048_継暦136年_秋/A01
よお。
なんだか妙な湿気と息苦しさを感じるオレだぜ。
目を覚ましたときはせめて清々しい気持ちでありたいものだが、
残念ながら、今のオレは妙な暑さを感じていた。
オレの今の服装は外出用の装いだってのに室内にいるからか。
或いは、首から下げている金属の一つがほのかに熱を発しているからか。
その辺りも関係していなくはなかろうが、正解でもないようだ。
そっと周りを見渡す。
どこかの室内。
かなりみすぼらしい作りだ。
内装なんかを見れば『聖堂』のシンボルが見えたりもするから、礼拝所か何かかもしれない。
オレの周りだが、すし詰めというわけじゃあないが、三十人か、それ以上の人間が座らされている。
周りの人間の身なりは商人だったり村人だったり一定ではない。
すし詰めじゃなくとも、人間がこれだけ揃えば部屋も暑くなる。
少しばかり自分の状況を考えるとしよう。
オレはどうにも当然のように自分が死んでも『次の命』に行くと考えている。
ただ、それは尋常なことではない。本来、人間死ねばそれで終わりだ。
もしもオレが百万回くらい死んでいりゃあ復活に関して何かしらのアタリでも付けられたかもしれないが、どうにも復活初心者であるらしい。
だが、一方でまるで死んで甦るのが当然だと思えるほどにこの状態が染み付いているようにも思う。
妙な感覚だ。
自覚しているオレという自己以外の何かを感じるような。
「起きたのか。まるで死んでいたというか、生きていないみたいだったから不安だったよ」
爺さんが心配そうに声をかけてきた。
「ああ、気絶してた。……で、これはどういう状況だ?」
「『聖堂』の連中じゃよ。
正確には聖堂の跳ねっ返りどもが権力を使って勢いをつけようとしておるんじゃ」
彼の手には聖印が握られている。聖堂のものだ。
つまりは同じ宗派で問題が起きたってことか。
「勢いをつける?」
「戦争、いやさ、紛争をやらかすつもりなんじゃよ、連中は。
だが、それをするにも人手が足りない」
紛争と言い直した。
つまりは宗教内でゴタゴタさせようって連中がいるってわけだ。
「で、人間狩りして兵士に仕立てようってか?
隷属の刻印でも打たれない限り兵士として仕事させられなくないか?」
「だから、そういうことじゃよ」
「聖堂なのに?」
「そういう連中なのじゃよ、わしらをここに留め置いた連中は」
聖堂を始めとしてメジャーな宗派は当然、忌道の扱いは一律で禁じている。
隷属の刻印は多くの忌道でも一番使われているキングオブクソ忌道だ。
前回出会ったクレオたちのような、隷属させられている人間ってのはこの世界じゃ珍しいわけじゃない。
忌道を使う行為は多くの場所で罪とされていて、その手のものを使う連中は指名手配されるなりして罰せられてきちゃいるが、使い手も買い手も減ることはない。
それでも色んな組織が、特に宗教派閥は忌道撲滅に必死になっていると思っちゃいたが、
減らない理由はわかりやすかった。
なんてことはない。
禁止している連中の中にすら隷属の忌道を用いる連中がいたってわけだ。
「いいのかよ、教義とか戒律は」
「よかあないのう。
……が、つまりは奴が信ずるものは教義や戒律ではなく権力になったという証拠であろうなあ」
奴、と呼んだ人間。爺さんの視線を辿るとそこにあるのは偉そうな身なりの男だった。
年齢は30かそこら。痩躯で、蛇のような顔立ちをしている。
見た目で判断するのはよろしくないことだが、それでもまあ、権力を崇める奴だと言われればそうかもと思えてしまう顔立ちだ。
衣服からして相当な立場であることはわかるし、年齢からして上り詰めていると考えればかなりのエリートか、そういう血筋の人間だってことがわかる。
「で、ここにいるのは」
「わしを含めて村人が十名ほど。
あとは村に来ていた商隊が七名、流れ者の冒険者が三名ってところじゃよ。
ああ、君を含めれば四名か」
胸元の認識票を見て数字を改める。
「チャール司教閣下、猟犬たちの到着間近です」
「うむ、人材商のほうはどうなっている?」
「あと数時間は掛かるかと」
ちらりとチャールとやらがこちらを見る。
オレを見たというわけではなく、全体を見たのだろう。
逃げようとするものはいないか、逃げ場はないか、そのあたりの確認か。
「では、行こうか」
悠然とみすぼらしい建物から去っていく。
お供を連れて行ったので室内にはチャールの手のものは誰もいない。
よほどの少人数しか連れていないのか、それとも建物をぐるりと手勢で囲んでいるから室内には要らないと判断したのか、
その辺りの考えはわからない。
