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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
██:████

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31/204

031_継暦141年_夏/02

 よっす。


 こっそり抜け出そうとしたら見つかったオレだぜ。


「流れものでしかないオレが留まる理由もないでしょ」

「そりゃあそうだけど、勝ち馬だろー、おかしら。

 一緒にいてもいいもんだと思うけど」

「ああいう人がいるって知れただけで十分収穫だったんだ。賊も捨てたもんじゃない、なんていう気はないけどさ。

 それでも、ああいうのがいるって思えたら……他にもいたら嬉しいなって思えて、探したくもなった。賊ばっかりの人生だからさ」


 主観により過ぎた言葉だ。

 伝わらないだろうと思いつつ、それでもいいとも思っていた。

 他人に自分の気持ちを話すと、自分の中の解像度が上がるような気がする。

 質問を返してくれるなら、上がった解像度の分でこっちも返せばいい。


「賊ばかりの生で、君は何を求めるの?」


 本質的な、抉るような一言だ。

 ただの人生なら悩まなくてもよかったかも知れない。

 けれど、オレの人生は一度じゃない。何度も繰り返され、十回を踏み越えたら消えてしまって、再び戻される。

 出口と入口が繋がった迷路みたいな人生だ。

 求めるものがあったとしても、短い迷路のなかで得られるものなんて選べるものが限られている。


 それでも、理解はできているつもりだ。


「たった一つでいい。

 納得できることがあれば、それで生きていける。

 それを得るためにオレは生きている」


 納得の代価がいつも命の終わり。

 それでもいいと思っていた。いや、思っている。

 ゴーダッドとの戦いに協力したときにもしも死んでいても、文句はなかったと思う。


「そう。……いや、引き止めて悪かったね、ヴィー」

「うん。それじゃあ」


 彼女の横を通り過ぎて、道を歩く。

 この道がどこに続いているかは知らない。


 白み始めた空。

 道は、いや、世界はどこまでも広く続いていた。


 ───────────────────────


 ……。

 って、普通そういう清々しい感じで歩いたら次の出会いなり、流れ矢とかで死んだりするのがお約束だと思ってたんだけど。


「ねえねえ、ヴィー。

 あそこの看板見て!壊れてる!あの先に何があるんだろう……気にならない?」


 なーんで?

 なーんでこのお姉さんはしれーっと一緒に付いてきているんだ?


『引き止めて悪かったね』

『うん。それじゃあ』


 この会話があったら普通お別れじゃない?


 全然一緒に付いてきてるんだけど?


「ねえねえ。あっちに行ってみない?」


 しかも指差す方向は砕けた看板の方角。


「ああいうの大体廃村か賊の根城だよ、ルル」

「へー、ものしりだね」


 案外常識なはずなんだけど。

 いや、賊にとっての常識に過ぎないのか?


