第八章 1 『始動』
グレスティアの拠点にて、レナ達は動き出そうとしていた。
次々と現れた新たな事実を前に、足踏みしそうになるが、行動に移すしかないのだ。
ゼルグ・エインドハルグが信用に値する人物かは不明だが、自分のことを知ることは、今のレナにとっても、この世界にとっても、大切な人を守るためにも必要なことだ。
「実際に活動するにあって、拠点はここなのか? 来るだけで三日はかかるが……」
「リセレンテシア周辺にも仮拠点は存在する。が、移動が面倒なのは事実だ。転移を可能とする異能でもあれば楽なんだがなぁ」
ゼルグはレナに視線を移す。
事象改変の能力、いわば万能の力。不可能とは言いきれない。
「申し訳ないが、今この力を使う気はない。そもそも、何がどうなって使えるのかも不明なんだ。失敗したらどうなるか知らないぞ。ただ、アウレオに話を聞いてみるのはどうだろうか。以前、レリックを利用した特定の転移を可能としていた」
「アウレオ・アルヴァイスか……一度は会っておくべき人物だ。案内できるか?」
「あー……正直言うと、どうすれば会えるのか分からない。でも、多分会えると思う」
「なんだそりゃ、まあ良い。どちらにしても会う必要がありそうだ」
ゼルグは含みのある口ぶりでリアに視線を流した。
「サグラモール、リセレンテシア付近までこいつらも乗せていけ」
「はぁ…………そうなると思った。頼むから全員風呂に入ってからにしてくれよ。特にお前、臭うぞ」
オルティナ、またの名をサグラモールでありファフニールは、ゼルグを穿つように睨む。
何故かルミナが自分の体の臭いをチェックしていた。ルミナらしいと言えばそうだ。
グレスティアの拠点から出発。
オルティナは、人からファフニールへと姿を変える。その様子は明らかに異様だが、自然だった。異能でも魔術でも無ければ、魔法でもない。それがいわゆる"神器"の力でも無いことは明白だった。
丁寧に五人分の座席のようなものが背中に固定されていた。乗る際に、ドラゴンでありながらも少し嫌そうな表情を感じさせるが、所作に心づかいが現れていた。なんだかんだ、面倒見の良い性格なのだろう。ゼルグど上手くやっているのも頷ける。
全員乗ったことを確認すると、白金の大翼は金色の細かな光子を散らし飛び立つ。到底、翼の力だけで飛んでいるとは思えない。それ故に揺れも振動も少なく、乗り心地としては最高だ。
翼が風を切る音は僅かに。光の光子はキラキラと幻想的な音を奏でる。
「すごいな……ルドレイヴも速かったけれど、これは……」
レナは不思議そうに辺りを見渡す。ルドレイヴも常人には掴まっているのがやっとな程の速度で空を飛んだが、ファフニールはそれを上回る。
だが、体感速度は遅い。まるで時空か歪んだかのように。
「ルドレイヴだと? 随分懐かしい名だ」
中性的な澄んだ声が響いた。その声はオルティナの声に限りなく近い。脳に直接語りかけているように、発生源の分からない声。その声はレナ以外にも届いているようだった。
「オルティナか?」
「そうだ。この姿では正確な人語を話すことは出来ないからな。魔力で擬似的に音を作っている。それで、ルドレイヴとはどこで出会った?」
「ルドレイヴはシャナという精霊が呼び出していた。つまり、精霊なのか……?」
「シャナ……あの娘か。なるほど……そうか……」
オルティナの声は、どこか優しげに聞こえた。
「オルティナ?」
「すまない。こっちの話だ。ありがとう。良い話が聞けた」
少し内容は気になったが、聞くのは野暮だろう。レムゾルディアの件もある。きっと悪い話ではない。
「……オルティナ話を聞いても良いか?」
「ああ。レナ・アステルが記憶を取り戻す助けになるのなら私は助力を惜しまない」
「オルティナはドラゴンなのか?」
「私はファフニールだ。だが、歴史に語られる伝説のドラゴンと同一ではない。かつて、とある女性はファフニールの子をその身に宿した。子を宿すことができたのはファフニールの特異体質によるものだった。それは、人の姿になることが出来る特異体質。女性はドラゴンとの間に子を授かった。らしい」
「らしい?」
「よく覚えていないんだ。ファフニールがいつから存在して、今はどこにいるのも分からない。ただ、昔聞いたことがあった。私はこの世に生を受けてから気が遠くなるほどの年月を生きている。人として生きるには余りにも長い年月だ。だから、私はファフニールとして生きることを選んだのさ」
ドラゴン自体希少な存在だ。それに、人に変身することの出来るドラゴンなど、ファフニールの他にはいないだろう。
ドラゴンの寿命についても聞いたことがない。聞いたことがない、という事は寿命が存在しないという可能性もある。ドラゴンが精霊となることにも関係があるのかもしれない。
──寿命のない唯一の人間。
もし、そんな事実を知ってしまったら、自分は冷静でいられるだろうか。
「ありがとう。オレに何ができるか分からないが、できることがあれば言ってくれ」
「良いさ。私はサグラモールでもあるからな。やるべき事もある。そのためには、レナ。君には記憶を取り戻してもらわなければ」
オルティナは、優しげな声色で答えた。




