10000人レース ー75 種族変換
「悪かったぞよ! 旨いご飯が食べたかったのじゃ! 女神の件も巻き込んだりしないから、許してなのじゃ~!」
「三食昼寝つきなんて贅沢しないから! 従魔から外さないで! 美味しいご飯が食べれなくなるなんて耐えられない! 一度でもあのご飯を食べたら、もう他のご飯なんて無理~!」
パンダちゃんとセレオネちゃんがぴゃあぴゃあと泣いてすがる。
「……ったくっ」
祐也が笑いの気配のまじった息を吐く。
本気でちっこいパンダちゃんとセレオネちゃんを潰してしまおう、と祐也は思っていなかった。理々の命の恩人なのだ。恩を仇で返すつもりはなかった。
高広も。
彩乃も。
水蒸気ちゃんも。
幸運様も。
ドームホームの管理球も。
ただパンダちゃんとセレオネちゃんの戦闘能力を奪っただけだ。
全員が真剣な戦闘モードであったならば反撃の隙無く首を狩りにいっていた。
それでもパンダちゃんの失言は全員にとって赦せるものではなかったから、二度目はないとドン底まで戒めたのである。
フッ、と大量の金貨が消えて全身を押し潰していた圧迫感から解放される。
「助かったのじゃ~」
「私の結界が破れかけるなんて~、怖かった……」
「次はないぞ?」
祐也にぶっとい念を押され、パンダちゃんとセレオネちゃんがガクガクと頷く。
「わかっておるのじゃ、いい子のおじいちゃんになるのじゃ~」
「私も~。女神のことは時間をかけて他の頂点たちと相談をするわ、数百年あるから封印を諦めないけど確かに私たちの世界の問題だもの。私たちで解決するべきだったわよねぇ。ごめんなさい~、だからこれからも美味しいご飯を食べさせて~」
どこまでも食欲一択のセレオネちゃんに理々が笑う。
「パンダちゃんは理々の命の恩人だし、セレオネちゃんは理々の従魔だし、理々は喜んでご飯を作るよ。たくさん作るからパンダちゃんとセレオネちゃんが、お友達と食べるのもいいと理々は思うの」
理々の言葉に、ぶわっと涙を溢れさせてパンダちゃんとセレオネちゃんが理々にしがみつく。
「わしが悪かった~!」
「私もごめんなさい~!」
よしよしと、ふんわりでちびちゃいパンダちゃんと綺麗でキラキラのセレオネちゃんを理々が撫でる。
それを眺めながら祐也が、
「じゃあ、そろそろ僕たちも種族変換をしないか? 鑑定無効はあるが、女神の世界の人間に見つかって余計な戦闘になるのも面倒だから」
と提案する。
「種族変換オーブって人間以外にもなれるんだよな?」
高広が尋ねると祐也が応える。
「そうだよ。僕は4人でエルフがいいかも、と考えている。元が異世界人だからエルフになっても寿命が長くなるかは不明だけど、この世界ではエルフが優遇されていて利点が多いんだ」
「スキルはこのまま維持できるのか?」
「もちろん。くわえて種族スキルも追加されるから増えるよ」
「私、エルフがいいわ。エルフだと古代エルフ語が取得しやすくなるみたいだもの」
彩乃が賛成すれば高広にも否やはない。
「俺もエルフになる」
「理々は?」
「理々も……」
だが、そこに口を挟んだのはパンダちゃんだった。
「小娘は無理じゃ。魔力量が足りんぞよ」
パンダちゃんは祐也と高広と彩乃を指差して、
「小僧たちは小娘の数倍の魔力量があるから大丈夫じゃが、小娘は足りん。どうして小娘だけこんなに魔力量が少ないんじゃ?」
と首をかしげる。
ザッ、と祐也が青ざめる。
魔力増強オーブは、彩乃がメインに与えられていた。次が高広だ。
「4人いっしょの種族がいいから人間にならない? 人間だったら魔力量は関係ないでしょう?」
あっさり第二希望案を出す彩乃に、理々が首を横に振る。
「ううん、3人はエルフになって。理々は身長が低いからエルフは似合わないかも、と思っていたの。それにせっかく異世界あるあるの他の種族になれる機会なのに人間を選ぶのもつまんないよ」
理々はパンダちゃんを手のひらにちょこんと乗せて、視線を合わせた。
「あのね、万一の可能性も考えてエルフと等しい寿命で理々に似合うような種族はあるかなぁ? 教えてくれる?」
パタパタと飛んできたセレオネちゃんとフワフワ浮かぶ管理球と水蒸気ちゃんとパンダちゃんが、額をあわせてゴニョゴニョと話し合う。数千年も生きているのだ、知識は豊富にあった。
