157_継暦141年_秋/00
よっす。
チームワークが安定してきて嬉しいオレだぜ。
安定してくると次に気になるのは状況。
お気に入りの宿があるのはいいことなのだが、そもそもとしてこの都市の領主様ってのがイマイチ気に入らない。信用もできない。
街は別だ。二階のバルコニーから望む風景は見事なものではないが、それでも中々の活気がある通りを見下ろせるのは悪くない。
あの馬車に遭遇していなければもう少しこの街──デイレフェッチにいることを選んだかもしれない。
だが、あんな低俗な手下を御者に選び、粗暴ないいざまにポーズでも苦言を呈さないあたりでオレは評価を定めた。もちろん、悪い方に。
賊相手ならあの態度はまだしも理解できるが、一応都市のアレコレに貢献している冒険者なんだけどな。身なりだって気をつけてる。
それとも冒険者と見るよりも賊と見られる不思議なスメルでも出てしまっているのだろうか。一応、入れるときには必ず風呂には入ってるんだけどな……。
「グラムさん、こんばんは」
「ん、ああ。ディカか。こんな時間に珍しいな」
バルコニーに現れたのはディカ。愛すべき我が一党仲間。太陽のような少年だ。
太陽のような、というのは性格を指してだけではない。
夜に弱いのだ。仕事で気を張っていれば別なのだが、仕事が終わったあとであれば日が沈む頃には眠る。
こうして夜更けにバルコニーで会うことは珍しいことだった。
「外の騒がしさで目を覚ましたか?」
「いえ、そういうわけではないと思います。なんか、気が休まらなくて」
「馬車に轢かれかけたしな」
「あはは……、本当に驚きました」
夜更けであるのに活気があるのは都市に昼と夜で顔は違えど、休まる時間がないほどに人の出入りがあるということを示していた。
オレやディカ、レティがそうだが、あっさりと冒険者になって、更に仕事にも困らないこのデイレフェッチは周辺の土地に比べても人気が出るのも頷ける。
伯爵領の首都であれば大抵は城郭都市で、出入りするのがそもそも難しいのだが、デイレフェッチは城郭都市ではない。
つまり、オレのような賊であったとしても忍び込むのは簡単だということだ。
本当にヤバい奴は冒険者ギルドに来たところで弾かれるだろうが、冒険者にならなくてもこの都市では食っていく手段は少なくない。
ギルドを通さない無法な仕事もゴロゴロ転がっているのは知っている。
あの受付のオッサンも困っていたのを以前の仕事の報告を上げたときに聞いている。
ともかく、昼夜関係なしに人通りは激しいってわけだ。
「だが、いい区切りを見つけられたとも思ってんだ。
仕事に困らないからと言ってこの都市にい続けてもディカの兄貴は見つからないかもしれないしな。
探すなら色んな街を巡って、それぞれの街で連絡希望の張り紙やらを残して行く方が建設的だろうからさ」
「色々考えてくださってるんですね」
今更お礼を言っても、と自らの感謝にそれほどの価値を持っていないからか、言葉に詰まっている様子のディカ。
「仲間のためになにかしてやりたいって思う限りは、一党でい続けられる。だから勝手に世話を焼かせてくれ」
「……はい!」
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今日も今日とて依頼達成。
レティもオレの考えと同じで、デイレフェッチの領主にはあまり信頼が置けなくなった。
旅費はある、が、暫くのあいだ冒険者稼業ができないとしたなら多めに持っておきたい。
デイレフェッチ領では仕事に困らないのだから、もう少しだけ依頼をこなしたら次の街を目指そう。そういうことになった。
レティの魔術は日々冴えていくのには拍手するばかりだが、ディカの成長ぶりは拍手だけでは収まらないくらいのものだった。
身のこなし、反射神経、胆力。
そして身に備えたる超能力である力の強さ。
一介の木こりで過ごすにはあまりにも戦士としての才能に満ち溢れている。彼自身が望んでいる才能かはさておくけど。
