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第十一話【ジャム作りは錬金術の始まり?】

 迷宮の地下二階でひたすら魔物を狩り続けた俺とティコは、グゥッと空腹を感じたところで切り上げることにした。


 外へ出ると太陽の光が眩しい。

 我ながら、腹時計の正確さには自信があるのだ。

 昨日と同じく魔石を換金し、売れそうな食材は自分たちが食べる分を残して換金する。



 さて……今日の昼ごはんは何を作ろうか。

 高品質の蜂蜜が手に入ったことだし、何か甘いもの……それでいて腹に溜まるようなものがいい。

 よし、ホットケーキでも作るか!

 ……といっても、前世で簡単に手に入ったホットケーキミックスのような便利な代物はさすがにないよな。


 あれってたしか、小麦粉と砂糖、そんでもって膨らませるためのベーキングパウダーを混合したものだったはずだ。

 お金に余裕ができたので、小麦粉や砂糖は気軽に手に入るが、ベーキングパウダーは市場でも見かけたことがない。あれの主成分は重曹だっけか?

 まあいい、今回は小麦粉と砂糖を使ってホットケーキを作ることにしよう。


「今日は何が食べられのか、楽しみなのだ!」


 ティコはすっかり俺の作る料理を気に入ってくれたようで、そわそわしながらこちらを窺っている。その様子が、ちょっと可愛い。

 まずは小麦粉をふるいにかけて、そこへ砂糖を加える。

 最後に蜂蜜をたっぷりとかけてやるつもりなので、生地に入れる砂糖の量は少し控えめにしておいた。


 ……ふーむ。この世界ではふっくらとした焼き立てパンを食べることができるので、パン作りにイースト菌のような酵母が使われているはずだ。それを代用すれば、ホットケーキも膨らませることができるかもしれないな。今度試してみよう。


