034_継暦141年_夏/02
よっす。
賊……いやさ、斥候っぽいことをしているオレだぜ。
カチコミ先の魔術ギルド、その裏口から入るために拾ったばかりのロックピックを活用。
気配消してのこそこそと下調べ。
正直、相手が賊だと同程度の隠密能力しかないオレの動きは結構バレバレだったりするんだが、
ここの魔術士たちにゃあ隠密を看破するのは難しいらしく、下調べはかなりうまく行った。
まだ印地用の石は幾つか手元にあったものの、下調べ中にいい感じのナイフが幾つかあったので拝借した。
魔術のことは詳しくないが、何らかの防護的なものを張られたときに石で対抗できるとは思えなかったからだ。
ナイフが通用するかはわからないが、手札は多いほうがいいってもんだろ?
全ての魔術ギルドがってわけじゃあないんだろうが、少なくともビウモード魔術ギルドはデカい。
まずはメインフロアらしいところは掲示板連合よろしく机と椅子なんかが大量にあった。
ざっと数えた感じ、60席くらいはあったと思うが、椅子机だけで部屋自体は30%も使ってなさそうだ。
冒険者が集まるような場所と違って何かしらのセレモニーで使うことが多いとか、そういう理由で席数を絞ってるんだろうか。
ここでドンパチやるってなら席が少ないほうが逃げ回りやすいだろうし、
オレからしてみればありがたい。
その部屋にゃ上に続く階段と、奥の関係者用の通路がある。
オレは裏口から入っているのでその『奥』から来たってことになる。
通路には幾つもの部屋があって、オレがナイフを盗んだ部屋以外にも仮眠室やら会議室、研究を行ってそうな部屋やら、図書室みたいなものもあった。
調べたくはあったが、上階には進めなかった。
入り口に警備が立っていたからだ。
そう、警備がしっかりと立っているのだ。
魔術士でも位階が足りないとかそういう条件で入れないようにしているのか、
オレみたいな厄介者が入り込まないようになのかはわからない。
ただ、不思議なのはその魔術士自体の数が施設の規模からして見るとかなり少ない。
バカでかいフロアにいる魔術士は30人ほど。
奥の通路に点在する部屋に滞在しているのも大した数じゃない。両手で十分数えられるくらいだ。
さて、どうしてオレが斥候っぽいことをしているかというと──
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「よし、行こう」
とんがり帽子を被り、コートを羽織ったルカは勇ましい。
彼の背についていくようにして、到着したのは魔術ギルドの正門近く。
彼は「さて、準備はいいかな」と聞いてくる。
それ自体に問題はない、が、どうしても気になることがあった。
「ルカ、聞いてもいいか?」
「なんだい」
「正面から行くのか?」
「……?
ああ、えーと、そうだけど。正面以外にある?」
少し言葉を考えよう。
世の中には正々堂々じゃないと駄目なルールのところもあったはずだ。
「正面から行くのはルールがあったりする?礼儀とか?」
「いや、違うけど……」
なるほど。ルールではない。
「そういう信条とか?」
「いや、それも違うけど……」
ふむふむ。信条とか信念でもない。
「一応聞くけど、卑怯なことをすると蕁麻疹が出るタイプ?」
「蕁麻疹は出ないけど、あまり無関係な人を巻き込むような派手なことはできないかな。
ギルド外に犠牲が出るのは避けたいから」
ほー。口ぶりからすると『関係者間であれば容赦しない手を取っても良い』って感じか。
よーし、理解した。
「えい」
オレはルカの額にデコピンをお見舞いした。
「ぷわっ!な、なにを……」
「死ぬって、死んじゃうって。正面から殴り合いなんて無茶だって。
もっと上手く立ち回ろうよ」
「立ち回るといっても、自分で言いたくはないけどボクは鈍臭いから小器用な立ち回りは難しい……」
「そこをカバーするのが仲間でしょ」
こうして、まずはオレが裏口から探り、全体の状況を調べて情報を持ち帰り、どう行動するかをルカに頼むことにした。
彼も頷いてくれたものの、「危険な真似は絶対にしないで」と約束させられた。
「グラム、お願いだよ。
