054_継暦136年_秋/A04
よお。
ひとまず戦いは無事に終わってくれて安心しているオレ様だ。
冒険者ギルドは実に活発だった。
戦いが終われば大いに盛り上がる。
西町の賊退治や、逆流現象に対しての功労者にはそれなりの報酬が与えられ、
オレにも手当が巡ってきた。
宴会の参加が手当の一つだ。支払いはなし。食べ放題に飲み放題。
「あはは~!ヴィー、呑んでるかい~」
ふらふらとした足取りでシェルンが現れる。
彼女はその雰囲気もあって、ウログマ冒険者ギルドでは一種のマスコット的な人気を持っているらしい。
その上で、経験豊富なベテランでもあるためか、頼られる部分は頼られているのがわかった。
ふわふわとした口調と態度を持ちはするものの、鉄火場で戦う彼女の実績と実情はそれらを打ち消すだけのもののようだった。
「呑んでないよ」
「そっかあ~、じゃあお肉食べなよ、お肉」
酒か肉の二択。もしくは両方。
吟遊詩人が唄う荒くれものの食事風景といった感じだ。
エルフは肉を食べない、なんて話を聞いたこともあるが所詮は噂のようである。
少なくともシェルンはリブステーキをガツガツと食べて、ワインをガバガバと呑んでいた。
正直、見ているだけで十分だ。
思い出せない自分自身の、空っぽになってしまったであろう記憶の中で彼女たちのような冒険者を見たかったのかもしれない。
オレにとって冒険者こそが自由の象徴なのだろう。
「ねえ、シェルン」
「なんだーい」
「オレ様は知り合いにエルフってのがいなかったから、エルフってずっと西側の領地から出てこないものだって思ってたんだけど」
「あはは、そんなことないよ。
っていっても、そもそも私も西方エルフじゃなくて北方エルフだけどねえ」
カルザハリ王国の中期。
王国暦で言うところの200年頃。
今の暦が何年かわからないから、何年前とかは言えないけど(どこかでその情報は仕入れるべきだろうとも今更にして認識した)。
領土拡大を狙っていた当時の王がエルフの国に脇を衝かれる形で攻め寄せられ、派手な戦いが起こったらしい。
結果的に王国は甚大な被害を受けて領土拡大に進むことはできなくなり、
一方のエルフの国は滅び、市民たちはそこかしこに散っていった。
そのエルフの一部は北方に住む多民族国家に移り住んだんだとか。
北方エルフというのは言ってしまえば、その頃に多く渡った移住者たちのことで、
国がなくなった途端にフットワークも軽く、各地に更に旅に出たものもいるという。
つまり、彼女もそうした出のエルフなのだ。
「両親ともに旅が好きな人でねえ。そんなこんなでわっちも冒険者になったってわけ」
「この街にもそういう理由で流れ着いたの?」
「んー、ううん、違うよ」
「立ち入ったこと聞いちゃってる?」
「かもね。けど話したいから話してもいい?
なんだかヴィーには聞いて欲しいんだよねえ、出会ったばっかりなのに聞き上手だからかなあ」
オレが「聞かせてほしい」と言うと彼女はそっとワインが入っていたジョッキを置く。
「わっちの両親さ、殺されちゃったんだ。
なんで殺されたかの理由はわからないけど、殺した相手は知ってる」
「殺した相手?」
「お兄ちゃん。わっちのね。
その人がこの街の、遺跡の中で見つかったんだって。それも冒険者を狙うたちの悪い悪党だって」
「それは……」
本当に立ち入ったことを聞いてしまった。
が、同時に思うこともあった。
「逆流現象のときに行かなかったのはなんで?兄がいたかもしれないのに」
「あー、ううん。いないと思う。
逆流現象は最近じゃ珍しくもないし、出てくるのも獣同然のばっかりだから。
一応今回出てきた相手も聞いたけど、人の形をしているって敵はいなかったって」
なるほど、であれば賊に紛れているかもってことで西町に行ったのはわからいではない。
見てくれが普通の人間ならそれとなく遺跡から出ることもできるだろうし、
そうなれば街で暴れる連中と合流ができないわけでもない。
彼女なりに可能性が高い方を見て西町を選んだのだろう。
「重い話ししちゃった」
「いいよ。むしろ知れてよかった」
「優しいねえ、ヴィーは」
オレの頭をわしわしと撫でると先程の影のある表情から一転。
明るくのほほんとしたものに戻すとジョッキを掴んで立ち上がる。
