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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
歩廊:残影群舞

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167/204

167_継暦141年_秋/03

 よっす。

 気がつくのが遅かったオレだぜ。


 人様の心ってのはそう簡単に透かせるもんじゃないしな。復讐ともなれば仕方ない。

 切り替えていこう。

 そんなことを思いながら目を覚ましたオレ。切り替えていきたいのは山々だったが、引き継がざるを得なさそうにも思えた。


 周りは見覚えのありすぎる光景。

 そうだ。ここはつい先程ボセッズに斬り殺された戦場。

 ボセッズの姿もないし、血なんかも乾いているし、少なからず虫や鳥なんかも寄ってきているあたりちょっと時間は経過しているようではある。


 だが、こういう状況はちょっとめずらしい気もする。

 少なくとも今持っている周回の中じゃあ初めてじゃないかね。


 体の具合は前と大差ない。

 特別な記憶や情報、能力なんかも感じない。

 肉体にある記憶を読んでみても、前の肉体と大差なし。金に釣られたカシラに連れられてここで全滅。


 普段なら『つまりは自由だ!』と喜べるところなんだが、ここまで直近で目を覚ましちまうとなあ。


 こうなるとまあ、少しばかりはこの状況に首を突っ込んでもいいかもな。

 約束もしたわけだし。


 ……っと、あったあった。

 いやあ、さっきまで自分だった死体を見るとなんとも言えない気持ちになるな。

 真っ二つではあるがイカした兜は残ってるからこれは再利用しよう。何か役に立つかもだしな。役に立たなくてもカッコいいしな。


 あとは、どうだろうか。何かないか。


 周りを見渡せば死体の海。

 死体漁りをすりゃあ少しは懐が膨らむかも、なんて考えが失せるくらいに転がっている。


 ここの死体がどうなるかってのはオレが知るところではない。

 動物の餌か、雇われた清掃担当がなんとかするのか、たちの悪い術士や研究者であれば『死体に捨てるところなんてない!』なんて口ぶりで持って帰ったりでいつのまにかなくなっていることもあるのかも。


