204_継暦141年_冬/04
よっす。
市長邸で死闘中のオレだぜ。
現在の状況を解説しておくぜ。
オレは今、トライカの市長邸にいる。
この邸は四方にそれぞれ棟があり、それらを空中通路で結ぶような形になっている。
邸宅サイズの城郭都市みたいな感じというべきか。
で、オレはその空中通路の一角で騎士どもとにらみ合いになっていた。
「わかった……貴殿の慈悲に縋る」
オレの言葉に頷くアゼラ。
「バカな。アゼラ殿。その選択肢で本当によいのか」
「投降なされよ、アゼラ殿」
口々に騎士たちがそう言うも、
「投降など無意味なことは共に戦ってきてわかっているつもりだ」
よっぽど冷徹なことを続けてきたのだろう。
その言葉に騎士の一人がくぐもった笑いと共に、
「……で、あったな」
そう言った。
オレは流石にアゼラに背を合わせることはできないが、それでも互いに死角を補うように立ち位置を工夫する。
「命を大切にしようぜ、アゼラさん」
「切り抜けるには命がけをするしかないと思いますが」
「そうでもない。きっと。多分」
大勢の騎士がどやどやと動いていれば誰かしら気が付いてくれるはず。
クレオ隊長たちとは言わずとも、キースや護衛が気が付けば何かアクションをくれるのではないか。
いや、甘い考えか?
「自信はないが。まあ、なんとかなる」
「ないのか……。貴殿、敵の私を引き入れるまでして……それでよかったのか」
わざわざ自分に絡まなければ逃げ出す算段などもあったのではないか、とアゼラさんは言いたいのだろう。
「よかないが、後悔もないさ」
彼女──ではなかった。彼が善人であることを祈っているのは大きい。
だが、それ以上に今の状況には情報が足りなさすぎる。
相手側、つまり彼らの言うところのドワイト卿の情報を持っている人間を抱えておきたい。
オレが今やらなきゃならんことは渋滞しているのだ。
●クレオ隊長の隷属を破る。
┗ルカルシの力が必要。
┗ルカルシは倒れている。
┗都市陥落となれば殺される可能性が大きい。
一番大きいところはここだろう。
殺される可能性については一つは市長の寝室にいるから連座で殺されかねない。
もう一つは彼女が相応の実力があることがわかっていれば行動される前に殺そうとするだろう。
そうなれば隷属破りが迷宮入りしかねない。
●メリアティを守る。
●オレが死なない。
この辺りも重要だ。メリアティが生き延びなければつまりはルカルシの命も危険。
そして都市が混沌とすればクレオ一行も危険。
オレが死なないってのはこの周回を大事にしたい、ここで得た記憶をもう少し大事にしたいってのはある。自分勝手な考えかもだが。
他にも数えればいろいろ出てくるだろうが、とにかく、生き延びることが必要なのだ。
で、生きるではなく生き延びるってのが重要で、
この場を切り抜けても情報不足で結局メリアティが死ぬなりなんなりしてしまえば隷属破りに支障がでかねない。
だからこそ、生き延びるためにここをアゼラ込みで突破する必要があるってわけだ。
「一応聞くが、あとどのくらいこいつらのお仲間が集まって来そうかわかるか」
「……十人以上は来るかもしれない」
「小数での暗殺じゃねえのかよ」
「暗殺自体は小数だが、入り込んでいる人間はそうではないんだ」
実際に殺しに行く奴だけを暗殺者として、それ以外はバックアップメンバーだってことか?
さっきコーネル卿がどうのこうのって言ってたし他の大きな貴族も関わっていて、そこから騎士も送られてきているのか?
