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胸を枕に  作者: momo
本編
39/42

39 彼に自覚がなくとも



 アイラは今、自分がどうしてこんな場所にいるのかきちんと理解できていなかった。ショックのあまり考えるのを拒絶しているというのもある。けれど目の前にある何年も火が入れられていない暖炉に赤々とした炎が立ち上り周囲を橙色に照らし出すと、修道院では贅沢とされ禁止されていた温もりに心がようやく溶けだしたのか、自分の置かれた状況を少しずつ理解できるようになってきた。


 「寒かっただろう、すぐに暖かくなる。」

 

 隣に座ったベルトルドは防寒着を着ていない。毛皮のついたコートは修道院を出た瞬間からアイラが袖を通していた。暗い室内を見渡せば、分厚い高級カーテンの隙間から闇に染まる外界がのぞいている。時刻は既に深夜を過ぎていた。


 「わたし、なんてことに―――」

 「破門とは、二度と修道の門は叩けなくなったな。嬉しい限りだ。」

 「ありえないっ!」


 とんでもないことになったと顔を覆って蹲るも、悲嘆にくれるアイラとは異なり、隣に陣取るベルトルドは上機嫌だ。

 

 「いったい誰のせいで破門になったと思っているんですか!」

 「最後の最後でゴルシュタット夫人に踊らされずに済んでよかった。何もかもをお膳立てしてもらうのは悔しいものだからな。」

 「ああもう嫌っ、カリーネ様になんてお詫びをすればいいの?!」


 嘆くアイラとは対極にベルトルドは満足そうに微笑んでいる。


 ベルトルドがアイラを迎えに行く前、筋は通すべきとエドヴィンへ挨拶に向かった。断られても無視して事を成す予定でいたので表面上の許可を求めるのだけが目的だったのだが。話を聞き終えたエドヴィンは不本意そうにしながらも一通の封筒をベルトルドに渡す。差出人はエドヴィンの妻であるカリーネだ。封筒の中にはアイラが身を寄せる修道院の詳細と面会に必要な紹介状が入っており、同封されている手紙には修道院の長には話をつけていると記されていた。


 見事なお膳立てに訝しみながらも無駄にする理由もない。何かの罠なら後で対応すればいいと、有り難く受け取り馬を走らせた先で再びの妻問いをしたのだが……最後の最後で長い不摂生が祟ったのだろう。アイラの胸に向かって倒れ込み意識を失うという失態を侵したのだ。しかしながら運の良いことにアイラの胸の上で目を覚ませば、怒り心頭で見下ろす修道院長によりアイラ共々追い出されてしまったのだ。

 

 『神聖なる女子修道院のっ、聖堂でっ、なんて破廉恥なっ!』


 カリーネが資金繰りに困窮を極める修道院に多額の寄付をしてアイラを送り込んだのは、彼女の思惑一つでアイラや他人を出入り自由にできるからだ。カリーネはそれだけの金銭を差し出しているのである。アイラが正式な修道女となっていなかったのもカリーネの差し金だろう。


 さすがに修道女となっていたなら還俗させるのは困難になるが、それでもベルトルドは無駄に有り余る金銭を所有していたし、神職の頂点にあるガウエン公爵を使って還俗させる算段も立てていた。恐らくカリーネの計らいでアイラは問題なく修道院を出されることになっていたのだろうが、思わぬところでカリーネにばかりいい所を取られずに済んでよかったと心の底から思う。

 

 修道院長はベルトルドとアイラが聖堂で抱き合っていると勘違いしたのだ。体勢からしていかがわしい行為と錯覚したかもしれない。若くより修道に身を寄せている修道院長には刺激が強すぎたらしく、アイラは破門という二度と修道院へ足を踏み入れられないおまけ付きとなる。ベルトルド側からしてもアイラに修道院へと逃げられる心配がなくなった。隣で悲嘆する彼女に悪いことをしたなどとは露ほども思わず頬がゆるむ。


 そんなベルトルドの隣でアイラは恐る恐る顔を上げた。神聖なる修道院で、神の花嫁となる修行中の娘が男と抱き合っていたのである。いかなる理由があっても修道院長がそう判断したのだからそれが神のご意思なのだろう、言い訳もできないまま荷造りが済むと同時に修道院を追い出された。そして途方に暮れたアイラはベルトルドに言われるまま彼が所有しているという屋敷に身を寄せている。


