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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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201/204

201_継暦141年_冬

 拷問ではなく尋問。

 否。どちらかと言えば質問でしかなかったが、それでも効果はあった。


 心を揺らがせているものであれば、効果的であった。

 捕らわれた六人の中で、口を割らなかったのは二人。

 それ以外の四人はワズワードの香の力もあって情報を吐いた。


 ───────────────────────


 証言、烈士(1/6)


「何を知りたい」

「話が早いな」

「……殺さず捕縛ともなれば何をされるかもわかる。耐えられないことをするから拷問というのだ。

 であれば話した方が早い。他の人間と情報を付き合わせれば真偽も判断できるはずだ」

「傷つけるな、と」

「そうだ」


 身勝手な、と思うが──。


「殺すのも傷つけるのも好きだが、逆は嫌いなんだ」

「烈士と聞いていたが、お前以外もそうなのか?」

「趣味を優先するために烈士になるものもいる、ということさ」


 そうした性根だからか、大したことは知らない。伝えられていなかったのだろう。



 ◆獲得した情報


 ●烈士と自分たちを称しているグループ以外にも共鳴した貴族の部下も参加している。

 それらはバラバラに配置されている。

 多かれ少なかれそれらもこの烈士と同じ考えらしい。


 ●捕縛した中に烈士たちを纏めて動かしている隊長格がいる。

 隊長格はその人物だけではないが、その格を持つものたちがドワイトの考えを『推察して』行動したと考えられる。



 ───────────────────────


 証言、烈士(2/6)


「……ッ」

「魔術士ギルドが治癒の水薬を分けてくれたのだ。痛みはもうないだろう。

 話すことはないか?」

「恩義あるドワイト卿に従ったまでだ。それ以上のことはない。

 知っていることを話す気も、ない……」


 この男はスムジークによって散々に敗北したあとである。

 騎士としても武芸者としてもそのプライドは砕けている。

 そのうえで話すつもりがないのならば問うだけ無駄だろう。


 去ろうとしたとき、


「……ドワイト卿は少しずつ、過激な思想になっていった気がする。

 先代伯爵閣下が死してからだ……。

 それでも普段は往事と変わらない、卿のままだ」


 ぽつりとそれだけを呟く。


 ●烈士たちの首魁であるドワイトは昔は過激な思想ではなかったらしい。

 上司の心変わりが烈士たちを生み出し動かした原因なのだろうか。


 ●この状況そのものはドワイトが命じたことではないが、普段の態度からこれを求めているであろうことは察することができるようだった。


 ───────────────────────


 証言、烈士(3/6)※口を割らなかった二人の内の一人


「話すことはない。殺すなら殺せ」


(香の効力が弱いわけではない。先天的にそうしたものに耐性があるものはいる。

 無理に使えば二度と自我が戻らなくなる。

 それは一同が望むことではないだろう)


 獲得情報なし。


 ───────────────────────


 証言、烈士(4/6)※説得のために長い前置きがあったが省略


「エメルソン殿の目的は別にあり、私はそのために雇われている」

「烈士ではない、と?」

「『フリ』がうまいだろう」

「そうだな。戦いと判断はイマイチのようだったが」


 捉えられているのを見ながら。

 この相手は交渉のペースを握ろうとしてくる。ワズワードはそうした相手との対話については慣れたものだった。いっそ烈士などといって自己陶酔しているものたちに比べても遙かに扱いやすいとすら思っていた。