冒険者稼業は明日が無事である保証はない。
自分のことを誰かに話すのは、自分が死んだあとに、そこに自分がいた証を残したかったからかもしれない。
「それじゃあヴィーも楽しんでねえ」
人の輪へと戻っていった。
人にはそれぞれに戦う理由ってのがある。
シェルンのように家族の仇が家族であるという重いものであれ、
今日酒を飲むためのという軽いものであれ。
オレにはないものだ。
或いは、どこかに置いてきてしまったのなら、いつか拾うことができるのだろうか。
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手当は金か現物支給とのことだった。
オレは少し試したいこともあったので、現物支給を選ぶ。
周りの冒険者は驚きの声をあげていた。まあ、日銭稼いでなんぼの稼業ならあんまり現物支給は選ばないか。
試したいこと、というのは次の復活に関わることだ。
オレはいつも一定のものを持っている。
衣服と金属。これが毎回同じだ。
前回、ブレンゼンから盗んだ短刀は引き継げなかった。
仮に盗んだものはオレの持ち物じゃないとして、
正式な形で所有権がオレにあるものを持った状態で死んだならどうなるのだろうか。
もしもそれが成立するなら行動の自由度が増える可能性が高い。
死ぬ回数の限界はわからないが、仮に限界がないのなら、
多少無理なことをやってでも所持品の多様化はしておきたい。
それこそ、クレオのところで使ったあの付与術を持った短剣があれば、
フェリを遺して死ぬことはなかったかもしれない。
もしも短剣があれば動く死体だって真っ二つにできたかもしれないし、そうなれば流石にあれらも動けなかっただろう。
……あの状況で短剣を正式に頂戴するというシチュエーションがありえない、というのは置いといて。
結果として持ち越しが一切不可能だとわかったとしても、
それならそれで復活した先で手に入れたものを惜しまず使えると考えることができる。
後のことを考えないで使えるなら、生存率に変化をもたらすだろう。
今はこの繰り返しの命の中で取り立ててやりたいことはないが、
目的がなければつまらない。
もちろん、自分が何者かを知るのは重要だし、大きな目的としてはその判明があるが、
小さな目標をいくつも設定していたほうが道を歩きやすい、というのがオレの考え方だ。
というわけで、現物支給してもらったそれなりの質らしい治癒のポーションと専用のポーチを腰に据えた。
腰回りに色々とつけていると冒険者って感じがして気分が上がる。
宴もたけなわとなり、それぞれが部屋に戻ったりしていく。
彼女はもはや机で爆睡中だ。
謝礼の一部として部屋を用意されていたので、入室するなりオレはベッドに体を落とす。
そういえば、こうして自我を認識してから初めての睡眠ではなかろうか。
……眠りを楽しみにしていたものの、まったく眠気が来ない。
理由はわかっている。
気分が高揚しているのだ。
冒険者らしいことを少しだけできたから。
本当ならフェリと共にやれたならよかったのだが。
いつまでたっても眠気が来ないので、オレはフロアに戻る。
ギルドの依頼受注は24時間365日フル稼働なので、今だって受け付けてもらえる。
オレは極めて低い報酬ながらも、一人でできそうな『街の周囲の確認』というわかりやすい仕事を受けた。
散歩がわりで金までもらえるなんて夢のようである。
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こういうときに限ってイベントというのは起きてしまうものだ。
依頼は街の外周をぐるりと一周することだけのことなのだが、ただの散歩で終わることはなく、北の辺りで人間が倒れているのを発見した。
動物にでも襲われたのか、噛み跡が多く見られ、よくもまあここまで歩いてきたものだと感心する。
治療のために動かしたかったものの、騎士鎧を纏った大柄な男でオレが一人で連れて歩けるような重量ではなかった。
そこらに寝かせると、まずは水筒で汚れていた顔や傷を拭う。
次に治癒のポーションを、と思った辺りで違和感を覚えた。
彼の顔立ちだ
見覚えがある。
しかも割と最近に、だ。
ああ、彼はタッシェロとオレを殺した騎士じゃないか。