しかし、望んだ才能かどうかはさておいても成長し、実感と手触りを得るというのはたいてい、楽しい気持ちにしてくれるもの。ディカもそうした状況に楽しんでいるようでもあった。
依頼の帰り道、警戒はしつつも談笑をする余裕もできている。
オレたちが帰った後の晩飯をどこにするか──肉か、魚か。肉なら種類は、などという食欲に忠実な話題で盛り上がっていると、
「た、助けてくれぇーッ!」
馬車がこちらへと向かってくる。ただ、その足は実に遅い。
荷物を相当載せているのだろう。
御者が助けを求めている。
その後ろからは身なりの悪い連中、つまりはオレの同類が突っ走って馬車を襲おうとしていた。
「どうする──と聞くまでもないか」
レティが確認を取るよりも先にオレは動いていた。
正確なことを言えばオレは、きっとディカが突っ走るから先に動いて彼を冷静にさせて立ち回らせるために先手を取った。
「オッホエ!」
腰に吊るしていた短剣を投げつける。
今回の依頼は小鬼の討伐であり、これは彼らの装備を幾つか失敬したものだ。
レティはこうした行いに
「稼いでおるのだから真っ当なものを買えばよいのに」と苦言を呈する。ごもっとも。
でもどうせ投げて無くし、普段は転がっている石で戦っているオレからすると投げ捨てるようなものに金をかけるのを惜しんでしまう。
もちろん、装備の更新自体を惜しむわけじゃない。
今着込んでいる鎧は新進気鋭のブランドである『ツァルグラント』のもの。お値段は中々だったが動きやすく、ちょっとやそっとじゃ深手にならない。実際、お値段以上って感想である。
元は包丁だったが、小鬼の手によって刺しやすい鉄くずとなっていたものを投げつける。
店売りなんてできやしないそれではあったものの、賊の命を一つ買い上げるには十分な鋭利さを備えていた。
深々と頭に突き刺さった元包丁によって一人が倒れる。
「冒険者か!? くだらねえ連中だ、一緒に畳んでやれえ!!」
賊にとっちゃ命なんて価値があるようなものじゃない。たとえ仲間のそれであっても、気にかけるようなものではない。むしろ相手の手札が一枚透かせることができたのはラッキーだと思ってるフシすら見えた。
ちょっと数の多い群れなのかもしれない。
足の早い賊の一人が馬車に取り付こうとしたのを両断したのはディカ。
流石に人体を真っ二つにするのを見ると馬車に近づこうとしていた賊が立ち止まる。
『ながら作業』で戦える相手ではないと認識したのだ。
号令を出しているカシラは取り立てて特別な何かを持っているようには見えない。体格も並。厄介なのは数だ。次から次へと賊が現れる。
策などはないようで、彼が飛ばす命令は「突っ込め」、「殺せ」、「やっちまえ」だけだった。
これで実は裏から他の賊を回して包囲しようとしているなんて策士だったらおっかないことこの上ないが、その心配はないだろう。
そこまでの知恵があるようにも見えない。
「《我が四肢にて下ろすこと叶わぬ鉄鎚を、空這う風よ、代替せよ》」
レティの魔術が賊を蹂躙する。
暗殺魔術を使わない理由は彼女の口から聞いている。アレは対象を指定できず、こうした乱戦だと味方に当たりかねないからだ。
詠唱は長いものの、風鎚魔術は威力もあって、えぐい死体にする一撃は相手の士気をくじけるかもしれない。
だが、そうはならなかった。
「ぶっ殺せえ!! どんどんいけえ!!」
その号令を聞いているレティが目を細める。
「グラム。厄介だぞ。あの賊、超能力を持っているようだ」
「わかるのか」
「妾の勘を信じるのであればな」
「今更疑う要素があるか?」
短い会話の中でレティが笑う。
会話をしつつも可能な限りの攻撃は続けながら、だ。
「奴の超能力、おそらくは命令だ。何かの条件を達成した味方を狂奔させ、戦いに突き進ませる」
「妙に数が多いのは」
「超能力の一部なのか、妙なカリスマも備わっているのかもしれんな」
難しい局面だ。
このまま戦うか。
馬車を捨て置いて逃げるか。
数が多く、死をも恐れない賊ども。彼女の言葉のとおり、相手取るには実に厄介である。