「来ないならばこちらから行くぞ」
会話を打ち切らせるように相手の騎士。
相手も相手で話していたが、考えは纏まったようだ。
つまり、オレたちを殺そう、そういうことになったってわけだ。
「そうなるよな」
投擲を放つ準備をする。動けば擲つ。そういう姿勢だ。
だが、それも複数が一気に来られるとマズい。
アゼラも武器を構えるが、一騎当千の達人というわけでもなさそうだ。
「覚悟ォッ!!」
騎士の一人が踏み込む。
その瞬間──。
「やらせないッ!!」
少年の声。
どこからか落下してきた少年が騎士の頭に斧を突き立てていた。
オレはこいつを知っている。
懐かしさに思わず声を出してしまった。
「ヤルバ……?」
「はい! ……えっと、俺の名前を……? いや、それよりも」
騎士は即死だった。
だが、周りのものたちはそれに慄きもしない。新たに増えたものを殺すために冷静に隙を睨んでいる。
均衡を崩したのは声だった。
「投降しろ」
冷たい声だった。
ヤルバが降ってきたその出元──
空中通路の屋根部分に立っている。そして声の主やヤルバは少し離れた城壁からここまで跳んできたらしい。
いや、何者かが何かを、人を投げ込んでいた。なるほど、そういう入り方もあるのか。
埒外すぎる。
そんなエントリー方法を予想してえらい人の邸の立地まで考えないとならないってなるのはもはや建築家への挑戦か何かだろう。
だが、そのお陰でヤルバにオレは助けられた。
そして今はその声の主が騎士たちを釘付けにしている。ちなみに投げ込まれた新たな影は何とか壁にとりついて、移動している最中のようだった。
「投降してどうする?」
「楽に殺してやるさ。貴様らはビウモードの騎士だろう。それだけで殺す理由は百にも千にもなる」
「ビウモードの人間だから殺すだと、外道めが」
「外道だと。ははは……。く、はははは……」
狂気的な笑み。
声の主が女の子であるってのが不思議なくらいのもの。
「面白いことを言う。先に侵略を仕掛けて居場所と、私の仲間を奪ったのはお前たちだろう」
「ルルシエットの人間か? いや、あの侵略は我らの本意ではないのだ。あれは」
「では今はどうだ。メリアティを殺そうとしているのだろう」
「ぬ……」
「同じだ。結局は同じなんだよ、お前らは。外道に過ぎない。だが、もう責めもしない」
盾に納められていた剣を抜く。
「まだこの都市にお前たち外道がどれだけ潜んでいるかもわからない。急いでいるんだ。
だから、もったいぶらずにこちらも使えるものは使う」
「偉そうに剣を抜いて何を──」
次の瞬間、彼女が剣を振るうと、まるで見当違いの場所からインクで作り出された半透明の巨大な刃が破壊的な力を備えながら現れ、次の瞬間には消えていた。ただ、その破壊は実際に行われ、喋っていた人間の頭は巨大な刃により血煙に変えられていた。
「ぶ、無形剣……!」
驚く騎士にオレは即座に投擲武器を放つ。
同時にヤルバもそれに応えるように、斧を振るいやすい位置にいた人間を切り伏せる。
オレの投擲が鼻先を掠めるように投げられていたため、ヤルバが狙った人間は一瞬身を固くした。
まるでオレが何をするかわかっているかのような連携だった。あの日の冒険が活きているようで少し嬉しい。いや、だいぶ嬉しい。今は他人だから彼とは分かち合えないのが残念だ。
「合流を目指すぞ、逃げろ。ここは逃げ──」
「逃がさない。投降してください」
そこに現れたのは、そうか。一緒だったんだな、と嬉しさや安堵がこみ上げる心地があった。
ディカだった。あの日と変わらず快活で活発そうな雰囲気。
ディカが通路と外とを繋ぐ階段に到達した。立ち塞がる。彼女もやはり斧を握っている。
「ガキが一人、何ができると言うんだッ!」
騎士が動こうとした瞬間。
「なにさらすんじァッホエ!!」
仲間には手を出されたくないんだ。
魂が叫ぶような投擲。気合いの一投だ。
手裏剣は恐るべき風切り音を奏でながらディカに踏み込もうとした騎士の首を刎ねた。恐ろしい切れ味だな。そのまま壁に突き立っている。手元に戻るような投げ方もできそうだったが、万が一でもディカに当たるかも知れないと考える。となれば壁にでも突き立てていた方が安全だという判断だ。
