041_継暦141年_夏/03
よっす。
なんやかんやで冒険者としての仕事を受けることになったオレだぜ。
「待たせたのう、ウィミニアさん」
「いいえ、ちっとも」
ヴェールの向こう側でどんな表情をしているかまではわからない。
声は少し弾んでいるようにも感じる。
「では、こちらがご依頼になります」
同席したエドマンドに渡された紙。
恐らく冒険者ギルドの依頼提示の仕方に沿ったものらしく、特に修正点や疑問もないようで、その写しを部下に作らせていた。
「さて、わしは何をさせられるのかね。
この通りの老骨、力仕事は期待しないでもらいたいが」
「依頼を端的に説明するのであれば、護衛ですわ」
力仕事ではないが、それも十分に年寄り向きじゃない気もするが。
そんな疑問は先回りされていて、
「ジグラム様とは別に、護衛を幾人か付けますのでご安心を」
「ふむ……。
護衛は誰を?」
「貴方の眼の前にいるもの、つまり私を護衛して欲しいのです」
どう考えてもオレより強いと思いますけどね。
ルカと共に戦ってきて、しかもピンシャンしている。
わかってる。
文字通り護衛されたいわけじゃないんだろう。
彼女がオレをどこかへ連れていきたい、或いは別のなにかがあるってのは。
「エドマンドさん、写しです」
「ご苦労さん。
さて、お二人にはこっちの書類にサインをしてもらう。
報酬に関しては」
ウィミニアが資産金属を取り出す。
それと、鍵を。
片方はオレへの報酬。
もう片方が約束の品、つまりは施設明渡しのものだろう。
写しによると報酬は……先程確認した資産金属と同額。
金額の高さ云々ではなく、これは『貴方であることを確認して依頼を出している』というメッセージだろう。
理由はわからないが、とにかくウィミニアはオレに対してアクセスしたということを伝えたがっている。
「依頼はいつから始めるのかね」
「私はいつからでも構いません。
明日からでも、今からでも。
できれば早ければ助かるのですけれど」
「なら、もう始めんかね。
年寄りは気が短いもんでな」
───────────────────────
彼女が言っていた護衛はキースを含めた四人。
揃いの装備である辺り、管理局の人間だろうか。
キース以外の護衛は口にこそ出さないものの、好奇心が隠しきれない様子だ。
ウィミニアが連れてきたからか、キースが何か言ったか、その両方か。
居心地が悪い。多分君たちより弱いよ、オレ。期待しないでくれよな。
「師父、この度はキースがお守りすることをどうかお許しください」
許すもなにも全ての裁量権はウィミニアにあるのでオレから言えることが何もない。
「どうか怪我のないように、のう」
「ありがたきお言葉……」
ウィミニアとオレは馬車に。
御者としてキースが付き、その隣の護衛が一人。
馬車はただ乗るためのもの、というだけではなく軽食や飲酒などもできるVIP仕様だ。
後部に棚があり、そこに軽食だのカトラリーだのがある。
酒瓶なんかも幾本も置かれており、恐らくいずれもが値打ちものなのだろう。
そしてそれ以上に目に付くのは剣と鈍器をかけあわせた武器が備えられている。
他にも幾つかの武器が同様に備えられている。
物騒なのはそのいずれも新品ではなく、明らかに数度使われている形跡がある。
どんなにメンテナンスして、磨き上げても『使った』という纏う雰囲気は残るものだ。
残りの二人は陸上を走る鳥を飼い慣らした騎乗鳥に跨っている。
二足歩行で、空を飛ぶことはできない。
乗り心地はあまりよくはなさそうだ。
騎鳥は馬にスタミナで負けるが、その体躯から小回りが効く。
原産は遥か西方の、かつては亜人とも言われていた種族たちの領域から渡ってきたらしい。
ちなみにその『かつては亜人』に含まれていたのはエルフ、ドワーフが主。
ゴーダッドのようなオーク、鬼人とも呼ばれるオウガ、リザーディ辺りは土地によっては未だに亜人扱いである。
とはいえ、その亜人扱いされることもある彼らも他の人間種と変わらぬほどに高度な文明を築いている。
現在のオークは牧畜のノウハウに関しては特に他種族よりも秀でているらしく、
彼らが人里を襲い、女子供を拐っていたなんてのは古の時代の話だ。
同じようなことを今は人種を選ばず賊という大きな分類がやっているから、オークだからどうのというのはナンセンスと言えるだろう。
「準備整いました、ウィミニア様」
鳥に跨った男が声を上げる。
「では出発を」
その一言で馬車が動き出す。
依頼書にもどこへ行くかは書かれていなかった。
オレはその上でサインをした。
エドマンドに詳細な情報を出させるように願い出ることもできたが、それはしない。
進む先がどこであろうと構わないと頷くなら、
ギルドと管理局には気持ちよく依頼の処理をしてもらったほうがよかろう。
変にこじれて足止めをくらって老衰でぽっくり、なんてのだって可能性はゼロじゃない。
何せこちとらジジイなのだ。
「あの爺さんがキースの言う師父なのかよ」
「うむ……。あのお方こそが石ころで巨漢の賊を倒したのだ」
「石ころ一つで、一撃でか」
「その通りだ。あの方は魔術士でありながら、魔術を捨てた……、つまり不言とは彼のことで間違いないぞ」
「不言!……マジかよ」
御者さん、聞こえていますよ。
キースさん、あること無いこと言われるとこちらが恥ずかしいですよ。
……とは言えなかった。
ウィミニアは少し開いていた戸をしっかりと閉じると声も聞こえなくなる。
窓から入ってきていた陽光は失せる。森に入ったのだろう。
夏も終わろうとしているのに日が差せば未だ暑さを覚えた。
森の中ならば少しは車内の気温もマシになるだろう。
「不言ではないのだがのう」
「ええ。ですが、貴方が特別なことは理解していますのよ」
「……特別?
