103_継暦136年_冬/A08
よお。
文鳥迷路で情報収集をしようとしているオレ様だ。
確か三人の賊は『店主をギャンブルで負かせばいい』というようなことを云っていたけど……。
問題は聞くべきことがまだ纏まってないってことだよなあ。
必要な要素はルルシエット領のことだが、そこにいってどう仲間を集めるだの、なんだのって話になるんだけど……。
「あ、あれ?」
深く悩んでいるオレに対して向けられる声。
少女のものだ。
「ヴィルグラムさん……?」
名を呼ばれ、そちらを向く。
「やっぱりヴィルグラムさんだ……!
ひ、卑職を覚えてますか?」
首には冒険者の認識票。
服装は冒険者と泥臭い技術者の服装のちゃんぽん。
煤けた橙色の髪の毛に視線がいったりきたりしているのがわかる瞳。
オレは彼女を知っている。
「ゴジョ?」
「そうです、ゴジョです……!
卑職を覚えておられたのですね、よかった」
感動したと言わんばかりの態度を取る。
いや、そんな態度などという器用な真似ができる人間とも思えない。
本気で、全身でそれを現しているのだろう。
「妙なところで会うね」
「実は今の職場がここなんです」
「あー……役に立たなかったか、オレ様の認識票」
「とっても役に立ちましてございますよ。
その御蔭で冒険者になれたのです、ここで働いているのは依頼があったからなんですが──」
宿で働いているであろう人間が近づくと、彼女をこう呼んだ。
「社長、おかげさまで屋内農場の調子はばっちりです。
ありがとうございます」
「それはよかったです。
卑職の経験が生きるのは嬉しいですねえ」
ぺこりと頭を下げて従業員風の人物が去っていく。
「社長?」
「はい、この文鳥迷路の社長が今の卑職の立場です」
過労職から冒険者に、冒険者から社長に。
何年も経っていなかろうにどれだけ激動の日々を過ごしてきたのか。
それは彼女の口から聞かされることになった。
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話せば長くなりますけど、と言ったがヴィルグラムさんは聞かせてくれと仰る。
なのでここからは不肖、ゴジョの数ヶ月の間の激動の日々を振り返らせていただきます。
ぱちぱちと拍手をくださるヴィルグラムさんに感謝をしつつ。
迷宮から脱した後に向かったのはウログマの冒険者ギルド。
ヴィルグラムさんの仰るように説明をするとあっさりと店主さんは受け入れてくださって、新たな身分として冒険者の認識票を授けてくださいました。
冒険者になれたことをヴィルグラムさんに報告するためにウログマで待っていようかとも思ったのですが、
新人にもできる、簡単な配達の仕事があるから受けて欲しいと言われ、受け入れました。
殆どの冒険者は迷宮に向かってしまって雑事めいた仕事を受け入れているものが足りていないのだとか。
一方でとにかく生活基盤の安定をしたい卑職はこれに飛びつきました。
移動費は依頼者持ち、馬車で近隣の都市に向かい、配達して終わり。
帰りの馬車の代金を含めて報酬となっているけど、支払いは現地清算。
いいことずくめです。
ニコニコ現金払いが一番いいですからね。
「とはいえ、飛び入りの仕事で新人でも誰でも構わないからってことだ。
なにか裏があるかもしれないから気をつけてな」
店主の言葉に頷きながら、仕事を請けることにしました。
なりたての冒険者でも大丈夫な配達の仕事。
……配達なんてある程度信頼が必要そうなものですが、
その程度の品だったのか。
それとも裏があったのか。
この時点では冒険者のぼの字も知らない卑職には判断ができなかったのです。
さておき。
ウログマから乗合馬車を使って目的地へと向かいます。
特に問題もなく配達もあっさりと終わり、さて、これからどうしようかと悩みます。
配達先の街の冒険者ギルドはあまり大きくなく、仕事も少なかったのです。
卑職のようななりたてであれば更に仕事は少なくなる。
であれば、ウログマに戻ったほうがまだしも仕事にありつけそうだと考えていると、
「あんた、何ができるんだい」
冒険者ギルドで仕事が張り出されているボードの前で思案していると、ここの関係者らしきの方がそんな風に聞いてきました。
「卑職ですか?