「で、何を求めている」

「その前に、約束は本当だろうな」

「話せば逃がしてやるさ。ただ、再襲撃しようものなら」

「わかってる。もうあの甲殻使いとやり合うのはごめんだ。次はもげることになりそうだからな」

「ならいい。約束はする」


 では話そう、と。

 ペースさえ握らせなければ余計な話にはならない。

 必要なことだけを話したあとに、逃がすまでもう暫し待てと、そういうことになった。


 ●エメルソンとドワイトは協力している。

 エメルソンはメリアティを求めている。生死は問わない。

 彼のやっている『商売』に利用するらしい。


 ●エメルソンが個人的な目的を持っており、そのために動いていることはドワイトは百も承知らしい。

 一方でドワイトに察知されていることをエメルソンも理解しているようだが、特に気にしていない様子。

 やり手だからこそ生き延びてきたエメルソンが自分に対しての情報を得られたことを見逃すとも思えない、と付け加えた。


 ●エメルソンの最大の目的と目標は同業者のドップイネスの排除。

 ビウモードは三領同盟と呼ばれる、ビウモード、イミュズ、カルカンダリ僻領の三つからなる同盟を結んでいる。

 元々ドップイネスはビウモードとの協力姿勢を取っていたがビウモードからイミュズに鞍替えしたらしく、そこそこに不義理な動き方をしたとも。

 ドップイネスに対して怒りをぶつけるという構図自体はビウモード領としてもある意味で『問題のないこと』であるとして、ドワイトとエメルソンは協力姿勢も取っているようだった。


 ───────────────────────


 証言、烈士(5/6)


「あ、ああ……ああああ……」


(香が強く効き過ぎたか。

 人によっては強く深く『かかり』すぎるものもいる。

 自我が壊れる前に陶酔するからその点においては心配はなかろうが、話は聞けんな)



 獲得情報なし。


 ───────────────────────


 証言、烈士(6/6)


