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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
客体:疑義放免

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115/204

115_継暦136年_冬

 翌日になると、男爵たちによる会議が始まる……のかと思っていたのでゴザルが、そうではなかった。


 まだ全員集まっていうわけではなく、先着した一部の男爵は親交を深めるために茶会や酒宴を。

 男爵同盟でもシメオンに次ぐ発言力があると目されているタッシェロが先んじて開いているものらしい。

 同盟で志(があるのかは知らんでゴザルが)を共にする仲とはいえ、自ら酒宴を開いてしまうとは恐れ知らずと云うかなんというか。


 当主殿ことビッグウォーレンはシメオン男爵との会合を求め、

 それを許可されたのでひと足早く領主との話し合いの場を得られたわけでゴザル。


 ホスト側であるシメオン男爵は他の男爵たちの合流時に顔を出したり、歓待したりするのかと思っていたが、まったく姿を表さなかった。


 隷属されているものが、


「領主であるシメオン様は皆様をお出迎えし、

 また、無用な横槍を入れられないために時間一杯まで作業をしております。

 顔を出さぬという無礼は皆様の安全を確保することでどうかご容赦願います」


 と許しを乞うていたのだ。


 なるほど。

 タッシェロ男爵が我が物顔で酒宴を開いているというよりは、シメオン男爵が場を繋ぐのを任せたということなのか。

 案外、信頼関係というか、仲間意識のようなものがあるのかもでゴザルな。


『無用な横槍』とは、ビウモードやルルシエットのような大きな伯爵家であれば猫の額程度の大きさしかなく、旨味も少ない男爵領を狙ったりはしないが、

 大領ビウモードなどに地力に劣る伯爵が少しでも勢いを得るために男爵たちはいつ襲われ、滅ぼされるかもわからないのも実情。


 ここ数年でシメオン男爵を中心に結束を得た男爵同盟であるが、

 その結束の原動力はそうした『おやつ代わりにされることを恐れて』という部分が大きい。


 例えば、西方諸領圏の東南辺りにあるスラウバン伯爵は食料自給率の弱さから周辺を接収しようとする動きがあり、

 実際に男爵領を二つ支配したという過去があったと記憶している。


 スラウバン伯爵は今も健在ではあるが、最近は動きは静かでゴザル。

 拡大路線を推し進めようとした伯爵を男爵同盟として団結した一同によって撃退した結果なのかもしれないでゴザルな。


 侵攻と反攻の規模が小さかったようで、調べるタイミングを逸したせいで詳しく知ることができなかったのは今になって見れば惜しかった。

 そういう情報があれば男爵同盟に関わる何かが見えたかも知れないでゴザったのだが。


 シメオン男爵との会合には条件があり、騎士の出入りは禁じるというものがあったでゴザル。

 当然、武器の持ち込みも。

 とはいえ、拙者のように戦えるメイドというのも珍しい存在でもないからあくまで、

『お互いに武力が必要のない話し合いをしましょう』というポーズを取っているってことなんでゴザろうな。


 通された部屋は準備途中の会議場。

 おそらくは男爵同盟が全員集まったときに開かれる予定の部屋だと予測ができるでゴザル。


「お久しぶりです、ビッグウォーレン卿」


 恭しいのも過度になれば嫌味に映る。

 シメオン男爵はまさしく嫌味な男だという印象でゴザった。

 趣味でなければ嫌われるような態度を取るのには理由があるとは思うのだが。


「最後にあったのはまだ貴卿が童であった頃だったか。

 大きくなられたことを嬉しく思う」


 知らない間柄ではない、ということでゴザルな。


「同盟の会議が始まる前に話したいことがあるとのことでしたが」

「まずは我が弟たちが世話になったと言っておこう」


 勿論それは言葉通りではない。

 こっちには損害出たのわかっているんだろうな、という圧でゴザル。


「行き違いがあったことは、ええ、申し訳なく思います。

 ただ、ウォーレン兄弟であれば可能だと思ったから提案したことではあったのですよ」

「しかし、互いに期待していたとおりにはいかなかったか」