戦いを制したのが彼なら、あのままウログマに駐留してもおかしくはない。
……なんとなくだが、オレは復活のことを他人に伝えたくない、そう思っていた。
伝えてしまえば不幸にしてしまいそうな気もするし、それ以上にそんな力を持つとわかればどんな目に合わされるかもわからない。
このまま「以前のオレ様の仇ぃ!」とトドメを差すのも一案ではあるが、
結局手当をした。
命ってのは等価じゃない。
特にオレの命に限れば廉売してしまえる程度のものでしかない。
自分の仇という理由だけで他人の命を奪うのはオレの中の天秤が許さなかった。
傷を手当したあとにさっさと逃げるのも考えたが、オレが遁走したあとに野犬に噛み殺されたりしたらと思うとそれも難しい。
現物支給のポーションの効き目は実に強く、傷はあっさりと治った。
痛みが引いたことで意識が戻ったのか、ゆっくりと目を開ける。
「……ここは。……そうだ、自分はここの辺りまで、何とか歩いて……。
ああ、君が、自分を助けてくれたのか?」
ぼんやりとした口調で体を起こし、頭を振るって意識を戻そうとする。
今度はしっかりとした視線でオレを見て、
「なっ、……き、君は……」
「いやあ、えーと、あのときはどうも」
冴えない返答だと自分でも思う。
流石に冴えなさすぎるので言葉を続けた。
「実は致命傷じゃなくてね。
無事だったんだよ」
苦しい言い訳だ。全然冴えてない。
「そ……そうなのだね。
いや、なんというか、命を奪おうとした相手を助けるとは、そんなことができる少年を……自分は」
流石にあれで致命傷じゃなかったってのは言い訳としては終わっているとは思うが、信じてくれた、というか、彼としても深掘りする理由はない。
というよりも、オレの言い訳に何かを言う余裕が失せたというべきか。
彼はぼたぼたと涙を流し始める。
「す、すまっ……すまない……」
「こうして生きてるんだ、悪く思うなって」
命を奪った相手への後悔か、言葉を吐き出しきれないようなままに感情を垂れ流す。
ポーションを包んでいた緩衝材代わりの布があったのでそれを手渡した。
彼は涙を拭い、暫くして、
「取り乱してしまったよ、申し訳ない」
と深々と頭を下げる。
「自分はビウモード伯爵家が至当騎士団、団員のヤルバッツィと申すもの。
君がいなければ今頃、自分の命はなかったものと思う」
「大げさだって」
息を一つ吸って、
「いや、大げさなものではない。いや、大げさなものではありません。
貴方は自分の命の恩人、その礼は何かで」
口調も改められた。
ヤルバッツィは礼を取って、オレが普段どこにいるかなどを聞くと、後日改めてお礼をと去っていく。
元々滂沱の涙を流した姿に圧倒されていたのもあって、こちらからなにかアクションを起こすことはできなかった。
ただ、圧倒されたお陰もあってか、微かに眠気を覚えはじめた。
これなら部屋に戻って熟睡ができるかもしれない。
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ヤルバッツィが離れたのはやるべきことがあったからではない。
長く彼と話していれば、彼に迷惑が──つまりは命の危機を与えてしまうからだった。
「困ります、ヤルバッツィ殿。
命を奪うことを除いて、基本的には直接的な接触は禁止だと局長閣下から言われているのをお忘れですか」
ふいに聞こえる声。
話し始めれば姿を見せたのは管理局の一員、ヘイズと名乗る人物だった。
ヤルバッツィがこの地に送られるにあたって、共に進んだ局員である。
「ヘイズ殿。
……いや、申し訳ない。
命を救われた以上は礼を尽くさねば我が主君ビウモード伯爵の名誉に関わることでしたゆえ」
「命を救われた?貴方ほどの冒険者、いえ、騎士がですか?」
ヤルバッツィからしてみれば、今も現役の冒険者でもあるつもりだが、ヘイズがそれを言い直したのは社会的な身分の問題だろう。
冒険者よりも、当然ながら公的な身分で見れば騎士のほうがより上位なのだ。
「彼らが、男爵同盟が明確に敵対の意思を見せたのです。
彼らの一員を自分が殺している以上、先に敵対したのは自分たちではありますが」
男爵同盟に手を出せば何かしらの形で逆襲はされる。
