第十話【甘い果実は蜜の味?】
燃え上がれ! 俺の中のナニカァァァァッ!
心の中でそう強く念じながら、赤スライムが俺に向けて撃ち出していた火球をイメージする。
前に突き出していた手から、ボンッと小さな火球が射出され、ひゅるひゅると飛んでいって迷宮内の壁を焼いた。
「すごいのだ! ハルは魔法が使えるのだ!」
「おおお……やった! やったぞ!」
一夜明け、本日も迷宮に潜ることにしたのだが、俺は奥へと進む前に魔法の練習がしてみたいとティコにお願いした。
地下一階の、やや広い空間で訓練することしばし。
魔法スキルと魔力、赤スライムが使ってきた〈ファイアーボール〉の明確な魔法イメージ。
それら全てが揃っていたおかげか、ほどなくして魔法を習得することができた。
異世界で魔法を使用するのは、かなりテンションが上がる。
そういうのは卒業したかと思ってたけど、まだ在学中だったみたいだ。
ティコは驚いているが、実はティコも魔法を使えるようになっているはずなんだよなぁ。
……今度、それとなく魔法を使うように勧めてみよう。
たしか鑑定スキルの説明では、使える魔法の種類はレベルが上がれば増えていくんだっけ。
とりあえず、赤スライムが使っていたファイアーボールを使えるようになっただけでも大満足である。
「ブギィィィッ!」
おっと……初めての魔法を覚えて興奮していると、目の前にオークが一体現れた。
さっそく、ファイアーボールを撃ち込んでみる。
動きが鈍いため、放たれた火球はそのままオークへと直撃したものの、絶命するには至っていない。
うーむ。これなら包丁で斬ったほうが早いな。
俺はマグロ包丁でオークを真っ二つにし、魔石と肉を回収した。
……もっと魔法の威力が上がるまでは、牽制に使用するとか、工夫したほうがいいかもしれない。
「魔法の使い過ぎには注意するのだ。あまり頑張りすぎると、倒れてしまうと聞いたことがあるのだ。もしハルが倒れたら、ティコがおぶるのは大変なのだ」
倒れるっていうのは、魔力切れ……ってやつか。
ステータスには魔力値が記載されているが、魔力量というのは記載がない。
しかし、何かがぐるぐると自分の体内を回っているような感覚はある。
さっき魔法を放ったとき、それが一部持っていかれるような感じだったので、これが空っぽになると危険なのだろう。
「魔法の訓練も終わったし、そろそろ地下二階へ行ってみるのだ」
「そうだな。行こう」
……もし俺が魔力切れで倒れたら、そのまま放っておくという選択肢はないのかな。
ティコの身に何かあった場合には……俺もできるだけのことはしよう。
――迷宮の地下二階。
地下一階よりも木々が生い茂っており、やや見通しが悪い。
魔物に不意を突かれると厄介なので、辺りを警戒しながら進んでいく。
「止まるのだ。ハル、向こうにある木を見るのだ」
ティコが指差した方向に、おいしそうな果実をたくさん枝につけている木が生えていた。
オレンジ色をした実は、洋梨のような瓢箪型をしていて見た目からして瑞々しい。
「もしかして……あれも魔物なのか?」
「そうなのだ。グレイブという魔物なのだ。普段は木に化けてて、近づくと枝を触手のように伸ばしてくるのだ。もし枝に捕まってしまったら、生かさず殺さず、ゆっくりと体液を吸い取られていって――最後には死に至るのだ!」
えええぇぇぇ……。
生かさず殺さずって……最後死んでるじゃないか。
いや、そんなツッコミをしている場合じゃない。
けっこう怖い魔物だ。
「グレイブの実は甘くておいしいから、それを狙って狩ろうとする人も多いのだ。たまに捕まっている人を見かけるから、ティコは助けてやってるのだ」
えっへん、と控えめな胸を張るティコ。
なにそれ優しい。
いや、目の前で「助けてーっ」と叫んでいる人がいれば、俺も助けるけどね。
人食い植物に捕まっている人を助ける……迷宮ではわりとよくある風景なのか。
あのグレイブの木には、誰も捕まってないみたいだな。
----------------------------------------------------------------
名前:グレイブ
レベル2
【力】5【敏捷】4【耐久】6【器用】7【魔力】0
スキル:なし
----------------------------------------------------------------
オークやスライムと比べるとたしかに強いが……これといった脅威はなさそうだ。
「ここは練習も兼ねて、俺に戦わせてくれ」
先手必勝でファイアーボールを撃ち込もうかとも思ったが、果実ごと燃え尽きてしまうとよろしくない。甘くておいしいと聞くと、ぜひとも回収したくなる。
俺はマグロ包丁を構え、グレイブの木に一歩、また一歩と近づいていく。
そろそろ枝が届きそう……という間合いに踏み込んだ瞬間――枝がしなるようにしてこちらに向かってきた。