ええと、なんでしょうね……一応、魔術とか儀式術とか、その辺りになるんでしょうか」
「なんとも自信のない言葉だなあ」
「自信があったらもう少し真っ当に働いてますよ。へへ……へへへ」
卑屈な笑いが漏れ出る。
「ま、まあ、これからの未来があるから」
曖昧未満の慰めの言葉を受け取ると、
「お嬢ちゃんがよけりゃ配達の仕事を受けてくれないか?
先も荷物を運んできたんだろ?」
そんな風に続けました。
「ええと、それは構いませんけど」
「ツイクノクまでだから距離はあるけど、その分弾むよ」
費用込みで大体これくらいの、と提示した金額はかなりのものだった。
「やります、卑職におまかせを」
お金は大事。庇護者のいない自分にとっては特に大事。
ただ、もっと大事なのはそのお金の出処と行き先が安全かどうかってことなんですけどね。
このときは目先のものに釣られてしまいました。よくない。
そんなこんなでお金と渡されたのは先程とおんなじ配達物でした。
同じような、とか、袋が同じ、とかじゃなくて、まるまま同じもの。
「あれ?
これって」
少し重さが変わっていますが、間違いなく同じものでした。
「順繰り順繰り回していく必要があってな」
「はあ……」
よくわからないが、こういう場合で深く聞いていいこともなかろうと判断した。
思えばこれも間違いだったなあ。
移動費や雑費込みの前金を受け取り、ツイクノクへと向かうことになりました。
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配達はできませんでした。
あったことを端的に言うと、馬車が襲撃された。
どうやらウログマの配達の時点から付け狙われていたらしく、ツイクノクへの道中で馬車ごと襲われました。
私が世間知らずなお嬢様であれば襲われたままどうにかなっていたかもしれないが、そこはど田舎生まれの雑草根性持ち。
自分に自信はないが、生き意地だけは人の十六倍はあります。
馬車が襲われかけたときに魔術を幾つか組み合わせてその場を逃げました。
ちなみに馬車はグルだったらしく遠目から見た感じでは被害者はゼロ。
道なき道を突き進んだお陰で追いかけられることはなかったものの、問題はそのあと。
逃げた先はどこからも遠い辺鄙な場所でした。
もう諦めて草木を頼みに寝床を作り開拓者にでもなるしかないのか、そう考えながら藪を漕いでいたところに現れたのがここ、文鳥迷路でした。
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その頃も今と外観は変わっていませんが、客層は少し悪かったかもしれません。
私が入ってくるとちらちらと見られたのは田舎者のオーラがすごかったのか、それとも婦女子が一人こんなところに入ってきたからか、
それでも迷宮で無茶な勤務をさせられていたときに比べればなんてことありません。
もう深夜に迷宮の不具合で叩き起こされることもないのです。
この程度の視線がなんだというのでしょうか。
「あのお、すみませ──」
「今勝負してる最中だから後にして!」
カウンターにいる店主らしき人に声をかけようとしたらこの始末です。
客と紙を使った遊びをしているようでした。
紙には幾つかの数字が書かれています。
見ているだけでなんとなくのルールはわかりました、そして、店主さんが弱いことも。
散々に負けて、
「よっし!これでツケはチャラだな!」
「ぐごご……これが証文だ。もっていってくださいよ」
人間というのは顔を見れば大体どんなものかわかります。
この店主はギャンブルに目がない、そして熱くなりやすい。
彼らがやっている間に卓上に置かれていた冊子を見て、ゲームルールも大体把握しました。
「店主さん」
「ん、ああ。先程の。失礼しました。
何か御用で」
「勝負しませんか」
「勝負?」
「これで」
どうやら貸出用の紙の束が幾つかあり、その一つを指して言う。
負けが混んでいる彼であればカモにできそうな田舎娘を相手にしたくもなるのではないか。
「卑職が勝ったら何かお仕事を斡旋してほしいのです。
負けたら、こちらを。
賊たちが走る馬車を襲ってでも欲しがるような逸品です」
「中身は?」
「開けてないのでわかりませんが、冒険者が私に託したものですから価値はあるんじゃないですか?
