198_継暦141年_冬/04
よっす。
『いた』ことに驚いているオレだぜ。
「なに、なにがいたの」
「ごめんごめん。いや、先に言っておくが敵意だとかそういうものはないってのはわかってほしい」
その言葉に頭に『?』を浮かべながら、
「助けてくれた相手を疑うことはしないけど」
「オレは、正確にはオレの仲間が……ではあるんだが、アンタを探していてさ」
「僕を? どうして、……っていうには心当たりがありすぎるかな。でも敵意がないならこの首を求めているってわけじゃないよね」
「ああ。ルカルシは──」
そう言いかけたところでオレは不意に言葉を切る。気配。
「……連中もしつこいね」
「先のとはまた違うかもしれないけど」
「人気者は辛いね。っと、無駄話も後にしておくか」
傷は最低限治療はできたものの、
「インクってのは簡単には戻らないんだよな?」
「そういう用途の賦活剤もあるけど、僕の場合はまたちょっと事情が違うんだよね」
「ルカルシのことには興味が尽きないが、後にした方がいいよな」
彼女にローブを着せながら脱出準備を整える。
用意していたセーフハウスがバレるのも予想のうち、あるいは巧妙に尾行されていたか。だが、それでも脱出路は準備されているという。
「君の話を聞いてあげたいけど、まずは僕についてきてもらってもいいかな」
「当然だ」
インクの尽きかけた魔術士、それがか細い少女であれば尚更放っておけるわけもない。
クレオ隊長のことは極めて重要であるが、彼女が何かしら強引なやり方で状況を進めるようなことを望むわけもない。
オレがやるべきは、ルカルシを守ることと、オレが死なないこと。順序は言うまでもないよな?
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脱出路を進む。地下水路に出る。迷路じみたここに襲撃者がそこかしこと配置されているわけでもなかったが、それでも時折鈍い刃の煌めきを発見することもあった。
こんなところで刃を構えて待っている手合いなんぞ間違いなく敵だが、それでも不意打ちした結果刃物コレクターが自分の愛用品を眺めるためにここにいる、なんてケースだったら困る。
ここはオレがなんとかするという意思を込めてルカルシを見る。
伝わったようで彼女も静かに頷いてくれた。
「ルカルシが逃げてきたぞ」
オレが声音を変えて発話した。
声ってのは不思議なもんで、自分ではない、他人でもない、誰でもないような声ってのが存在する。
普段であれば聞き返すかもしれないが、反響しやすい地下水路で、誰かを追って殺さなければならないような状況ともなれば、
「こっちにか? どうやって……──」
はい、ご返答まことにありがとうございます。
そういう反応を求めていた。オレは声なきオッホエを放ち、刃物コレクターの市民ではなかった男の頭を粉砕する。
「手慣れてるね」
「賊めいた手口だなって嫌わないでくれたら嬉しいけど」
「命の恩人を? 冗談」
ニヒルに笑うルカルシ。
姿は少女でも人生経験はその限りではないことがよくわかる。
地下水路を抜けた先には大きな屋敷。
人影に気がついたように何者かの声。オレは腰から抜き打ちそうになるがルカルシは自分の肩をオレに押し当てて止める。味方だ、と言わんばかり。
そこで彼女の顔色がかなり青くなっていることがわかった。
賦活剤じゃあ何ともできないとかも言っていたし、事情があるのはわかるが、それよりも彼女が倒れないように気を払わないとな。
「おお、これはルカルシ様!! 先ほど出て行ったばかりかと思いましたが一体……?」
「状況が変わったよ、キース。予想よりは悪い方に」
「……とりあえずは、中へ」
キースと呼ばれた神経質そうな男に案内される。
「ルカルシ、オレは」
「もう少し付き合ってよ、ニグラム。命の恩人なら肩も借りやすいんだ」
「……そんじゃ、お言葉の通りに」
彼女に肩を貸すようにして。
持っていた杖はそのままオレが預かる。
……呼吸が浅い。オレが割り込む前から相当に戦いを重ねていたんだろうことが察せられる。
「ルカルシ様。そちらの方は」
「ニグラム。僕の命の恩人だよ」
「おお。グラムの名を持つお方。我が師父と同じ響きを持つのであれば無意識的にも信じてしまいますな。それがルカルシ様の恩人であれば諸手をあげて」