ひゅんひゅんっっと風を切るような音とともに、複数の枝が地面に叩きつけられる。
「危なっ!」
全体的にステータスが上昇しているおかげか、鞭のようにしなる枝を回避しつつ、俺は一本の枝を斬り飛ばした。
木は悲鳴を上げるでもなく、次々と枝を伸ばしてくるのでキリがない。
それなら――
枝を払うよりも、根本から断ったほうがいい。
太い幹まで一瞬で距離を詰め、俺はマグロ包丁を振りかぶった。
「せいっ!」
ズズゥンッと大きな音を立てて、グレイブの木が横倒しになった。
「おお~、ハルの包丁捌きは見事なのだ」
いや、果たしてこれを包丁捌きと言っていいものか。
というか、いつもマグロ以外のものを斬ってしまってごめんなさい、と包丁に謝りたいぐらいだ。
道具はできるだけ正しく使うほうがいい。
……でも斬れるんだもの。
さて、横倒しになったグレイブの木はもはやピクリともせず、たくさんの実が枝についている状態だ。
とりあえず実をもぎ取ったものの、一つ一つがけっこうな大きさなので、全部は鞄に入りきらない。
ヤシの実ぐらいの大きさじゃないかな? これ。
もっと大きな鞄が欲しいけど……あんまり荷物が多くなると、魔物との戦いに支障を来たすことになるからな。
本当に……これが冷蔵庫とかに変形できればいいんだけど。
そう考えながら、俺は手に持った包丁を眺める。
すると、なんということでしょう。
マグロ包丁がぐにゃりと形を歪め、大きくて四角い見慣れた物体へと変わっていくではないですか。
――結論、冷蔵庫になった。
なんですとぉぉぉっ!?
いやいやいや、それアリなの?
今までどう頑張っても冷蔵庫みたいな家電には変化できなかったじゃん?
急にどういった風の吹き回し?
『わからぬのか?』
そう――厳格な口調で料理道具が語りかけてきた気がした(※錯覚)。
……そうか。そういうことか。
おそらくは、魔力だ。
電気に変わるエネルギーを供給すれば、もしかすると家電にも変形できるかもしれないと考えていたのだが、この冷蔵庫は魔力で動いているようだ。
自分の体に意識を集中すると、たしかに魔力の一部が冷蔵庫へ向けて流れ込んでいる。
大きさは……一般的な家庭用冷蔵庫ってところだな。あれぐらいのサイズ。
試しに扉を開けてみると、中はひんやりとしている。
ちなみに弱冷にセットされていた。省エネなのね、そうなのね。
たぶん、この程度なら一日中稼働してても大丈夫だと思う。
強冷にすると吸い取られる魔力が微かに増えたので、弱冷推奨だ。
魔力のステータスが上昇すれば、魔力量も増えていくのだろうか?
そのうち、もっと大型の冷蔵庫とかにも変形できるようになれば嬉しいな。
「それは……なんなのだ?」
ティコが不思議そうな顔でこちらを見ているが、ここは当初の設定を貫き通すしかないだろう。
「これも、この道具の機能の一つなんだ。便利だろ?」
俺は料理道具の新たな形態に歓喜の表情を浮かべつつ、もぎ取ったグレイブの実を冷蔵庫の中へ全部収納した。
そうして包丁に戻してから、またまた冷蔵庫へと変形させる。
……中身は――無くなっていない。
さすが有能。別の形態に変化させたら、中身がぐしゃっと潰れちゃいそうな気もしたが、そんなことはなく、それどころかすでに実はひんやりとしている。
これ、食材を収納するのにすごく便利だ。
ひゃっほう!
小躍りしそうな気分だったが、そんな俺を諌めてくれたのはティコだった。
「油断したらダメなのだ。何かこっちに来るのだ!」
耳をすませると、ブーンッという耳障りな音が近づいてくる。
冷蔵庫をしまい、包丁を構えて音のするほうを注視していると、黄色と黒のボディを持つ飛行物体がこちらへ向かってきた。
----------------------------------------------------------------
名前:キラービー
レベル2
【力】3【敏捷】6【耐久】2【器用】6【魔力】0
スキル:〈弱毒攻撃〉
----------------------------------------------------------------
警戒色……というんだったか? 自分に近づいたらやばいぞ! と周りに知らしめるため、敢えて目立つ色をしているんだっけ。
あいつら、暖かくなるとすぐ家の庭とかに巣を作るからな。あんまり好きじゃない。
「キラービーは動きが素早いから、気をつけるのだ。普段は花の蜜とかを吸ってて、あまり襲ってこないけど……あいつらグレイブの実も大好物みたいなのだ。横倒しになって潰れた実の匂いに惹かれてやってきたのかもしれないのだ」
すごい勢いで飛んできた大型の蜂ともいえるキラービーは、潰れた実から出ている果汁へとまっしぐらだ。
いやいや、キラービーっていう物騒な名前なのに、こっちを襲ってこないんかい!
