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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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202/204

202_継暦141年_冬

 ヤルバ、ディカとの合流の後、フェリとセニアは幾つかの仕事をこなしてトライカへと戻ろうとしていた帰路だった。


「出る前に座学なんて悠長なことをする……なんて思っていたけど」


 フェリは空を見上げていた。

 トライカへと向かっていたフェリ、セニア、ヤルバ、ディカの四人。

 空に光が昇っていた。短時間であったが、その意味を知るものからすれば十分なものだった。


「セニア。あれは」

「はい。都市の救難信号です」


 役に立つものだとフェリもセニアも座学の重要性を痛感していた。


「ビウモードから睨まれるのはまだ先になると思っていたけど……、存外手が早かったね」

「……そうでしょうか」

「何か思うところが……ううん、こっからは走りながら話そうか」


 フェリがヤルバとディカを見やる。


「二人とも、付いていけなかったら教えて」

「は、はい!」「頑張ります!」


 ヤルバとディカが同時に頷く。


 ───────────────────────


 疾駆しながら会話を続けるフェリとセニア。


「でもビウモードが本格的に動くっていうなら、こっちの耳にも入ってきそうなものだけど」

「つまり、暗躍か暗殺ということでしょう。ありがちな初手です」

「ありがちだと思う人生を歩んでるのがちょっと怖いよ、『先輩』?」


 旅の中でセニアの身の上は十分に知る機会もある。

 グレートウォールの二つ名を与えられるほどの護衛者であったセニア。

 最期の最後に政治的、権力的な差配には負けたものの、物理的な襲撃においては主の命に刃を届かせたことはなかった。


「そうですね。王宮では日常茶飯事でしたよ。先輩風を吹かせてみますが、どうです」

「びゅんびゅん感じてる」


 勿論、危険なときは何度もあった。

 馬車を転がされて、危ない状況に陥ったことも。それでも、守り切ることはできた。

 そのときは勇敢な通りすがりのお陰もあったが。


「ただ、ビウモード伯爵の噂を聞く以上はそういうことをする人間には思えません。

 そもそもそういうことができるなら」


 セニアの言葉にフェリが少しだけ表情を曇らせる。


「そうだね。そういうことができるならあんな大っぴらにルルシエットを襲いかかったりしないはず」


 奇襲的な侵攻はしたが、それでも軍を起こしたことは間違いない。

 だが、トライカは恐らくはそうではない。


「……じゃ、じゃあ、ビウモード伯爵は、関わってない、ってことですか?」


 何とか会話に参加するヤルバ。言葉が絶え絶えに紡がれている。


「うん。関わってない、と思う」


 フェリは侵略をすることを決めたビウモードの、その全てを憎んでいる。今もその気持ちは変わっていない。

 共に冒険者として歩もうとしていた少年を殺された事実は変えようがないからだ。


 それでも血に塗れ続ける中で、狂気の中にあって少しずつ正気を取り戻してもいた。

 だからこそ、出す意見は冷静なものが存在している。


「会ったことはないけど、ルル……シエット伯爵(あの人)があそこまで買うなら、そうなんだろうと思う。……だとしたら」


 フェリにとって伯爵はお忍びで冒険者の身分を以て現れ仕事をともにした過去がある。

 気安い仲だったがここで呼び捨てにするのもマズいかと踏みとどまり、発言の軌道修正をした。


「ビウモード伯爵以外の、有力者が……」


 言葉の軌道修正をする余裕を見せるフェリと違い、段々と速度が落ちているヤルバ。それを見て苦笑する彼女。


「喋らなくていいよ、ヤルバ。大丈夫」


 こくりと頷きながら走ることに専心する。


「その……襲われるようなことをトライカはしているんですか?」


 ヤルバに代わり会話はディカが引き継いだ。


「してるね」


 あっさりとフェリは頷いた。


「トライカは独立しようとしている。それだけで伯爵領としては十分な理由だよ。

 けど、実際はそれが理由とは思えない」

「どういう、ことですか?」

「本気で留めようとするならもっとやり方がある。

 メリアティ市長は伯爵の妹君だし、話し合いもなく襲いかかったら声望に関わるから」

「で、でも、ルルシエットを侵攻した時点で声望もなにも」

「その後のルルシエットの統治をはじめとして、どうにも声望そのものを気にしているというか、非道なことはしたくないって動きをしてるんだ」

「……た、た、たしか、に……」


 それが容赦する理由にはならないが、侵略にも事情があったと考えるべきだろうという冷静な思考は捨てていない。ただ、その理由までは見えていない。

 フェリは何度となくそれを問いただしに単身でビウモードに殴り込みにいこうかとしていたが、その度にセニアが止めていた。


 ディカもまた少し速度を落とす。


「少し休憩しよう」


 フェリがヤルバとフェリの状態を見てから、そう声を掛けた。

 どちらにせよ一息に走り切れる距離ではない。


「走り出してから聞くのもなんだし、答えもわかってはいるんだけど、トライカではまず間違いなく戦いになる。相手は賊じゃない。危険な相手になるかもしれない。

 ……君たちは来なくたっていいんだよ」

「行かせてください」


 ヤルバが食い気味に。


「行かないと、ならない気がしているんです」

「ボクはそういう予感はないけど、置いてきぼりはいやだから」


「……わかった。

 もう少し休んだら次はとにかく走ろう。限界が来たら教えてね」


 フェリの心は間違いなく、自分よりも若い、あるいは幼いとも言える二人を守るということによって善い方向へと進んでいる。


(ヴィー様。見てくださっていますか。フェリは、ちゃんと乗り越えようとしています。

 どうか、彼女の心の平穏と共にあなたがあってくださいますよう)