この一件に付き合わせておいてどの口がって言われるかもしれないけど、無茶は」
「わかってるって」
──という話をしたわけだ。
ただ、持ち帰るにしても情報が少ない。
オレは仮眠室に転がっていた持ち主不明のコートと帽子を羽織るとフロアへと足を踏み入れた。
着こなしに問題はないようで、魔術士として擬態はできているらしい。
お陰様で誰も気にしていない。
とはいっても、あまり長居して馬脚を表すのは怖い。
さっと情報を集めたらそれで終わりにしよう。
「あーあ、参っちまうよな。
ギルドに残っておけば甘い汁が吸えると思ったのによお」
「そういうなよ。オレなんてイミュズからわざわざ来たってのに……。
それに他の支部からだって流れて来てるんだろ?」
「いや、ツイクノクの連中はルルシエット行きだとさ。
それ以外の戦意がある他の支部の連中もルルシエットみたいだ」
「はー……。
ってことはビウモードに詰めてる俺たちは戦いに参加できないのか。
貧乏くじってわけかよ」
どこかの部屋から現れ、軽食を取りに来た様子の二人組。
オレは軽食を取るフリをしつつ、彼らが近くに座ってくれたので聞き耳を立てることを続行することにした。
どうでもいいが、テイクフリーな感じで置かれた料理は野菜に果物と油っぽいものが少ない。
オレがここの所属だったらもっとギットリしたものを出してくれと希望するんだが、彼らを含めてここの人間はあまり気にしていないらしい。
「魔術ギルドは結局割れたってことなんだろうけど、これからどうなるんだろうな」
「ビウモードの動きに乗じる派閥と、特定の領地に肩入れすることそのものを許さない派閥、
それに穏健派って名前の日和見ども……大雑把に三つだが」
「元々割れてたのが表面化しただけって気がするけどなあ」
ここに残っているのが戦闘に積極的な連中ってことだろう。
ルカがカチコミしたいって言ってるってことは、彼は二番目の肩入れすんなチームってことか。
ここが内部でバチバチにやりあっているってことなんだろうか。
「誰もが終わったと思っていた相続戦争はまだ終わっちゃいないってことだろ?
伯爵がここまで派手に他の伯爵に喧嘩を売ったんだからさあ。
ってことは魔術士もくだんねえ研究なんぞよりもどれだけ戦いで功しを挙げられるかって話になるわけだ」
話している内容は賊と大して変わらないなあ……。
いや、賊と変わらない程度のやつしか残ってないってことかもしれないけど。
「ここに詰めてろって言われたけどいつまでいりゃいいんだろうな」
「行動騎士様のご命令ってやつだからなあ。
背いたら何をされるかもわからん。
でも、行動騎士がわざわざそれを言っているってことは魔術士の俺たちに何かしらの出番があるってことだろう」
「……そりゃあ、確かに」
行動騎士が関わってんのか。
それ以外に有力な魔術士はいるかが気になるが……流石に声を掛けて情報聞き出すのはリスキーすぎるだろう。
そっとオレはその場を離れ──
「そういや、テッドさんはどうなったんだ?
あれだけ息巻いてたバリバリのタカ派だってのに、最近見なくないか」
「あー……それこそ何か一波乱ありそうなルルシエットに行ったとか?」
「だったらずりぃよな!」
離れようとしたところで会話が続く。
もう少しオレに軽食を摂れと言わんばかりだ。フルーツを頂こう。盛り合わせで。
ここにいる連中も戦いで功しを立てたい連中だ。
その取りまとめが『タカ派のテッド』、元々はビウモードにいたがここじゃあ戦いがないからって、ルルシエットへ移動。
他のものは戦いが起こらなさそうなビウモードに閉じこもらされている。
……そりゃあズルだ!と声もあげたくなるか。
「いや、でもそれはないか。
あの人はずっとギルドマスターの椅子狙ってたんだろ?
ようやく目の上のたんこぶだったルカルシを追い出して、その椅子を自分のものにできたんだ」
「タカ派もポーズで、とにかくルカルシの逆張りし続けたって噂もあったよな。
確かにそれが事実ならどっかに行くってのもおかしな話か」
と思っていたらまた話に展開がある。
ルカルシ……ルカのお師匠様か血縁者か?