「男爵同盟の中核を為していたものたちが数名、時期が重なるように命を落としたことで万全な支援体制を作れなかったことには謝罪をするべきでしょう」

「弟が戻ってきたあとに、それを求めることもあるかもしれぬ」

「今回来られたのはそのことではないと?」

「ああ、そうだ」


 一瞬の沈黙。

 互いに視線は外さない。

 一般的には信頼を得るための動作であろうが、この二人のそれは文字通りの睨み合いのようにも見える。


「なるほど。

 今までお誘いしても手を掴んでくださらなかったのに、急に会議に参加することを了承したことに理由があると思っていましたが」


 メイドが運んできた茶に手を付けながら、シメオン男爵は続ける。


「我らのことを疑われますか」

「疑っているわけではない。同盟への無理解を正しに来ただけだ。

 シメオン卿、何を求めるのだ」

「力を」

「何故、力を求める」

「何故とは……我らは力がないからこそより強い軍事力を持つ爵位持ちに狙われる。

 違いますか、ビッグウォーレン卿」

「……スラウバン伯との争いで命を落とされた先代殿のことは無念に思うであろうが」

「それももう過去のこと。

 今は男爵同盟として、西方諸領圏の独立を守るために策と力を振るうのみです。

 私が何をしようとしているかは会議の中でもわかることがあるかと思います。

 その上で疑問があれば会議が終わった後にまたお越しください」


 真摯に問いかける当主殿に対して、本心の全てではないであろうものの、明確に隠し事があるわけでもないという風に応対するシメオン男爵。

 両者の関係に難しいことはない。

 ただ、シメオン男爵は全てを話しているわけでもない。

 当主殿とて何もかも打ち明けてくれるなどとは考えていないだろう。

 あくまでこの会話はご挨拶程度のものなのでゴザろうな。


「一つ教えてほしい、シメオン卿」

「なんなりと」

「わしに何を求める。

 何度も誘いを投げたのであれば、理由の一つはあろう」

「貴方だけが力を武器とすることをよしとしなかったから。

 貴方であれば、同盟の行いを正しく評価を下せるのではないかと……そう思ったのですよ」

「曖昧なことを」

「嘘偽りもない赤裸々な告白なのですがね」


 求めた答えそのものを得ることはない。


 同盟の会議前の話し合い(ご挨拶)はこれにて幕。

 当主殿も次の機会を睨むようでゴザった。

 シメオン男爵もまた、その次の機会を作る気がないわけでもなさそうでゴザルな。


 当主殿を認め、求めているというのは本心であることだけは理解できたのは収穫と言うべきか、

 危惧するべき相手であったと当主殿は警戒を強めるべきなのか。

 判断の難しいところでゴザル。


 ───────────────────────


 夜となり、当主殿と御一行は就寝。

 一部のものは不寝番をしているが、抜け出すことなど造作もないこと。

 やはりいつもの装束が一番楽でゴザルなあ。


 日のあるときに当主殿と本邸にお邪魔したお陰で室内地図は大体頭にいれることができた。

 さっさと忍び込んで情報を獲得させてもらうとするでゴザル。


 私室は警備が厳しい。寝室も同様。

 この辺りはもう少し調べを進めてからのほうがよかろう。

 男爵自身に当たれぬのであれば周りから探す。

 全員が全員ニコニコ顔かと思ってはいたものの、流石に本邸の中には正気を残している連中がそれなりにいた。

 彼らの仕事場を漁って情報の足がかりとさせてもらうとする。


 というわけで内政をあれこれとやっていそうな部屋に入って探っているところだったのだが。


「いるんだろう、侵入者」


 まったく、勘のいい奴というのはどこにでもいるでゴザル。

 先日のリザーディの男……ガルフとか云ったか、拙者が探っている部屋に入ってきたのだった。

 ふいに気がついたというよりも来るとわかっていたという感じでゴザル。

 なにせ完全武装なのだ。


 さて、どう切り抜けたものか。

 警戒しながら隠れられそうな場所を一つ一つ確認しているガルフ。

 隠れ続けるのは難しい。

 不意打ちの一撃もアレだけ警戒されてしまうと失敗すると考えて然るべき。

 ただ、それは武力任せの一撃であればに限るでゴザろうな。


 拙者はゆっくりと立ち上がり、姿を見せる。

 といっても顔を隠し、体も特徴を消すようにする装束では何者かともわからぬであろう。

 見てくれから判断するならば、


「こそ泥か?