だが、御者を見捨てて逃げるぞなんて言葉がディカに届くとも思えない。
よしんば彼が従ってくれたとして、その後も共に歩んでくれるかはわからない。それじゃあだめなのだ。
オレはまだ、彼らと仲間でいたい。そのために危険へと踏み込むのは間違いかもしれないが、まだまだ命の危機には遠い。
ここからひっくり返せる可能性はいくらでもある。
カシラ狙いの一投……は簡単にはいかない。こっちをしっかり警戒している。
さあて、どう打開するべきか。
「ディカ! かかりすぎるな!」
端的に引けと命令する。逃げるわけじゃない。陣形を整えるためだというのは伝わったのか、彼は頷くも賊たちはそうはさせじと攻めの圧を強める。
「はあああああぁぁぁ!!」
裂帛の気合。
オレたちのものではない。賊のものでも。
それは街道の横合いから飛び出してきた少年のものだった。少なくともオレの知り合いではない。
少年が持つのは石匠用の槌。
ただ、振るい方にはクセがあった。槌というよりは斧で木を断ち割らんとするようなもので、ディカのそれと似ている。
彼もまたどこぞの集落から出てきた村人なのかもしれない。
ディカを抑え込もうとした賊の一人の頭が粉砕。気にもとめずに次に躍りかかりながら、
「出遅れました! 自分にも手伝わせてくださいッ!」
「あっ、た、助かります!」
ディカが反応を返す。
ただ、助けられただけの驚きとも思えなかったが……。
槌持ちの少年の実力は正直、かなりのものだった。
武器の扱いには妙なところもあるが、状況を読む力や、即席のコンビネーションの読み方、何より攻撃の回避の技術は瞠目に値する。
そのあと?
あっさりと片付いたさ。正直、頼れる前衛が二枚になった時点でこっちに負けはない。
オレがレティを守り、レティが遠距離から風鎚魔術で実力者とカシラをぷちぷちと潰していけば、群れはあっさりと瓦解。
前衛二人の活躍も目覚ましい。会ったばかりだってのに熟練したコンビネーションを見せたりすらしていた。
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戦いの後、御者に感謝をされ、その後の復讐があるかもということで馬車に乗せてもらって街まで戻ることに。
過搭載で動きが鈍いのかと思っていたのだが、単純に馬が鈍いだけだったらしい。あの状況でもペースを崩さない辺り大物だ。
「あらためてになるけど、助かったよ」
オレは馬車の中で助太刀してくれた少年に礼を述べる。
「お役に立てたならよかったです。適当に捨ててあった武器でどこまでやれるかなとは思っていたんですけど」
「捨ててあった武器であそこまでやれんのかよ」
「あはは、何かあったんですかね。実はあんまり状況を理解していなくて」
少年はオレと立場が似ていた。
ふと目を覚ましたとき、過去にあったことの多くを失っていた。
しかし、覚えていることはあった。
やるべきことと、そして自分の名前。
「名乗り遅れてごめんなさい。自分はヤルバッツィ。ヤルバって呼んでください。そう呼ばれ慣れている……気がするんです」
流石にその名前には全員がつい一拍置いてしまう。
何せディカが探していた兄と同名なのだから。ただ、流石に年齢が違う。どう見たってディカと同じくらいの年齢だし、ディカも彼を兄とは呼んでいない。
ヤルバッツィってのがそう珍しくない名前だとも云っていたしな。
「そうかい。ヤルバ、あらためてありがとな。
オレはグラム。それと──」
「レティ。魔術士をしておる」
「……」
「ディカ、どうしたのだ。おぬしが名乗る番であろう。流れ的に」
「え、あ、はい! そうですよね、そうでした……。ディ、ディカといいます……」
一拍置いてから、ディカは意を決したように言葉を発する。
「あの、ヤルバさん……記憶がない、んですよね?」
「全てがないというわけじゃないとは思うんですが……」
「僕に見覚えはありませんよね?」
違うとわかっていたって、聞かずにはいられないよな。