くぅ……、思わずツッコんでしまった。
たしかに、もうちょっとすればグレイブは迷宮に呑み込まれちゃうけどさ。
果汁を舐めるのに夢中になっているキラービーへ向けて、俺はファイアーボールを撃ち込んだ。
「ギィィィッ!」
ちょっと可哀想な気もしたが、火球が直撃したキラービーは実と一緒に燃え尽きてしまい、後には魔石だけが残る。
オークは一撃で倒せなかったのに、こいつはファイアーボール一発で死ぬのか。
弱点が火なのか、耐久が低いのか……おそらく両方だな。
スキルに弱毒攻撃とあったので、お尻の針には気をつけたい。
「……実に気を取られていたおかげで、楽に倒すことができたな」
もし魔法が外れていたら、怒り狂ってこちらへ向かってきたかもしれない。
あれ、ちょっと待って。
普段は花の蜜とかを吸っているということは、もしかするとアレがあるんじゃないの?
もしそうなら、ぜひとも採取しておきたいんだが。
俺はキラービーが飛んできた方角へと、迷宮内を進んでいく。
途中、何匹ものキラービーと遭遇し、こちらを襲ってくるやつもいたので、そいつらは包丁で真っ二つにした。
空中を素早く動き回るキラービーを捉えるのには苦労したが、冷蔵庫からグレイブの実を取り出して地面へ投げつけるとそっちへ群がっていくので、一網打尽である。
仕留めきれなかった数匹はティコが始末してくれたが、彼女はキラービーよりも遥かに高い敏捷値なので、危なげなく二刀流の短剣で相手を切り刻んでいた。
ひゅう! 俺でなきゃ見逃しちゃうね。
今の、一瞬で三回も斬ったろ? ……え? 四回? あ、そうですか。
――あった。
俺が探していたのは、キラービーの巣である。
蜂が大型なので、巣もさぞ大きいだろうと思っていたが、本当にでかい。
巣の周りにはたくさんのキラービーが飛んでおり、さすがにあれ全部を相手にするのは無理そうだ。
「うーん……さすがに危険なのだ」
「たしかにな。でも、これなら――」
俺は冷蔵庫からグレイブの実をいくつも取り出し、包丁で切り込みを入れたら、巣から少し離れた場所に投げた。
そうすると、巣の周りにいたキラービーたちは実のほうへと群がっていく。
「今だっ」
俺は全速力で巣へと駆け寄り、巣の一部を切り取ると、一目散に逃げ出した。
「ハルは慎重そうに見えて、意外と大胆なのだ!」
「――ふう……ここまで来れば大丈夫だろ」
巣があった場所からずいぶん遠ざかったので、もうキラービーは追ってこない。
「……そっか。ハルの狙いは最初からそれだったのだ?」
たしかに、キラービーの魔石もそれなりの大きさなので、換金すればそこそこの金額にはなるだろうが、俺にとってはこちらのほうが収穫だ。
俺は鞄の中から空き瓶を取り出す。
周囲に魔物がいないことを確認してから、料理道具を漉し器へと変化させ、採取したキラービーの巣をガシガシと壊しながら放り込む。
とても良い匂いだ。
漉し器の下に置いてある空き瓶の中に、トロリとした蜂蜜がたっぷりと注がれていく。
巣の一部だけ切り取ったのは正解だな。
あんなでかい巣を丸々奪い取ったら、こんな小さな瓶には入りきらないだろう。
蜂蜜の採取が完了したら、瓶の蓋を閉める前に味見だ。
瓶を傾け、指にトロっと蜂蜜を落として舐めた。
……甘い。疲れたときにはやはり甘いものだ。
なんだか力が湧いてくる気がする。
「ティコも食べるか?」
「もちろんなのだ! ……はふぅ」
蜂蜜たっぷりの指をはむっと口にしたティコは、幸せいっぱいの表情でうっとりしている。
----------------------------------------------------------------
名前:ミチハル・コウサキ
レベル2
【力】11【敏捷】11【耐久】9【器用】11【魔力】3
スキル:〈鑑定〉〈火魔法〉
----------------------------------------------------------------
漉し器で蜂蜜を採取したからか……あれって料理したうちに入るんだな。
にしてもさすがは蜂蜜。プロポリス効果なの?
力がもりもり湧いてくる気がしたが、+2も上がっている。
さて……グレイブの実をほとんど使っちゃったから、また採取しないと。
腹時計がお昼を告げるまで、迷宮の地下二階で魔物を狩ることにしようか。
読んでいただき感謝です。
次の更新は翌日を予定してます^^