「お前の主は」

「ドワイト卿だ……」

「ビウモード伯爵ではなくか」

「……あのような若造。信じられるものか」


 烈士の一人。香の効果はなくとも語らないわけでもない。


「烈士と名乗ったと聞いたが、忠義を向けないのか」

「我らが向けるのはビウモード領である」

「ドワイトも同じか」

「模範たるお方よ」


 拘束されているが、本気で暴れれば脱出の機会はあるかもしれない。

 生き汚い賊であればそう考えるかも知れない。

 烈士はそうは考えない。

 暗殺めいたことをしようとしたものたちであっても騎士は騎士。そうした行いは彼らの道義に反する、という考えが騎士を縛っている。


「どうして魔術士ギルドを狙った」

「トライカに与しているからだ」

「トライカはビウモード領だろう?」


 ふん、と鼻を鳴らす。馬鹿にしているような、不遜な態度だった。


「元はそうだ。だが、メリアティ姫は独立を目指している。

 哀れなことだ。彼女には先代様の聡明さはどこにも引き継がれてはいない」

「トライカは商業的に安定しているそうだが?」

「金儲けが多少上手くて何になる。

 伯爵領のため兵を出し、犠牲を払おうとも戦い抜くことこそが至高。未来に繋がる武勲を見せることに勝る聡明さなし。

 だが、それができぬというのなら……戦えぬというのなら、だ。

 そのお上手な金儲けで兵を雇えばよい。それもできぬなら人材商から兵を買えばよい。それもわからぬから『姫』なのだッ」

「なるほど。……一理あるのかもな」


 勿論、ワズワードがそんなことに同意するわけではない。

 適当な相づちでしかないが騎士は鼻を鳴らす。この男は私の言うことがわかるのだな、と納得したようだった。


「兵力の補填という意味でもドワイトとエメルソンとの協力関係は好都合、か」

「エメルソン殿を知っているのか」

「少しばかりな」

「……そこまで知っているのならば、この私の言葉にも同意するなら、我らは敵ではないはず」


 騎士は愚かなのか、烈士として吐く言葉にすっかり酔い潰れているだけなのか。

 ワズワードには判断ができなかった。ここまで『できあがった』人間には会ったことがなかった。

 路地裏の、そうした社会と暴力組織であってもこうした盲目的な形になる存在は多くはない。少なくとも、彼が根城にしていた場所では。


「そうだな。もう少しこちらでも話をしておく」

「うむ」

「ドワイト卿は何を目的としているのだ。伯爵となってビウモードを守るのか?」

「我ら麾下もそれを望んでいる。だが」

「当人は違うのか?」

「……うむ。卿はそれを望んでいるようには思えん」

「お前たちのような烈士を抱えているのであれば、『とれそう』なものだが」


 とれそうが、取れるのか、盗れるのか、それは明確に発音はしなかった。


「ああ。実際、そうだろう。

 我らの実力もあるが、既に伯爵に付いていた行動騎士にも欠員が出ているしな」

「欠員?」

「ソクナと名乗っていた魔術士が離反している。ハルレーとしての仕事が忙しくなるから返上する、と。

 小娘の言うことを深く推察しても意味はあるまい。尻尾を巻いて逃げただけよ。

 ヤルバ殿に関してはよくわからんが、職責を解かれたとは聞いている。逃げたとは思えんし、ドワイト殿にも恩義があるはずなのだがな」


 ソクナ。どこかで聞いたことがある。……どこだったか。暗殺者か何かがそんな名前を名乗っていた覚えがある。ワズワードは裏路地にいたこともあって黒い噂について耳にすることは少なくない。

 もっとも最前線で情報を仕入れているわけでもないので真偽や新鮮さについては二の次三の次ではあったが。


(殺しの依頼も情報次第で即納する。……即納。即納(ソクナ)だったか)


 暗殺者などではなく、戦争屋や殺し屋、やりすぎる護衛かもしれない。

 ただ、武力を行使する仕事という一点では共通している。

 そんな人間が尻尾を巻いて逃げるとも思えない。あるとするなら彼ら烈士のやり方を見て飛び火しないために去ったと考えた方が理性的というものだろう。


「そうなれば行動騎士はドワイト卿だけとなる。

 卿の実力があれば行動騎士の力を剥奪されようとも……」


 それ以上の言葉は一応であっても主君である伯爵への不敬と考えて口をつぐむ。


「エメルソンから兵を雇わなかったのは何故だ」

「あちらにも色々と都合があるそうだ」

「人材商なのだろう、アレは」

「いや、何でも売る闇商人だと聞いている」


 クレオから聞いていることもあったが、それは情報としては一方方向のもの。

 こうして別の方向から聞くことで情報の確度と価値を高める。魔術士としての常識と癖のようなもの。


「闇商人であるからこそ、人材も扱うようだがな。

 だが、彼から仕入れるべきものは──」


 そう言ってから口をつぐむ。

 上手く乗せられて喋りすぎたと判断したのだろう。


「いかんな。口を軽くしすぎたか」


 香の効果が一切ない、というわけでもないらしい。

 あるいは身内以外に話をしっかり聞いてくれる相手に興奮したのか。どうあれ、烈士と名乗るにはうかつな男であった。


「こちらこそすまんな。

 烈士たるものをこのまま拘束するのは心苦しいが、もう少し我慢してくれ」


 敵に回る必要はない。

 ワズワードはそのように言葉を使って、この場を締めた。


 ●この男は実働部隊の隊長の一人らしい。

 現在、トライカには複数部隊入っているが、総大将のようなものはなく、それぞれの隊長が独自判断で行動しているのだという。


 ───────────────────────


 他の騎士や烈士からの言葉から状況は端的に纏めることができる。

 言えばトライカは今、攻撃を受けている最中である。


 ドワイトの命令を拡大解釈したのかまではわからないが、少なくともドワイトの麾下の全員がトライカの離反を信じている。


 それをよしと思わないものたちの多くが独自に判断してこの状況を作っているのだという。


 その中で、そうした行動に疑問を覚えていたものも少なくないようだ

 ただ、それでも行動をしたのも事実。

 彼らの根底にはやはりメリアティ──ひいてはビウモード現伯爵への不信があるということだろう。


(エメルソンの隷属破りは大事(おおごと)になるかもしれんな)


 ワズワードは少し思う。


 随分と昔、魔術士を志したときは世のために人のためにと思っていた。そういう青さがあった。

 やがて魔術と現実を知り、正しさの脆さと金にならなさを知る。

 成熟し、すっかり青色を失った頃、人のために何かをするということをエゴであると考えるようになった。


(だが、隷属破りを達成できれば……少なくともエメルソンに扱われている人材を解放はできる。

 大事になればなるほど、影響下にある人間を呼びやすくもなる)


