40 エピローグ
ガウエン公爵家の当主であるシリウス=ガウエンは書き付けを納めた封筒に蝋で封をし老執事に渡す。
「祝いの品と共に。頼んだぞトトール。」
「かしこまりました。」
うやうやしく頭を下げた老執事が封筒を受け取り部屋を辞すと、ガウエン公爵は壁に飾られた先祖の肖像画に視線を向けた。
「現実主義の若造に娘の価値が理解できるとは思えなかったのだがな。」
ガウエン公爵からするとアイラ=ロックシールドは雲の上の憧れの存在だ。たとえ血が薄れ力をなくしていようと、五百年の昔にイクサルドに舞い降りた天使の末裔。それはこことは異なる世界より魔法という力を宿し舞い降りた、天使の国ならどこにでもいる普通の存在であったはずの女性だ。
美しい漆黒の天使は神の御使いではない。赤い血が流れ心ある人だというのは、天使信仰者であるガウエン公爵もきちんと理解しているし、天使と親交がありなおかつ彼女を『天使』と称した当時の公爵ラシードが彼女が人間であると記しているのだ。ただこの世界の生まれではないとも記されているが、天使が神の御心を携えこの世界に落ちたのではないのは確かだった。
たとえ神の意思でこの国にやって来たのでないにしても、天使を見つけ天使と呼びかけたのはガウエン公爵の祖先である。当代のガウエン公爵もまた彼女を天使と信じ心から信仰していた。その末裔である娘を妻に迎えることができるのだ、羨ましい限りだが、現実主義の男は娘を得る価値を正しく理解していないのが口惜しくもある。親切に『魔法だ』と教えてやった時の男の顔は今でもガウエン公爵の脳裏に焼き付いていた。
「信じぬと解っていて教えてやったのだがな。そんな奴にくれてやるのは惜しいが、まぁ娘が居ねば命を失うというのだからそれで納得するしかあるまい。」
同様に娘の価値を正しく理解する息子や孫が彼女を得ていたなら嫉妬に溢れ、心に渦巻く感情はこんなものでは済まなかったはずである。
五百年の古より、いつの時代もガウエン公爵家の男たちが乞い敬い切望し求めた天使。かの人はあのような姿形をしていたのかと漆黒の髪と瞳に魅了される。
天使の宿した奇跡の力は尽きたとされるが、この時代に初めて天使と同じ性別の娘が生まれたのも何かしらの因果があるのではないだろうか。期待に胸膨らませる公爵は模造ではない、天使が彼女の世界より持ち込んだとされる品がしまわれた黒塗りの箱を取り出し一撫でする。それは彼女が異なる世界より落とされた唯一の証拠であった。




