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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:王報未然

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125/204

125_継暦136年_冬/A08_06

 英気を含め、準備を万端に整えた一同。

 結界を破るための儀式を執り行わんとゴジョは一歩前へ。


「シェルンさん、インクをお借りします」

「いくらでも使って構わないからねえ」


 ゴジョの側で瞑想をするような姿勢を取るシェルン。

 その側で集中力を研ぎ澄ましはじめるゴジョ。

 二人の意識を逸らさぬために誰も言葉を発しない。

 静寂を細やかに乱すのは春を知らせようとする風の音だけ。


「不夜よ、目を開き、中天を仰げ」


 詠唱が始まる。

 シェルンから吸い上げられたインクはゴジョを経由し、光となる。

 それらの光は鉄砲水のように周囲へと広がり、しかし自我を持つかのように動く。

 地を這うインクが地面へと走り、それが巨大な儀式のための印となって刻まれる。


「不夜よ、ここは汝があるべき場所ではない」


 噛み殺しきれなかったシェルンのうめき声が漏れる。

 インクを吸い上げられるのは血を失うのにも近い。

 急激なインクの減少はそれだけ死に近づく。例え人より優れたインクを持つエルフであってもその点に変わりはない。

 だが、ゴジョは止まらない。

 ここで止まることそのものがシェルンへの裏切りになるからだ。


「不夜よ、在るべき場所へと戻れ」


 地に刻まれた印はついにはトライカそのものを包囲する。


「不夜よ! 解けよ!」


 ゴジョの声が響くと同時に結界()が崩れていく。

 糸がほつれていくように、それは消えていった。


 こぽっ、とゴジョが血を吐き出しながら倒れる。

 例え彼女が特定の技術に秀でた術者であろうと、人間の身の丈に合わない儀式を行えばその分を支払うことになる。

 倒れながら、血を吐きながら、ゴジョはトライカを指し示す。


「皆様、と、トライカへ……お急ぎください。

 結界の修復がされる前に……」


 駆け寄ったヴィルグラムに顔を横に振る。


「卑職は、大丈夫です。

 さあ、お早く!」


 精神力を奮い立たせて立ち上がるゴジョ。

 自分は大丈夫だとアピールするためだけに気力を振り絞っていた。


「征こうぞ」


 ビウモードの声が響く。


「ああ、……進もう」


 ヴィルグラムも、もう迷わなかった。


 彼らはトライカへと突き進む。


 ───────────────────────


「ほら、これ(ポーション)飲みな」


 残されたのはゴジョだけのはずだった。

 シェルンは心配そうに彼女を見ていたものの、ヴィルグラムをお願いしますと云われてしまえば頷くしかない。

 だが、彼だけが──ローグラムだけは残っていた。

 何故という表情を浮かべながらも、しかしポーションも取りに行けないような有り様であったゴジョはありがたく水薬(ポーション)を飲み干す。


「オレが結界の持ち主だったら術者を潰すと思ってね」

「再度起動するために、ですか?」

「だったら最優先だろうし、でなくてもムカついて報復に出るね。

 聞いている話だとそういうタイプっぽいしよ」


 ほそぼそと集めた情報からすると強力な存在である反面、狭量で尊崇に値することのない性格の持ち主だとローグラムは見ていた。


「んで、オレの予想は当たったってわけだ」


 正面から突き進むヴィルグラムたちを回避するために、別の出入り口から現れただろう一団がある。

 攻略に進む一団もそれに気がつくが、


「オレがゴジョを逃がすッ!!

 後ろのことは気にするなあッッ!!」


 大音声が響くと、再び放たれた矢の如き速度でトライカへと入場した。


「さて、社長(オーナー)さん。ああも見栄を切っちまったからには何とかしなきゃならなくなった。

 急がなくていい。まずは体勢を整えよう」


 ルルシエット伯爵が持たせてくれた水薬を追加で渡す。

 臓腑を痛めた可能性もあり、そしてその可能性を見越していたからか、水薬もそうした症状に効くものがあった。


 こうなる可能性については手引書にも書かれていたことであるし、

 ルルシエット自身の肉筆で申し訳ないが、必要なことだとも書かれていた。

 相当の品質の水薬を持たされたのは謝意の現れだ。

 おそらく水薬一瓶で辺境の都市なら家が立つほどの金額だろう。


 普段なら躊躇するが、ゴジョはそれを構わず飲み干した。

 約束したのだ。ヴィルグラムとはこれきりではないと。

 先に自分が死んでしまえば約束を果たさせることができない。


(腐った死体の行進でもすんのかと思ってたが、なんだよ。しゃきっとした感じで動きやがる)


 多くの場合、アンデッドは糸が切れかけた操り人形めいた不自然な動きをするものが多い。

 しかし、現れた一団はまるで意思を備えている生物のように動いており、

 ローグラムの視点からしてみれば彼らはアンデッドではないことと判断してしまえた。


(騎士が一人に兵士が十人?

