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百 万 回 は 死 ん だ ザ コ  作者: yononaka
却説:逍遥周回

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109/204

109_継暦136年_冬/A08

 よお。


 死にぞこないのジョター男爵と対峙しているオレ様だ。


「愚かもの どもめ。

 このジョターを裏切り 武器を捨てるなどするから こうなるのだ」


 毛のない人狼もどきのジョターは体に突き立った剣を引き抜いて、投げ捨てる。

 深々と刺さった剣を抜くたびに、げぶ、と血を吐いた。

 しかし、そこに苦痛の色は一切ない。それがジョターの怪物性を表現しているようでもある。


治癒因子(リジェネレート)……』

(リジェネ?)

『超能力の一種です。

 超能力は魔術や請願によって擬似的に再現され、普及するものも多いのですが超能力には相当の数の再現できないものがあります』

(その一つが治癒因子?

 傷を塞ぐ請願なら割とメジャーじゃない?)

『致命的な傷であっても、再生して死を免れるほどのものが存在するかは私にはわかりません。

 ですが治癒因子であれば可能です。

 自身で意識せずとも自動的に発動するのも特徴と言えるでしょうか』


 解説はとてもありがたいが、ときにそれは攻略不能とも思えてしまう絶望を持ち込まれることもある。


(げ、なにそれ。

 無敵……いや、不死身ってこと?)

『いえ、再生回数や時間に限界があったり、回復が追いつかない一撃であったりと完全無敵で不死身の存在というわけではないはずです。

 なのですが……』

(オレとローグラムの二人じゃあ火力が足りない、か)


 致命傷であったのかもしれないが、それが落命に至る前に傷が修復されている。

 なるほど、これが治癒因子(リジェネレート)

 生命そのものに関わる力なのに、なぜかオレは死んだはずの連中(アンデッド)を想起していた。


 だが、思考に没頭する時間はない。

 剣を構える。

 再生が間に合わないような攻撃っていうなら、シェルンもブレンゼンも得意な領分のはず。

 やることは変わらない。


 時間稼ぎだ。


「戦う 気に なったのか。

 愚かな 選択肢だ。

 この ジョターは 今こそ至高の狩人となった。

 ああ 我が友 サリヴァンよ。

 我を狩りへと誘え」


 喋る度に閉じきらない口の端からふしゅふしゅと音が鳴る。

 間抜けな音だが、その間抜けさまでも不気味さに転化されているようでもあった。


「ジョター、サリヴァンも似たような姿になっていたのをオレ様は知っている」

「ほう 我が友の秘術を知るとは」


 同盟内ならオレを狙って殺されたとか、そういう情報が回ってそうなものだけど共有されてないのか。

 組織の中でも派閥があるのか、それともジョターは口を滑らせやすいから情報制限されているとかもなくはなさそう。


 ともかく、オレの発言に対して、


「ただの獣じゃないんだろ?

 至高の狩人っていうなら男爵としての明晰な知性ってのがあるはずだが、どうだ?」


 言葉のアシストをするローグラム。


 単純な聞き出しよりもちょっと持ち上げるくらいがジョターには効果的かもしれない。

 いかに強力な力を得ようとも、むしろ得たからこそこの男なら披露したくもなるのではないか。

 なにせ、あの悪趣味な証文(コレクション)を見せびらかしてきた輩だ。


「知性 知性か。

 よかろう ならば聞くがよい。

 男爵家には それぞれの秘術とも呼ぶべき 特異な遺産が伝わっている。

 少なくとも カルザハリ王国健在であった頃より 存続する家であれば 持っているだろう」

「古くからの名家ってわけだ、ジョター男爵家は」

「然り。

 寧歳王(ねいさいおう)によって 与えられた爵位である」


 寧歳王。

 カルザハリ最後の王の祖父だ。

 平和な時代を作り出したとは言われるが、その治世には癒着が問題になったはずだ。

 その王は優しかったそうだが、その優しさは主に自分のために向いた優しさ。

 締めるところを締めるべきが王の仕事であるなら、王としての資質はイマイチだったんだろう。


「マイシング卿に従う以前より 我が一族は 王国で 遊猟に関わっていた。

 国家の潤滑油となる催しに深く関わる 偉大なる仕事よ」


 むしりと死体から肉を剥ぐようにして食らいつく。


(遊猟に関わっていた一族が獣になるってのは……)

『皮肉というべきなのでしょうか。それとも憐れむべきなのか、悩ましいですね』

(ジョターが嫌い?)

