第十四話【カエル南蛮タルタルソース大盛りで】
「お待たせなのだ!」
バッカスさんと別れてからしばらくして、ティコも風呂から上がってきたようで、俺を発見すると元気よく声を上げた。
こちらもそこそこ長風呂だったが、ティコのほうが長湯だったみたいだ。
やはり女の子ということか。色々とトリートメントが必要だったのかもしれない。
「別に湯船で泳いで怒られてたから遅くなったわけではないのだ。ゆっくり浸かっていただけなのだ」
そうかそうか。たっぷり怒られたから遅くなったのか。
……バッカスさんから色々と話を聞いたことは、ティコには黙っておくことにしよう。
稼いだお金を何に使うのか? と前に俺が尋ねたとき、彼女は冗談めかして理由を話すことはしなかった。
それはたぶん、俺に変な気遣いをされたくないと思ったからだと思う。
だとすれば、ここは黙っておくのが正解だ。
とはいえ……あんな話を聞いてしまっては、何か手助けしてあげようと思ってしまうのが人情というものだ。
くっ、バッカスさん……もしかしてそれも見越して俺にティコの身の上話を聞かせたんじゃないだろうな。あり得る。
まあ、俺にできるのは栄養豊富な料理を作ってあげることぐらいだがな。
……ティコが迷宮から持ち帰ってきた食材は、ジャイアントフロッグの肉だったな。
唐揚げを食べたときに思ったが、カエル肉というのは油ととても相性が良いようだ。
しかし、また唐揚げを食べるのも芸がない。
どうせなら、もうひと工夫したいものだ。
風呂上がりで気分がよくなり、市場で調味料なんかを買い足してから、俺たちは宿へと戻った。
――よし、作るか。
今晩はチキン南蛮ならぬ、カエル南蛮を作ることに決めた。
まずはタルタルソースを作ることにしよう。
ベースとなるマヨネーズは、市場に売っていなかったので自作することにした。
卵黄にワイン酢、塩とグレイブ果汁を少々、それらを電動ハンドミキサーで混ぜ合わせ、植物油を少しずつ加えてさらに撹拌させる。
ワインがあるので酢もあるだろうとは思っていたが、この辺りではリンゴ酢やブドウ酢のような果実酢が一般的らしい。
農作物が豊かなレイストンから様々な果物が輸入されているため、それらを利用して酒や発酵調味料が作られているようだ。
マヨネーズが完成すれば、茹で卵、ワイン酢で漬けたピクルス、玉ねぎといった具材をみじん切りにしてマヨネーズと合えるだけ。塩と胡椒で味を調えれば、南蛮に欠かせないタルタルソースの完成である。
……もぐもぐ。
うん、高カロリーで太るけど食べるのを止められない味をしている。
このソースを油で揚げた肉と一緒に食べるわけだから、テンションとカロリーは最高潮である。
さて……南蛮を作るのに必須なのは醤油だが、これも市場で見当たらないので、港町から仕入れているという魚醤を使うことにした。
魚の塩漬けを発酵させて搾った液体は、かなり魚独特の匂いがあるため、ちょっと戸惑ってしまうが、火を通すと味がまろやかになる……と店員さんが言っていた。
味醂も欲しいところだが、果実酒と砂糖を合わせたもので代用することにしよう。
魚醤、果実酒、砂糖少々、ワイン酢を鍋で軽く火を通し――南蛮のタレも完成。
「……そういえば、ジャイアントフロッグってどんな魔物なんだ?」
まな板の上に大きなカエル脚をどーんと載せて、めりめりと皮を剥いでいくと、とても筋肉が発達しているのがわかる。
小さなカエルがジャンプしてもたかが知れているが、これほど立派な脚を持つジャイアントフロッグが飛びかかってくるとなると、かなりの脅威だ。
「ジャイアントフロッグは沼地をすいすいと泳いでくるのだ。こっちが沼で足を取られたりすると集団で群がってくるし、舌をびょーんと伸ばしてこっちの武器を奪い取ろうとするし、けこう厄介な魔物なのだ」
武器を奪い取って無力化したところで、自慢のカエルキックで相手をK・O!!
たしかに、沼地で戦うと厄介そうな魔物だ。
戦いやすい場所へおびきだして仕留めるほうがいいかもしれない。
ティコは泥だらけになってたけど、大丈夫だったのかな?
「体はでっかいくせに意外と慎重だから、こいつら獲物が沼地に入るまではこっそり隠れてるのだ。ハルみたいに魔法で遠距離攻撃ができれば、有利に戦えるかもしれないのだ」
なるほど。
というか……ティコも魔法が使えるようになっているはずだから、明日にでも魔法の練習を勧めてみようかな。
もしあのとき魔法を教えていたら……なんて事態にはなってほしくない。
皮を剥いだ脚から骨を取り外し、肉を適当な大きさに切り分ける。
ジャイアントフロッグの脚一本からは、食べきれないほどたっぷりの肉が取れた。
つんつんしてみると、弾力のあるプリプリした肉感が伝わってくる。
切り身に塩と胡椒を揉み込み、小麦粉と水で衣を作ったら、肉に衣をつけて準備は完了。
料理道具を大きめの鉄鍋に変化させ、たっぷりの植物油を注いであげた。
ジュワワワワッ。
ブクブクブクブクッ。
……いい音。
揚げ物の音っていうのは、なんでこう食欲をそそるかね。
もうね、BGMとして流しておけば、これだけでカロリーが摂取できるんじゃないの?