 顔はまだ見えないが……、新たな支配者に付き従う奴も出てくるってことなのかね。

 それとも何かしらの力で使役されている、とか?)


 肩に吊るしていたカバンを地面に下ろす。

 そこには道中で集め続けた選りすぐりの『いい感じの石』が詰め込まれていた。


(だが、誰がどうあれ、何はともあれ)


 ローグラムは石を一つ掴み、地を均す風にして足を動かす。


戦闘開始(プレイボール)だ」


 ───────────────────────


『恥じることはないと思います』

(ゴジョが心配だったのはそうだけど、男の約束を破ったみたいで)


 結界が破れたあとすぐに進もうとしたヴィルグラムに、ローグラムは耳打ちをした。


『オレだったらこのタイミングを狙う。

 だからゴジョが安全な状況になるまではオレが守るから、先に進んでくれ』


 そうした言葉を受けて走り出したが、現れた一団を見て振り返ってしまった。

 ローグラムが信頼できないというわけではない。

 ただ、無心で二人の心配をしてしまった。

 何様だと自分を責めた。


『それでも、我々は前に進まねばなりません』

(ああ、そうだ。……わかってる)

『そうして振り向いてくれたことも、きっと喜んではいますよ』

(それもどうしてだろうね。わかってるんだ)


 ヴィルグラムたちは走る。

 トライカの正門を抜ける。

 守りは一つとしてなかった。


「ああ?

 別働隊みたいなのは見えたが、こっちには守りが一隊もないってのはどういうこった」


 ブレンゼンは警戒をしながらも言葉を吐く。


「ダルハプスが使役できるアンデッドは無制限ってわけじゃないんだろうね」

「後方に兵を向ける余裕があるってのにか」


 立ち話をしているではなく、警戒をしつつの相談であった。

 後方での戦い、気にならないはずはないがブレンゼンは女将を守ったローグラムの敢闘を見ていた。

 だからこそ、誰かを守るための戦いであるならば誰より適任であると認識していた。


「怪物の腹の中に入ったってことには変わりないでや。

 いつ大挙してきたっておかしくないんだから、警戒はしたほうがいいしょ」

「賛成だ」


 シェルンの言葉に乗っかかりつつ、ブレンゼンはビウモードたちを見る。


「予定じゃあそっちはルル家だかってところだったな。

 炉を確保するんだろう」

「ええ、次に見える大通りで二手に分かれましょう。何事もなければ、ですが」


 何事というのに含まれるのは当然、シェルンの云うところの大挙して襲いかかるアンデッド軍団への危惧。

 だが、その危惧は空振りに終わる。


「何事もありませんでしたな」

「ここまではね。

 相手も自分と炉を狙っているのはわかっているだろうから」


「……相手の目的はやはり結界の維持、いや、終点のみを語るのならば時間稼ぎか」

「だろうね。

 正門を守らずにわざわざ別の門からゴジョたちを狙う部隊を出したのも結界を破った術士を狙ってのことだろうし」

「時間稼ぎの果てになにが待っているかは」

「考える必要はないでしょ」


 強気の微笑みをビウモードに向けて、ヴィルグラムは言う。


「その前にオレ様たちが勝つ。つまり、ダルハプスは消し飛ばされるんだからさ」


 最悪の状況を回避するために予測することは必要だ。

 しかし、今はその時間は惜しく、敵が強大であるが故に想像の果てに心が細る可能性すらある。

 ならば考えないことも一つのやり方ではあった。

 考えすぎるきらいのあるビウモードは小さく笑う。ヴィルグラムのそうした心が頼もしかった。


「いい答えだ。

 見習わねばな」

「ルルシエット伯爵だって応援してるんでしょ、ビウモード伯爵のことをさ」

「ああ、そうだな。

 彼女はいつも不甲斐ない私を応援してくれていた。今日こそその甲斐を見せねばならん」

「じゃあ、お互いに全力で」

「……ああ、全力で遂行しようぞ」


 ヴィルグラム、シェルン、ブレンゼンと、ビウモード、ドワイトがそれぞれに分かれた。

 目指すは勝利、ただ一つ。


 ───────────────────────


「本当に人間と何も変わりませなんだ、あの少年」


 ドワイトは息を切らさず走り、あまつさえ会話の余裕すらあった。

 年齢は壮年もその終わりに近づいているというのに、若い騎士たちより強靭で体力があった。

 その全てはビウモードへの忠節を貫くためであり、その誇りを精神動作の資本とするならば肉体の健全さはそれに大いに影響を与えていた。体が資本とはまさしく彼のような騎士にこそ相応しい言葉であろう。