 セニアはその光景を見て、そっと祈ることしかできなかった。


 ───────────────────────


 トライカが見えた。

 そして、問題はすぐに見えてきた。

 都市に入るための門は占拠されていた。


「装備のいい騎士。兵士なし。……軍隊が寄せてきたってわけではないみたいだ」


 正門は既に数名の騎士風の姿が制圧している様子だった。

 四人は隠れているが、これ以上の接近をすれば相手に気が付かれる可能性は捨てきれない


「どうしますか?」

「決まってる。目的地までの道中を鎮圧しながら移動する」

「距離がもう少し近ければ投擲でもいけそうなのですが……」


 相談ができる程度には距離は離れている。

 セニアの投擲の力が効果を発揮するにはいささか遠い。

 ここに至るまでに一党(パーティ)としてお互いの手札についてはある程度の理解があった。


「入るためには騎士を倒すのは必須ですか?」


 ディカの言葉に疑問の前にまずは答えを返す。

 何が言いたいかはその後に聞いても遅くはない。


「外壁がある以上は避けて通れないだろうね」

「それを何とかできるとしたら?」

「……何か策があるなら、回避できるけど」

「上手くいくかはわからないんですけど、やってみたいことがあります」

「わかった。やってみよう。正面突破はいつでもできるから」


 正面を避けて、ひと気のないところを探す。

 やはり小勢で襲っているようで、都市そのものを騎士たちが囲んではいる様子はない。


「この辺りなら大丈夫そうですね。セニアさん。ボクを打ち上げてください」

「……投擲で、ですか? ですが、流石に飛距離が」

「大丈夫です。任せてください」


 セニアはフェリを見る。

 フェリはいざとなれば上手くキャッチをするからという視線を向ける。セニアも同様の考えだろう。そして、ヤルバもだ。


「では、」


 膝を地に着け、手を組んで足置き台のような形にするセニア。

 ディカは少し助走を付けて、その手に足を乗せる。

 走ってきた速度、立ち上がり、持ち上げながら、そこに更に投擲の力を乗せてディカを打ち上げた。

 すさまじい加速にディカは飛び上がりながら苦笑を浮かべた。


 だが、恐怖はなかった。


 このくらいの無茶はなんてことはなかった。かつての一党仲間が自分のために死地に踏み込んでくれたことを考えればこのくらいの行動は無茶には入らない。


 大いに飛んだが、それでも距離が足りない。

 それもディカにとっては承知済みのことだった。

 跳躍が頂点に至ると同時に斧を構えて城壁の一部に引っかける。


「くっ……ぅ!!」


 木こりの一族であるディカには幾つかの技術が継承されている。

 その一つが高所での動き方だった。


 高い木の手入れをしたり、一部だけを切るようなことを求められることもある職。

 落下してしまえば一環の終わり。

 それを回避するための技術は木こりたちに伝わるものだった。


 兄であるヤルバが去った後にディカたちは兄が安心して戻ってもらうためにも技術を必死に継承していた。


 その一つがこの『引っかけ』というものだった。

 体重の扱いなど複雑な身体操作が必要ではあるが、斧一つで高所からの落下を免れる技術。


 木と違い斧で強引に引っかけることはできないが、防壁もまたつるりとした滑らかなものではない。

 そこかしこに手作業ゆえの出っ張りが幾つもあった。

 それを利用し、引っかけ、それを起点にして昇っていく。


 地面からここまで昇るような登攀技術はなくとも一手二手で登り切れる距離であれば別だった。

 ディカはついには登頂に成功すると持ち込んでいた縄を下へと投げる。


「……すごいな、ディカ」


 ヤルバは素直に彼女に賞賛を送った。

 かつてのヤルバの記憶があったのなら妹の成長に泣いて喜んでいたかもしれない。


 ───────────────────────


 一同は登り切ることができた。

 そこには既に幾つかの死体が転がっている。警備の人間が徹底的に殺されていた。

 トライカの戦力になり得るものを殺しながら目的達成のために動いていることが窺い知れた。


「……ひどいな」


 ヤルバは死んでいる兵士の、見開かれたままの目を閉じさせながら呟く。


「ああ。だが、ここまで徹底するなら時間が経てば経つだけ市民にも累が及ぶかも知れない」

「ええ。急ぎましょう」


 フェリの言葉にセニアも同意するように。

 四人は城壁を降り、市内に至る。そうして、再び走り始める。


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