10000人レース ー79 S級冒険者は三食おやつ付き雇用契約を希望する
期間が空いてしまい申し訳ありませんでした。
ピカリッ、とフライドポテトが輝く。
実際に発光しているわけではないが、リシャイルとエルフたちにはフライドポテトがキラキラというよりもピカピカと宝石のように煌めいて見えた。
超美形のエルフたちなのに涎が口から垂れてしまいそうだ。豪華な美の崩壊寸前である。
しかも天然で悪辣な理々は無邪気にも、
「フライドポテトにはハンバーガーもセットよね」
と、魔法袋からハンバーガーをも取り出したのである。
どど~ん!
理々の右手にはフライドポテトの山盛りの大皿。
左手にはハンバーガーの山盛りの大皿。
積み上げられたメガ盛り大皿も、身体強化があるので小柄な理々でも危なげなく手に持ち軽々としている。
ハンバーガーのソースの匂いだろうか? 焼き鳥を焼いている時のような胃袋を刺激する匂いに、リシャイルたちはダイレクトに食欲中枢を掻き立てられる。ひどい。リシャイルたちは目と口を開けて埴輪のような顔をして唸った。ひどすぎる。だって、リシャイルたちは理々のフライドポテトの味――口の中で香ばしく広がり、ポテトのほんのりとした甘さや絶妙に利かせた塩味が旨味に変わる天国のフライドポテト――をもう知ってしまっているのに煽るなんて酷すぎる、とリシャイルたちは涎液の洪水状態でいっぱいの口をかろうじて閉じることに成功した。誇り高いエルフあるリシャイルたちは人前で涎を垂らすという屈辱をギリギリで回避したのであった。自分で自分の努力を褒めてあげたい、感涙である。
だが、腹黒な悪辣である祐也は容赦がなかった。
裕也はリシャイルたちの、彩乃を崇めつつ理々の料理を堪能する極楽な毎日をおくりたい、という下心を明瞭に把握していた。リシャイルたちの立場ならば、そうなるのが当然の願望であろうと手に取るように理解できるからだ。
「彩乃も食べる?」
「ええ、いただくわ」
「俺もー!」
城門前の長い行列である。皆、待つ間に喉を潤したり小腹を満たしたりしている。珍しいことではない。
が、伝説に近い扱いのハイエルフが口にするものとなればもはやそれは別格であった。しかも嗅覚の暴力のように至福の匂い付きである。
彩乃は身長も伸びたが、もともと長かった髪がさらに膝下まで伸びて銀の雫が滴るように麗しい。光沢が銀色に煌めいて、まるで玲瓏な月が地上に具現化したようだ。
その彩乃が上品な所作で、あーん、とハンバーガーを美味しそうに食べるのである。
城門に並んでいる人間も他種族も、エルフたちも釘付けになった。
しかも。
「鬼うまっ!」
と、高広が豪快にバクバク食べるので釣られて人々も池の縁に群がる鯉のように口を開ける。
高広は舌と喉が蕩けているような幸福な笑顔をこぼして、
「天下無双のハンバーガー! このハンバーガーよりも美味しいものはあるのかなぁ? 否定できる根拠がないよ」
と大絶賛するので、なおさら人々が吸い寄せられてしまうというものだった。
食欲は生理的欲求である。
睡眠や呼吸などと等しく全ての欲求の中で最も優勢な欲求であり、生命の維持にも直結する。
リシャイルたちは、フライドポテトの味を知っているだけに悪魔に魂を売るか否かのレベルで食欲を鷲掴みされていた。
味は天国、悪魔の魅了とも言うべき理々のフライドポテトを食べてしまった時点で、すでに勝敗は決まっていたのだ。
祐也はニコリと笑った。
「さてリシャイルさん、どうしますか?」
リシャイルは奥歯を噛んだ。駆け引きすらできなかった。
リシャイルは至高のフライドポテトの前に膝を屈することを自ら選択したのだった。
「決して裏切ることがないように魔法契約を結びます。ただし雇用契約は三食付きで! これだけは譲れません!」
「わかりました。では詳細な条件を話し合いましょう」
