038_継暦141年_夏/03
よっす。
死んだオレだぜ。
……いやあ、後悔がないと言えば嘘ではある。
正直、ここからって感じはしていた。
ゴーダッドとルルに始まり、サナっていう弟子……?のようなものを得て、
商隊を助けて街に入り、掲示板連合という名の冒険者ギルドに属し、
ルカと出会い、あそこで生き延びていたならどんな旅があったのだろうか。
彼……いや、ルカの語った言葉からすると彼女か。
彼女のやるべきことを考えれば結局オレは死んでいた気もするけど。
流石にソクナ、『破獄』なんて仰々しい二つ名を持っている奴を相手にし続けるほど、オレは強くないのだ。
あー、力が欲しい。なんかこう、いい感じに敵に勝てるような。
わかってる。努力なくして手に入らないことはよーく理解している。
そしてオレの努力ってのは基本的に意味のないってことも。
悲観はしていない。諦めがいいのがオレのいいところでもある。
……ルカは生き延びてくれただろうか。
熱くなりやすいところがありそうだが、
こっちの命懸けの言葉なわけだし、きっと届いただろう。
そう信じたいところだ。
あの小さな体にどれだけの覚悟があったのだろう。
そのキッカケはオレと同じような名前の冒険者、グラム。
死して背負わせるってのは酷なことをする。
けれど、忘れられない名前になっているというのは羨ましくもあるけどな。
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さて、今回の状況はどうかといえば、賊の群れなのは間違いないが、どうにもざわついている。
人数は大規模ではない。
七名、オレを入れたら八名。
ちなみに今回のオレのボディはというと……レアだ!レアボディだ!
お年寄り!おじいさん!体のキレが最悪だ!目がしょぼしょぼする!
ああ、でも鍛えられてはいるからキレこそ悪いが動きは悪くなさそうだ。
おっと、動きの調子を試していたら仲間が胡乱な目でこっちを見ている。
ヒソヒソと「ついにボケたか?」なんて声まで。
「カシラ、本当にそんなことすんのかよ」
オレに対する冷たい視線が一部で向けられているのとは別に、
賊のサブリーダー的な男がカシラへと問いかける。
「金積まれたんだからやるしかねえだろ!成功報酬は手付の十倍だぞ!
一生かかってもお目にかけられやしねえ!」
この場合の賊の『一生かかってもお目にかけられない』の金額は、賊討伐十回分くらいでしかない。
あんまり真に受けてはいけない。
「けど……請願使いをぶっ殺したら呪われるって話だぜ」
「カッ、賊の俺たちが呪いなんざ今更怖がってどうする!
生まれ落ちて既に呪われてるみてえなもんだろ!裏返ってハッピーになるかもしれねえだろうが!」
豪胆な男だし、言ってることはごもっともって感じだぜ、カシラ。
呪いなんて今更。
呪うべきは賊なんて身分に落ちた運命にだろうし、或いはそこから抜け出すことの難しい賊というコミュニティそのものが呪いとも言えるかもしれないが。
さておき、カシラはどうにも何者かから依頼を受けているらしい。
「それに久しぶりに伯爵サマが俺たち賊に仕事をくださったんだぜえ?」
「……久しぶりに?
昔はしょっちゅうあったんですかい」
「おお、そういやテメエは流れものだったな。
ここらの賊の多くは伯爵様に『恩義』があったんだよ、色々とな。
当代になってからは随分とお声はかからなかったけどなあ」
賊が伯爵に雇われていたってのは、ルカが語った『侯爵の遺産探し』の件だろう。
ってことはこのカシラはなかなかの長生きさんってわけだ。
つまりこのボディも相当すごい気もするが、年取ってから賊に落ちたパターンもあるし、なんとも言えない。
ちなみに思い出そうとしたがこのボディは大体のことを忘れていた。
年をとると耄碌するっていうが、自分の過去まですっぱり忘れているってのは恐ろしい。
ただ、お陰でオレはドップイネスに捕らえられてからここまでのことをしっかりと整理できるだけの余裕を得ていた。
なんやかんやと、肉体の記憶があると整理するだけで手一杯になったりするんだよな。
「数日内にこの街道を通る二頭立ての馬車。そいつを狙えばいいだけ。
中に誰が居ようと関係ねえんだよ。
仮令請願使いだろうが、その手の関係者だろうがな」
『請願使いを殺すと呪われる』
まあ、賊に広がっている与太の一つだ。
請願ってのは元の持ち主がいて、その持ち主が使用許可を出すから使える……と賊たちは思っている。
実際には許可というわけじゃなく、波長だのインクだの性質だのの一致でしかないらしいが。
ともかく、賊からすれば後見人じみた存在が『憑いている』からこそ祟られると思っている。
「カシラ!二頭立てです!」
木の上で待機していた手下が報告する。
「護衛は?」
「前情報通り。一人も見えねえっす」
「よし、縄ァ用意しろ。脚止めんぞ」
カシラの命令に歯向かうことができるガッツの持ち主はいない。
一同は馬を止める準備へと走った。
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馬が縄に気がついて嘶いて足を止める。
馬車がガタゴトと揺れるも、流石に倒れることはないが、足を止めた。
扉が開かれると、その近くにいた男の顔面が真っ二つになる。
「ええい!賊どもめ!
何故今日に限って襲ってくるのだ!何度目だと思っている!」
苛立つ声を隠さずに馬車から現れた男……オレはこの男を知っている!
「野犬よォ!走れえぇ!」
詠唱を発動すると、違う賊がまた切り裂かれる。
オーフスから引き継いだ暗殺魔術!