 隷属させられていれば、危険な任務などにも使われることが多くなるだろう。

 それまでに破り方を獲得していれば多くのものを助けられる。


 今も熟さず青い考えが抜けない。ワズワードは内心で苦笑する。


 今更人助けを思うのか。正義を思うのか。

 この青さが何の為になる。

 冷えた大人の心がワズワードに語りかける。


 小さく笑う。

 何の為になるか。


 自らの心に返答する。


(誰の為でもないさ。自分の為だ。

 俺も、自分の為に動いたことが誰かの為になるのを、やってみたい。

 かつてできなかった俺に、その『良さ』としか言いようのないものを見せつけてきたニグラムのように)


 人は、他人に心をやかれることがある。

 大抵の場合は手に入らなかったものを見つけたとき。誰かがそれを持っていることを知ったとき。

 それを妬かれると表現することもある。


 この場合は、自らの望みを叶えたものを見たときにもある。手に入れたいではなく、自分もその道をと望み進んだ場合、それを焼かれるとも表現する。


 ワズワードはニグラムの行動に焼かれていた。

 背に付いた火が、正しき行いを求めて心と共に燃え上がっていた。


 ───────────────────────


「さて、情報は得られたには得られたが……」


 ワズワードの口ぶりは鈍かった。

 情報を得るのと、今後をどうするかは繋がっていない。

 とはいえ、この情報は価値がある。少なくとも、トライカの市長にとっては。

 人材も一人は逃がしてやらねばならないが、それ以外は捕らえたままだ。それもまた価値のある捕虜となるだろう。


 それらを武器にルカルシ探しの協力や、研究に必要なあれこれも用立ててもらえる道が見えてはいた。


 だが、


「心配ですな」


 スムジークはクレオとワズワードの心中をあっさりと当てた。


「あの無鉄砲。心配ではないと言えば嘘になる」


 自分のところにふらりと現れたニグラムを思い出していた。

 行動力の塊のような男だが、そこに危機意識が欠けているというか、自分の命に価値を置いていないように思えて仕方がない。

 そういう無茶をしてきたようにしか思えない振る舞いだった。


「何かしでかす前にニグラムに合流しないと」


 クレオもまたそこには同意していた。

 この中で最もニグラムの心理に近く、長くいるのは彼女だった。


 魔術士ギルドに行くことは伝えている。

 トライカの中に幾人も烈士やそうした連中が紛れ込んでいることを考えればあのトラブルメイカーがそれらを引き当てないわけがない。


「……と思うが、どうだ」


 クレオがいうならそうなのだろうと二人は頷く。


「すまないが、私たちは仲間との合流を目指したい」


 その申し出に支部長はちらりと窓を見て、


「ええ。こちらも何かあったと考えた古馴染みが集まってきてくれたようです。

 ここは大丈夫ですので。

 捕らえたものたちの扱いや『恩義』に関しても間違いなく、市長にお届けします」

「話が早くて助かるよ」


 浅ましい考えを読まれたかと苦笑するワズワードだったが、支部長は特にそれを浅ましいとは思っていないようだった。

 勝者であり、命の恩人である彼らにできることを考えた結果、同じところに行き着いただけ。

 それに気が付いたワズワードは、


(うらぶれた場所に居着きすぎて人情のなんたるかに鈍くなっているか。よくないな)


 とひっそりと反省していた。


「こちらは準備できております。行動はいつでも」


 スムジークの言葉に二人も頷く。


「襲撃するなら魔術士ギルドのような都市の重要拠点。

 一番のビッグトラブルになりそうな場所は──」


「市長邸か」「市長邸だろうな」


 クレオとワズワードの言葉が綺麗に重なった。






───────────────────────

これまでの百万回は死んだザコおよび幾つかの補足については制作中でございます。

更新中に間に合えばいつも通りな感じで記載を、

間に合わなければ近況報告辺りでどのようにするかをお伝えいたします。

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