 意識を失うように眠ってしまったベルトルドがアイラに伸し掛かり、押し潰されたアイラは身動きが出来なかったのだ。『こんな破廉恥なことが起こるなんて』と嘆く修道院長は他の修道女たちには極秘としたが、彼女自身も異性であるベルトルドに触れようとはしない。そのせいでベルトルドが目を覚ますまでアイラは下敷きになったままで、修道院から追い出され、辺りが暗くなり進むのは危険と判断したベルトルドは道を外れ、長く使用していないという屋敷にアイラを招いた。


 伸し掛かったベルトルドは前と比べとても痩せていた。服の下には鍛えられた肉体があったはずなのに、先ほどはすっかり痩せてしまった様子が衣服を通して感じられ、アイラはその原因が自分にあるのだと知り胸を痛め申し訳なく感じてしまう。アイラがいなくて食べられなくなっているというのは本当なのだろう。


 「騎士を辞めたというのは本当ですか。」

 「事実だ。君に嘘をついてどうする。」

 「あの―――」


 言いかけ迷い口を閉じたものの、ベルトルドの言葉を信じるなら自分のせいでという後ろめたさも覚える。


 「あの……わたしはベルトルド様に騎士を辞めて欲しいなんて思っていないんです。だからその、辞めるのをやめて復帰するという道はありませんか?」


 ベルトルドはアイラが望む心や愛が理解できないというが、アイラがいないと死んでしまうとの告白は誰が聞いてもそういう意味だ。きっと解らないのはベルトルドだけだろう。自分の気持ちなのにそれが何なのか理解できないらしいが、それでも想いを寄せてくれているのだと今は確実に伝わってくる。もしこれがアイラを手に入れるための演技だとしても、騙されてもいいと思うほどにまでアイラの心はベルトルドに開かれていた。だからこそというのか、ベルトルドが子供の頃より目指して極めようとしている騎士という職業を、自分のせいで辞めさせる決断をさせたことに申し訳なさを覚えるのだ。しかしベルトルドはアイラの言葉に視線を外さず微笑んだまま首を振る。


 「騎士に戻ると君の側にいられない。私の最優先事項は君の側にいることだ。こうして温もりを感じるほど側にいるとよく解る。私の望みが君だけなのだと。」

 「そっ―――そうですかっ。」


 なんだろう、この甘い言葉は。表情付きでベルトルドから出た言葉にアイラは真っ赤になって更に俯き膝を抱えた。一年ほど会わないうちに中身が他の誰かと入れ替わったのではないだろうか。


 欺こうと思えば嘘などいくらでもいえるが、アイラの前だけでは嘘だけではなく誤魔化しまでいえなくなってしまったと正直に告げるベルトルドに、アイラは穏やかな碧い目を向けられ頬が染まり、居心地の悪さを感じて視線を避けるように俯いた。修道院での質素倹約のお陰でお腹が空いていたはずなのに空腹すら覚えない。それでも保存食を探し持ってきてくれると遠慮なく受け取り口にする。管理人を置いてはいるが長く使用していない屋敷なので大した食材もなく、真っ暗闇では料理のやりようもない。寒さのせいもあってこのまま二人して暖炉の前で夜を明かすことを提案された。


 「お部屋も沢山あるようですし、どうせなら寝台を使ってはいかがですか?」


 暖炉の前で眠るのに不満を感じた訳ではなく、人が使っていないとは言っても手入れが行き届いた屋敷だ。今いる部屋は居間だが、使用していない家具には布がかけられているので寝室も同じように埃対策がされているはずである。分厚い高級なカーテンがぶら下がっているような屋敷である。布団も質が良く暖炉の前で過ごすよりも快適に違いないと思って口にしたのだが。


 「眠っている間に君がいなくなっては困る。」

 「さすがにそれはないですよ。」


 確かにこれまでベルトルドがいない隙をついていろいろやってしまったが、現段階では喧嘩をしているわけでも彼自身を拒絶しているわけでもない。ベルトルドには自覚がないようだが、今のアイラはベルトルドの心を疑ってはいないのだ。それにほとんど着の身着のままといった状態で修道院を追い出され行き場所もない。正直、今の状態ではベルトルドを頼らなければどうにもできないのだ。だから別々の場所に寝て目が届かなくても、黙っていなくなるようなことにはならないと言いたかったのだが……