「あ、おやつも付けて下さいね!」
腹をくくったリシャイルは図々しい。
「高広、お皿をお願いしてもいい?」
理々はフライドポテトとハンバーガーの大皿を高広に渡すと、周囲を見回した。門への行列には子どもの姿も幾人かあった。皆、子犬のように涎を垂らしている。
理々は、子どもに見せつけるような行為をしたことに後悔をして魔法袋から綿飴を取り出して手招きをした。
「お菓子をどうぞ。でも、お父さんとお母さんの許可を貰ってからね」
理々の菓子ではない。理々の菓子は美味しすぎて中毒性が高くなるので、100年セットの名店シリーズの専門店の菓子である。
理々の料理は一度食べてしまうと生涯に渡って味覚に留まり、いつまでも記憶に残る可能性があることを理々はエルフたちを見て自覚したのだ。
子どもたちには、名店シリーズの美味しい菓子が安全安心であると理々は判断をしたのであった。
わぁ、と歓声を上げて子どもたちが集まる。
「なにこれ!? 初めて食べる!」
「やわらかいよ、口の中で雪みたいに溶けるよ」
「甘い! おいしーい!」
「お姉ちゃん、ありがとう!!」
綿飴は流通していないらしく、子どもたちは珍しい菓子に目を輝かせる。
それから理々は、前後の商隊にもクッキーの袋を配った。これも専門店のクッキーである。焼きたてで凄く美味しい、と評判の店のクッキーだ。
「お騒がせして申し訳ありません」
ぺこり、と頭を下げる理々に商隊の人々もクッキーの甘い匂いに相好を崩す。
「いやいや、お気になさらずに。それよりも、あの綿飴とは? あのような菓子は見たことがないのですが」
商人は会話にやんわりとサグリを入れる。商人特有の抜け目のなさで商機に機敏であった。
「いただきものなので詳しくは知らないのです。ハイエルフが仲間なので時々貢ぎ物を貰ったりするのです。よかったらお一つどうぞ?」
理々は商売をする気はないので無知を装ってとぼける。
「なるほど、ハイエルフ様への捧げ物ならば貴重な菓子も納得です。おお、感謝します。フワリとしていますな、口溶けが素晴らしい」
商人は残念そうな顔をするが、綿飴に頬を緩めた。
エルフたちが理々をせつなげにジッと見ている。
フライドポテトとハンバーガーを数分で食べてしまったのだ。高広並みの食欲である。
理々は祐也に視線を流すと、祐也が頷く。
魔法契約はリシャイルだけだが、首輪は多い方がいい。
理々は、名店の綿飴ではなく自分が作った綿飴を魔法袋から取り出した。確信犯である。エルフたちの胃袋を完全に虜にするつもりだった。
「もしよかったら、どうぞ?」
瞬時にエルフたちが子どものように理々に群がる。
その様子に彩乃と高広が目を細めた。
4人は女神の世界と一線を引いている。
エルフたちは善人かも知れない。しかし、4人は10日間の過酷なレースを忘れることができなかった。
夏帆の死も多数の生徒たちの死も忘れることができないのだ。
まだ16歳の4人に聖人のような許容や受容を求めるのは残酷なことである。
それに4人はお互いを守ることが第一として、スライムちゃんや水蒸気ちゃんたちもそのことを支持していた。
祐也は理々の命を選び、高広は彩乃の命を選んだ。
4人と従魔たちと、それ以外。境界は明確であった。仲間であるか、仲間でないか。
ただ、大胆でふてぶてしく狡猾なリシャイルが仲間の椅子に座るようになるのも時間の問題であった。リシャイルは、パンダちゃんやセレオネちゃんと同類であり、理々の天上の甘露のような三食おやつ付き生活を決して手放す気がまったくないのだから。
こうして、恐ろしく強いが浮き世離れした従魔たちに加えて、社会生活や世の中の常識面を補うことのできるリシャイルが魔法契約をしたのだった。
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