「ものを思う心があり、思いを交わす言葉を持つ。

 ……ウィミニアに頼まれていた彼の亡骸の確保は殆どが成功した。一つではない彼の亡骸を。

 少年は一人なのか、数多なのか」


 ビウモードもまた伯爵の座についたとは言え、鍛えることを忘れてはいない。

 巨大な闘争こそないものの、戦乱期が終わったわけではない。

 戦いに備えるのは支配者としての義務であった。

 ドワイト同様に走りながら会話に応じる。


「我らが頭を捻っても答えは得られないでしょうな」

「とはいえ、ウィミニアに聞いたところでやはり」

「厄介な存在に変わったものです、あの少女は」

「だが、それでも我が妹を救うために尽力をしてくれてはいる。

 恩義はある、あの娘が求めることに応じる責務も」


 目的地である邸宅が見えてきたが、やはり守りはない。

 だが、二人はすぐに異様を感じ取った。

 あの日、先代、或いは父が命を擲たねばならなかった戦いに感じた気配と同じものを。


「……炉に座すか、怪物め」

「参りましょう、閣下」


 二人は剣を抜くと、邸宅の扉を慎重に開いた。


 ───────────────────────


「どうやらこっちがアタリのようだな」


 走る速度をやや緩めるブレンゼン。

 そうなれば必然的に彼のポジションは殿となる。


「ブレンゼン?」

「こっからは一本道。先に行きな。

 俺がここを通せんぼしといてやるからよ」


 離れたところから自分たち以外の足音が聞こえた。

 後方。

 つまりはブレンゼンとの衝突が予想される。

 シェルンも用心のためか、水薬を飲み干す。

 インクを扱うような戦闘をするわけではないが、それでも補充をするのは体調が万全ではなかったなどというチンケな言い訳をしないためであった。


「でも」

「忘れたわけじゃないだろう。

 何度だって言うぞ。俺は坊を殺しているんだ。どんな方法で何故再び現れたのか、そんなことは関係ない。

 ここには咎を自覚する俺と、それを容赦しちまうお前しかいない。

 だから、せめてこういう場所で贖罪させてくれ」

「……お断りだよ、命で贖われたって嬉しくない」

「格好つけさせろよな」

「生きて再会するってなら、いい」

「わかったよ。

 トライカでならずとも、文鳥迷路辺りで落ち合おうや」


「約束だからね」

「ああ、わかってるさ」


 素直に従う。

 いや、従うしかない状況ではある。

 それでも、ヴィルグラムは誰かが犠牲になるかもしれないことを強く忌避していた。


 ブレンゼンは急停止し、振り返る。


「悪いが、ここは今から行き止まりってことになった」


 大剣を肩に担ぎ直すと追いかけてきた一団へと睨みを利かせた。


 ───────────────────────


『強力なインクを感知』

(……ブレンゼンになにかあった?)

『いえ、別の場所です。邸付近で行動しているようです』

(行動?)

『正確な挙動まではわかりませんが、何かを探しているようです』

(オレ様たちかな)

『これだけのインクを発することができる相手、こちらが感知したように相手も感知できていると考えるべきかもしれません』

(であれば、別の何か……同じ目的だったりしないかな)

『淡い期待ですね』

(だよね)


「ヴィー」

「どうしたの」

「……」


『あのインクを彼女も感知した、いえ……彼女に感知させるために発したものなのかもしれません』

「……シェルン、もしかしてサークが?」

「間違いないと思うでや。

 でも、今は」

「そっちから行こうか」

「そんなわけにはいかないしょや」


 ああ、心配させているのだなとシェルンはすぐに気がつく。


「ちゃんと会って、ちゃんとお話する。

 それなら大丈夫だと思ってくれるかな?」

「どうだろうなあ。シェルンは暖まったら一直線になっちゃうきらいがあるからなあ」

「あー! 気にしていることを!」


 ほんの束の間のじゃれ合い。

 ヴィルグラムはやるべきことのためにここに来た。

 シェルンもまた、冒険者になった理由は兄を探すという目的のためにある。

 互いに目的としたものがそこに在るのならば、どちらを優先するかなどという話になるはずもない。

 どちらかを優先してしまえば、お互いに今までの気安い関係でいられないことを理解しているのだ。


「ブレンゼンと同じ約束、してくれる?」

「勿論するでや。

 でも、あんまり待たせるようなら道連れ作ってさ、ヴィーを探しに行っちゃうよ」

「それは……わかった。迷惑掛けないように努力するよ」


 二人は見合って、頷く。

 恋人でもなければ、親友でもない。家族でもなければ、親族でもない。

 冒険者の絆とはそうしたものとは異なりながらも、それらとはまた別種の深く、固い絆があった。


「それじゃあ、また後でね」

「ああ。また後で」


 シェルンは気配を感じた方へと走り出す。

 彼女の背を目で追いたかったが、そんな余裕は今は与えられていない。

 ヴィルグラムもまた、市長邸へと急ぐ。


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[一言] げへへっ、よう!兄弟!こっちだ!突っ立ってねぇで、早く座りなぁ!! ぐへへへっ、ここはオレに任せて逃げろってかぁ!?かぁーっ!漢ってやつだなぁ!! 各々の負けられねぇ戦いってやつだなぁ!…
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