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第七話【燻製を考えた人は天才】

 迷宮の中では正確な時間がわからないため、時間の管理は腹時計に任せることにして、ひたすら地下一階で魔物を狩り続けた。


 出現するのはオークとスライム。

 魔石は小指の爪ほどのサイズのため、財布袋に問題なく全て回収できるか、鞄の中はすでにオーク肉で一杯だ。

 スライムは空き瓶がもう手元にないため、倒しても放置するしかなかった。

 

 さすがにティコは慣れたものだったが、俺もオークとスライムを数体倒し、そこで腹がグゥっと鳴る。

 どうやら昼ごはんの時間だ。

 迷宮の外に出ると、陽の光が目に眩しい。

 太陽はちょうど真上に昇っているようだ。


「まずは手に入れた魔石と食材を売りに行くのだ」

「了解」


 迷宮の周りには、魔石を買い取る店や食材を売買する店が所狭しと並んでいる。

 毎日このように賑わっているのだろうか?

 魔石の買い付けに来た人なんかが、価格交渉を持ちかけている姿なんかもそこかしこで見受けられた。


 ふっふっふ。迷宮から持ち帰ったばかりの新鮮な魔石を卸してあげようじゃないか。

 ……小指の爪サイズだけどね。


 俺が自分で倒した分の魔石を売却すると、全部で小銀貨二枚と大銅貨五枚になった。

 半日で2500フォル。なかなかの稼ぎである。

 食材については、鞄に詰め込んでおいたオーク肉を売却した。

 魔石と比べると買い取り価格は低いが、大銅貨二枚にはなったので、迷宮に放置するよりはずっといいと思う。


 ちなみに、自分たちが食べる分は残しておいた。

 そのまま市場で買い物をして、昼ごはんを作るために一旦宿へと戻る。




「――よし、やるか」

「何ができるのか楽しみなのだ。ティコも手伝うのだ」

「いや、ティコはゆっくりくつろいでてくれ」

「そうなのか? じゃあお言葉に甘えるのだ」


 神様の料理道具は、俺にしか使えないように設定されているはずなので、ティコに手伝ってもらうわけにもいかない。


 今回作ろうと思っているのは、オーク肉のベーコンである。

 オーク肉は手軽に、かつ大量に手に入れることができるため、常食するにはもってこいの食材だ。

 初回ボーナスともいえる力+1の恩恵はもう受けられないものの、単純に食糧としての有用性は高い。

 今後も迷宮に潜ることになるだろうから、燻製にしておけば保存にも優れた携帯食になるだろう。

 前世では、豚肉でベーコンを作ったことがあるので、その要領でやれば大丈夫だと思う。


 まずはオークの背ロース肉に塩を揉み込む。

 モミモミモミ。

 包丁の刃先で肉にプスプスと切り込みを入れ、しっかりと塩がしみるように揉み込んでいった。

 ……本来ならここで一週間ほど冷蔵庫で寝かせて肉から水分を除去し、塩抜きしてから燻製にするのだが、ここは神様の料理道具の性能を信じてみようと思う。


 俺は包丁を円柱状の大きな燻製器に変化させて、市場で購入したスモークチップを並べた。

 『オーク肉との相性抜群!』という売り文句に負けて、市場で即購入してしまったのだ。

 塩抜きの工程を省くため、薄めの塩加減に調節した背ロース肉を吊るし、チップを炭火で炙るようにしてから蓋をする。


 しばらくすると、蓋の端からもくもくと煙が出てきた。

 いいね。この燻製してますって感じ。

 ゆっくり空に向かって煙が昇っていく様子を見ているだけでも、心が和むわ。


 ……おや?

 蓋をしてまだ十秒ぐらいしか経っていないのに、もう煙が出なくなった。

 スモークチップの量が少なかったかな?

