した人間だ、魔術や請願にかけて調べてもらっても構わない。
そう伝えてくれ。
それから、できるなら冒険者になれ。
ハードな人生を送ってきたんだ、ゴジョ。アンタはどこだってやっていけるよ」
ぽかんと口を開け、
「なぜそこまで?」
と呟く。
「ゴジョが面白い奴だからさ。
こんな遺跡にいるよりも自由にさせたらもっと面白いやつになりそうだろ?」
「ひ、ひど……いや、ひどくはないかな?
いや、面白がらないでくださいよ!必死なんですから!
……でも、その、ありがとうございます。
このご恩は」
「三日三晩くらい頭の片隅に置いといてくれ、それでいいよ。
それからは忘れて構わないから」
彼女は頭を下げ、そして、
「その護符にはこの遺跡だけではありますが、
ここで生まれた怪物から敵対されない力もあります。
悪党のみなさまには効果はありませんが、ご活用ください」
と言い残して去っていった。
去り際にシェルンと一つ二つ言葉を交えていたが、それは聞き取れなかった。
ともかく、目的地までの行き方はわかった。
ぐっとゴールへと近づいたのは最高にありがたい。
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「ゴジョちゃん」
「はは、はい」
「落ちるときに、彼は君を抱えて落下したんだ。案外危ない状況だったんよ。
もしもどこかでまた彼に会えたら優しくしてあげてね」
思わず私は驚いたという表情を浮かべてしまう。
すぐにこくこくと頷いて、誓う。
でも、何故そこまで?
私のその考えを読んだかのようにシェルンさんは、
「いるんでや、ああいう人がさ。
こんな世界で、こんな時代でも」
優しい声音だが、寂しそうでもあった。
ああいう人は長生きしない。そう言いたげに。
「ろくでもないことばっかりの人生だったから、
人から受けた恩は忘れないようにしているんです」
だから、忘れない。
三日三晩では済まないぞと言うように私は言った。
シェルンさんは嬉しそうに頷いてくれた。
私は二人に改めて頭を下げて、地上を目指す。
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道中はまったくの安全であった。
護符で怪物を退ける云々など必要ないほど。
ゴジョから譲ってもらった地図はかなり細かく書かれている。
迷うことはなかった。
「シェルン、これ見てよ。踏破されてないエリアには飲食店もあるんだって」
「どんなものがあるんだろねえ。
今回はわっちが支払うからね」
平和な話をしながら進む道中で、オレたちは同時に足を止める。
気配。
護符のお陰で余計な戦闘を避けられるはずだったが、明確な殺意のようなものが幾つも近づいているのを感じていた。
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時間は遺跡四階の崩落前に遡る。
急ぎ遺跡へと進むヤルバッツィに声が掛かった。
「進まれるのですか」
ヘイズであった。
その声音は困ったようなものにも感じるし、諦めが含まれているようにも取れた。
「ああ。
ヘイズ殿は彼にここで死んでほしいのでしょうが」
「……局員として言うなら、そうですと答える他ありません」
『個人としてはどうなのか』
だが、それを問う資格を自身が持たないことをヤルバッツィは自覚している。
「どうあれ、ことは急がねばなりません。
目覚め、死ぬのを繰り返すだけではいずれ男爵同盟に追いつかれるでしょう」
冒険者ギルドに人がいない理由はヤルバッツィも聞いている。
そして、その情報の出処がどこか、それも今わかった。
ヘイズだ。
恐らく管理局そのものが関わっているわけではない。管理局があれこれと命令して来ないのは知っている。
この人物が個人で行った采配なのだろう。
それだけの情報を集めることができるこの人物の底知れなさは敵にさえ回さないのならば頼もしい。
「管理局の目的は」
「変わっておりません。常に我らの目的はライネンタート局長閣下の目的を果たすこと」
「つまり、呪いを利用することですか」
「利用ではなく、むしろ──」
その後を続けそうになった。
ヤルバッツィという男は粗野に見えるところもあるが、時折、管理局の人間ですら騙されかけるような情報の引き出し方をしてくる。
それもこれも彼が警戒に値しない人間のように自分を演出しているからである。
ヘイズ以外の管理局の人間はヤルバッツィをその点を含め警戒、或いは嫌っているものもいるが、ヘイズからしてみればむしろ好意的に思える人物だった。
(独断、裁量。
ええ、確かに私も局長閣下の予測の中に含まれているのでしょう。
であれば、自身の心の赴くままに話すことも予測の内、ですか)
少しの沈黙のあとにヘイズが口を開く。
「必要なのは彼に備えられた技巧に、彼自身気がつくことなのです、ヤルバッツィ殿。
ただ、それは土壇場でなければ触れることができないもの」
「技巧?」
「彼に与えられたものの一つです、付与術に由来するものがあれば技巧を得るための近道にはなりますが、
なかったとしても気がつく可能性はゼロではない」
死んで、死んで、死に続けて得られるまで繰り返す。
技巧だけではなく、彼自身に望まれていることなども含めて。
遠大で迂遠なリスポーンを繰り返し、伯爵家と管理局が求めるものを掴むまでそれは繰り返されるのだ。
ヘイズが目深に被ったフードの奥から、多くの感情が擦り切れながらも、それでも何か希望のようなものにすがっている。
そんな瞳の色がヤルバッツィは見えた気がした。
「ですから、先程のご質問にもお答えします。
死んで欲しいかどうか、それについて、個人の意思であれば『いいえ』と答えましょう。
生物としての在り方がどう変わろうと──いえ、天然自然の生とは異なる存在と成り果てていても、あの方は我が忠義を捧げたお人なのです。
ですが、死に瀕するような状況を管理局の人間として望み続けねばならない」
ヤルバッツィはそれを聞いて、頷いた。聞きたかったことだった。
ヘイズもまた、自分と同じなのだと確認がしたかった。
愛する人間の在り方が変わるのを見なければならない。
自ら外道に成り果ててでも、リスポーンさせなければならない。
「……長話を、失礼しました。
貴方が恩義を返し、本来やるべきメリアティ様の救済まで余さずこなすと言うなら、
時間こそが唯一の鍵。
お急ぎを、ヤルバッツィ殿」
いずれ罰が下るだろう。
その意識だけはヤルバッツィとヘイズの二人はまったく同じ思いを持っている。
本日はもう一度更新いたします。
次の更新は01:00となります。