その辺りも彼に聞けばわかるか。
「テッドさんもいねえんじゃ、ルルシエットへの転属も難しいよなあ」
「案外椅子の座り心地を堪能しているだけだったりして」
「ってことは上階にいるかも、か」
「……直談判しにいってみるか?」
「……大いにアリ」
などといって彼らが動き出す。
不自然にならない程度に状況を見ている。
上階への侵入を塞ぐ護衛は彼らと幾つか話して、立ち入りを許可されていないようだった。
悔しいが内容までは聞き取れない。
ちょっとした騒ぎになりかけたので、そちらに視線が集まっているうちにオレはそそくさと退散した。
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「あのね、グラム」
よっす。
戻ってきて事細かに報告したら説教されているオレだぜ。
まあ、これに関しては約束を破ったオレが悪い。
情報をたくさん持って帰っては来たが、それはつまりそれだけ長時間人の目に触れる場所にいたり、隠れていたりってことになる。
本当に彼はオレの身を案じてくれているのが伝わる。
心優しき少年ルカ。
っと、それよりルカルシとルカの関わりを聞きたかったのだけど、彼はもう中へと侵入するつもり満々のようだ。
質問は戦いが終わってからでもいいか。
報告にその辺りを含めても反応はなかった以上、状況を左右するものでもなさそうだし。
「ボクはとにかく攻撃に徹する。
グラムはボクの隙を狙ってきそうな奴の相手を任せてもいい?」
既に戦術に関しては話し合い済み。
今、ルカがこうして言っているのは再確認ってわけだ。
「任された」
こうしてカチコミはオレが調べた裏口ルートから始まった。
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圧倒的だった。
そうとしか言いようがない。
フロアに入るなり、彼の姿を見た魔術士連中が杖を取ろうとするも、ルカは詠唱もなしに魔術を発動させてみせた。
大掛かりな魔術ではないとは思う。
ただ、最適な手段で効率よく攻撃を放つために作られた、インクを射出するためだけの魔術。
発生速度、加速と貫通力、そして若干の誘導性を持つ魔術は魔術士殺しというに相応しい。
詠唱なしに魔術の発動なんてできるんだな。
それともルカが特別なだけなのだろうか。
少なくとも裏口からの侵入による不意打ちと、
無詠唱による攻撃の相乗効果は大いに発揮された。
カチコミするってのは絶対に鉄火場になると思っていたが、
蓋を開けてみればむしろ『オレが必要だったのだろうか』と思ってしまうほど。
なにせ一息で五人くらいあっさり殺して見せているのだから、恐ろしい実力だ。
っと、いかんいかん。
確かにルカの背後なんかはがら空きではある。
「オッホエ!」
手元の石を仮眠室から出てきた魔術士にぶち当てる。
何をされたかわからないままに打倒できた。
そりゃ、研究なんて賊から見たら大変おハイソなことをしてらっしゃる方々は石が飛んでくる状況なんて理解できないだろうな。
「くそ!不言だ!不言が来たぞ!」
どやどやと上階から声。
不言。詠唱ナシで魔術を使うから付いた二つ名だろうか。
「こっからが本番かな、ルカ」
「そうなるだろうね」
冷たい目だ。
人の命を奪うことになれた人間のそれ。
だが、その奥には未だ悲嘆の色が揺れているようにも見える。
「ボクを知っている上で未だここに残っているのだな!
魔術ギルドは誰にではなく、魔術とインクにのみ従うべきであるという絶対の法を曲げて為政者の下に付くことを選んだのだな!」
少女めいた細い声だが、その圧力はゴーダッドの叫びにも匹敵するほどのものだった。
恐らくルカの声や動作そのものにインクが染み付いているのだ。
賊世間じゃあお見かけしないタイプのヤベえやつってことだ。怒らせないようにしないとな。
その一喝は生き残ったものたちを打ち据えんとして響く。
「ビウモード魔術ギルドの主は既にあなたではなくなったのだ!
それに冒険者ギルドの敗北を覚えておられるだろう!
我らは彼らのようになりたくないだけだ、その何が悪い!」
その圧に屈さずに魔術ギルドの一員が反論した。
すげえガッツだ。
「尻尾を振らねばいいだけ、であるのに今のお前たちの行いはなんだ!」
「そ、それは……ビウモード伯に従わなければ殺される!
だが、従えばメリットがある!
魔術士は現実主義的であれと教えたのはあなたでしょう!