だとしたらそれこそ人間違いというものであろうさ。
わしは見ての通りの、石ころを投げるのが少し上手いだけの老人に過ぎぬ」
「そうでしょうか、ヴィルグラム様?」
その名で呼ばれたのが初めてではないのに、思わず目を剥いて彼女を見てしまう。
──しまった。
こんな反応をすればオレがかつてヴィルグラムだと名乗っていたのがバレバレだ。
ああ、くそ。だから腹芸は苦手なんだ。なんでもすぐに顔と態度に出る。
いや、彼女の側からすれば前からバレバレで、独り相撲しているに過ぎないのかもしれないが。
どうあれ、復活のことを明かされるわけにはいかない。
それを人に知られれば、必ず人を不幸にする。
いつの記憶かもわからない、こぼれ落ちていったはずの思いが心の中で痛烈に伝えていた。
「……ッ」
どうするべきだ。
リスポーンのことを伝えるのか?
……いや、やはりそれはできない。
誰かが不幸になる気がする。
なら黙っているのが正解なのか?
……それも違う気がする。
仮に復活狙いでオレに声をかけてくるなら、いや、掛けてくる理由がわからない。
オレの実力は本当にキースに言った通り大したものじゃない。
御存知の通り物を投げるのと、鍵開け、それに軽業が少しできるだけだ。
なんだったらこの肉体で軽業なんてしてみればあとが怖い。
鍵開けだって細かいものが見えないから精度が低いかろうし。
護衛についている四人……まあ、キースは除くとして三人が一斉にオレに飛びかかれば簡単に捕まえられるだろう。
特にビウモードは治安が良いとは言い難い状況だ。
人さらいが仮に見られても大々的に調べられることも少ないのではないか。
それらを踏まえると、強引に復活のことを知りたいという線は消していい。
コストとして管理局は資産価値がデカそうな元冒険者ギルドの建物をオレのためだけに手放しているのだ。
つまり、敵対関係になりたくない、友好関係を維持した状態でどこかへと連れて行くのが目的。
わからん。
全然わからん。
皆目検討もつかない。
どうすればいいのかと悩んでいると、ウィミニアが云う。
「ご安心ください、貴方の身をどうこうしたいわけではないのです」
「今のところは、と続くのだろう」
「私自身はそう続けたくないのですが」
全てはオレ次第だと、そう言いたいのだろう。
表情の伺えないウィミニアは不気味だが、その声色の奥底はオレの心配をしている部分があるような気がした。
希望的観測というか、オレの思い込みでしかないかもしれないが。
───────────────────────
がん、と何か重いものが当たる音が馬車の中に響く。
「ウィミニア様!敵襲です!」
騎鳥に跨っていた護衛が叫ぶ。
「どなたでしょうか」
「賊です!相当の数が!ぐあっ……!」
扉の外、つまりは騎鳥に跨った護衛の一人の声はそれきり聞こえなくなる。
御者との間にある戸を開く。
「走り抜けられそうですか?」
ウィミニアの言葉にキースが「試してみます!」と返した
馬車が加速度を増す。
賊の殆どは徒歩。馬車には追いつけそうもなかったが、それは彼らとて見越していたのだろう。
「この先に縄が準備されておるはずだ、なんとかせねばなるまいよ」
オレは馬車に備え付けられていたカトラリーと立て掛けられていた円形の武器を掴むと扉を開いて半身を出す。
老人の肉体を呪った。
実に目が悪い!