 燻製器の蓋を開けると、表面が綺麗な飴色になった肉の塊が吊るされている。


『できましたけど、何か?』


 そう、燻製器が言っているような気がした。

 うん、知ってた。

 ……いや、いいんだけどね。ゆっくり燻製する風情とかそういうの、別になくてもいいんだけどさ。


 飴色ベーコンになったオーク肉を取り出し、さっそく切り分けてみる。

 肉の中心まできちんと燻製されているようで、一口食べてみると燻された良い香りとともに、旨味がギュッと濃縮された肉の味が舌の上に広がっていく。


「うんま……なにこれ」


 色々と工程をすっ飛ばしたのに、なんでこうなるんだよ!?

 あらためて、神様の料理道具の高性能さには頭が下がる。


「ティコも食べるのだ!」

「はい、どうぞ」

「ん~~~! うまいのだ! 今度からティコもオーク肉を持ち帰ってくることにするのだ」


 うんうん、あり得ないほど簡単に作れるので、ティコの分も一緒に燻製してあげよう。

 あ……そういえば、ティコはこの道具で調理したオーク肉を食べるのは初めてか。


----------------------------------------------------------------

名前:ティコ

レベル4

【力】6【敏捷】15【耐久】5【器用】14【魔力】0

スキル:〈剣術〉

----------------------------------------------------------------


 うん。しっかり力が+1されている。

 もうね……どんどん強くなっちゃいなよ!


 とにかく、これでベーコンという携帯食が手軽に作れるようになったわけだ。

 やったね。



 ……さて、問題はこれだ。

 俺は鞄の中からワインの瓶を取り出した。

 中に入っているのは芳醇なワインではなく、迷宮で倒したスライムがこれでもかというほどぎゅうぎゅうに詰まっている。

 こんなのを一気飲みしたら、まず喉に詰まって窒息しそうだ。


 とりあえず瓶から取り出そうと、瓶口を下に向けて振ってみる。

 ポンッという小気味いい音を鳴らしながら、スライムの体がワイン瓶から滑り出てきた。


 ……このスライムは、生物なのだろうか?

 付着していた泥を井戸水で洗い流し、じっくりとスライムを検分してみたものの、生物としての特徴は見られない。

 動いていたときの丸いフォルムは、水族館などでふわふわと泳いでいるクラゲみたいだった。

 もちろんスライムに足はないが、食べ物を摂取するための口もなく、消化管などもない。

 ただの、粘度のある透明なジェルのようだ。


 魔石を核にして動いていたことを考えると、スライムは魔法生物の一種なのかもしれないな。

 鑑定してみたところ、毒はないようだが……さてどう料理したものか。

 匂いは無臭で、ぺろりと舐めてみても味はしない。無味無臭だ。

 ……本当にゼラチンみたいだな。


 それなら、色々と使い道はある。

 俺はスライムを鍋の中に放り込み、火にかけた。

 ジェル状で形を保っていたスライムが、しばらくすると液状に変化していく。

 その溶けたスライムに砂糖を多めに溶かし込み、しばし冷やす。

 木のボウルに溶き卵を作り、牛乳を加えてよく混ぜたら、ほどよい温度になったスライムと合わせてやった。


 かき混ぜていると、透明だったスライムがやわらかな黄色に染まっていく。

 あとはこれを冷やして固めてやれば、スライムプリンの完成である。


「ちゃんと固まるかな?」


 ……冷蔵庫があれば文句はないが、あいにくと神様の料理道具も冷蔵庫にまでは変形できない。

 前も、薪に火を点けようとしたが着火器具には変形できなかった。

 包丁や鍋形態の性能の高さを考えると、もはや冷蔵庫や電子レンジに形態変化しても驚きはしないのだが、何かが足りないのだろうか?