初心者相手なんですし、勝って確かめるくらいの度量があってもいいと思いますけど。
あ、もしかして負けるのが怖いんですか?やる前から?」
「上等ですよ、やってやりましょう!」
彼は恐ろしく熱くなりやすい方でした。
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「一発でした」
このゲームのルールは多少複雑ではありますが、初心者用にと置かれていたルールブックのお陰で理解はすんなりとできました。
こういうマニュアルを見て把握するのは得意中の得意です。
私が『一発で』としたのは、紙束の中にある一枚で、使えば勝利が確定するものです。
本来であればちまちまと勝利の手順を作らねばならないのですが、これだけは特別だそうです。
本来は決めきるのが難しいものですが、徹底的に店主の行動を阻害し続け、グダついたところであれば狙えます。
「どうします、店主さん。
負けが混んできちゃいましたけど」
「ま、まだだ。まだやれる……」
既にお金は潤沢にいただけています。
正直、数ヶ月なら暮らしていけそうです。
周りの従業員や、ここに詰めているお客さんも人垣になって私たちの勝負を見つめていました。
とくに従業員は不安そうです。
そりゃそうですよね。こんなギャンブル狂いが自分たちの雇用主なんですから。
なんとなく迷宮で働いていた自分を思い出してしまいます。
「どうでしょう、ここらへんで勝負を大きく張ってみませんか店主さん。
ウォーミングアップは十分でしょう?」
「大きくって、どのくらいに」
「今までの五倍ではどうでしょうか。
一度勝てば卑職が勝った分は全部取り返せますし、卑職からしても今までの分が倍になると思えば嬉しい気持ちになります」
ぎりりと歯を噛み締めて、彼は悔しげな視線を私に向けます。
「も、もう勝つつもりでいるのか……ニュービーのくせに!」
「そのニュービー相手に負けたまま終わりにするなんてのはないですよね?」
「上等だ!」
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「一発でした」
またかよ、って言いたいですか?
またかよなんですよね。
あれから五倍にした勝負が続いて、店主の払いがとんでもない負債になっています。
返せるとは思えません。
でもまだまだ止めるつもりはないみたいです。
「はあ……はあ……。さ、三十年分の稼ぎが……」
流石に可哀想になっています。
けど、勝てるときに勝っておくべきですよね。
「どうします、まだやりますか?」
「当たり前です! ……だけど、もう賭けるものが……いや、一つあるか……」
「なんです?」
呼吸を整える店主。
意を決したように。
「こっちが勝ったら今までの負けの分はチャラにしてくれ! 仕事はなにか探すから!」
「卑職が勝ったら?」
「み、店を賭ける。どうだ」
お店を賭けられて、勝ってもどうすればいいかはわかりません。
けど、負けても仕事はいただけるし、請けない理由もありません。
「では、続行です」
聞きようによっては冷酷この上ない言い方だったかもと思わなくもない。
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彼女──ゴジョがいかにして社長になったかの内容は激動の日々ではなかったものの、
激動の一日ではあったようだった。
「そういうわけで、お店は卑職のものになったんですよ」
「……店主の道徳はどうなってんの」
ゴジョと話し込んでいると机に甘い匂いが立つお茶が二つ出された。
彼女は出した人間にありがとう、と彼女のやる馬鹿丁寧ではない対応をしている辺り、従業員なのだろう。
「いやあ、元々の店主も逃げてなし崩し的に店主に据えられたようなもんでしたから、
こうして受付やってるくらいが身の丈にあってますよ。
あれだけ負けたのもあってギャンブルからも足を洗えましたから、感謝しかありません」