 「不思議な力を信じているわけではないが身をもって二度も経験した。君の胸に頬を寄せると眠りに誘われるのは間違いない様だ。先ほど眠ったとはいえ私も万全ではない。目覚めて君の温もりが途絶えていると想像すると―――」

 「なんで一緒に寝るのが前提なんですか?!」

 「何を言っているんだ、君を手の届かない場所に置くわけがないだろう。ようやく会えたのに、同じ屋敷内にいるとはいえ君の姿が見えないのは拷問だ。眠るどころか君を想い胸を抉られ力尽きる様しか想像できない。」


 同衾は当然だろうと非常識を責める目線が向けられる。恐ろしいことに修道院を出たアイラはベルトルドを頼るほかなく、またベルトルドはアイラと一生を共にするのを当たり前のこととして受け止めていた。


 どのような理由があれベルトルドがアイラを修道院まで迎えに行ったのは確かな事実で、また破門されるような行為を行った事実もある。破門理由も記録として永遠に残されるのだ、恥ずかしいなんてものではない。もともとは自分から仕掛けたこととはいえ、城に滞在時にはベルトルドとシェルベステルという二人の異性と寝台を共にしているのだ。更に修道院を破門された理由が加わってもそのような女なのだと周囲が受け止めるだけに過ぎないが、本当の所は何もなかったと訴えたくてもどうしようもない。やったことは自分に返ってくる、まさにアイラは我が身をもって感じていた。


 「ベルトルド様は本当にわたしを―――妻に乞うのですか?」


 初めからそう言われているが、やはり最後の最後に確認してしまう。それは本当に自分でいいのかという思いもあるし、現在の状況が信じられないというのもあった。


 「私を見捨てるつもりか?」

 「見捨てるだなんてそんな―――ただ、その。ベルトルド様が騎士を辞めたことに責任を感じています。」

 「騎士を辞めたのは私個人の見解だ。君のせいではないが、私が騎士を辞めたおかげで君が責任を感じて枷になるのなら非常に嬉しい。」

 

 騎士の職を捨てたことでアイラを拘束できるのなら、次は伯爵位を捨てようかと言い出すベルトルドをアイラは必至で止めた。ヴィルヘルム伯爵家というものに惹かれているからではない、そんなことになったら責められるのはアイラに決まっているのだ。自分が相手というだけでリレゴ公爵家とヴィルヘルム伯爵家は眉を顰めるだろうに、更に伯爵位を拒絶までしたらロックシールドにまで怒りを向けられるやも知れないのだ。もういい、何がどうなってもいいから現状維持でと訴えるアイラをベルトルドが目を細めて嬉しそうに見つめる。


 「伯爵家の妻が嫌になったら正直にいつでも言ってくれ。何を望まれても対応できるよう準備をしておくから。」


 騎士を辞めたので考えを練る時間はいくらでもあると、微笑むベルトルドを前にアイラは悪寒を感じる。


 「どうした、寒いのか?」

 「ええそうですね、寒いです。ベルトルド様の提案通り暖炉前ここで休みましょう。とりあえず毛布だけ持ってきませんか。」 

 「そうだな、風邪をひかせてはいけない。提案を呑んでくれて感謝するよ、でなければ心配で手足を拘束しなければと思っていた所だ。」

 「冗談ですよね?」


 冗談は言わないと笑顔で立ち上がりベルトルドは部屋を出ていく。毛布を取りに行ってくれたのだが、ベルトルド一人が傍らから離れて更に悪寒が走った。それはベルトルドの冗談ではない冗談のせいなのか、純粋に寒かっただけなのか。取りあえず心の平穏の為にアイラはそれ以上考えず、ベルトルドと一晩暖炉の前で過ごしてから都へと向かうことにした。社交シーズンに入っているためカリーネも都に置かれたゴルシュタットの屋敷に滞在しているはずである。先に登城してエドヴィンに挨拶することになるのだろうか。


 「ゴルシュタット侯には私一人で挨拶に向かう。君は登城する必要はない。」

 「でもエドヴィン様はお忙しい方ですので出向かないと。きちんとご挨拶しないわけにはいきません。」

 