『どちらかと言わなくとも嫌いです。

 好きになる要素がありましたか?』

(ないけど、強い憎しみみたいなのを感じたから)

『……それは、ええ、失礼しました。

 ですが、どうしても爵位を持つものは』

(苦手?)

『ええ、造物主を苦しめたものは爵位持ちでありましたから、そもそもいい感情はあまり。

 いえ、全ての爵位を持つものを憎むような態度はよくありませんね。

 少なくともジョター男爵は嫌悪の対象であるのは変わりませんが』


 単純で扱いやすいのは可愛げがないわけじゃないが、オレにとっても好む相手ではない。

 だが、気分良く口を回している今こそ、もう少しだけ喋らせないと。


 シェルンが根っこ鈍器を振るっている音は少しずつ近づいていた。


「で、その体は男爵家のお力なんだ」

「そうだ この偉大で 美しき肉体は 我が友サリヴァン男爵家の 秘術。

 我が友は 命を補強する力であると 言っていた。

 この神秘の力は それに留まらぬ 偉大なものだ。

 ああ サリヴァン。我が友は 謙遜がすぎる」

「命を補強しようとした結果、獣になったってわけ?」

「獣になればわかるぞ。

 獣の体力と命は まるで 永劫だ」


 がりりと音を立てて餌となってしまった護衛の頭を齧りながら云う。


 ───────────────────────


 よっす。


 姐さんと旦那を待つばかりのオレだぜ。


 いや、正確にはオレたちだって言うべきかもしれないが。


 いい感じに引き付けてくれている少年。

 だが、まだだ。

 あと少し時間が欲しい。

 姐さんはこちらへと走ってきている。

 旦那はカシラに止めを打ち込んでいる。


 なにか、少しでも時間稼ぎができること……。


「言葉を尽くすと 腹が減る」


 会話の時間稼ぎはここまでか。


「話は これで終わりぬ。

 我が 食事と なるがよい」


 会話の終わり際にオレは上着を投げつける。

 威力など必要ない。

 正確に言うなら、オレの出せる威力じゃこいつをどうすることもできない。


 投擲することに影響を与えるオレの技巧は、単純な破壊力を発生させることを目的にすることは少ない。

 結果として賊の頭を陥没させたりすることはあっても、そのために投げているってわけでもないのだ。


 技巧の名前にある通り、投擲の技巧は『投げる』ことに特化しているものだ。

 印地はその中でも特に習熟しているのと、石礫が獲得しやすいから好んで使っているに過ぎない。


「こ ざか しいッ!」


 苛立たしげに上着を払うと同時にオレは再び茂みへと走る。


 以心伝心。

 少年もまたオレとは別の茂みへと飛び込む。


 どこへ行ったのだと揺れる、二つの茂みを睨む。

 これでまた一瞬を稼ぐことができた。


「ちょこまかと 本当に ネズミの如き連中だ!

 不快だ 不快だ 実に不快だ!