片目を凝らして、睨むようにターゲットを確認する。
「ジグラム様」
「案ずるな、と言いたいが案じてもおらぬのだろうな。
まあ、わしとてここで終わっては面白いとも思えぬさ」
少し先に木々に隠れるようにしている賊を見つける。道の逆側には幹に括り付けられた縄も見えた。
馬を止めるための、賊がよくやる手だ。
オレは縄を掴む賊に向かってカトラリーを投げつける。
なんだか随分と伸びがいい。
印地は実感していたが、投擲の技巧そのものにも成長を感じる。
吸い込まれるように賊の頭にカトラリーが突き立った。
どさりと倒れ、その後ろから「な、縄を早く引け!」「死んだやつをどかせ!」と。
その声の方向を見ればごそごそと動いている賊が見えた。
「オッホエ!」
「出たッ!師父の翁封詠が出たぞ!!」
キースは茶化しているのではなく本気で讃えている。
それが逆にたちが悪いというか。
ともかく、カトラリーは縄を引こうとしていた賊たちの命を次々と奪う。
一人だけそれを防いだものがいたが、縄を引く様子も見せなかった。
馬車は止められることなく走っていく。
やがて看板が見えてきた。
『この先、トライカ』
道や視界も開けてきた。ここまで逃げ切れば大丈夫だろう。
───────────────────────
馬車が森を抜けるのを男は見ていた。
回りには雇った賊たちの死体が転がる。
(……俺の命を十分に奪えるだけの力がある、か)
自らの武器──肉切り包丁で叩き落したカトラリーを拾い上げる。
売れば多少の価値になりそうな上等な品だ。
(確かに只者ではないようだが)
カトラリーを投げ捨て、周りを見渡す。
賊たちは『仕事』に失敗したからこそ、その後を恐れて虫の子を散らすように逃げていった。
「ブルコ様、失敗しちまいましたね」
「ドップイネスの旦那も成功に期待しちゃいねえさ。
何せウィミニア閣下が付いているのを知っていてこの計画を練ってたんだしな」
「いいんですかね」
「閣下を襲ったことをか?
ハッ、今更だろう。
それにドップイネス様の目的はウィミニア閣下自身じゃあない」
ブルコの体は大柄だ。
しかし筋肉太りした肉体というよりも、肥満体型とも言える。
それでも汚らしい雰囲気がないのは顔立ちが整っているからかもしれない。
チグハグな印象を他者に与えるのは一種のブルコの魅力でもあった。
或いは、顔立ちから与える知性のようなものが安心感を与えるのがそこに繋がるのか。
(ドップイネス様の目的はあくまでビウモードの混乱でしかねえ。
トライカ市長殿との関係性の悪化にしろ、ウィミニア閣下との対立であれ。
……本心で言えば、市長殿を獲得するのがお望みだろうが)
彼の胴回りは常人の二倍。太腿は女性の腰ほどもある。
ブルコは巨漢というよりは肥満であったが、その姿を見て怠惰だと思うものはいなかった。
その肉の全てが彼に大きな力を与えていることを知っていたし、
知らないで彼を煽ろうものならば素手で引き裂くほどの膂力を身をもって味わうことになるからだ。
ここに彼を侮るものはいない。
「どうあれトライカにゃ行かねえとならないんだ。
ここでの戦いは準備運動みてえなもんのはわかってたろ?」
一同は頷く。
それを見ながらブルコは肉切り包丁を腰の鞘に収める。
「俺は先に行っている、待ち合わせは」
「市長の邸、ですね」
「ああ。
トライカじゃドップイネス様が既に雇っている連中もいるだろうから、先に動いている。
もう状況が動いている頃に到着だろうけどよろしく頼むぜ」
そう言うとブルコが走る。
その巨体から出るとは思えないほどの速度で走る。
超能力『飽食』、その力によって身に纏った脂肪を消費することで理外の出力を肉体に与えることができる彼は軍馬や騎鳥よりも素早く、軽やかにトライカへと向かう。
走るブルコは出発前のドップイネスとの会話を思い出していた。
───────────────────────
「まったく、オーフスも困ったものですね。
あっさりと殺されるとは……。
それにキースも簡単に裏切るとは、見る目がありませんねえ。彼も私も」
ビウモード最高品質のホテルにてくつろぎながらドップイネスは残った護衛二人に愚痴を吐く。
「とはいえ、まあ、ここまでは計画の範疇。
貢物がどうあれ、それ自体に興味はありませんからねえ」
ドップイネスはチャラチャラと複数の聖印を掌で弄ぶ。