「妙に手入れされた看板も危険だけどね。

 賊が廃村とか根城にして、旅人を誘い込もうとしてる罠だったりするし」

「へええ……よく知ってるね」

「そりゃあ、賊だからね。オレ。

 むしろルルはどうなのさ、妙に賊の知識が抜けている気がするけど」

「ふふ、知りたい?」


 興味がないと言えば嘘になる。

 でも、なんだろうか。

 この女に乗せられるのは怖いと言うか、そのうち引き込まれそうと言うか。


 なんか以前もどっかでカリスマってやつを持っているのに会った気がする。

 ああいうのって一緒にいると気持ちよかったりするんだけど、オレはそういうのと一緒にいるのが合わないのかな。

 もっと賊らしく生きろってことかな。カリスマの元で活躍なんてらしくないってものか。


 とはいえ、ここまで一緒に歩いてきているわけだし、会話を繋げないのもな。


「知りたい知りたい」

「心がこもってないなあ。私が話したいから話しちゃうけど。

 ……私はね、旅人なんだ。

 賊のことをってだけじゃないけど、世間のことを沢山知りたい……ううん、知らないとならない。

 だからこうしてふらふらしてるってわけ」

「ふうん」


 嘘が含まれている。

 いや、嘘というか、『嘘ではないけど、正しくもない』こと。

 旅人だけど、そればかりじゃない。

 ふらふらしているけど、目的がないわけじゃない。


 けれど、彼女がオレの害になる存在ではないのも理解している。


「だからさ、色んな経験がしたいんだよー。

 あっちに行ってみようよー」


 駄々をこねるように言う。

 こっちだって目的地があるわけじゃない。

 レティレトのことなんかが気にならないかと言われれば嘘になるけど、目的というわけでもない。


 ただ、ルルは賊ではなく旅人。

 しかも首を突っ込みたがる。割と正義感がありそう。

 そういう要素を考えると彼女を刺激する何かがあれば戦闘に突入する可能性は大いにある。


 そして戦闘に入ればオレ程度の実力だとあっさりと死ぬことになる。

 巻き添えでルルに何かあったらと考えると胃が重くなる気持ちだ。


 ただ、ここでオレが嫌だと行っても彼女は一人で行ってしまうかもしれない。

 それなら、一人よりはせめて二人のほうが極めて多少はマシというもの。


 小さくため息を吐いてから。


「わかったよ、ルル。

 でも危なかったら逃げようね、ゴーダッドみたいな前衛のないオレたちじゃ近づかれたらヤバいんだからさ」

「あはは、賊なのに冒険者みたい!

 多少なら私も近距離もいけるから安心していいんだから!