 我が胃に収まらせねば 不快感は取り除けぬ!」


 ご自身で仰っているように、獣そのものだな。

 人間だった頃は服装と言葉遣いで取り繕っていた部分が剥げた今こそ、これがコイツの本性ってわけだ。


 もっと稼ぎたかった時間を簡単に稼ぐ手段、つまりお話の時間は終わった。

 最低限稼いだ以上は、次はより効率的に戦いを展開させる状況を作る。


 ここでの効率性は姐さんと旦那をジョターにぶつけること。

 つまりは、そちらに進ませればいいってことだ。

 ただ、今のジョターはそちらには向かうまい。なにせ餌が二つ眼の前にある状態だ。


 印地をぶちくらわせば多少はこちらに意識誘導できるかもしれない。

 ただ、致命傷っぽいのから立ち直っているのを見るとなあ……。

 オレが幾ら投石ぶつけたって意味あるのかって思っちまうんだよな。

 当たったら相手がおっ死ぬような不思議な石とか転がってねえかな。


 と、考えた矢先に足元に転がっていた石が望外の喜びを与えてくれる素材であることに気がついた。


 わざとらしく揺れる茂みに目を奪われるジョター。

 少年が危険を承知で揺らしているのだ。

 そのわざとらしさがジョターの警戒心を買っているが、それでもいい。


 息を吸い、集中し、狙いを予測する……。

 茂みから立ち上がり、予測との誤差を瞬時に修正し、気を吐くように叫ぶ。


「オッホエ!」


 ありったけの気合と技巧を込めて、印地を放つ。


「来ると 思っていたわ 愚か者めが!」


 相手の背に対して投げつけるも、オレの掛け声で察知したジョターは不意打ち同然の投擲を拳で打ち払う。


 不意打ちに失敗した? いいや、これでいいんだ。

 普通の石ならば払われて終わりだが、オレが手に取ったそれは一味違う。


 拾い上げたのはギリギリ石と呼べるかどうかの実に脆い作りのものだった。

 投げるにしても技巧がなければうまく勢いを付けられなかっただろう。


 速度は出た以上は相手からすれば今までの投擲となんら変わりのない。

 違いがあるとするなら当たったところでいささかの痛痒も与えられないことだが、ジョターは投石をブチ当てられてひどい目にあっているからこそ、反射的にそれを払うだろうと予想した。


 避けられる可能性もあったが、力を誇示したさそうな男爵であれば払い除けてアピールするだろうと踏んだところもある。


 そして、オレの予想通りに石を拳で打ち払った。

 だが、それはあっさりと砕け、粒子状の細かい破片へと一瞬で姿を変える。


「お おのれ」


 粒子が獲物を追おうと開かれていた目に入る。反射的に顔をも背ける。


 それを待っていた。


「小賢しい 小賢しい……。

 許さぬ 決して許さぬ」

「……──」


 憎々しげに茂みを睨むジョターの背後に巨躯が立っていた。

 怒りに支配されているせいか、それに気がつくのに一瞬遅れた。

 それがジョターにとっての命取りだった。


 ようやくの再会に何段階かで水をさされた姐さんはいつものような多弁さはない。

 それが返って彼女の怒りの深さを示しているようだった。


 大きく振り上げた根っこ鈍器を力の限り振り下ろす。

 その一撃はジョターに当たる前に空気そのものを割ったかのように破裂音を響かせた。

 次には打撃音と水音。


 体の半分近くをえぐり取られながらもジョターは後退し、状況を掴む。

 常ならば即死してもおかしくはない損耗も治癒因子が命を繋ぐ。


「ごあ ぎい ぐぐ……」


 痛みによってではなく、発生するべき器官の一部が破壊されたせいで呻くような音しか出せないのだろう。

 だが、治癒が完了するよりも先に深緑の肉弾が凄まじい速度でジョターへと当り、

 体勢を崩させたと同時に鉄板めいた剣が突風のように何度となく振るわれ、まがい物の人狼を八つ裂きにする。

 再生は追いつかない。だが、それでもまだその肉体を生かそうと足掻く。


「ローグラム、これを!」


 少年がオレに向かって剣を投げ渡す。

 それを掴むと同時にありったけの力を込めて、


「オッホエッッ!」


 叫び、投げつける。


「男爵の命は 永劫。

 男爵の名誉は 永遠。

 男爵の権威は──ごぱっ」


 回転を帯びた剣が再生に足掻き、無防備となっているジョターの首を刎ねた。


「男爵は、男爵同盟は……」


 飛んだ首が断末魔ともつかぬ言葉を漏らし、やがて完全な沈黙へと行き着く。

 泣き別れになった胴体は流石にこれ以上命を繋ぐこともできずに、どかりと倒れた。


 勝った。

 これは、オレたち全員で掴んだ勝利だ。


挿絵(By みてみん)

お正月イラスト(イセリナ&シェルン)となります。

本年もよろしくお願い致します。


以下、御負ケ。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


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