 オレは兜を被りながら、かつてのオレを見下ろす。

 アタマおかしくなんねーのかって言われるかもしれないけど、特に感慨はない。

 あるいはずっと昔にそういう感性は焼き切れちまってるのかもしれない。

 なにせほら、オレは自称『百万回は死んでいる』わけだしな。


 ───────────────────────


 都市ルルシエットの入口はどたばたしている。

 負傷兵の搬入やら兵士の出動やら、不審者の応対やら、声を掛けられそうな相手をようやく見つけたのでお忙しい中申し訳ないものの聞いてみることにした。


「あー、防衛線から生き延びちまったんだけど」

「そうか。すまんが細かく案内している暇はないんだ」


 一応は立ち止まって返答してくれる。いいやつだ。


「上からも戦闘に参加して生き延びたものがいるなら倉庫街のほうに急ごしらえの休憩所があるからそこに行ってくれとさ」

「倉庫街ね」


 壁に貼られた大きな都市内の地図。門番が示してくれたところまでは多少距離があるがひとまずは目的地を得られたってことで安心はできそうだ。

 行く宛もなかったらどうしようかと思っていたしな。


「そこの兜!」


 目的地の道中には繁華街もあるし、そのあたりに寄ってみるのも悪くないだろうと歩みだして少し経ったときにそんな声に引き止められる。


「オレか?」

「おう、おたくだ。おたく。今時間いいか?」


 声を掛けてきた人物に覚えはない。

 こっちも男だし、相手も同様。冴えた外見をしているわけでもないからナンパのたぐいではあるまい。


「立ち話で終わらないくらいの時間ならメシと酒がほしいところだな。こっちは文無しで食い詰めるまで秒読みなんでな」

「いいぜ。冒険の稼ぎで懐も温まってるしそれくらいお安い御用だ。

 俺はフォッティンゲンの子、フォーティ。おたくは?」

「マーグラム。ケチな──」


 街中で堂々と賊宣言するのも気が引けるな。


「冒険者に憧れる一般人だ」


 逆に怪しくなった気がする。


 ───────────────────────


 酒とメシをたらふくいただく。

 フォーティはこっちが気にしないようにか机に乗り切らないほどの料理と酒を注文した。

 が、気にしないようにかどうかってのは杞憂だった。

 彼も死ぬほど食べる。取り合い同然だ。


 ひとしきり食い終わったあたりで、


「その兜さあ。憧れなんだよ。故郷の資料館で見たっきりで、実用しているやつがいるなんて思ってもみなかった」

「憧れ? これがか?」

「ああ。聞いてくれ。その兜には逸話がある。寝物語にも語られる『国を奪う恐るべき賊』……かの王賊! そして彼に従う六人の騎士がいた! 一騎が一軍に相当する恐るべき騎士たちが! 龍支配時代からそれまでを生きた知恵者! 王賊を執拗に追いかけるヤバい性格の魔女! 大国で聖騎士と呼ばれながらも王賊へと下った男! あらゆる傷を癒やす死体と踊る男! 亡国から生き延びた穢れ知らぬ王女にして剣豪! 炎を操る猛者にして王賊の弟を自称し続けた黒衣の死神! そんな曲者揃いの腹心たち! そいつらに与えられた忠節の証がその兜! まあ……与えられたからって愛用していたのは知恵者と聖騎士くらいだったらしいが……とにかく、その質感からしても本物か、精巧なレプリカ。どっちにしても出どころが気になってよ。いや、万が一、いやいや、億が一にでもおたくが六騎士の血統だったとしたら? もう気になっちまってたまらなくて声をかけちまったんだ!」

「お、おう」


 オレは呆気にとられていた。


「……すまん。昔からどうしてもこの話題(王賊トーク)だけは抑えがきかなくてな」

「好きなものにお熱になれるのはいいことだが、すまん。この兜がそれに由来しているかってのはオレにはわかんないんだ」


 なにせ配給所にあったテイクフリーコーナーから拾い上げただけだからだ。

 そのことも説明する。

 話してしまうとオレが賊であることもバレてしまうが、メシと酒を奢ってもらった手前もあるし、なによりここまで熱を入れて語れる奴にこっちも情報を尽くさないのはアンフェアな気がしたからだ。


「って理由だからさ、フォーティが欲しいなら持っていったって構わないぜ。どうせパチモンだろうし」

「パチモノ……む……ううむ」


 手を伸ばし、それを止める。


「いや、いい」

「だって好きなんだろ、王賊だとか、そういうの」

「好きさ! けど、どんな来歴であろうとおたくが拾ったからにはそこに理由がある気がする」

「理由?」

「例えばこの兜がおたくを守りたがっていたとか、そういうさ」


 そういって彼は立てかけていた剣に触れる。


「俺がそうなんだ。この剣を手に入れたのは偶然で扱おうと決めたのは無意識だった。けどそれから何度もこの剣に助けられた。それ以来さ。『無自覚に選んだものにこそ運命が宿る』……おっと、このセリフが出ちまったな。これは六騎士の──」


 再び始まる王賊語り。静かに聞いていよう。適度に相槌を打とう。

 悪い気持ちはしない。

 こうして人が好きなものを真正面から聞くって時間は珍しい経験だから。


 ───────────────────────


「いやあ、すまん。すっかり語り語っちまって。まさか王賊成り立ちの都市脱出と誘拐騒ぎのことろから話すことになるとは……。マーグラムの聞き上手っぷりはもはや超能力レベルだな」

「いいよ。それよりごちそうさま。腹も心も満たされたってもんだ」

「マーグラムはこれからどうすんだ?」

「倉庫街にあるっていう休憩所に行ってみるつもりだ。フォーティは?」

「今日はじっくり寝て、また明日から冒険者稼業だな。それもいつまでできるかはわからんが」


 どうにもこの都市では冒険者の立場は危ういところまで来ているらしい。

 都市の外で冒険者が奪還に協力している以上、ビウモードからしてみればギルドは身中の虫そのものだろうし。

 かといって、冒険者ギルドを完全に停止させてしまえば一般市民の生活をはじめとした細々としたことが一気に立ち行かなくなりかねない。


 フォーティのいう『いつまで』ってのは明確ではないが、すぐさま冒険者ギルドが営業停止されるような状況ではなかろう。


「それじゃ、またどこぞで会えたら」

「そのときはまた聞いてくれよ、王賊トーク」

「ははは。六騎士もまだ二人しか出てきてないしな。続きを楽しみにしているよ」


 そういうことになった。


 オレは休憩所へと向かう。

 どうせ賊を集めて休ませる場所なんだから、と思っていたがなかなかどうして、整った場所だった。そりゃあ元はルルシエットの都市だしそのあたりの設備を流用しただけだと言うならばわかるが炊き出しに寝床に、維持するにもコストが掛かっていそうではあるのに継続しているらしい。外が戦闘が続いていて、断続的に現れる賊へ対応するために24時間対応なのだろう。


「よう。そこの。腹は減ってるか?」


 入口で状況を見ていると担当者らしい男が声を掛けてくる。


「いや、腹は減ってない」

「なら寝床はあっちだ。寝ているところで騒ぐなよ、喧嘩になるからな」

「ああ。……あー、随分と手厚いな」

「代官様だよ。金に糸目もつけずにやれって命令でな。金を使うなら戦術家にこんなことをさせないでほしいもんだがな……」


 どうにも印象が違う。

 都市を簒奪した奴で、手下も暴れん坊。都市解放を考える連中には容赦しない……いや、まあ、そこはそりゃそうだろうけど。

 だとしたなら対話でなんとか済ませそうなもんだけどな。


「戦術家?」

「ああ、愚痴が漏れ出てしまったな。聞かなかったことにしてくれ、下手に広まるのもよくないし、場を仕切れる人間が少ないから回されてるってのも理解はしているんだが……」


