163_継暦141年_秋/02
よっす。
燃え尽きたオレだぜ。
「なんだ。おめえも起きたのか」
周りを確認する前に声。
むくつけき髭面男性。
よく言えば簡易寝台、奇譚のない言い方をすれば瓦礫同然のベッド未満が大量に並んでいる。
どこぞの室内にはヒゲとオレを含めて結構な数がいる。
起きているのは彼とオレのみで、ほかは高いびきをあげていた。
「ま、無理もねえよ。ついこの間まで賊させられててヨ。
カシラの命令で軍に入れられて、そしたらカシラが死んでいつのまにか軍属の身分だ。
かたっ苦しくて息がしにくいぜ」
ヒゲが袖を通しているものには簡易ながら紋が刻まれている。それには見覚えがあった。前回の命で騎士が同じものを鎧に与えられていた。
彼の話からすると盗んだのではなく支給されたものなのだろう。見てくれは悪くないが、賊上がりに提供されているあたり質は大したことはないんだろうなと思ってしまう。
なにか返答をしないと怪しまれるし、状況を思い出しつつ挨拶でもしておこう。
「なんもかんも寝床がわりぃって。せっかく賊からこっちに来たんだからベッドくらいはちゃんとしたものがほしいところだ」
「それこそ仕方のねえことだろ。流石にほいほいとルルシエットの中に賊はいれられねってことだ」
なるほど。思い出せる範囲のことは簡単なことだ。
現在の都市ルルシエットは元の持ち主であるルルシエット伯爵軍が取り返しに攻め寄せており、日々少しずつ詰められている。
兵力の不足を補うために周辺に潜んでいる賊を招集し、部下にした。
この肉体がカシラとして仕えていた奴はそれなりの親分だったらしく、かなりの人数の手下を抱えていた。
なかなかの条件を提示されたからか、カシラは自由な賊から軍属へとキャリアアップを果たした。
が、しかし、ルルシエット伯爵軍との衝突であっさりとカシラは死亡。
指揮系統を失ったオレたちの扱いに困ったビウモード軍は郊外の廃墟にオレたちを留めていた。
結構な数がここから去っていったが、食事が出るって一点で留まる連中もいた。
このヒゲは樽に手足の生えたような体型をしていて、胴体を支えている四肢はゴリゴリに筋肉が発達している。
片手には起き抜けに掴んだであろう鞘に収まった剣。賊の割には警戒心が強い。
「それもまあ、この戦いが終わりゃあそれまで。俺らが勝っちまえば都市の中に入れさせてもらえるって話ヨ。そーなりゃあんな寝床ともオサラバだ」
扉を開く彼に続く。
男臭すぎる寝床に長居したくはない。
開かれた扉の先はオレたちと大差ない賊共が集まっている光景だった。
「よくもまあ集めたもんだぜ。ルルシエットの代官……なんていったかな。そうだ、ベサニールだったか。噂じゃひどくバカにされていたが賊を集める才能はあるんじゃねえか」
「あんま誇れねえ才能だろ、それ」
「ワハハッ、ちげえねえ。代官が賊のカシラだったら賊社会を変えたかもしれねえけどな」
ヒゲが一点を指差す。
「とりあえず飯でもたかりに行こうや。あー、お前名前なんだっけ?」
不意に聞かれると弱いんだよな。
賊……兵……都市……うーむ。
駄目だ。さっと思いつかん。
呼ばれなれているグラムって名前に適当に文字をつければいいか。
「マーグラムだ」
一つ前に呼ばれていた『マシエイター』とうまく合わせようと思ったものの失敗した。まあ、どうせ長い付き合いになる名前でなし構わないだろう。
「そうかそうか。俺はボセッズ。チンケな賊だよ」
「チンケな割には体格がいいな」
「ワハハッ、ドワーフの血が混じってるおかげだな!」
そういいながら食料配給をしている場所へと赴いて、パンにおかずがいくつかを提供された。見た目は悪くない。
「この後はどうなるんだろうかね」
肉体にもその情報はない。人の話を聞かないタイプの賊だったらしい。
「なんでえ。話を聞いてなかったのか?