神経質そうではあるといったが、妙な寛容さもあるらしい。
「師父ね。どんな人なんだい」
「語ってもよろしいので?」
「あー……長くなるか?」
彼に話させればルカルシも気が紛れて倒れたりせずに済むか、彼女もまた何度も聞いた話だからこそ寝落ちるように気絶するか、どちらとも判断は付かなかったが、
「短くまとめるのは難しゅうございますな」
「そろそろ目的地なら、また今度だな」
そういって案内されたのは大きな扉の前。
「では、またの機会にいたしましょう。ニグラム様」
そうして、扉は開かれた。
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大きな部屋だった。
改装されたのがわかる。幾つかの部分に手が入れられている。ちょっとした風化具合の違いだとかでわかるもんだ。……と思う。
ここでオレが壊したのが原因だったりとかして、その記憶が断片として残ってたりしたら笑ってしまうが。
部屋の真ん中に置かれている大きな質の良さそうな硬木作りの机が置かれている。
そこで執務をこなしているのはルカルシより幾つか年齢が上であろう女性。
「ルカルシ?」
どうしてここに、と言おうとしたのか、しかしその続きは飲み込まれた。
正確にいえば察して、
「ウィミニアが離れた途端に、ということなのね」
「残念ながらね」
やれやれと言いたげにルカルシ。
「ああ。紹介しておくよ。彼はニグラム。僕の命の恩人で、こちらはトライカの市長であらせられるメリアティ様だよ」
「随分な大物じゃねえか。オレ如きが拝謁できるなんざ」
ふわりと淡く笑う。
余裕ある人間の高貴な笑みだった。
「そんなことはありませんよ、ニグラム様。私にとって大切な戦友であるルカルシを助けてくださったことに感謝します。
そのような方が如き、などと。よくありませんね」
それは叱りつけるような言い方ではなく、もっと自分を高く値踏みしていいのだという抱擁めいた言葉の使い方だった。
ははあ。なるほど。わかったぞ。
こいつ……人誑しだな。
けど、
「市長閣下」
「メリアティで構いませんのよ」
「年頃の女性を呼び捨てにするのはな……。けど、まあ、それじゃあ。メリアティ。悪いんだがまずは寝床を借りれるか?」
視線をルカルシに。
「そうですね、こちらに」
「僕は、──」
緊張の糸が切れつつあるのか、ふらりと。
再び肩を貸す。
「……ごめん」
「お互い様だってことにきっとなるから、先払いさ」
「それじゃ、返礼には期待しておいて」
そこまでいって、彼女は気を失う。体温が随分と低い。
ちらりとメリアティを見ると、こちらにと案内してくれた。
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案内されたのはこの部屋に直結している部屋で、おそらくはメリアティの私室なのだろう。
とはいってもかなり実務によっているというか、デザインセンスの優れた人物が設計していなければ殺風景だとすら取られかねない部屋だった。
市長ってのはもっと羽振りが良さそうな部屋に住んでいるもんだと思ってたけど。
「ここで話すとルカルシを起こしてしまいそうですし、中庭でお散歩がてらにお話などいかがですか?」
どちらにせよクレオ隊長たちとの合流をするにはルカルシのことが気掛かりすぎる。
ただ、
「危険な状況なんだろ? 中庭なんかに出て大丈夫か?」
「それについては管理局の方が守ってくださっているので」
彼女の言葉に先ほどのキースという青年を思い出す。屋敷の中には彼以外にも同じような制服姿の人物が幾人かいた。
管理局がどのような組織かはわからないが、彼女の言動からは相当の安全性があると判断できる。
「それじゃあ、お散歩に付き合わせていただきますよ、メリアティ」
「ええ。お付き合いくださいな、ニグラム様」
「そっちが呼び捨てでと言ったんだ、だから」
「ふふ。そうですね、では、ニグラム。こちらへ」
そうして、妙なコネクションを得つつあるオレは案内されるままに中庭へと進むことになった。
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