 じゃなくて、ありがとう!壊れた看板の指し示す方へ急ぐぞー!」


 そういうことになった。


 ───────────────────────


 言わんこっちゃない。


 言わんこっちゃない状況であるからこそ、言わんこっちゃないとしか心に浮かんでこない。


 廃村は賊の巣窟だった。

 数は十に満たないくらい。

 それだけなら問題はない。さっさと引き返そうと言えばいいだけだ。


 賊は群がろうとしていた。

 子供一人と、母親らしいのが一人。

 血縁関係があるかはわからないが、娘が一人。


 荷物を持ってない、或いは散らばってもいないので迷い込んできたというよりは、

 あの賊たちに拉致られたのだろうことは予測がつく。

 賊生長いとね、これくらいわかっちゃうんだよなあ。経験って大事だよな。

 まあ、……これが必要な経験かは脇の方に置いといてくれ。


 で、こうなると問題はルルだ。

『あっちゃー、運がなかったなー……。それじゃ、今のうちに逃げよっか』

 というタイプであればいいんだが……。


 ちらりと彼女を見る。

 口をへの字にして睨んでいる。

 彼女がすぐに行動しないのは恐らく、オレと一緒だからだ。

 オレが先程言った 『危なかったら逃げようね』という言葉が彼女の行動を縛っている。


 ……オレだって、ルルと同じだ。

 そして、同じような感情を持っているオレがどうして彼女の心を縛って苦しめたままでいられようか。


「ルル。

 ……オレも同じ気持ちだから」


 先程のオレの言葉があったからこそ、悩んでいたというのに、その言葉の主が真逆のことを伝えてきたら驚くよな。

 彼女の顔はまさしくそれだった。


 オレが石を拾って握り込むのを見て、花が綻ぶように笑った。

 やだやだ。カリスマのあるやつってのはこれだから。


 そんな顔されたら頑張りたくなっちまうだろう。


「行くよ」

「うん、行こう」


 幾つかの石を並べながら、賊を見る。

 こういうときに大事なのは被害者(予定)に一番近い奴を狙うのではない。

 一番余裕綽々ですって顔をしている奴か、一番強そうな奴こそを狙うべきだ。

 賊の強さは割合平均的に見える。

 であれば、一番奥のニヤけ面をターゲットに。


「オッホエ!」


 気合の一投。

 吸い込まれるようにニヤけ賊の顔面(ミット)に、爽快な音と共に顔面を潰すことに成功。

 その瞬間に賊たちに静寂、そして困惑の声が広がる。


 余裕綽々な奴が大体取りまとめ役だ。

 潰せば混乱する。


 一番強そうな奴を潰せばそいつを殺せる奴が近くにいるってことになる。

 潰せば混乱する。


 両方揃ってるときは……強そうなやつからがいい。

 取りまとめ役が必ずその組織で最強ってわけでもないからな。


 まあ、強いやつ狙って見切られたりしたら最悪だから、絶対にそれに従うってわけでもないけどさ。

 偉そうなこと言ってるけど結局ケースバイケースってのが行き当たりばったりの賊らしいってもんだろ。


 ただ、とにかく今回は大成功だ。

 疾風の如くにルルの弾弓から鉄球は射出され、次々と賊を撃ち抜いていく。

 彼女の場合は特定の誰かを狙撃するというよりも、敵だと認識したものを立て直し不可能な速度で潰していくもの。


 オレの印地とは運用が違う。

 同じ投射攻撃だってのにこうも使い方が違うのは面白い。世間の武人たちが武道武術にお熱になる気持ちがちょっとわかった気がする。


 残った数名の賊が散り散りに逃げ出そうとする。

 戦いは終わった。

 あとは被害者を助けるだけ……とはならない。


「オッホエ!」


 賊を生き延びさせればろくなことにならない。

 確実に他の賊を連れてお礼参りしに来る。

 こっちを付け狙って道中の危険性も増す。


 殺し尽くすことが大事なのだ。

 逃げそうになった連中はオレの印地で片っ端から砕いた。

 ルルは周囲を確認しつつ、被害者の元へ。

 オレは彼女が奇襲されるのを警戒して、暫くはポジションを変えつつ隠れていた。


 ───────────────────────


「げへへっ、たまらねえなあ」

「うひひっ、俺は人妻をもらうぜえ、人妻だよなあ、アンタ?なあ!俺人妻じゃなきゃだめなんだよ!なあ!」

「むふふっ、それじゃあお子様はもらっちゃうよおん」


 じり、じりと近づいてくる賊。

 祈りは尽き、希望は砕けた。


 彼女たちはペンシクから小領主──伯爵から小規模の領地の運営を任せられた人間を指す──が居る村へと向かっていた。


 人妻と呼ばれたものは実際には人妻ではなく、

 その小領主ケネスの召使いであり、ルルシエットで起こった戦いによって身寄りのなくなったケネスの妹の娘を主のもとまで送ろうとしていたのだった。


 もう一人の娘はケネスの領地にいる自警団に所属しており、元は召使いたちを守るために四名が付けられていたのだが、他のものは『男だから』という理由で道中で殺された。

 勿論、それだけの人数がいたからこそ賊はかなりの数を倒した。

 だが、倒したのと倒し切れたのには大きな差があり、彼女たちは今まさに慰みものにされんとしていた。


「オッホエ!」


 気合が乗っているのか、乗っていないのか。

 判断の付かない声が木々から聞こえ、次の瞬間には賊の頭目の頭が陥没して倒れた。

 囲んでいた賊たちが次々と打倒され、逃げる賊は再びの奇声「オッホエ」によって潰される。


「大丈夫?