その点においてヤルバッツィとヘイズの考えは一致していた。
ただ、彼らは権力や謀略での逆襲を予想していたのだ。
そうしたものからヤルバッツィを守るための壁になること、或いは対抗手段を出すことこそがヘイズの仕事の一つであった。
だが、そうはならなかった。
男爵は鍛え上げられた冒険者ですらあと一歩で殺せるほどの戦力を有していた。
それは予想から外れた状況であり、楽観視していた男爵たちの戦力を見直さねばならないということでもあった。
「……だとしても、です。
彼と貴方が接触することは計画に歪みを生じかねないことはお忘れなきよう。
その上で関わるというのなら」
「与えられた独断の裁量の上で。ええ、理解しているつもりです」
ヤルバッツィはヘイズへと一礼し去っていく。
今の彼はウログマの一部を差配する立場となっているというのに、管理局の特務を受けた身として一兵卒のように動かねばならない裏の事情があるというのもある。
そもそもウログマでの仕事が増えたのも、彼の性格あってのものだった。
特務として早期からウログマで活動し、街と民が抱えていた幾つかの問題を解決していくと、彼はビウモードに続いてウログマでも騎士の称号を与えられてしまう。
厄介というべきか、面倒な立場になったというべきか、しかしヘイズはそれを『性格が災いして』とは言いたくはなかった。それはヤルバッツィの美点でもある善性、その否定になるからだ。
彼の背を見ながら、ヘイズは思う。
(男爵たちの動きは活発。一方でこちらは動かせる人員が限られている。
今はまだ先行の優位がこちらにあるからこそ、『彼』を獲得するのは我らに利がある。
しかし……数や勢いの上でこれからは男爵側に傾き始めることになるはず)
あの日、ライネンタートは目覚めた。
少年を礎とし、古の呪いを利用した計画の、そのどこまでがライネンタートの意思かはわからない。
であっても今様のライネンタート、つまりはウィミニアと呼ばれていた少女は妖物と呼ばれるに能うだけの差配をしている。
友であるヤルバッツィの心を犠牲にすることを厭わぬほどの差配を。
(局長はこれ以上ないほどにライネンタートという人の業を、彼女を『彼』と表現できるほどに遂行している。
ヤルバッツィ殿が動くことを『彼』が予測していないはずがない。
彼が持つ善性は、ときに冷徹に推し進めるべき職務を超えてしまう)
彼は管理局の一員で、その仕事のエキスパートではない。
聞いたところによれば片田舎の木こりの倅であり、本来であればこのような運命に翻弄されるべきではない人物なのだと聞き及んでいる。
だからこそ、彼が冷徹でいられないことを悪いことだとは思わなかった。
こちらに向かう際にもライネンタート……いや、局長たるウィミニアからも言われている。
自分もそうだが、ヤルバッツィも任務の性質上、生きている状態の少年と接触する可能性は大いにあり、
ヤルバッツィのような純真なものであれば絆される可能性も大きい。
彼の心がそちらに向いてしまえば、この計画に支障がでるのではないのかと質問はしたものの、ウィミニアの返答は明朗だった。
『絆される人間が出る想定で計画を作り上げている』
どこまで想定しているのか、所詮ただの局員であるヘイズにはその全てを予想しきることはできなかった。
だが、ウィミニアならば、今様のライネンタートならば実際に想定しているだろうし、計画にも含めているのだろう。
かつての、存命中のライネンタートを知るヘイズはその点において疑いを持たなかった。
(かつての管理局の力を、今の管理局は持たない。
カルザハリ王国の後ろ盾があるわけでもない。
今の局長は上手くやっておられるが、このまま流れに任せていては少年の獲得が間に合わなくなる可能性が大きい。
……私に与えられた独断の裁量というものを使うべきはここなのかもしれない)
ヘイズが取れる手は上品とは言えないだろう自覚はある。
いっそ、自分も少年に絆され、共に進むような道を取るほどに熱を帯びた人格であればよかったのかもしれない。
(祖国と幼君に忠義を捧げたとき、私個人の感情は捨てただろう。
自ら打とうとする手に何を迷うというのだ)
暗澹たる気持ちが生まれるのを感じながらも、ヘイズは街へと進む。
目指したのは冒険者ギルドだった。