キツネ色になるまでカラッと揚げたら、唐揚げを鍋から取り上げる。
南蛮を作るときに大事なのは、この熱々の状態の唐揚げをタレに漬けてあげること。
それだけだ。
ジュバっと甘酸っぱい南蛮タレが揚げたての唐揚げを呑み込み、しっかりと味がしみこむ。
カエル南蛮――完成です!
大皿に山盛りになるほど作ってしまったが、たぶん余ることはないだろう。
さらにそこへ、自家製タルタルソースをこれでもかというほどぶっかける。
香ばしい唐揚げが甘酸っぱいタレをたっぷり吸い込み、玉子の甘みを感じる黄色いソースと合わされば、もう怖いものなしだ。
「早く食べたいのだ!」
「もうちょっとだけ待ってくれ」
俺だって今すぐかぶりつきたい。
だが、これがまた白飯との相性抜群なのだ。
俺は急いで土鍋で米を炊いた。
蓋を閉めて火にかけると、白い蒸気を噴き出して一瞬で白飯が炊きあがる。
本当に、神様へは感謝の言葉しかないな。
「「いただきます!」なのだ」
ほかほかの白飯を片手に持ち、カエル南蛮をむしゃりと頬張る。
……うめぇ~。
噛んだ瞬間、ジワッと脂がしみでてくる揚げ物特有の幸福感。
く~! やっぱりタルタルソースって揚げ物との相性が最高だな。
「はふっはふっ……ティコはこんなうまいもの食べたことないのだ! ハルが料理屋さんを開けば、きっと大金持ちになれるのだ」
よせやい。
「俺の料理なんて趣味の範囲だよ」
料理道具の性能に頼ってる部分も多いしな。
南蛮タレがたっぷりしみこんだ唐揚げをタルタルソースとぐちゃっと混ぜ、それを白飯の上にドンッとのせて、さらにバクっと一口。
あ~、幸せだわ。
「ティコは毎日これを食べても絶対に飽きない自信があるのだ!」
うんうん、太るから毎日はやめておきなさいね。
たしかに、自分の作った料理をこれだけ喜んで食べてくれる姿を見るのは嬉しいが、俺は料理人になるためにこの世界に転生したわけではない。
自分がおいしいものを食べるために、ここアルダイルの世界へと転生したのだ。
さて……ステータスはどうなっているかな。
----------------------------------------------------------------
名前:ミチハル・コウサキ
レベル2
【力】11【敏捷】13【耐久】9【器用】11【魔力】3
スキル:〈鑑定〉〈火魔法〉
----------------------------------------------------------------
……敏捷が+2されている。
魔物と戦っていると、ステータスの重要性がなんとなくわかってきた。
中でも、敏捷値はかなり大事なステータスだ。
攻撃速度や回避行動に直結してくるため、物理的な手段で戦う際には最も重要といえるかもしれない。
――ジャイアントフロッグ、ご馳走様でした。
後片付けをしながら、俺はティコに尋ねる。
「迷宮の地下二階に生息している魔物は、これで全部なのか?」
樹に擬態していたグレイブ、名前のわりに大人しいキラービー、沼地に生息していたジャイアントフロッグなど。
とりあえず、一通りは料理して食べたことになる。
「そのはずなのだ。もしかしてハルは……地下三階にいくつもりなのか?」
まあ、新しい魔物食材を手に入れるためには、攻略する階層をどんどん進めていく必要があるからな。
俺がそんなことを考えていると、いつも明るいティコの表情がわずかに曇った。
「……どうかしたのか?」
「その……ティコは地下二階までしか潜ったことがないのだ」
そういえば、そんなことを言っていたな。
「これでもう、ハルの料理を食べることができないと思うと……とても寂しいのだ」
え、ちょっと待って。
どういうこと? なんでそうなるの?
俺……死ぬの?
「今までは戦ったことのある魔物ばかりだったから、色々と教えてあげられることもあったけど、これからはそうはいかないのだ。ハルにおいしい料理を作ってもらえていたのは、魔物と戦うときに手ほどきをしていたからなのだ」
あ、そういうことね。
ティコは、迷宮初心者である俺に色々と教える。
そのお返しとして、俺はティコに料理を振る舞う。
今までは、そうしたギブ&テイクが成り立っていたわけだ。
だが、地下三階に生息している魔物については、ティコも的確なアドバイスをすることができない。
そうなると、今の関係はお終いになる……というわけか。
――いやいや、そんなわけないでしょ。
「仲間と迷宮に潜るっていうのは、別に珍しいことじゃないんだろ?」
バッカスさんだって、ティコの父親であるアドラさんとよく一緒に迷宮へ潜っていたらしいし。
「俺はもう……ティコのことを仲間だと思ってたんだけどな」
危険の多い迷宮内で、背中をあずけても大丈夫だと思えるような相手。
そんな相手になら、いくらでも料理を振る舞ってやるさ。
「だから、これからもよろしく頼む」
俺は、あらためて握手をしようと手を伸ばす。
「えへへ……なんだか、ちょっと嬉しいのだ」
ティコはやや照れたように頬をぽりぽりとかき、にぱぁっと笑いながらこちらの手を握り返してくれた。
うーむ。
俺も単純だねぇ……。
読んでいただき感謝です。




