第五章 9 『純粋な心』
リアはアウレオを優しく包んでいた。
儚くも崩れ落ちそうなその身体を。
その光景を見たアステリアとハルモニア驚きよりも先に身体が動いていた。
立ち上がると同じようにアウレオを優しく包み込む。
ルミナは意表を突かれた表情をするが、遅れて三人に寄りかかるように肌を寄せた。
「……何故じゃ……わしは特定の感情を強制するようなことはしておらんぞ……あるのは自由意志のはず……なぜじゃ……」
枯れ果てたはずの涙が込み上げていた。
ヒトの"心"を創造してしまった賢者は、何百年経った今も心を理解出来ずにいた。
「自由意志があるから、こうしているのです。"自由意志"があるから、こうすることができなかったのです」
ハルモニアは切なそうに告げる。
クラリアスの創造者たるアウレオはなぜクラリアスに自由意志を持たせたのか。
量産モデルのクラリアスを戦闘兵器として扱うのであれば、"心"は必要でも"自由意志"は必要ないだろう。
アステリアの本意じゃないと言う言葉。
アウレオの好奇心だけでヒトの心を弄んだと言う言葉。
アウレオ・アルヴァイスは一体なぜクラリアスを生み出したのだろうか。
静寂の中、少女達とその創造主は肌を寄せ合わせていた。
「……もうよい……ありがとう」
アウレオが小さく零すと少女達は元の場所へ戻る。
「すまぬ。わしが知っている限りの真実は話そう。なんでも聞いてくれ」
「話が逸れちゃったけれど、私はリゼのことを意図的に編成に入れたと思ってたんだ。そして、アウレオが──」
アステリアがキリッと睨む。
話が進まなくて面倒だと思ったルミナは訂正して続けることにした。
「アウレオ"様"がリアとレナの護衛をさせ、意図的にリゼを護衛対象から外したと思ってた。だって、アウレオ様は当然リゼのこと知っているでしょ? 不本意だと言うならば、なぜ一番護衛すべきリゼを護衛から外したのさ」
聡いルミナの発言は的を射ていた。
「すまない……ルミナの言う通りじゃ。今回の探索はリゼが同行することが自体が目的だった。メルゼシオンの襲来は予測もしていなかったが、それを差し置いても探索の最中リグモレス第二領域にてリゼの身に危険が及ぶことは予想出来た。リゼの身に危険が及び、リアが『覚醒』することが目的だったのじゃ。無論、わしはリアが覚醒する事はフェルズガレアにとっても、リア自身にとっても良い事だと思っている」
その言葉を聞いたルミナは怒りの表情を露わにするが、
「じゃが、リゼの身を危険に晒した事による"負の感情"によりリアが『覚醒』することを、このわしが望んでいる筈がない。学院へクラリアスの技術提供をした時もそうじゃ。その判断は全て、クロスティア学院の学院長であるアスタロテ・ランヴェレダードが行っている」
ルミナの怒りの矛先は今はいないアスタロテに向かうが、アウレオは続けた。
「わしがアスタロテの意見に賛同できなくとも、協力するのには確たる理由がある。異能の才覚であれば、わしはあやつより優れているだろう。しかし、頭脳ではアスタロテの足元にも及ばない、そう知っているからじゃ。もし、あやつがフェルズガレアに存在しなかったとすれば、──フェルズガレアは今頃、ヒトの住める環境では無くなっていただろう。手段は冷酷無慈悲かもしれぬ。だが、今回も全員生き残った。それは結果論じゃ。しかし、その結果をもあやつは予測している。正直なところ、わしにも理解出来る領域にない」
ヒトの心を創造し、不老の肉体を持ったアウレオにそこまで言わせる存在とはどれほどの者なのか。
レナ達に理解出来る日はきっと来ないだろう。
「リアが覚醒することが良い事だと言ったけれど、それはどう言う意味?」
「ルミナよ。ラクリマは顕現できるか?」
「……上手くできないけれど。」
「覚醒とはアステリアの言っていた、リアの人ならざる姿へ変質することを指す。ラクリマを顕現できることは、覚醒する事の最低条件なのじゃ。クラリアスの覚醒した"人ならざる姿"とは、わしがクラリアスを生み出し理由でもある。──それは神にも近しい存在。神を身に宿した存在『アマデウス』。わしはその姿を五百年前程に見た事がある。それはアルティセラ大森林内部、今はエリュカティアと呼ばれている場所、そこでわしはとある少女に出会った。純白の髪に、白い肌、薄紫色の瞳。今でも鮮明に覚えておる。わしは見た瞬間、その者を神と錯覚したのじゃ。異能、そしてレリックを参考とした魔道具の研究をしていた当初のわしは、その存在を"創りたい"と思ってしまった」
神と錯覚した対象を自らの手で創りたいと思ってしまう賢者は、やはり普通の感性を持ち合わせてい無いのだろう。
だが、全く理解出来ない話ではない。目の前に美しい光景が広がっていたら、それを描きたい、自らの手で表現したい、という感情は理解できる。
「ちょっと待ってください。アウレオ様には感謝しています。けれど、私は人ならざる者になることなんて望んでいません」
「分かっておるとも。故にリアは一時的に覚醒したものの、今はその時のことを何も覚えていないのじゃろう。リアが完全なアマデウスとして完成しようとしなくとも、わしはその意志を尊重しておる。だが、それがクラリアスの行き着く完全な姿でもある。という事実は揺るがない」
結局のところ、創造されたと言う事実は揺るがないと言うことだ。
だが、それが良いか悪いかは別の話である。
空白の時が流れると、レナは何かに気づいたように、
「ちょっと良いか? アウラが話したがっている」
アウレオは「アウラ……もしや風の大精霊か?」と、目を見開く。
優しい風が通り過ぎるとアウラはレナの後方に姿を表した。
ソファーの背もたれと丁度それくらいに位置するレナの肩に肘をつく。
「話は聞いておったぞ。お前はアウレオ・アルヴァイスじゃな?」
「そうですとも。風の大精霊様、お初にお目にかかります」
アウレオは姿勢を正し挨拶をする。
お初にお目にかかりますと言っているが、何百年も生きていて会ったことが無いのだろうか。
「わしは会いたく無かったがな。この変人め」
会ったことがない理由が判明した。
アウラが自分から近づこうとは思わない存在だったのだろう。
「大精霊様にそう言われると大変恐縮ですな」
「褒めておらんわ!!」
アウラはコホンと咳払いすると話始める。
「アウレオが神と錯覚した少女の事だが、わしは知っておるぞ」
──カチャンッ、アウレオが勢いよく立った衝撃で、ティーカップが音を立てた。
「落ち着け、何年生きてきたんじゃ。子供じゃあるまいし」
「し、しかしっ、大精霊様。その者とは一体何処に、何処におられるのですか?!」
アウレオは縋り付くように声を絞り出す。
「会って、おぬしはどうするつもりじゃ?」
「わしは……会って……聞きたいことはある。否、言い訳かもしれぬ。ただ……ただ、会いたい。そう思っておる」
「……素直じゃな。五百年を超える年月を生きてなお、純粋な心を持ってるおぬしはやはり変人で異常だ。でも、まあ悪くない。教えよう」
五百年も生きた者の心がどのように変化していくのか、レナ達には知る由もない。
アウラの言うように、ヒトらしい純粋な心を維持することは不可能に等しいのかもしれない。
だからこそ、今も過去の過ちに縛られ続けながらも、前に進もうとするアウレオ・アルヴァイスは"異常"であり"正常"なのだ。
その正常さこそ、ヒトの心を創造してしまったアウレオの本質なのかもしれない。