ギルドマスター!」
え、こんなちびっこが……いや、オレも人のことを言えた外見じゃないが、ルカがギルドマスターだったのか。
どこのギルドマスターとか言わない辺り、ビウモード魔術ギルドの長ってことだろう。
ちなみに、オレの知識が古くなければ、複数の支部を持つギルド、例えば魔術ギルドもだが、そうしたギルド全ての統括者はグランドマスターと呼ばれたりもする。
余談はさておき。
ルカが元々ギルドマスターで、ビウモードの蛮行に怒った。
恐らくルカは伯爵に噛み付いたんだろうな。
為政者に噛み付いたルカを組織は切り捨てた。
しかし、魔術ギルドにはルカの思想に共鳴したものも多くいて、割れたってことか。
恐らく割れたってのも、ビウモード魔術ギルドだけの話じゃあないんだろうな、この分だと。
フロアのそこらで転がっている死体が生きている頃に言っていた『三つの派閥の話』がようやく理解できた。
「ビウモード伯爵はこの時代の寵児と言えましょう。
魔術と請願の使い手に大いなる可能性を示しておられる!」
「戦争の道具としてのね。
ボクたちを表道具としか見ていないのがわからないのか?」
「そうした一面も否定はできません、ですが、それによって魔術ギルドが大いに発展するならば──」
「そんなことで発展して得られるのは」
杖を対話する相手へと向けた瞬間に、小さなインクの兆しが浮かび上がる。
刹那、浮かんだそれらから再び詠唱もなくインクの弾丸が吐き出される。
対話相手、上階の部屋から飛び出てきた魔術士、或いはオレが感知できていない相手までもがその魔術の餌食となった。
「……こうした殺しの技だけだ。
誰も幸せにはなりはしない、君たちにはそれを教えていたつもりだったんだけど……酷い話だね」
吐息を漏らすルカに、別の声が掛かる。
「結局は虐殺か。
流石は『不言』のルカルシ!語るものを消し去るのは一流みたいだね!」
上階の死体を踏み越える音。
そして、見下ろす位置に付いたのはルカとそう年の変わらない少年であった。
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「……『破獄』のソクナ」
「今は行動騎士のソクナさ」
オレは気配を消してルカが暴れて作られた瓦礫に身を潜ませた。
声の主はルカの馬鹿げた殺傷能力を知った上で姿を現している。
オレだったら隠れた状態から魔術の一発でもお見舞いするのに、会話を持ちかけたって時点で殺された連中のように何かしらの自己弁護がしたかったか、実力が同じ程度はあるってことで、
恐らくソクナと呼ばれた奴は後者。
声の張り方が尊大な奴のそれ。自信満々で力強い群れを率いている賊のカシラとそっくりだ。
オレが隠れたのはルカからは見えている。
ここからは相手の動きが全部見えるわけじゃない。暫くは音だよりになるだろう。
「行動騎士、か。
血に塗れた道を選んでまでやりたいことがあるのかな、ソクナ」
「成長や性差すらなくすほどに魔術に打ち込んだ君の道よりは血に塗れてはいないと思うけどね。
それほどまで自分の人間性を削り切って、どこへ行こうと云うんだい。
やはり至当騎士団の総長にして行動騎士たるヤルバッツィの──」
「彼の去就は彼だけのもの。ボクには関係ない」
階段を下る音。
ルカは無詠唱で魔術を発動できる。余裕綽々っぽい相手にそれを打ち込まない理由は一つ。
それが通じない相手だってことだ。
……なるほど、オレの仕事はここからってことかも知れないな。
声の主が見える位置についた。
背丈はルカと同じくらいか、少し大きい。
金色のふわふわの毛髪に、真っ青な瞳。
白い肌。まるで子供向けの絵本から出てきた王子様のようでもある。
が、そんな見てくれの美点を打ち消すほどにおぞましい気配を放っていた。
インクに優れたわけではないオレはそうした直感的な『おぞましさ』を肌感覚で理解することは多くないが、
その上で受け取れているってことは、ソクナって奴がただものじゃない証左なのだろう。
「私はさ、君を知りたいんだよ。ルカルシ。
魔術ギルドに人材多しと言えど、無詠唱を自在に扱って見せているのは片手で数えられるほど。
ヒト族に限れば君だけなんだよ。
それほどの才を持った人間がどうして『こんな些事』に首を突っ込むのか。
そのために久しぶりに破獄をしたんだ」
まるで舞台演劇かのように大仰な身振り手振りを加えている。
体の内側でうねる感情が手足を無理やり動かしているような。
「他人に縛られることを嫌うのに、
自らの身を縛ることばかりだろう行動騎士にまでなった理由はなに?」
「それこそ君が理由だよ、ルカルシ!
私にとって、君に関わる話はこの身の自由を損なってもいいほどの理由になる!
魔術ギルドが割れて、漸く重い腰を上げた今でなくては、君へのインタビューも叶わない!」
情熱的な誘い方だ。
口説くにしても口説かれるにしてもこれくらい熱くされちゃあ断れないよな。
問題は口説いているべきシチュエーションじゃあないってことだろうけど。
「ボクのことを話したなら、ソクナ。君はボクに何をしてくれる?」
「何をする、か。
行動騎士にのみ与えられる、多くの場所へと入ることができる許可証と鍵。
それじゃあ不足かい」
「……それは」
「あはは、これをほいほい渡すなんて信じられない?
それなら、ほら」
ソクナが懐から鍵と、勲章のようなものを取り出す。勲章らしいものは許可証だろう。
「インクによる本人認証は私の手で切られてる。
無記名のものを上書きするやり方くらいは知っているだろう?」
「それは、わかっているけど」
それを聞くなり、ソクナは行動騎士の証とも言えるそれらをルカへと投げ渡した。
「さあ、次は君の番だよ。ルカルシ。
君のことを教えておくれ。君だけが知る、君の多くのことを」