「で、このままだったら数時間後には隷属の忌道をブチこまれるってわけだ」
「うむ……」
周りを見ると全員が苦々しい顔をしている。
そりゃあそうだろう。
冒険者たちはその中で少し申し訳無さも浮かべてはいた。
「すまない……我々がもっと強ければ」
大柄な男がしょげている。
「いや、あんたたちは良くやってくれたさ。お仲間まで犠牲にして……」
一応の抵抗はしたようだ。
冒険者も元はもっと数がいたようで、意気消沈しているように見えるのは仲間の死が堪えているからだろう。
「……まだ、方法はある。逃げる方法が」
「命を使ってどうにかするなんて考えているんじゃあないだろうねえ」
「我らにできることと言えばその程度さ」
冒険者たちは頷いた。
ヘコたれてクソだっせえ奴らかと思ったらそうじゃあなかった。
「なーんだ」
オレは口を開いた。
「やる気あるんじゃねえか」
オレは立ち上がると、周りに笑みを向けた。
やる気があるなら、やれることなんて幾らでもある。
『外面の良さ』にはちょっとばっかり自信がある。記憶になくても、魂がそいつを覚えていた。
───────────────────────
簡単にではあるが、考えた計画を主だったものに伝える。
「では、我らが村人の皆さんをお連れして」
「ああ。
そのあとのことは爺さんが上手くやってくれる。そうだよな?」
「これでも聖堂にそれなりに長く努めていた身だからのう。
しかし、チャール司教と敵対している派閥に売り込めとは……」
「そう不安がるなって。
商隊と一緒に行けば絶対に大丈夫だ。口封じなんかされねえよ。
むしろ生活の世話をしてくれるだろうさ」
確かに後ろ盾もなく告発すれば聖堂のために口封じされかねない事案だろう。
だが、商隊が一緒に来てくれるなら話は別。
彼らが助け、運んできた。そして彼らは事情を知っている。
商隊を手にかければ商業系のギルドに話が伝わる可能性がデカい。
そうなればもはや誰も止められないギルド・聖堂間での戦争が起きかねない。
少しでもそのリスクがあるならば身内の不祥事をもみ消すのではなく、
問題となるチャールへの糾弾、事態の表立っての解決に走るだろう。
口止め料代わりに全員に金を包みすらするはずだ。
オレは外に漏れるわけにはいかないので荒らげたりはしないものの、熱を込めて話す。
外面の良さには自信があるって言ったろ。
穴のある論法であっても、人は熱に浮かされてしまえば細かい問題点に目を向けることはないし、
状況的に話に乗らなければ隷属コースなのだから、自意識的に熱狂するを選ぶだろう。
「俺らはどうする?」
男が言う。
どうするとは言うも、彼らはオレと一緒に出て言って一花咲かせたいってツラだ。
「オレ様はチャールとちっとばかり話をしたりして時間を稼ぐ。
その間に爺さんについていって一緒に逃げてくれ。
ただ、オレ様が足止めしきれなかったら」
残念ながらそういう花の咲かせ方はさせられない。
「そのときは我らの身を盾にすることを約束する」
「悪いね」
冒険者の顔が曇る。
まあ、最初に捨て駒になるのはオレだってことは伝わっているようだ。
「そういや、装備はどうしたんだ?」
「流石に武器は没収されてしまったよ、隠し持てるものはまだここにあるが」
冒険者の一人はベルトのバックルに偽装されていた短剣を取り出す。
かっけえー!プロの道具じゃん!……いかんいかん、興奮している場合じゃない。
「持っていくかい」
持ち主がベルトと共にそれを手渡してくれた。
バックルに差し込み直し、抜き打つようにしてみる。うん、扱いやすい。
「相手の出方を待つのはイマイチおいしくないと思う。
こっちから動いてやろうぜ」
オレの言葉に一同が頷いた。
「ああ、爺さん」
「なんだね」
「その聖印、大切なものだろうけどオレに貸してくれないか」
「いいとも。……尊き心ある御仁に請願よ、彼の運命を守り給え」
聖句を告げながら印を渡す。
「ありがとよ、爺さん。
きっとご利益がある」
そうしてオレは扉へ、彼らは裏口へと向かおうとするときに冒険者が声を掛けてきた。
「少年、名前を伺ってもいいかな」
「名前?」
名前か。
困ったな。
いくら記憶が殆どないといっても名前まで思い出せないとは。
むしろ、聞かれるまで名前という情報そのものに対して何も思うことがなかったのにも今更ながらというか、我がことながらにびっくりする。
なので、名前に関してまったくの無手。何も考えてなかった。
周りをちらりと見てなにかないものかと探る。
見事に名前にできそうなものがない。
「ゼロ」
何もない、つまりはゼロってことだが……名前にしちゃ短すぎるか?