「はあぁ!!」
アゼラの気合いと共に刃が振るわれる。
実力はやはり他の騎士と伯仲する程度。
それでも逃げの一手を取ろうとしている相手と、真っ向勝負を仕掛けている相手とでは発揮されるものが違う。
「我らの道に、烈士の道に背くというのか、アゼラぁ!!」
「背く! そう決めた以上はもう止まりはしない!」
アゼラの刃が騎士を捉え、切り伏せた。
残ったものたちも、少女とヤルバの攻撃で壊滅する。
数名は命は残っている。情報源とするためだろう。ここまで圧倒的であれば捕縛する余裕も生まれるというものだ。オレは生存した騎士たちをそこらのもので縛り上げる。
「とりあえず……助かったよ」
オレは増援の人々とアゼラに頭を下げた。
やらにゃならないこと。つまりはオレの生存がここに達成された。であればその要因となってくれた人に感謝を告げる以外に優先するべきことなんてありはしないだろう。
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端的に言えばメリアティは無事だった。
どうやら途中増援のヤルバたちと彼女は知り合いの様子。
ヤルバはぽうっとした表情でメリアティを見ている。
それを見たメリアティも優しく微笑んだ。
いい雰囲気になりかけるが、すぐに状況解決に対しての話題へと切り替わる。
「この暗殺と占領計画にはコーネル卿も絡んでいます」
「そうでしょうね」
アゼラの言葉にあっさりと頷くメリアティ。
「コーネルって誰?」
と近くにいたメイドさんにこっそり聞いてみる。
「ビウモード領の大貴族の一人ですね。子爵で、所領こそ小さいですが収入の大部分を軍費に注いでいる過激派だと聞いております。それも防衛のためではなく明確に侵略のためだといってはばからないのだとか」
「げー。いやだねえ。平和アレルギーってやつか」
メイドさんも苦笑して、
「どんな時代にもいる輩です。今様の戦乱では珍しくもありません。残念ではありますが」
「ドワイトもその類いなのか?」
「聞いていた噂と乖離がありますね。忠節の騎士だと聞いていましたが……」
そうは見えなかったけどなあ。
面従腹背って奴がうまいのかね。邪悪な騎士って印象しかなかったけど。
メリアティが、
「まずはこのトライカを奪おうとするものから守らねばなりません」
「了解」「承知しました」
すぐにフェリと名乗った少女とメイドさんは頷く。
メリアティの騎士なのかもしれない。
「あのっ、えっと……自分はっ、」
そこまで言いかけたヤルバの声を止めるように。
「おはよう。会話に割り込んで済まないけど、ちょっと話がある」
ルカルシの声。起きて、緊急事態だという雰囲気でもないが、それでも割り込むに必要なことがあるという強い意志がそこにあった。
「話があるのはメリアティとヤルバに。あとは悪いんだけど──」
「再三失礼いたします。再び襲撃者らしい影を幾つか確認しております、いかがしますか」
キースが再び。
同じような報告ばかりで申し訳ないといった感じではあるが、報連相は大事だからね。
「オレが行くよ。つっても、無双できるパワーなんてないからほどほどに削れたのはそっちに頼む」
無形剣を使っていた少女や人を投げて移動させるメイドさんのような凄腕は流石にメリアティの側にいるべきだろう。
ヤルバはそのメリアティと共にルカルシに呼び出されている。
となれば、動けるのはオレと……ディカくらいだが、
冒険とはわけが違う。相手は騎士で、人間で、やるべきことは──
「ボクも行くよ。大丈夫。戦えるからさ」
「侮るわけじゃあないんだが」
「侮ってるでしょ」
「……まあ、流石に、多少は」
悪いが素直に言う。それで止まってくれるならそっちのほうがいいからな。
「わからないけど、君となら相性良く戦える気がするんだ」
「怖くないのか?」
「怖いよ。だから一緒に戦って欲しいんだ」
手を伸ばして、一緒に行こうといざなうディカ。
敵わんな、これは。
オレができることは彼女の戦いを頭ごなしに止めることではなく、彼女と共に戦い、いかにして完全勝利を目指すか。
やってやるさ。