 家電製品となると……やはり問題は電気か。

 この世界では、魔石を燃料とした魔導力機関の開発が進んでいるらしいが、魔石を代替エネルギーとして利用できたりしないだろうか。

 でも、神様の料理道具に魔石をはめ込むような穴はないしな。


 そんなことを考えているうちに、スライムプリンが冷えて固まってきた。

 常温で冷ましたので少し柔らかい気もするが、まあこんなものだろう。

 後は砂糖と水でカラメルソースを作り、黄色いプリンにたっぷり回しかけてやった。

 ……やっぱりプリンにはこれだよな。


 さあ、お腹も減ったし昼ごはんにしよう。

 俺は購入しておいたパンに、オーク肉のベーコンをたっぷりと挟んでやった。


「はい。これティコの分」

「いただきます、なのだ!」


 ベーコンサンドにかぶりついたティコは、実に幸せそうな顔でもっちゃもっちゃと咀嚼している。

 見ていて飽きない顔だ。

 ちなみに、今回はお昼ごはんの代金として、ティコは倒した魔物の魔石を一つこちらにくれた。一人分も二人分も作る手間は一緒だから、別にいらないんだけどね。


 よし、俺も食べよう。


 むしゃり。


 燻製肉を贅沢に使ったベーコンサンドは、空腹の腹にガツンとした満足感を与えてくれる。

 燻製の香り豊かな肉を噛みしめると、ジュワッと旨味が広がっていくのだ。


 うめぇ~。


 燻製を考えた人って、本当にすごいと思う。

 止まることなくベーコンサンドを平らげた後は、デザートだ。

 スライムプリンを皿に移し、まずは一口。


「こ、これはすごいのだ! ぷるんとした食感がたまらないのだ!」


 おいおい、プリンは飲み物じゃないぞ。

 まったく、喉に詰まらせないかちょっと心配なぐらいだ。


「甘いけど苦味のあるソースが黄色い部分と一緒になると――うぐぅっ」


 言わんこっちゃない。ティコは青い顔をしながら井戸のほうへ走っていった。

 ……ふむ。

 スライムは無味無臭のため、他の材料の味を邪魔せずに料理に使える食材なんだな。

 玉子や牛乳の風味はそのままに、砂糖がふんわりとした甘みを与えている。

 これは、別の料理にも色々と使えそうだな。


 ……お?

 きたな。


----------------------------------------------------------------

名前:ミチハル・コウサキ

レベル1

【力】6【敏捷】9【耐久】6【器用】9【魔力】0

スキル:〈鑑定〉

----------------------------------------------------------------


 今度は耐久が+1されている。

 スライムは、斬っても突いても死なないタフなやつだったからな。


「さて、と」


 食事の後片付けをしてから、俺たちはふたたびハシェルの迷宮に潜ることにした。

 あ……神様へのお供え、忘れてた。ごめんなさい。




「ブギィィィッ!」

「ブギャァァァッ!」


 午後も順調にオークとスライムを倒しつつ、食材と魔石を回収していった。


 ――そんなときだ。


「おお……?」


 水場の近くに、ちょっと変わったスライムを発見した。

 普通のスライムの体は透明なのだが、目の前にいるスライムは赤いのだ。

 どうやら赤スライムのほうもこちらを発見したようで、体をプルプルと震わせ始める。


「ハルっ、気をつけるのだ。あれは変異種なのだ!」


 体当たりしてくる気か……? まさか三倍速いとか言わないよな。

 包丁を構えて警戒していると、相手の姿がチカッと光ったような気がした。

 三倍速いどころか、いきなり赤スライムが火の玉をこちらに射出してきたではないか。

 ……え、なにこれ? 魔法?


「危ないのだ!」


 ティコが俺を押し飛ばしてくれたおかげで、火球はすれすれの位置を通り過ぎていき、そのまま迷宮の壁に激突して小爆発を起こした。

 地面に転がりながら、俺は相手の赤いボディを凝視するようにして意識を集中させる。


----------------------------------------------------------------

名前:赤スライム

レベル1

【力】5【敏捷】5【耐久】10【器用】6【魔力】3

スキル:〈火魔法〉

----------------------------------------------------------------


 ……ちょっ。こんなスライムがいるなんて聞いてないぞ。

 赤スライムの体がまたもやチカッと光った。

 さっきの回避で体勢を崩していたティコに、容赦なく火球が襲いかかる。


「あっ――……」

読んでいただきありがとうございます。

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