飯のあとは適当に集まって防衛線に向かえって話だったろ。俺らは期待されてないからか、命令も適当だけどあんまりサボってっと首に縄つけられてやべえ前線に送られかねないし、食ったら防衛線に向かおうや」
「あの瓦礫で寝てた連中は」
「あのまま寝てりゃ前線送りだろうよ」
驚くべき放し飼いだな。
などと考えているうちに食事は終わる。味は予想してたよりもかなり美味しかった。賊に出すにはもったいないってレベルだ。
ボセッズも同じタイミングで終わったらしく、
「そんじゃ、防衛線とやらに行くとしようや」
と声を掛けてきた。
その道中でオレは武器も防具も持っていないことに気がついた。
配給をしているところに持ち主のいなくなった装備が無料で配布されているとのことだったので武器と防具を仕入れさせてもらう。
顔全体を隠してくれるカッコいい兜もあったので頂戴した。気分だけは騎士様そのものだぜ。
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ボセッズはカシラの部下というよりは相棒に近かったらしい。年上であった彼はあれこれとカシラに相談を受けていたのだという。
そうした経緯からボセッズ自身もこのあたりの情報にも詳しい。
都市ルルシエットを囲む状況も彼はよく知っていた。
友好的な関係であった二つの伯爵領、ルルシエットとビウモード。
ビウモードは突然その友誼をかなぐり捨ててルルシエットを急襲。伯爵を失わなかったものの首都を失陥したルルシエットは以後、ビウモードから首都を奪い返すための戦いを続けていた。
その間にもルルシエット伯爵は戦場内外でビウモード伯爵を説得していたようだが、そのいずれも不調に終わり、数ヶ月前から本格的な戦いに入ったらしい。
状況からみてもビウモードが悪であるという構図を思うものは多く、義憤に駆られてルルシエットに味方したものも少なくない。
ビウモードの逆風はそれだけではなく、冒険者ギルドに所属していた人間たちの多くもギルドへの手厚い施策をいくつも行っていたルルシエットが栄えることを望んで、協力を申し出ていたことだった。
伯爵自身が抱えている軍事力においても、首都を失ったことで相応に減らしたもののそれでも壊滅的ではない程度には外敵に対しての備えがあった。
衛星都市であるペンゴラ、ペンシク、ペンダムに用意されていた兵力と行動騎士の多さを扱ってルルシエットはいよいよ己の首都を取り戻すために兵を寄せてきたというわけだ。
義勇兵、冒険者を加えたルルシエット軍に対するのはビウモード兵と、それと同数はいるかもしない賊の群れ。
つまりオレらだ。
防衛線ってのは前線よりマシって話ではあったが、それでもはるか向こう側にはルルシエット軍が立てているであろう人の気配のようなものを感じることができた。感じられる程度には数がいるってわけだ。おっかねえ。
「前線よりは安全っつってたけど、じゃあ前線はどんだけヤバいんだろうな」
ボセッズの呟きに近くにいた賊が、
「行動騎士がいるらしいぜ。それも励起状態の」
「うへ……。そりゃあ確かにこっちのほうがマシだな」
行動騎士ってのは伯爵の意思によって選ばれたすんげえ強い騎士だ。
炉から力を与えられて能力を引き上げられているんだとか。
で、励起状態ってのはそのまま、炉の力かなにかによってパワーアップしている状態ってことだろう。
「あれ見ろよ」
賊が差した方向には白馬に跨った青年がいる。
オレたちとは違って、磨かれた騎士鎧を纏っているあたりはお貴族様か、それに類する何かだろう。
「ありゃベサニールじゃねえか? おっと……ベサニール『様』な」
ヒゲ面ボセッズがわざとらしく訂正しながら。賊の感性らしく、貴族だとかお偉いさんは好みではないらしい。
「防衛線に配置された偉大な戦士たちよ!
君たちの働き次第でこの都市が守られるかどうかが決まる!
敢闘せしものには都市ルルシエットにおける市民権を与えることを約束しよう!」
おおー! などと歓声をあげるものもいるが、オレの周りの連中は白けたもんだった。
まあ、いくらか金を握られた連中なんだろうな、歓声組。
「このベサニールの剣として、盾としての働きをしてくれることを期待するッ!」
装飾の激しい剣を掲げるベサニール。
見るからに貴族のお坊ちゃんだが、そのお坊ちゃんが賊に身をさらして、前線よりマシ程度の危険な防衛線まで来るってのはどうにも妙な、というか、ちぐはぐな感じがする。
それがどうにも好奇心を刺激する。好奇心は猫を殺すらしいが、賊も殺すのだろうか。
「旦那~! 聞きてえことがありまあぁ~~~ッす!」
殺されるか試してみよう。オレは声を張り上げた。
ボセッズと、先程話していた賊がギョッとしてこちらを見る。
口に出してしまった以上、オレを止めるにはもう遅かろう。
「この都市の代官たるベサニール閣下に声を掛けるとはなんたる不敬かッ!!」
側に仕えていた騎士の一人が槍を構え直す。そりゃーそうなるか。で、ベサニールも名誉のためにオレを殺させるかね。
それでもいいさ。
「待てッ!」
おっとお?