『聖堂』、『楽団』、『教会』、それにビウモードでは信奉者もいないツイクノク独自の宗教のものなどがそこに握られている。
「ブルコ。
この後の仕事は貴方にお任せしたくありますが、構いませんかねえ」
「いつもどおりだよ、ドップイネス様。
俺を動かしたいなら」
「金、ですね」
指を鳴らすと奥に控えていた色小姓──ツイクノク伯爵からのお下げ渡し──を呼びつける。
ただの色小姓というわけではなく、伯爵がドップイネスに付かせた監視の目ではあったが、
その職務は放棄している。
いや、放棄させられたというべきかもしれないが。
色小姓はケースをドップイネスの側に持っていき、開く。
中には複数個、資産金属が置かれていた。
自分のこととなると実に几帳面なドップイネスはそれぞれの金属に入った金額の多い順にそれらを並べており、
その一つ、金額で見れば三番目に多く資産が封じられたそれを手に取ると、
「これは手付です、成功報酬はまた同じだけ支払いましょう」
金額だけで言えば、青色位階の冒険者が一年みっちりと働いた報酬に相当するほど。
それをあっさりと支払うのは彼が今回の騒動に命すら賭けるに値する状況だからであった。
ツイクノク御用商人ドップイネス。
人材商、貿易商など様々な側面を持つ男の本来の姿は商人ではない。
かつて『教会』の中でも上から数える方が早いほどの地位に立った一族の、その長子であり、
血筋を辿ればカルザハリ王国以前に存在した公爵家にも当たるとも。
「しかし、トライカの市長の邸を襲えなんて無茶な仕事ですぜ」
「襲え、というだけですよ。
殺す必要はありません、市長は……ですがね。
ああ、勿論拐ってきてくださるのなら最高ですよ、報酬は三倍支払いましょう。
が……それには期待していません」
「具体的にゃァ何をすりゃいいんです?」
「あれをご覧なさい」
宿の窓を指す。
「ありゃキースの野郎じゃねえか」
「見るべきは共連れです」
「ヨボついたジジイがいますが」
「ええ、そのご老人がターゲットです」
(ただものじゃねえのか?
それともどこぞの貴人か……)
「案ずる必要はありません、彼はただの賊だそうですよ」
ドップイネスがただの荒淫で知られた好色漢ではないことをブルコは理解している。
オーフスと酒を呑んだときに彼が言っていたことだが、
あの男の目的はツイクノクのためでもない。
教会のために動いているのではないかと。
(オーフスよ。
多分、教会は教会でも恐らく今の時代の、じゃないんだろうな。
厄介な人を主に選んじまったもんだぜ。
だが、)
「……ますますわからねえや」
何のために動いているか、わからない心情とも重ねてブルコは言う。
だが、だからこそ楽しい。
わかっていることばかりのために働くならおカタい仕事に付いている、と常々思っていることだ。
そういう意味ではブルコも冒険者である。
何が出るかもわからない暗中を走ることを趣味とする中毒者なのだから。
「仕事をすれば金になる、それさえわかればよいのでは?」
「そりゃあ間違いねえことですな。
あー、街中でやっちまうのはだめなんですかい」
「依頼は邸の中で彼を殺すことです、が……邸に何があるかもわからないし、
邸も含めて、どれほど彼に護衛が付くかもわからない」
指にはまる指輪を見ながらドップイネスは続ける。
「ウィミニア閣下が彼を護送するそうで、
その道中で護衛を減らせるならば減らしたほうが後の仕事が楽になるかもしれませんね。
トライカでの仕事に関してはどこまでも好きになさい。
どうせ邸の周りに人の目はないでしょうからねえ。」
トライカに限らず、大抵の都市の、その権力者の住まう場所というのは一般人が立ち寄るようなことは少ない。
その地域の立ち入りを禁止していなくとも、重要施設しかない場所でうろつけば捕縛される可能性もあるし、なによりそうした施設を狙うような不逞の輩(この場合はブルコだろうが)が起こす事件に巻き込まれる可能性もある。
良識と常識のどちらかでも持ち合わせていれば近づこうとはしないのだ。
そうした場所で好きにするにしても人員は必要。
仕事を進めるため、ブルコは外へと出る。
賊だの職業殺手だのを探して雇う必要もある。
移動は馬車であるようだし、最悪後ろから追いかけてしまうのでもいい。
できればさっさと先回りして罠を張りたいところだが、そこまでの時間があるかどうか。
ブルコは計画を頭で練りつつ、治安の悪いエリアへと走るのだった。




