第六章 14 『強者』
「皆さん超絶注目試合です!! 初戦では圧倒的な格の差を見せつけた、ノクト・レクネシアVS異例の速度でアイズ階級に到達した噂のガーディアン、レナ!!」
「いよいよ彼が出てきたね」
「ああ、噂と剣聖様の評価が真実かどうか、お手並み拝見といこう」
二人は立ち上がると戦闘が良く見える位置まで歩いていく。
「アイズ階級か、階級的には僕と同じか。まあでも、セカンドがあれじゃ、期待できないなぁ」
ノクトはレナを前にぶつぶつとそんなことを呟く。
レナは思考を巡らせながら、ノクトの様子を捉えていた。
明らかに油断している。合図と同時に切かかることで決着をつけることは可能だ。だが、それではダメだと感じた。その程度ではノクトと言う男の性根は変わらない。きっと今までに余裕で勝ち続けてきたというプライドが、彼を彼たらしめているのだろう。だとすれば、全力を尽くしても負けたという事実でしか彼を変えることはできない。
レナは目を閉じ合図を待つ。
その瞬間を観戦する者達も息を飲んで見守っていた。
「──開始!!」
レナはノクトの様子をゆっくりと眺める。どうやら既に以前目にした強化魔法は行使しているようだ。
「なんだ、バカみたいに突っ込んで来ないのか? まあ、初戦を見ていれば警戒もするか」
余裕綽々で話すノクトの言葉をただ無言で聞くレナ。
無視しているわけでは無いが、何の反応も示さないレナに対し苛立ちを感じたのか、
「何かい……」
言いかけた言葉をレナは遮った。
「君は何のために戦う?」
「口を開いたと思ったら、いきなりなんだ? 何のためだって? 僕は戦う"力"を与えられて生まれた。持つ者が持たざる者の為に戦うのは当たり前の構図だ。ただそれだけのこと」
「そうか。君の言う持たざる者とは"魔法"を行使できない者のことを言っているのか?」
「僕達にとって"与えられし力"は神から授かりし恩恵でもあり、神に認められた事を意味する。つまり、言うまでもなく君達とは生物としての格が違う」
「なるほど。聞いてみたら何か分かるかと思ったが、やはりオレにはよく分からないな。フェルズガレアでは力が無ければ生き残ることさえ厳しい。生きる為に生まれた時点で"戦う使命"を刻まれた者もいる」
「それがどうした?」
「やはり無駄か。どうやら言葉では伝わらないらしい。──仕方ない、全力でかかってきな。君の土俵で戦ってあげるよ。君が蔑んだ存在がどのような世界で生きているのか、教えてあげよう」
レナは呆れたように言うと、ノクトはプツリと表情を変貌させ、
「なんだと? 調子に乗るのもそれくらいにしとけよ、ステルファ風情が」
「──遠慮しなくて良い。全力で来い」
「──グラン・セレステラ」
ノクトが詠唱すると、地面を超高速で走る巨大な光の斬撃がレナに向かう。その斬撃は、光魔術のどれよりも比較にならない程に早い。並の使い手であれば、反応もできないだろう。
にもかかわらず、レナはその斬撃を『──遅い』と感じてしまった。大量のメルゼシオンが放った光線を尽くを両断することに比べれば、容易いことだった。
刹那の間、レナは剣を握り魔力を込める。
そして斬撃を切っ先で突くように、
──パリンッ。
巨大な光の斬撃はまるで薄氷のように砕け散る。
理解の追いつかない光景にノクトは一歩後退る。
「はあぁぁあぁ//// なんだあれはっ……!! 神の爪痕を粉砕しただとっ!?」
興奮するミシェルを横目に、またか……と呆れ気味のロゼリア。
「落ち着け。それより神の爪痕とは斬撃の名か? 随分と大層な名前だな」
「……コホン。特殊な類の魔法だからそのような呼び名もあるんだ。最上位権限以上に行使可能な魔法"グラン・セレステラ"、最上位権限では一本、その上は三本、更に上は七本。七本ともなれば、その一撃は神にも届くと言われている」
「なるほど、それにしても普通魔力の塊を通常の剣で粉砕するとは……」
「ロゼリアにはできるかな?」
「粉砕は無理だろうな。だが問題ない普通に受け止める」
ロゼリアは少し悔しそうに言い切った。
そんな様子を見てミシェルは「やはり君も興味がある」と微笑んだ。
わけも分からず思考停止しているノクトにレナはゆっくりと距離を詰める。
「君は騎士団に入りたいんだろう?」
「…………」
「という事は剣聖は君の目指すべき高みでもある。以前に剣聖の一振を見たことがある」
「……なに……を……」
「君は彼女がどれだけ高みにいるのか、その心も、技術も、才能も、その一端でさえ知らない」
「……だから、そのほんの一欠片を君に教えよう」
レナは剣を構えると、小さく息を吸い込む。
そして、流れるように自然に剣を振るった。
あの時、目の前で剣聖が一撃でメルゼシオンを消滅させた光景を転写するように。
──シュッ。
切っ先は空を切ると同時に極大の斬撃を生み出した。
それはまるで、"剣聖の一振り"のように。
"神の爪"が可愛く見えるほどの異次元の一撃。
見るもの全てが、視覚的に理解してしまうほどの光景がそこにあった。ノクトは転移と同時に失神し、会場は歓声では無く沈黙で満ちていた。
ロゼリアも言葉を失っていた。
ミシェルは興奮すると思いきや、今度は黙り込んでいた。不審に思ったロゼリアはゆっくりと顔を覗き込む。
「……ダメかもしれん」
顔を真っ赤にしたミシェルは騎士とは思えぬ高めの声色でポロリともらす。
「……は?」
「あ、あんなの……反則だっ、ずっ、ずるいもん……」
「どうした? ついに壊れたのか?」
「……惚れちゃった」
「……は?」
ロゼリアは理解できない生き物を見るように。
「だ、だって!! 私だって年頃なんだぞ!! 女なんだぞ!! 自分より強くて守ってくれるような存在。私にとってはいないに等しいんだ!! 仕方ないだろう!!!!」
子供のようにギャーギャー喚く剣聖。
「確かに驚いたが、そこまでか……? あの斬撃程度までなら私でも何とか耐えられるぞ……」
ロゼリアは宥めるようにそんなことを言う。レナの一撃は確かに一般的には異次元だ。だが、正直なところミシェルの過大評価を超えたものではなかったからだ。
「ロゼリアは何を言ってるんだ?」
「……?」
「──レナは手持の剣が壊れない程度に調整した魔力を込めて、軽く剣を振るっただけだぞ?」
その言葉を聞いた途端、一気にロゼリアの身体を寒気が襲う。
感じていた違和感が解消され、本能的に強者に対する"恐怖"が芽生えたのだ。
「……彼が悪人で無くて良かったと、心から思うよ」
ロゼリアはそう呟くと脱力したように座った。
剣聖の皮を被った一人の乙女は、ガラスに張り付くようにレナの姿を目で追うのだった。