 木のボウルに溶き卵を作り、そこへ牛乳を加えてよく混ぜたら、小麦粉と砂糖のミックスを投入して撹拌する。

 これで生地は完成。

 後は焼くだけだ。


 料理道具を小型のフライパンに変形させ、俺はホットケーキをどんどん焼いていく。

 弱火でじっくり焼くと、表面がふつふつと小さな泡を立て、良い香りが漂ってきた。

 焼き上がりは、やはり膨らみが少し物足りない感じはするものの、何枚も重ねてあげればボリュームは満点だ。


「良い匂いがするのだ。甘いパンなのだ!」


 ホットケーキを五枚重ねにしてから、熱々の生地でバターを溶かしてやり、さらにそこへ採取したばかりの蜂蜜をたっぷりと回しかける。

 黄金色の蜜が生地にしみこんでいき、しっとりとしたホットケーキは、空腹の人にとっては目の毒だ。


「はい。これはティコの分」

「いただきます、なのだ!」


 待ちきれずに涎を垂らしていた少女には、熱々の出来たてを早く食べていただきたい。

 まあ、神様の料理道具は相変わらずの高性能なので、俺の分や神様へのお供え分もすぐに焼き上がるわけだが。


「はふぅ……蜂蜜は前にも食べたことがあったけど、この甘いパンは格別なのだ! しっとりしてる部分を噛むと、甘さが飛び出してくるのだぁ……」


 本当に幸せそうな顔をして食べるな、ティコは。

 さて……俺の分も焼き上がったので、ぱくりと一口。

 あ、なるほど。

 炭酸ガスを発生させて膨らませなくとも、生地は柔らかいし、口当たりは悪くない。

 五枚重ねだとボリュームもあるし、バターと上質の蜂蜜が混じり合った部分をむしゃっと頬張ると、じゅくっと甘い蜜がしみだしてくる。


 うめぇ~。

 迷宮から苦労して持ち帰った甲斐があるというものだ。

 疲れた体に、甘い物がしみわたるぜ。


「……ふぅ」


 迷宮産の蜂蜜がけホットケーキ――ご馳走様でした。

 もうなんというか、このまま横になって寝てしまいたい気分だ。

 しかしまあ、他にもやってみたいことが残っている。




 俺は料理道具を冷蔵庫に変化させて、ひんやりと冷えたグレイブの実を取り出した。

 これを料理したらどんな効果があるのかを、知っておきたい。

 まずは何も加工せずに、グレイブの実を味わってみることにした。

 オレンジ色の瑞々しい実の中は、しゃくっとした歯ざわりの果肉がたっぷりと詰まっている。  

 微かに柑橘系の香りがするものの、果肉の食感は林檎や梨に近いかもしれない。


 ほどよい酸味と、くどくない甘さがベリーマッチ。

 うん、普通にうまい。人気があるのも頷ける話だ。

 果肉をそのままデザートにするもよし、絞ってジュースにするもよし、果汁を魔法とかで凍らせるとシャーベットにもなりそうだ。


 冷蔵庫にはグレイブの実が山盛りになっているので、色々と試すことができる。

 よし。まずはジャムでも作るか。

 俺はグレイブの実を切り分けて、果肉の部分を小さくカットした。

 皮の部分は井戸水でよく洗ったが、そのまま食べると少し苦味があるので、一度鍋で茹でてからグレイブピールにする。


 あとは、果肉とピールと少量の水を鍋へと投入し、砂糖を加えてぐつぐつ煮込んでいくだけだ。

 トロみが出てきたら、鍋を火から外して出来上がり。

 あっという間にジャムが完成した。

 いや……本当はね、もっと長時間かけて煮込むから面倒くさいはずなのよ。

 砂糖も入ってるから、焦げやすいし。

 こんな簡単にできないのよ。

 しかしながら、味見してみると文句なしにジャムになっている。


 ……パネえな。

 明日の朝は、このグレイブジャムを焼き立てパンにつけて食べよう。


 お……おお?

 そういえば、このジャムにはどんな効果があるんだろう? と思っていると、体にあった小さな傷が綺麗さっぱり消えてしまった。

 迷宮の魔物を危なげなく倒せてはいるものの、何匹も狩り続けていると、さすがに全くの無傷というわけにはいかない。


 っていうか……防具に関しては俺って初期装備のままだったな。

 布の服で戦い続けて、今まで擦り傷だけで済んでるのは幸運かもしれない。

 お金が貯まれば、食材だけでなく防具を購入したほうがいいかも。


 ……とにかく、体にあった傷が全部治ってしまった。

 へぇ、グレイブの実を料理するとそんな効果が表れるんだな。

 回復のジャムってわけだ。


「ティコも味見するのだ」

「ああ、ほら」


 木のスプーンに出来たての温かいジャムをすくってやり、ティコに渡す。


「甘いのだ! さっきの蜂蜜みたいにすごく甘いのだ! あれ……? なんだか体が楽になったような気がするのだ」


 ティコの体をよく観察していると、やはり細かな傷がすぅっと消えてしまった。


「これ、回復ポーションみたいな効果があるのだ。もしかして、その道具を使って作ったからなのだ? グレイブの実には、そんな効果はないのだ」


 うん、さすがに気づくよな。

 ……回復ポーション、ね。

 食材ばかりを買い漁っていたが、この世界にはそんなものもあるのか。


「たぶんそうだけど、このことはひとまず二人の秘密にしておくということで、いいか?」

「わかったのだ。ティコは意外と口が堅いから、安心してもらっていいと思うのだ」


 うん、けっこう信じてる。

 ティコは、相手が困るようなことを遊び半分でする子じゃない。

 出会ってからまだ日は浅いものの、それぐらいはわかってきた。


 ――さて。

 この回復ジャムも……もしかして最初の一回しか回復効果が発揮されない仕様なんだろうか?

 ステータスアップの料理とは異なり、回復薬として何度も使うことができるとか?

 試しに鑑定してみるか。


 ジャム――果肉と皮を煮込んで作られたジャム。


 やはり駄目か。前にも自分の料理を鑑定してみたが、詳細な効果などは記載されていなかった。実際に食べるまで、何が起こるかはわからないのだ。

 自分を傷つけて喜ぶ趣味はないが、俺は指先をほんの少しだけ包丁で切った。

 そうしてから、ふたたび回復のジャムを一口ぱくっと食べる。


「おおっ……治った」


 ということは、この回復効果は一度限りというわけではなさそうだ。

 ……神様の料理道具は奥が深いな。

 ステータス上昇に、スキルの取得、その次は回復効果ときたものだ。

 他にも何かあるのだろうか。ワクワクである。

 食道楽バンザイ。


 あれ……そうなるとちょっと待って。


 もしかしてこれ、売れるんじゃね?