地球の神である幸運様と生まれて1ヶ月ほどのスライムちゃんは除外されて、いいもんいいもんとポテトチップスをポリポリ食べて待つ。ちょっぴり寂しい。
そして。
「小天使族じゃ!!」
と自信たっぷりにパンダちゃんが宣言をした。
「小僧たちはエルフではなくハイエルフになれ、それだけの魔力量があるのじゃ、ハイエルフの方が良い。で、小娘は小天使族じゃ。これならば寿命が等しくなる」
「小天使族?」
理々が課題をもらった子どものような表情をする。
「大天使族が高身長の戦闘種族で、小天使族は低身長で背中の羽根も小さい種族じゃ。外見が小娘にピッタリの上に、小天使族は再生能力があるのじゃ。外部からの攻撃には我らがいる故にほぼ万全じゃが、今回のように肉体の内部からの破壊には再生能力が役に立つ」
「「「理々が小天使族……」」」
同種族になれないのは不満であったが、再生能力は魅力的だ。特に今回のようなことがあった後では。
祐也が、
「では僕も小天使族に」
と言うとパンダちゃんが呆れた目を向けた。
「小僧、小天使族は低身長の種族じゃぞ。小僧の身長ならば大天使族じゃが、大天使族は戦闘種族として敵対する種族が多数おる。お勧めはしないぞよ。おとなしくハイエルフを選ぶべきじゃ」
4人は顔を見合わせた。
「「「ハイエルフか……」」」
「小天使族……」
「「「「いいかも!」」」」
「うーん、でも種族変換の激痛は嫌だなぁ……」
理々の呟きにパンダちゃんが胸を張る。
「我らが補助をしてやるぞよ。さすれば苦痛など欠片もなくなるのじゃ! だからわしも小娘の従魔にしておくれ」
ちゃっかり売り込むパンダちゃんに理々がくすくす微笑む。
「負けました。どうか理々の従魔になって下さい」
やったぞよ! とパンダちゃんが跳び跳ねて喜ぶ。
「さぁ、横になれ。寝ている間に終了じゃ。目覚めた時には小僧たちはハイエルフ、小娘は小天使族じゃ」
4人は、夜に眠る時のように居間に布団を並べた。
「さすがにドキドキするわね」
「うん、未知の体験だもんね」
彩乃と理々がお互いの手を握る。
「ハイエルフか、書庫の本が読めるようになるかな」
と祐也。
「ハイエルフ、水原さんみたいに弓が上達するかな」
と高広。
「さぁ、眠れ。我らに全て任せるのじゃ」
4人の周囲を、管理球と水蒸気ちゃんと机とスライムちゃんとパンダちゃんとセレオネちゃんが取り囲んだ。
それぞれの濃密な魔力が4人に注がれる。
「眠れ、深く。深くじゃ」
そうして4人はパンダちゃんの声に導かれ、眠りについたのだった。
理々が目覚めたのは真夜中近くであった。
「おお、小娘。成功じゃな」
パンダちゃんがホッと胸を撫で下ろす。
しかし、祐也と高広と彩乃はピクリともせず眠ったままであった。どうしたことかと訝り、
「……祐也たちは?」
心配する理々にパンダちゃんが快活に笑った。
「安心せい。小娘は我らの主じゃから我らの魔力が多く集中して先に目覚めただけじゃ。小僧たちも明日の朝には目を覚ますじゃろう」
不安の消えた理々は自分の種族を確認するためにステータスを見た。
が、そこで小さく叫ぶ。
水蒸気ちゃんが稼ぎまくって貯まった膨大なポイントが消えていなかったのだ。
「……もしかして今日まではレース期間中だから?」
バッと祐也に視線を向けるが、熟睡中である。
「どうしよう、朝にはきっとポイントは消去されてしまうだろし。今すぐに使ってしまわないと」
理々はひとりで決断した。
「最高ポイントのガチャを4回しても余るから、残りポイントでなるべく高額ポイントのスキルを取って……。それから、それから」
混乱する理々に、時間は待ってくれない。
「とにかく、とにかく、ガチャ。でも100万ポイントどころじゃない。ひえぇ、どうしよう。でもガチャをしないと。いち、ぜろ、ぜろ、ぜろ、1000万ポイントのガチャなんて何が出るの~!?」
こわいよ~、こわいよ~、と震える理々の背後で机が名誉挽回とばかりにスタンバイしていた。
理々を死亡させてしまった幸運様は、自分の大失敗の償いをするべく爛々と待ち構えていたのだった。
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