お前、お前は──
「このキースがいるかぎりはこの馬車には近づかせん!」
キースじゃねえか!
って、オレのことを覚えちゃいないんだよな。
外見が違うし、まあ、キースに理解されたところで何があるわけでもなし。
「魔術士だあ!?請願使いじゃなくってか!?」
「だったら……!」
賊が一斉に勢いづく。
「なに?なんだ?
この私が誰か知らんようだな!
私はキース!ウィミニア閣下の──ぎゃあ!」
キースの顔面に棍棒が投げつけられた。
「キースだかなんだか知らねえけどなあ、請願使いじゃねえなら怖くねえんだよ!」
「貴様らあ!野犬よ──」
詠唱を潰すように次は土が投げつけられる。詠唱のために開いた口にそれが入り込み、咳き込むキース。
その隙に転がされ、残った賊にタコ殴りにされそうになっている。
いや、半ばされている。
ううむ。
正直、キースがここでくたばってもらったところで何も思うところはない。
オレだってこいつに殺されているわけだし。
しかし、逆にここでこいつを助けてやればレティレトのその後がわかるかもしれない。
無体な扱いをされてないか、それが心配ではあったのだ。
そうと決まれば早いほうがいい。
キースの命は軽そうなので、急いでいい感じの石を拾い集め、オレは賊の背後から石を立て続けにぶち当てたのだった。
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その老人はいつからそこにいたのか。
身なりこそ賊だが、立ち姿はまるで若々しく、その眼光は鋭い。
長い顎髭を撫でてから、掠れた声で言う。
「オッホエ」
放たれた一声はあのとき、レティレト様を連れ立って逃げた男と同じもの。
発祥はわからない。だが、その声と共に私を攻撃する賊たちは次々と倒れていった。
年齢は……一体幾つだろうか。
私の両親よりも上、いや、祖父が生きていたとしてもまだ若い。年齢の判断が付かない。
だが、彼はオッホエという言葉とそこらの石ころでこのキースを打倒しかけたものたちをあっさりと倒したのだ。
魔術ギルドで語られる数代存在すると言われる『不言』。
伝説の証。詠唱なしに魔術を行使するもの。
その果てはインクの発生すら必要なく、天然自然そのものを扱う。
不言の当代は年若い少女とも言われているから、先代かもしれない。
複雑なインクを奥底に感じるから、数代前と言われても不思議ではない。
複雑にして奥底まで封じ落とされたインク。
……そうか。オッホエとは一つの詠唱。或いは誓い。
翁封詠。年経て詠唱を封じ、しかし魔術の持つ影響を忘れぬために擬似的な詠唱としたもの。
私があの日、欲に目がくらんで殺したものもそこに行き着いていたとしたなら、取り返しのつかないことをしてしまったということだ。
類まれなる才能を私如きが潰したのだ。
だが、天は愚昧なる私に機会をくださった。
この老人は私を助け、そして延命を与えてくださったのだ。
「師父……」
今まで明確な師匠を持たず、いや、他人を心から尊敬したことなどなかった私が、ごく自然に敬服し、そして師父と彼を呼ぶ。
違和感がなかった。
彼こそが、私にとっての最後の機会であることは明らかだったからだ。
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「師父……」
叩頭する勢いで跪いて、突然オレをそう呼んだ。
どうしたキース、お前そんなんだったか?
いや、秘書役としてこき使われてたのと、オレを後ろから殺したことくらいしかお前のことは知らないけど。
外見に合わせて口調をチューニングする必要がある。
少年はなんだか得意だったが、老人には自信がない。
「……無事だったようじゃな、お若い人」
「師父……あなたのお陰です」
「師父?はっはっは。わしはそんなにえらい人間ではないよ」
マジでそうなのだよ、キース。
そこらの賊だからね。
「いいえ。
私は理解したのです、あなたの偉大さを。師父。
オッホエ。その言葉の意味も、あなたの不言たる立ち位置も全て」
やべえ。何言ってんだキース。
カシラのパンチがヤバいところにでも入っちまったのか。
不言ってアレだろ、ルカのことだろ?
まあでも、否定するのも怖い。
思い込みが激しい奴は変にこじらせると後が怖い、そんな気がする。
「どうか、師父と呼ぶことを許してください。
そして、この不肖をあなたのお弟子にお迎えいただけませんか」
……なんか、こう、予想していた展開と違う。
オレの予想じゃあこっちがへりくだったりするはずだったが。
それこそ、
「ご無事ですか!
え?お礼ですか?いや、悪いですよ。
ですが、いただけるなら病気以外なら。へへへ」
──みたいな感じでついていって、そこからレティレトを探すかな、くらいの考えだったのに。
いや、しかしこの状況を利用しないのも勿体ないのも間違いない。
「名を聞こうかの、お若い人」
「キースと申します」
「そうか。よい名だ。
わしの名は」
……どうしよう。ヴィルグラムの名前を使い回すと面倒なことになりそうだ。
かといって何もないところから考える猶予はない。流用はしよう。
ヴィルかグラムか……。
おじいさんだし。ジジグラム?いや、流石にジジイすぎるか。
「ジグラム。
自分を捨てて歩く、哀れな老骨に過ぎぬ。
そのような彷徨うガラクタを師父と呼びたいなら好きにされるがよい」
「師父ジグラム……!
感謝いたします!
まずはお礼をいたしたく!さあ、馬車へ!」
なんだか予想ができない方向へと状況が転がっていく。そんな音が聞こえるようだった。
年齢特有の耳の不調かもしれないが。