 ゆっくり水飲んで、少しはきっと落ち着くから」


 弓のようなものを携えた女性が彼女たちに近づく。

 周囲を警戒し、敵がいないことを確認してから腰に吊っていた水筒を渡しつつ、怪我の心配をする。


「だ、大丈夫です……ありがとうございます!ありがとう……!」


 安堵からか、召使いが声を震わせる。

 娘もそれを見て安心してよいと思えたのか、泣き出した。


「あの、もうお一方いらっしゃいましたよね?」


 護衛の少女がルルへと質問をする。


「ああ、彼ならもう少し警戒してから来るって」


 助かった。

 その安堵から護衛の少女もまた泣き出したいくらいではあった。

 しかし、それ以上の衝撃があり、涙をその感情をせき止めていた。


 少女は転がっている石にそっと触れる。

「……おっほえ……」

 人よりほんの少し体を使うのがうまく、人よりちょっとだけ度胸があるだけで、護衛の仕事にありつけた自分。

 しかし仲間は死に、自分も仕事を全うできなかった無力さ。


 絶望を引き裂いたのは奇声と石ころ。

『おっほえ』という叫びは、彼女の中に一つの福音として刻まれた。


 ───────────────────────


「残敵なーし。そっちはどう?」

「こっちも大丈夫そうだよー」


 それならよかった。

 が、いつまでもここにいるのも危険だ。

 ここにいたのが全てではなく、外回りをしてた奴らがいないという確証がない。

 オレはそれを伝えると、ルルも同意してくれた。


「ここからだと流石にケネスさんのところは遠いし、まずは一度ペンシクに戻らない?」


 流石に憔悴している彼女たちはルルの言葉に従った。

 ケネスってのが誰かは知らないが、どうやら被害者一同が戻る場所の偉い人らしい。

 大きめの爵位でも持っていればオレでも知っているだろうから、ケネスさんは小領主かな。


 ともかく、オレとルルと一同はペンシクへと進むことになる。

 思い出すのも嫌だろうから襲われた経緯なんかはこちらからは聞かない。

 必要な情報はオレが合流する前にルルが聞いていたみたいだし。


「あ、あの」


 道すがら護衛の娘がオレに声をかけてくる。


「なに?」

「先程はありがとうございました、その、あの……」

「うん?」


 何を言いたいかはわからないが、道は長いし急がせる必要もない。

 彼女の心が落ち着いたら聞けばいいか。


「さ、サナと申します。

 どうか私にあなた様の持つ『おっほえ』を教えてください!」


 緑の髪を大雑把に後ろで纏めた護衛の少女。

 見た目ははっきりとした顔立ち。


 素朴ではあるが、愛嬌を備えた表情はきっと周りにいる仲間や友人から人気を得ていただろうなあというのが第一印象だったのだが、


 第二の印象は『もしかして変な人なのではないだろうか』だった。


 ───────────────────────


 子供連れということもあって、長時間の移動は難しいので休憩は多く取った。

 賊が現れにくいであろうところをチョイスしている。

 可能であれば守衛騎士がうろついてそうな場所を進んでいる。


 休憩中何をしているかと言えば、


「おっほえー!」


 流石は護衛というべきか、やはり賊のオレとは体の鍛え方が違うらしく、

 技巧なしにそこそこ殺傷力がありそうな投石を披露する。

 しかし、間の抜けた感じの声。これがどうもなあ。


「いやー……。

 もっとこう、肩を入れて、ぐっと……そんで……オッホエ!」


 事前に触れてもいいという約束は取り付けているので肩やら腰やら足やらを遠慮なく動かして、的確なフォームを指示する。

 そして気合の一声!


「おっほえー!!」


 うううーーーーん。

 なんというか、こう、パキっとしない。

 ただ、フォームをしっかりさせれば威力だけであればオレの印地に近いレベルになっている。おっかない。


「サナのそれ、掛け声はさておき威力だけなら十分だと思うよ」

「本当ですか?」


 もしかしたなら腕力なんかに関わる技巧を持っているのかもしれない。

 ただ、そういうのを聞くのは相手の手の内を晒せということで、あまり良いことでもない。

 だからオレはあえてそれを聞かず──


「低い位階ではあるのですが、歩荷の技巧を授かっています。

 背筋には自信もあるし、そのおかげかもしれません!」


 あーあー、あっさり言っちゃうのね。

 賊の考え方が染み付いちまってるってことをありありと伝えられた気持ちだ。


「それじゃあ、あとは──」


 掛け声はもうさておくとして、他に教えられることも教えよう。

 こうも吸収するのが早いと教えていて面白い。

 オレの技巧なんざ隠しておいて価値があるものでもなし、

 悪党に教えるのは気が引けるが、サナであればきっと人助けに活用してくれるだろう。


「おっほえー!」


 まあ、でも、やっぱり掛け声はもっとパキっとならねえかなとは思っている。


 ───────────────────────


 ペンシクが見えてくる頃には人通りも多くなり、そうなれば安全は確約される。

 オレは足を止めた。


「ルル」

「なあに」

「オレはここまでだ」

「ええ……もうペンシクは目の前なのに?」

「あー、忘れたの?

 賊のオレが入れるわけないでしょ」

「それなら」


 ああ、きっとなんとかしようとするんだろうな。

 なんとかする手段か、伝手が彼女にはあるということだろう。

 道中でその話題を出さなかったのがその証左だ。

 だが、


「いいんだ。

 街には入りたい気持ちはある、けど……なんでだろう。

 仲間と一緒に、『帰ってきた』って気持ちで入る街はルルシエットであるべきだって思ってるんだ」

「どうして?」

「わからない。けれど、心のどこかであそこが今のオレが帰る場所だって言っている。

 ごめん、説明になってないよね」


 周回をすることでオレは記憶を失う。

 十回程度までしか持たない記憶。その法則を理解している。

 失ったのはいつなのだろうか。

 何を失ったのだろうか。

 それでも、オレはルルシエットに戻ろうとしている。


「説明はできない。でも、オレの我儘だから。

 三人をお願い、ルル」


 はあ、と彼女はため息を一つ。

 仕方ない、とだけ呟く。


「そうも言われちゃあ、誘えない。

 でも、きっとどこかで……ううん。ルルシエットで会おうよ、ヴィー。

 勝手に野垂れ死んだりしたら許さないから」

「賊に野垂れ死ぬなって難易度高すぎでしょ……。

 でも、努力はするよ」


 彼女は先を少し歩いていた三人へと再び歩き、再び振り向く。


「約束だよー!

 ルルシエットで会おうね、ヴィー!」


 天真爛漫な笑顔とウィンク。『お日様みたいな人』なんて表現があるが、ああいうのを指すのだろうな。

 彼女の表情を見て思う。

 輝かしいものに賊があまり出張るわけにもいかない。

 大きな声を上げず、手を振って答えた。


 彼女たちがペンシクへと進むのを見てから、オレもこの場を離れた。

 短い間だったけど、いい人間たちに出会えた。


 賊にばかり会う中で、ああいう善人に会えるからこそオレはまだオレでいられるんだろうな。


 この後の旅路でも、善き人に出会えることを祈りながら行く先を決めることなく歩く。


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― 新着の感想 ―
[一言] 平仮名おっほえは不意打ちすぎやすぜ、カシラあ
[一言] おっほえー!
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