 修道院を追い出されベルトルドとこうして共に過ごしているのだ。修道院には戻れない、ロックシールドにも迷惑をかける。アイラに残された道が他にないとはいえベルトルドに囲われるのだ、挨拶は当然するべきで、カリーネに紹介された修道院を破門されたことによりゴルシュタット侯爵家にも迷惑をかけることになる。カリーネだけではなくエドヴィンにも謝罪をしなければと訴えていると、どういう訳かベルトルドの腕が伸びて抱き寄せられてしまった。


 「ベルトルド様っ?!」

 

 急に何をと訴え抗うも、痩せた肉体であっても力が強いのには変わりがなくもがくのすら困難だ。逃げようとすればするほど力を籠められ身の危険を感じて体を硬くした。ベルトルドに自覚がなくてもアイラには彼の想いが正確に伝わってしまっているのだ。誰もいない暖炉の前でこんな風に抱き寄せられては貞操に関わる身の危険を感じても仕方がないだろう。同衾した事実もあり、ここでこれ以上抗っても仕方がない感じもするが、やはり未婚の男女でという常識がアイラを戸惑わせる。けれど抱き寄せたベルトルドの方にはアイラが懸念するような考えは微塵もなく、アイラを抱きしめたまま長い息を吐き出した。


 「妻問いを受けてくれたと思っていいのだな?」

 「え、それは―――」


 そういえばここに来るまでベルトルドの気持ちを押し付けられるだけで、自分自身の気持ちを告白していなかったとアイラは思い至る。


 「私は君が望むものを与えてやれていない。それでも君は私との結婚を了承してくれるのだと思っていいのか?」

 「―――心は、いただいています。」


 幼少期に疑問を持ち本物の騎士となり更に高みを目指す。何よりも最優先とし、積み重ねた努力をあっさり捨ててまで迎えに来てくれたのだ。修道院を追い出されたのも、ロックシールドに出戻れないのも事実だが、だからベルトルドの手を取るのかと言えば違う。


 騎士の職を辞させてしまい申し訳ないという思いは強い。けれど同時にそれほどまでに尽くしてくれた気持ちが嬉しかった。自分にそれだけの価値があるとは思っていないので驚きの出来事だったが、時間が経つにつれそうまでして求めてくれた事実に嬉しさを覚える。好きだとか愛しているとかの甘い言葉なんていらないと思えるほどの物を与えられた。アイラがいなければ死んでしまう、望みはアイラだけだなんて恐ろしい程に愛を含んだ言葉ではないか。その意味するところをベルトルド自身に理解できなくてもかまわない、それもベルトルドの偽りないそのままの気持ちなのだから。


 「前の求婚と今と何が違う?」


 腕の力をゆるめたベルトルドが解らないと眉を寄せる。ベルトルドの中ではどちらも本気の求婚であり、望むままに全く同じ感覚で言葉にしたにすぎないので、前と今がどのように違うのかなんて理解できなかった。


 「自分の気持ちを優先していた、あの頃のわたしがどうしようもなく愚かだったということです。」

 「君は愚か者ではない。」


 己の行動に疑問を持たず突き進むベルトルドらしい答えにアイラは思わず吹き出す。恋してしまったせいで冷たい事務的な求婚に応じることが出来なくなってしまった役立たずの我が身。心が欲しいと拒絶して逃げ出して、最後にはアイラだけが欲しいと懇願されるに至る。めぐるましい一日に驚き嘆き、けれど最後には胸に暖かいものが灯され幸せな気持ちに満たされた。これが何かベルトルドには理解できなくても同じ気持ちでいてくれるのだと、腕に捕らわれ幸せを感じる。


 「ベルトルド様、愛してるって言ってみてください。」

 「私は愛が何か解らないが?」


 それでもいいのかと不安そうに碧い瞳が揺れ、やっぱりこの人は理解していないと、それでも心に宿るのは落胆ではなく温もりだ。この人は理解できない言葉を口にして逃げられてしまうのを恐れている。そう感じてアイラはそれだけでもう幸せな気持ちに浸れたのだ。


 「わたしはあなたが、ベルトルド様が好きですよ。だからあなたからの愛が得られないと知って悲しかった。でも今は違います。言葉がなくてもベルトルド様からの愛を深く感じられますから。」


 告白すればベルトルドは怪訝そうに眉を寄せ必死で何事かを考え始めた。きっと理解できない、でもいつか知ってくれればいいと望み、アイラは腕を伸ばしてベルトルドを胸に抱き寄せる。


 「ベルトルド様、あなたはわたしを愛してくれていますよ。」






 

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