あー、名前らしい重さ。普通なら故郷の一部とか付けていい感じに名前っぽくするのかもしれないが……。
それもない。空っぽだ。重さってものがない。
重さ。ええい。それでいいか。
「ゼログラム」
口に出してみれば、グラムという響きは妙に親しみが湧く。
理由をつけたようで、そうではなく、認識していないところでオレの記憶が何かを選び取ったのだろうか?
まあ、今はそれについて考えたって仕方ない。
「不思議な名前だ」
「生まれたときにあんまりに軽かったからそう名付けたんだとさ。
それに響きだけならお貴族様みたいじゃないか?」
軽いのは命だけどな。
ともかく、一つの話を膨らませてフカシをかますのも得意技だ。
「だが、その名前は我々にとっては思い名になるのだろうな。
俺の名はガ──」
「おっと、名乗らないでくれ。
そっちの名前は生きて再会できたらにしよう」
知り合いができたら未練が増えちまうよ、と苦笑して伝える。
どうせ風が吹いたら飛んでいく命。だったら未練は少ないほうがいい。
だったらオレも名前を名乗るべきじゃあなかったかもな。
「それじゃあ、行こうぜ」
「ああ……さらばだ、ゼログラム殿」
知り得る最大の礼を取る冒険者。
オレは片手を上げて軽く挨拶をした。あたかもまた明日も会えるくらいの気楽さで。
───────────────────────
扉をノックして開く。
すぐさま反応したのはチャールの護衛をしている騎士だ。
「おっと、待ってくれよ」
オレは抵抗の意思がないことを両手を上げて示しつつ、その手を開いて聖印を見せる。
「チャール司教殿に話がある」
外の光景は中々にヤバい状況だった。
護衛の騎士は二人。正直、大した腕じゃないのがわかる。
それにチャール。こいつからも何も感じない。請願使いとしても大したものじゃなかろう。
問題はチャールから少し距離を置いて整列している連中だ。
揃いのサーコートに両刃の剣と大きな盾。
聖堂騎士って奴だ。こいつら全員が無形剣を使う凄腕の戦闘屋。
人数は三名。一人でもやばいのに三人も呼びやがって。
何が問題があったら力で揉み消す気にあふれていたってわけだ、チャールさんは。
ただ、聖堂騎士の一人。
年端も行かない少女には首輪が嵌められていた。
あんなお子様を調教中ってか?いやな趣味をお持ちですなあ。
それ以上に気に食わないのは……、いや、今はそれはいいか。
「君は最後にあそこへ運ばれた少年だね」
「ああ、見させてもらっていたよ」
「見た?」
「司教殿、まさかその立場があるってのに、誰も目を向けていないと思っていたのか?