 回復ポーションって、それなりに需要があると思うの。

 ステータスアップの料理を売るのは、後で何かと問題が起こりそうな予感しかないが、回復薬ならば一般的に出回っているらしいし、大丈夫かもしれない。

 ジャムのまま販売するつもりはないけど、やってみる価値はある。


「ティコ。悪いんだけど、午後は少しやってみたいことができた」

「わかったのだ。ティコは迷宮に潜るから、ハルも自分の好きなことをやればいいと思うのだ。今晩の食材になりそうなものを持って帰るのだ」


 話が早くて助かる。

 もともと、ティコは独りで迷宮の魔物を狩っていたみたいだから、心配はないだろう。

 というか、俺より普通に強いし。




 ――そうして、午後はティコと別行動をすることになった。


「よし、やるか」


 回復ポーションの試作品を作るため、まずはグレイブの実を適当な大きさに切る。

 お次は料理道具をジューサーに変化させ、グレイブの果肉をぽいぽいと放り込んでスイッチオン。

 ブィィィィィィンッという音とともに、搾り立ての新鮮なジュースが出てくる。

 魔力で家電製品を稼働させることができるようになったので、作業はとても楽だ。

 さっそく、完成したものを鑑定してみよう。


 ジュース――果実を搾って作られた新鮮な飲み物。


 ですよね。これにも回復効果はあると思うが、鑑定結果は当然のようにジュース。

 当たり前だ。

 そういえば……鑑定結果に原材料とかは表示されないんだな。前世でも加工食品の原材料なんかは詳しく書かれていなかったりしたが、それと似たようなものか。

 野菜エキスとか、肉エキスとかね。


 ふむ……。

 このジュースを、そのまま回復ポーションとして売り出すのはやめておいたほうがいいな。

 使用効果に問題はないとしても、俺以外にも鑑定スキルを所持している人間がいる可能性はある。

 万が一このポーションを鑑定でもされれば、『これただのジュースじゃねえか! どういうことだよ!?』ということになりかねない。

 原材料を特定されることはないとはいえ……いや、味で完全にグレイブジュースだとバレるので、ますます怪しい。


 さて、どうしたものか。

 何か良い手はないものかと、俺は作業を中断して街の市場を散策した。


「お……あれって」


 露天商が薬草類を販売しているのを目に留め、色々と聞いてみる。

 どうやら回復ポーションというのは、様々な薬草を調合して作る回復薬のことらしい。

 薬師と呼ばれる人たちが、独自の調合法で作り上げるので、効果はピンキリ。

 高品質のポーションは、金貨で売買されることもあるのだとか。

 そんな話を聞きながら、俺は並べられている薬草を鑑定していく。

 これは微量の治癒効果がある薬草で……お、あっちには毒消し草なんてものもある。


「すみません。これをください」

「あいよ、毎度あり!」


 とりあえず露天商が売っていた薬草の中でも、一番安いものを購入してみた。

 薬草の束一つで、小銀貨一枚だ。

 後は……ポーションを入れるための空き瓶もいくつか買っておこう。



 買い物を終えて宿へと戻ってきた俺は、ふたたび試作品を作り始める。

 と言っても、手順はさっきとほとんど変わらない。

 グレイブの果実をジューサーに投入し、購入した薬草も一緒に入れた。


 ――スイッチオン。

 ブイブイブイッと丸搾り。


 搾り出された液体は一旦取っておいて、空き瓶を熱湯で煮沸消毒していく。

 続いて搾った液体も加熱殺菌し、減菌状態の空き瓶へと注いで手早く蓋を閉めた。

 ジュースとしていただくのなら、加熱しないほうが風味はいいのだろうが、回復ポーションは買ってすぐ飲むものではない。

 こうしておけば、多少は日持ちするだろう。

 回復したくて飲んだのに、それでお腹を壊すことになれば笑えない。


 さて、結果はいかに?

 出来上がった瓶詰めの液体を見つめ、俺は鑑定スキルを使用した。


 回復ポーション――薬草を調合して作られた回復薬。


 ……グレイブポーション、完成です!

読んでいただき感謝です。

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