第七章 14 『フレアの魔眼』
火の大精霊、サラマンダーことフレアは、上機嫌でレナの方へ歩いていく。
「おい、フレアッ──」
アウラの静止をものともせず、レナの前に立つ。
桃色の瞳は、不思議とレナ達の視線を奪っていた。
「試すって、一体何を……」
急な話の展開に、レナはついていけていなかった。それはルミナ達も同じである。事情を知っていそうなのは、同じ大精霊のアウラだけのようだ。
「じゃ、いくわよ」
「──レナッ、目を見るなッ!!」
「──え」
アウラの忠告は聞こえていた。だが、既に遅い。目の前に立たれて、目を見るな、と言うのは無理がある。それに、どうしてだろうか。無性に視線が惹きつけられてしまう。
「──レナ、私のモノになりなさい」
フレアの桃色の瞳が煌めく。
何が起こったのか、よく分からない。けれど、眠りに落ちるように、意識が薄れていく。
◇◇◇◇◇◇◇
『──レナ、ちょっと、聞いてる?』
後方から、澄んだ少女の声がした。
少女の方へ振り返るが、蜃気楼に阻まれるような、モヤがかかって、はっきりと姿を認識することは出来ない。
セミロングの白髪に、エメラルドグリーンの瞳。肌は白く、声色は少しエリュシオンに似ているようにも感じた。
「君は一体……」
何かを忘れているような、そんな感覚が胸の奥に引っかかる。
『──私は、レナの味方だから』
少女は、近づき一言言い残すと、霧のように消えていった。
同時に、薄れていたはずの意識はゆっくりと覚醒する。
──────
「さ、レナ、それじゃあ命令よ。アウラとの契約を破棄しなさい。本来であれば、合意無しに契約の破棄はできないけれど、レナ、あなたの力ならできるでしょう?」
フレアは余裕の表情で命令する。
レナの様子を確認もせずに一方的に話を進める。
「──断る」
「──ッ?! どうして?!」
フレアは咄嗟に距離をとる。
ルミナ達は状況を飲み込めていないようだが、アウラは驚きを隠せずにいた。
「──ありえないっ。私の力が──」
「理由を聞きたいのはオレの方なんだが……一体何をしたんだ……?」
「フレアの魔眼は、魅了の力をもっておる。それも、異能の類とは比べ物にならない、特別な力じゃ。わしの事象改変の魔眼と同じようにな。つまり、フレアの魔眼を見た時点で、その者はフレアに隷属する。どんな命令でも拒否することは不可能になるのじゃ」
「試すって、そんなことをしようとしていたのか……精霊は世界の秩序を守るんじゃ……」
「ええ、そうよ。私のこの力も、そのための力」
さっきまでとは同一人物とは思えない雰囲気でフレアは答えた。
「レナ、あなたが"異常"であることに、大精霊の私が気づかないとでも思った? ああ、そこの君もある意味では"異常"だね」
そこの君、と視線を飛ばしたのはミシェルだ。
「君はあくまでもヒトの身だ。そして、常に精霊は君を避けている。理由は私にも分からないわ」
「精霊が私を……?……ふむ……」
ミシェル自身、いまいちピンと来ていないようだ。
「レナはそうはいかない。適正の高い精霊使いが"精霊に愛されている"なんて、よく言ったものだわ。そんな生易しいものじゃない。あなたを前にした精霊は、自身の使命すら忘れて言うことを聞いてしまう。アウラ、あなたは本当でそうでないと、心から言いきれる?」
「わしは……使命を忘れてなどおらぬ。レナと契約することが世界の秩序を守るために必要じゃと思った」
「本気で言ってるの? あなたの魔眼が、どう言う力か知っていて、その上でレナと契約したのが正気だと? 冗談はやめて」
「冗談ではない。無論力は知っている。レナの潜在能力と相性が良いこともな。わしはその上でレナと契約した。逆に聞くが、お前はその力を使ってレナに何をさせようとした?」
「絶対に世界の秩序を乱さないように、徹底管理する。必要であれば"死んでもらう"……つもりだったけれど、私の魔眼は通用しなかった。その原因が、あなたの魔眼の力によるものでもないことも、私には分かってる。もう、最近のヒト族はどうなってるの……」
フレアは半ば諦めたように愚痴をこぼす。
魔眼がレナに通用しない時点で、事の顛末に変わりは無いのだ。
「最近のヒト族……? まさか、レナ以外にも魔眼が通用しなかった相手がいると?」
「ええそうよ。私が魔眼を使うことなんて滅多に無いのだけれど、私のテリトリーに得体の知れない拠点を作った、いけ好かない男よ」
「それって……」
何かがピンと来たルミナはつい声をもらしてしまう。だが、ここにいる皆が察しがついた。その"いけ好かない男"が誰であるかに。
「そのヒト族っていうのは、ゼルグ・エインドハルグという大男ではないか? オレ達は奴の拠点にむかっているところなんだ」
「ゼルグ……? 知らない名前ね。たしかモルドレッドと名乗っていたわね。大男であることは間違いないわ。そう、なぜこんなところに来たかと思えば、そういうことだったのね」
「得体の知れない組織は、何をしているのじゃ? 魔眼が通用しなくとも、悪であるならば、実力で排除すればよかろう」
「うーん……それがねぇ……良くんわからないのだけれど、悪いことはしてないみたいよ。もちろん、私の土地で秩序を乱すようなことをすれば、蒸発させてやるわ」
「悪いことはしていない? リアが攫われたばかりなんだが……」
「リア? その子が誰かは知らないけれど、それは人間の尺度での話でしょ。私には関係ないわ」
精霊の考える秩序とレナ達の考えは必ずしも一致していない。ヒト族にはヒト族の秩序が存在し、それはエルフや獣人族も同様である。
「ま、良いわ。急いでいるんでしょ? もう私は干渉しない。でもね、アウラ、私はあなたを見過ごした訳ではない。私の考えは変わらない。ちゃんと、ラピスにも話をしなさいよ。もし一人でその問題を放置するようであれば──」
「──私はあなたを許さないから」
フレアは強く一言、そう言い残すと姿を消した。