 ……いや、こそ泥ならこんな場所に来ないか。

 情報を抜きに来たってならスラウバンかモンドミークか……ビウモードって線も考えるべきか。

 おい、どうなんだ『布だらけ』」


 流石に声を発するのはリスキー。

 声音の変化には自信はあるが、無闇に喋るべきでもなかろう。


 背にしている窓をちらりと見る。


「逃げるつもりなら、無駄だッ」


 その反応を待っていた。

 動こうとするガルフに対して、拙者は背を向けて窓を向くと同時に『さいどあーむ』を抜き打つ。


 ニチリンに伝わる技術は潜入技術のみではない。

 投擲物の音すら消す隠形の技。


 この『さいどあーむ』、戦輪は拙者が手ずから作り上げたもの。

 逸品だと自慢してもよい。


 拙者の血を混ぜ込んで作り上げることで擬似的に付与術にも似た作用を引き起こす。

 恥ずかしながら真価を発揮することは未だにできておらぬが、

 それでも技術を以て扱えば、音をも殺して相手へと迫ることができるのだ。


 が、相手もやるもの。

 完全防備のガルフは闇に紛れて襲いかかってくる刃を見るではなく、肌で感じてか、

 片手剣と小盾、それに強固な鱗で鎧同然の硬さを持つ尻尾で防ぐ。


 拙者の投擲は簡単に防げるほど甘くはない。

 弾いたものとは別の角度から襲いかかる刃がガルフの体を刻む。


「音もなく飛んでくる武器だと……!?」


 忌々しげにこちらを睨む。


「だが、踏み込みを許した時点で──」


 ガルフが一気にこちらに詰め寄ろうとする。

 体中に傷はあれど、致命傷には至らない。


 そう、踏み込みを許した。

 拙者の意思で許したのだ。


 戦輪にはたっぷりと拙者の血が使われている。

 それ故に、我が意に従うことはなんの不思議もないというものでゴザろう。


 例えば、戻れと念じれば手に戻るのも当然のこと。


 速度を伴って最短距離を戻る戦輪たち。

 その軌道上にはガルフ。


「なッ」


 幾つかは深々と切り裂く。

 それでも鎧は持ち主の命を切り裂かせることに抗った。


 こちらも流石に殺すまではするつもりはなかったが、動けない程度にはしたかった。

 これからも日々探索をする上で嗅覚の鋭い人間には一時的にでも退場願いたかったのだが、それは叶わない。

 物音やガルフの声によって異変に気がついた兵士たちが部屋へと入ってくる。


 隷属しているもの以外にも少数の正気を保つ兵士もいるようだ。

 得られる情報としては悪くない。

 兵士が部屋に殺到すると同時に拙者は窓から外へと逃げ出した。


 ───────────────────────


「ガルフ隊長、ご無事ですか」

「ああ、死ぬほどじゃあない。

 しかし、あれ程の使い手を野放しにするわけにもいかねえ。

 おい!アイツを追いかけろ!」


 ガルフが語気も荒く隷属者たちに命じる。

 しかし、


「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」「命令を受け付けていません」


 一斉に言葉を返す。


 彼らが従うのはたった一人。

 シメオンだけだ。


「融通の利かねえ駒なんざ何の役にも立たんぞ、男爵様よ」

「我々が行きましょうか」

「冗談。話が通じる兵士を向かわせられるかよ。

 人形どもならまだしも、追いかけても死ぬような相手に突っ込ませるなんてな」


 人形と蔑む隷属者が挑めば確実に死ぬ。

 だが、それでも少しでも体力を削れるのならばそれでいい。

 万が一にでも一太刀でも浴びせられるならなお良い。

 なにより、この不気味な人形どもが消えてくれるなら何より最高だというのがガルフの考えだった。


(シメオン男爵の夢はデカくて楽しいが、人形どもは好きになれん。

 だが、あの『布だらけ』の侵入を許したってこともあるし、少しは考え直してもらえないか相談できるかもな)


 他の兵士が呼んできた衛生兵(メディック)に治療されるガルフだが、思考を止めることはしなかった。

 全ては過ごしやすい職場環境のために。


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