「質問を許そう、兜くん。だが、こういうときは名と共にするものだ。よいな」
「マーグラム、ケチな賊でさあ。旦那──」
「ベサニールだ」
「ベサニールの旦那、この都市を守ろうとするのは何故です」
「主君であるビウモード伯爵閣下より任ぜられたからだ」
「オレらみたいな賊を集めたのはどうしてです?」
「強い生存本能と様々な欲求はこの都市に配備された兵士のそれを上回る。どうせ戦争に巻き込まれて死ぬくらいならば成り上がって好き勝手したいと思ってくれるだろうと賭け、勝利した。
払い戻しがこの大戦力、というわけさ」
まだ若いってのに堂々たる対応。
瞳にはギラつきがある。野心か何かが原動力か。
「この都市を守るために賭けをした、そういうことですかい」
「そうだとも。危ない橋だったがね」
「じゃあ──」
「おっと、すまない。次の防衛線を鼓舞しにいかねばならない。続きはここでの戦いが終わってからでどうかな。勿論」
「オレが生きていたら、ですね」
「期待しているよ、マーグラムくん」
「払い戻しには期待しないでくださいよ、ベサニールの旦那」
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そのあと暫くのにらみ合いの後に戦いは始まった。
結果?
聞くまでもないと思うぜ。
なにせこっちは賊の群れ。
あっちは意気軒昂の軍人と冒険者。
熱したナイフでバターを切るよりも簡単に切り裂かれた。
防衛線はガタガタに破壊されたが、ルルシエットの軍は攻めるではなく退くのを選択した。戦争のことはわからないが、何かの理由があるんだろう。
だが、生き残った。
というか、生き残っていたというべきか。
騎馬が突撃して一網打尽にされた。馬に蹴飛ばされてオレは即気絶。飛び交う死体と肉片に気絶していたオレは隠されていた。
気がついたときには敗北を知ったってわけさ。
「おーっと。マーグラム。お前も生き残っていたか」
返り血で汚れたボセッズが笑いかける。
だが、どこか妙な……。
どさり、と地面に落ちる音。
ボセッズが掴んでいたものが落ちた。
それに目をやると、防衛線に入ったときに話したあの賊だった。
胸から大量の出血があるようにも見えた。そして、ボセッズの片手には血に濡れた剣。
「どういうことだ、ボセッズさんよ」
「んー。まあ、裏切り者ってやつだよ。いや、最初から裏切るつもりだった場合はなんだろうな。それでも裏切り者なのかね」
剣を振り、血を払う。
体型こそ太っちょのおっさんだが、そんなちょっとした動作からこの男の剣才が尋常ではないことが見て取れる。
「最初はなあ。このあたりの賊を使ってビウモードの力を削ごうって動いてたんだ。うまくいったよ。賊の仲間の顔を全員分覚えられない程度には増やせたからな。この道で食っていくっていうのも考えられるくらいにはな。ワハハッ」
だが、と区切る。
「やりたいことをやらないでいるってのは性に合わんのよ」
「そりゃなんだ」
命のやり取りは初めてじゃない。こういう重そうな話もだ。
そんで、こういう話の終点はいつだって同じようなもんさ。それに備えるのも、慣れたもの。オレはそれとなく手頃な石を拾う。
「復讐よ。どこにでも転がっている、為政者のアホどもにはわからんだろう、つまらん悲劇。そこから生まれた復讐心が俺の目的だ」
「そうかい。で、あの賊を殺した理由はなんだ?」
「生き残りがいてもらっちゃ困るからな。ルルシエット側の戦力がどれほどか、情報を持ち帰られるってのは盤面に不利が出かねん。
ベサニール配下の戦術家も無能じゃあない。そもそもビウモード伯爵領の連中は都市を強襲して落とすだけの頭があるのは事実」
「広い視野をお持ちじゃねえか、ボセッズさんよ」
「復讐するからって視野が狭くなるばかりじゃあねえってことよ、マーグラム。
……それじゃ、話も終わりだ」
「そうなるよな」
「ああ。そうなる」
お話はおしまい。
こっからは──
「オッホエッ!!」
生き残れるかの戦いだ。
オレの投擲がうなりをあげる。ノビの良い加速! 我ながらナイスピッチ!
「ふッ!」
その投擲とほぼ同時に剣を振るう。
投げた石が真っ二つに、いや、それだけではない。
「……許せとは言わんぜ、マーグラム。お前も賊。生き残らせておきゃあ人々の災いになるだろうよ。たとえお前のように話の分かる賊だったとしてもな」
距離はあった。
だが、そうか、この一撃は記憶にはないが思い出せない追憶が震えているような感覚がある。
飛ぶ斬撃。
ボセッズの冴えわたる剣技が印地とオレを一緒くたに切断したのだ。
「お決まりのことを、言っとくか」
「聞いておく」
「復讐は何も生まないぜ」
「だが、気分はすく」
「わり。言ってみたかっただけだ。少なくとも区切りにはなるもんな」
「ワハハッ。……わかってるじゃないか」
ボセッズの荒っぽい笑いも、どこか乾いたように聞こえる。
寸断されたオレの命も最後の会話をしきったあたりで完全に売り切れになった。
兄弟たちの応援のおかげで10月30日に書籍版が出ます! うれしいうれしい!
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