それからというものゴジョは今までの経験と技術を活かして、文鳥迷路の修繕と補強を仕事としたらしい。
いつも温かいお風呂に、清潔なトイレ、巻紙は常に完備。
屋内農場も作り、ちょっとした家畜も飼っている。
客層を選ぶ訳では無いが、便利さと安さによって冒険者たちがたまり場に選ぶようになったこともあって治安も回復しているらしい。
普通の賊であればオアシスにはなり得ないが、あの賊三人組くらい温くやっている連中であれば確かに居心地はよさそうではある。
「ゴジョ、頼みがあるんだ」
「卑職にできることなら、なんでも」
情報収集のツテだけじゃない。
そもそも何を調べるべきかの相談相手をアルタリウス以外にも得られたのは大きい。
『情けは人の為ならず、ですね』
アルタリウスはそんな風に状況を表した。
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「情報収集、ですか」
「何からするべきだろうかって思ってさ。
最初はここの店主、いや、元店主にギャンブル吹っかけて負かせて情報取ればいい、って言われたんだけど」
「流石に足を洗ったそうですからね」
どうなのかという追求をして足を洗っていなかったら話が違う方向に転がりそうなので、ここは黙っておこう。
「預かっていた手形はルルシエットのものだったのですよね?」
「みたいだよ」
「ううん……。
最近、あの辺りは賊の出現が多いみたいですから徒歩での移動は危険かもしれませんよ」
ウォルカールさんはルルシエット領のどこかに向かうことをおすすめしてくれたわけだし、
それに乗りたいところではあるけど。
「それでしたらペンゴラではいかがでしょうか」
元店主が横から提案をする。
「ペンゴラ、ペンシク、ペンダム。
ルルシエットの似た名前を持つ衛星都市の一つです。
ここからならペンゴラが近いのもありますが、比較的安全な道ですし、探せばこの宿からペンゴラに行く商人を見つけられるかもしれません」
「探しておいてもらってもいいかな」
ゴジョも人を使うのがうまくなっているようにも見える。
一人で引きこもって作業させられる方が向きなのかと思ったけど、そうではないらしい。
店主はかしこまりましたと頷き、この場を離れた。
「それにしても仲間集めですか……。
何をなさるつもりなのですか?」
説明をするべきか悩むが、黙るのも違う気がする。
ゴジョはオレに力を貸してくれているのなら、オレも隠し立てすることなく伝えるのが義理だろう。
ウォルカールさんに語ったのと概ね同じことを話す。
そして、最終的な目的は──
「トライカを解放、ですか」
「結果的にはそうなると思う」
難しい顔をするゴジョだったが、意を決したように表情を改める。
「その、卑職も手伝えることはありませんか?」
「手伝ってくれるなら助かるけど」
「社長、浄化槽の増設の件なのですが」
別の従業員の言葉に困ったように視線を向ける。
「ああ、申し訳ないです。
お客様とお話中でしたか」
「いや、いいんだ。
ゴジョ。酷使されるばかりの迷宮とは違う。
ここはゴジョがいて、この場所足り得ているんだ。
手伝ってくれるのは嬉しいけど、折角手に入れたものを投げ出してまでするのは違うでしょ」
困った表情でも浮かべるかと思ったものの、ゴジョはまっすぐに視線をこちらへと向けた。
泳ぐ視線ではない。
それには明確な意思力があった。
「わかりました。
ある程度不在にしても大丈夫にしてから、必ずヴィルグラムさんのお手伝いをしに伺います」
『そういうことじゃない、と言いたいところでしょうが……。
よかったですね』
(何がさ)
『どうあっても孤独な戦いにはならなさそうですから』
確かに、少し救われた気持ちになった。
アルタリウスにも、ゴジョにも吐息の一つでも漏らしたくなる。
実際に漏れ出た吐息は自分が案外寂しがりだったのかという自覚と、自虐的なものだった。
「わかったよ、ゴジョ。
そのときが来たら、力を貸して」
「はい、必ず」