 何やら思うところがあるようだったが、聞かなかったことにと言われている以上はオレから言えることがあろうわけもない。


 オレは担当との会話もそこそこに寝床を利用させてもらう。


 朝になると彼が言っていた通り医術か何かを嗜んでいるような連中が現れて賊のケアをしていた。

 朝の炊き出しをいただいてから、今日の予定を考える。


 この休憩所に来たときには身分の証明になるものを発行されていた。

 それがある限りは一時的に市民として扱われるらしい。もっとも、問題を起こしたら即死刑ってレベルの処罰がなされるとも言われている。物騒だけど賊相手なら当然。むしろ自由を許してるってのが信じられねえ。賊だぜ?


「誰か手の空いているやつはいないか。元気なのがいい」


 昨夜の担当が声をあげている。徹夜なのか顔色が悪い。賊相手にまったく、申し訳なくなるな。


「どうしたよ」

「ああ、ちょっと人手が欲しくてな」

「オレでやれるなら手伝わせてくれ」

「昨夜来たばかりで、いいのか?」

「見たところ休憩所が必要そうなのはオレよりアンタだと思うがね」

「ははは、かもしれんな」


 そのあとに文字は読めるかなど聞かれ、頷けば紙を渡される。口頭よりも正確だからだろう。

 冒険者ギルドと同じ形式で書かれたそれは代官の予定の一部と、その予定の中で彼が襲われる可能性について。

 襲撃犯を探して、倒せなくとも、その襲撃前に騒ぎ立てて警告をしろということらしい。


 ───────────────────────


 オレ以外にもそれなりの数の賊がこの仕事を受けているらしい。

 とくに金にもならないことを率先してやっている連中なだけあって顔つきは賊にはもったいないって感じの人間たち。

 もしくは、元々賊じゃあなかったのか。


「という感じで人数振り分けをしよう。反対意見はあるか?」


 それぞれが顔を横に振る。

 言われた通り、複数名が裏路地をたむろして怪しげな連中が来たら騒げってだけの仕事。

 簡単なことだ。


「襲撃者はこの都市の冒険者である可能性が高い。つまり、俺らじゃ勝てない相手であろうってことだ。だから無理に戦わなくていい」

「騒いだからなんだって相手が強行したらどうすんだ?」

「騒げば構えくらいは取れる。それで十分ってことだろうさ。代官についてるのはビウモードが抱える一流の騎士団らしいからな。名前はなんだったか。シドーだかシトーだか。

 流石にフル装備で厳戒態勢の騎士相手じゃあ冒険者でもな」


 奇襲でもない限りは遅れは取らない。そういうことらしい。


 そういうわけでオレたちは配置に付く。といってもそれからもそぞろ歩くだけだが。


 往時の──つまりはビウモード統治下になる前の都市ルルシエットのことは知らない。

 ただ、今より過ごしやすい場所だったことはわかる。


「その兜のお兄さん! 冒険者だろう! 水薬はどうだ、安くしておくよ!」


 威勢の良い声が掛かる。露天商だ。


「だめだめ! そこの店はただでさえ薄い水薬を更に水増ししてんだ! 買うならウチだぜ!」


 そして、それに対するように別の店の主人が声を掛けてきた。


「お前んところは消費期限切れのを使ってるだろうが、どっちがだめだ!」

「ははは。悪いな。どっちの店からも買ってやりたいが持ち合わせがない。それにしてもここは裏通りだってのに活気があるな」


 オレの言葉にどちらの商店主も肩を竦めるようにして言う。


「昔は店を持っていなくても露店の許可さえとりゃ店は開けたんだが、占領されてからはそういうのは全部駄目ってなってよ。

 食い詰めかけていたら今の代官が前の制度を復活させてくれたのさ。場所が限定されてたから商人がこんな風に集まって」

「いやでもここが活気づいているってことか」


 周りを見渡せば、種々様々な商材が並んでいた。水薬から保存食、武器にと。中には研師などの技術を売っているものもいる。


「そういうことだ。今の代官……名前なんてったっけか」

「えーと。なんだっけ。あ、そうだ。ベサニールだ」

「そうだそうだ。この露店関係もだが、色々どんぶり勘定なことをしまくっているせいか、ビウモードから来た連中からは『無能代官』って叩かれているらしいぜ。俺たちからしてみれば有能御代官様だけどな」

「それでもやっぱルルシエット伯爵の時代がよかったよなあ」

「言うまでもねえな」


 談笑に花を咲かせていると視線の端に見覚えのある人物が映った。

 あれは前の賊生で見た人物だ。

 ……カグナット。彼女が見えた。

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