アンタは自分が思うよりもよっぽど目立つのさ」
「……何を」
人間ってのは不思議なもので、立場が上がって満たされれば満たされるほどにどうしてか他人の言葉に敏感になる。
そこらを歩く賊に説得しようとしても聞く耳なんて持つはずもない。
『うるせえ、殺すぞ』この一言で会話打ち切りだろう。
しかし、チャールのような大いに身分を持つものは言葉に耳を貸してしまう。
理由はわかっている。
悪いことをしていりゃ弾劾なんかを恐れて耳を澄ませているからだ。だから余計なことまで聞いちまう。
爵位持ちどもの権力闘争も、宗教内の派閥争いもオレからしてみれば同じようなもんだ。
今頃、チャールの中で『この少年は何者か』ってのを勝手に組み立ててくれている。それもオレの都合のいい形で。
正解を与えようと口を開き、しかしわざとらしく聖堂騎士や護衛を見る。
「ま、待ちたまえ」
特に内容は考えてなかったが、口を開いただけで大いに焦ってくれた。
後ろ暗いことばかりしているらしい。
それにしても隷属打ち込むって奴がこの反応って、他にどれだけヤバいことやってんだ。
「ああ、そうだな。
声を大きくしていうようなことでもない」
うかうかと近づいてくる。
オレは「ふッ」と息を吐いてを迂闊にも近づいたチャールの首を抱え、或いは締め付けるようにしてバックルからナイフを引き抜いて押し付ける。
「何をする貴様ッ!」
「何って、アンタたちを脅すための下準備だよ、チャール」
オレの言葉に反応するように護衛がいきり立つ。
いやあ、忠実な番犬だ。無能だけど。
「閣下あ!」
「下郎、貴様ッ!」
オレはナイフでチャールの頬に傷を入れる。
「おっと、手が滑った。
……アンタらも手が滑って武器でも落としてくれれば助かるんだが」
「……ぐ、ぬ」
一応は騎士らしい。武器を捨てるのは恥ずべきこととか考えてるんだろうか。
「それとも、もっと手が滑ったほうがいいか?」
ナイフの位置がすう、と下に。
動脈の位置でぴたりと止まる。
「す、捨てよ!」
チャールの言葉に護衛が武器を投げ捨てる。
しかし、聖堂騎士は捨てるどころか鞘から剣を抜いてきた。
「おいおい、状況わかってんのか?」
オレの言葉に対して大柄な聖堂騎士が「無論」と短く返した。
「名誉のために介錯致す」
あー、そう来るか。
聖堂騎士は首輪を付けられた青髪の少女、褐色肌の大男、特徴のないブラウンヘアの男。
以上の三人だ。
少女とブラウンヘアはあまり自我らしいものが見えない。
対応しているのは大男だ。
「ふぁ、セバス君!何を言っているんだね!?」
「我らは聖堂の猟犬。
貴方の護衛がどうなろうと気にしないが、司教というお立場ある方が利用されるのは聖堂の名誉に関わること」
「いっ、いい、犬如きが知った口を!」
視線で合図を送ったのか、護衛が武器を拾うと同時に斬りかかろうとするも、光の刃が地面から二つ生まれ、切り裂かれる。
無形剣。
相変わらず無法の強さだ。恐らく短い詠唱を発したのだろうが、殆ど聞こえないほどのもの。
つまりは使い手として優れているってわけだな。
放ったのは少女とブランヘアの男。抜き打ちの速度で言えば少女の方が少し速かったようにも見える。
見事な腕前ってわけだ。
「な……あ、……」
絶句するチャール。番犬くんたちの実力を買っていたらしい。
或いは実際にそれなりの実力はあったものの、聖堂騎士が遥かに優れていたか。
「あーあ。
どうするね、チャール様よ」
ぐぬ、と声を漏らすチャール。
そして、更に呻きながら、言葉を続けた。
「ぬぬぬ……。
セバス君、本当にこの私を、司教たる私を手にかけるつもりかね」
大上段からの物言い。命乞いですらないのがこのチャールという男を見事に語っている。
「このまま少年に首を取られるのと何が違います。
せめて我らが名誉の剣に掛けられるのが情けでありましょう」
聖堂騎士ってのは筋が通っているというか、与えられた命令に忠実というか。
そこに差し挟められるような人情が感じられない。
いや、彼らがただの聖堂騎士ではないからかもしれない。
聖堂の猟犬だとか言っていたか。
「私は貢献してきたつもりだぞ!
才能を持つ多くの人間を君たち聖堂騎士に渡し、戦力を拡充する手伝いをした!」
「ええ、存じております」
「影に潜みし貴様たち猟犬が数と力を増したのはこのチャールの力添えあってのものだろうが!」
「それも、存じております」
『猟犬』ってのはつまり、聖堂騎士でも暗部ってのに属する連中か。
血みどろの暗闘を行うためだけの特別な騎士であれば、なるほど、確かに人員を確保するためなら人材商から買うように、信頼できるスジから手に入れたほうがよかろうな。
だからこそ、チャールの人材商ごっこにこいつらも現れたってわけか。
使えそうな人員は猟犬が引き取り、それ以外はチャールの尖兵にでもさせるって算段だったってわけだ。
「……その私に刃を向けるというのだな?」
「はい、まことに遺憾ではあります」
「私も遺憾だよ」
オレの腕の中でチャールがため息を吐くと、強く言葉を発した。
「フェリシティ!そやつらを殺せッ!」




