第三章 8 『裸のつき合い』
レナが男風呂に向かう途中、既にアルテミシア達は脱衣所にいた。
あらゆるものが自然に存在するもので作られているが、魔力と精霊の力によりその生活水準はリセレンテシアに引けを取らない。
それは、精霊と共存する魔力適正が高いエルフだからこそ実現している生活体系である。
リアとルミナが服を脱いでいると、猛烈にアルテミシアからの視線を感じる。
同性といえど、そこまで観察されると恥ずかしい。
なにかおかしなところでもあるのだろうか。
リアはドキドキしながら下着に指をかけると、アルテミシアがずいっと寄ってくる。
「あのっ……なんですか……?」
「いや……ね、美しいなと思ってね。私が今まであってきたクラリアスも当然美しいと思ってたが、心の色が見えなかった。私の見る目が無かっただけなのかもしれないが。だが、君達は違って見える。見た目はもちろん、その心が美しい。見ていると吸い込まれるような気分になるんだ。いいや、すまん。こっちの話だ、不快にさせていたなら謝ろう。」
作り物であるはずのクラリアスの心が美しい。
文字通りの意味であるなら理解ができない。
アルテミシアは心の色と言った。それがただの比喩であるようにも思えなかった。
「……いや、不快とかじゃないんですが……あまり見られると恥ずかしいので……」
「それはそうだ。裸をまじまじと見られたら恥ずかしいに決まっているね」
アルテミシアは「迂闊だった」と、頬を掻きながら答えた。
◇◇◇◇◇◇◇
リア達は身体を流し、湯に浸かっていた。
気を抜くと目が閉じてしまうほどほど心地良い。
「なんだかアストルムの露天風呂に似てるねー」
ルミナは足をバシャバシャしながら辺りを見渡す。
既視感のある岩盤で作られた大きな浴槽。ただ用途を満たすだけの簡易的な浴槽とではまるで違う。
「良くぞ気づいた!! 何を隠そう、アストルムの露天風呂は私が作ったのだ!!」
アルテミシアは待ってたかのように──パシャリ、と姿勢を起こし言い放つ。
そして、再び緩んだ表情で湯に浸かる。アストルムにこれだけの環境を再現したのだ。相当なお風呂好きらしい。
「なるほど……それにしてもあれを作るって……すごいですね」
リアは常に浴槽に注がれる湯を観察しながら、感心したように呟く。
「リセレンテシアは便利な道具がたくさんあるからね、お金はかかるが、ある意味簡単だったぞ。それにアストル厶は温泉を引いている。その点はここのお風呂より優れていると言える。本当はここにも温泉を引きたいものだが、地中に穴を開けるのは骨が折れるし、あまり褒められたものではないのでね」
褒められたものではないというのは、精霊に関することだろう。
環境破壊とまでは言わないが良くは思われない、というニュアンスだろうか。
「で、それはさておき、今は女子しかいないね。そこで、私はリアに一つ聞きたいことがあるんだ」
アルテミシアは真剣な眼差しでリアを見る。
「何でしょうか?」
「君はレナ君のことをどう思っている?」
「──っつ?!」
呼吸の途中でリアは咳き込む。
あまりにも突飛な質問だ。真剣な眼差しでする質問ではない。
「その反応……やはり、何かあったのかね? 私で良ければ相談にのるぞ」
絶対に言いたくはない。
だが、言わないとしたらどう言い逃れしたら良いのだろう。余計に誤解されるような気がした。
リアは渋々と、
「……実は、以前にアストルムの露天風呂で……私が時間を間違えて、レナが入ってるお風呂に気づかずに……」
「「──っつ?!」」
今度はルミナとリゼが咳き込んだ。
予想外すぎる回答。そんなことが知らずのうちに起きていたとは。
アルテミシアはと言うと、水面が激しく揺れるほどに爆笑していた。
「ふふっ、何それっ、可愛すぎるっ。なんでっ入るまでっ、気づかないのっ!! 意味わかんないっ!! っぶっふぁぁ!!」
アルテミシアは壊れてしまったようだ。
リアは恥ずかしさのあまり頭の中が沸騰しそうになる。
そして、──プツリ、と何かが切れた気がした。
リアは勢いよく立ち上がると真顔でラクリマを顕現し、切先をアルテミシアに向けていたのだ。
アルテミシアはピタリと冷静になり青ざめる。
「おっと、失礼。誰にでも失敗はあるものだ。なんかレナと色々あった原因がわかった気がするよ……」
アルテミシアが冷静に言うと、リアも我に返ったようにラクリマを消滅させる。
「ま、まあ、レナはあの様子だ、おそらく何も気にして……」
恐る恐るリアの表情を窺うと、唇を噛んでいた。
ご立腹のリア様はそれもお気に召さないらしい。
「で、でも、リアが間違えちゃったのは置いといても、レナのことでリアがここまで感情的になるってことは、あの……言いにくいんだけれど、その……す、すきって事じゃないの?」
リゼが真に迫った一言を放つ。
アルテミシアは制止したまま眼球だけでチラッとリアを見る。その様子を見たリゼはハッとして静止する。
その様子は、もはや爆弾処理班である。
暫しの静寂が広がる。
先程まで音を立て揺れていた水面は嘘のように止まっていた。
アルテミシアとリゼは、次はお前だと言わんばかりにルミナに視線を送る。
爆弾に火種を投げまくった挙句それは無いだろう。
ルミナはゆっくりとリアに近づき、
「り、リア……?」
紅潮して俯くリアを覗き込む。
「……ぅもん。」
「ん??」
「……ゃないもん!」
「なんて??」
「……好きじゃないもん!!」
「っあ、なるほどー、これは黒で──ッぐはっ!!」
ついに爆発してしまったリア爆弾。
ルミナは腹部を殴られた後方へ吹き飛ぶと、大きな飛沫をあげ湯に沈む。
「全く、ルミナはデリカシーが無い。なんてことを言うんだ。さ、そろそろ上がりましょうリア様」
アルテミシアは調子よくそんなことを言う。イラッとした。
「ほんとだよ。ルミナったら、そんな聞き方しなくたっていいと思う」
リゼまで調子に乗っている。すごくイラッとした。
二人はルミナを残し、リアを連れ湯から上がっていく。
「……覚えてろよ…………お前ら……」
ルミナは湯に浮いたまま、鬼の形相でリア達の背後を睨んでいた。
こうして、少し危険な裸のつき合いは幕を下ろしたのだった。




