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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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10000人レース ー74 君のいる所が僕の生きる場所

「確かに女神は世界をつくってくれた神じゃ、大恩がある。じゃがのう、つくられた生命と言えど我らには意思もあれば心もあるのじゃ。たとえるならば虐待されても子どもは親に逆らってはならぬのか?」

 パンダちゃんは枯山水のような佇まいで静かに言った。齢数千年のパンダちゃんがキリッとすると、落ち着いた風格のようなものが醸し出され独特の威厳があった。


「今回は相手の神が穏健派だった故に、どちらの世界にも支障がなくスムーズに事が行われたが、千年前は違った。今回と同様に他所の世界の生き物を拉致をして、相手の神の逆鱗に触れてのう。戦となって、まさしく世界が滅亡寸前までボロボロになったのじゃ。神の力が拮抗していたために、お互いの世界が壊滅の危機に瀕したのじゃよ」

 パンダちゃんの口調は冷ややかだ。

 神は至尊だ。その行動も思考も異なる。しかし、理解をしていても受け入れていることとは別である。

「千年前、そして三千前にも。我らの世界は幾つかの種族が絶えはて、相手の世界は消滅した。さらに六千年前も、幾度も同じようなことが繰り返してあったのじゃ。神の戦ではなくとも女神の気まぐれで世界は滅びかけたこともある。我らは女神の神力を薄めた魔力を体内に取り込み魔力としている故に、いわば神の劣化した生命体として苦境に耐え抜く強くしぶとい生命力があるがの、我慢も限度があるのじゃ」


「我らは女神に叛く」


「で? 僕たちはそれに巻き込まれるわけ? 正確には理々が?」

 祐也の声はパンダちゃん以上に冬の冷たい夜のように冷酷だった。愛する理々を喪いかけた祐也は、理々を脅かすものには容赦がない。

「女神がクソなのは同意するけど、俺たち、次に女神が目覚める頃には死んでいるし。ぶっちゃけこの世界の人間になっても、俺たちが生きている間はクソ女神が眠っているから平和だし」

 高広の言葉も刺々しい。女神にもこの世界にも憤慨しているので好意が欠片もないのだ。

 夏帆は。

 桐島高校の900人は。

 16歳だった。

 17歳だった。

 18歳だった。

 嵐に巻き込まれた花のように皆、無惨に散ってしまったのだから。


「理々を助けてくれたことには感謝しているけれども、話を聞くと理々はこの世界の恩人でもあるのよね。だからもう、恩も義理もないわよね? 女神に報復をしたい気持ちは私たちにもあるけど、それ以上に私たちは平穏で安全な生活を望んでいるの。自分たちの世界の女神様は自分たちだけで頑張って処理して欲しいわ」

 等身大だけ善良な日本人らしさを遺憾なく発揮して彩乃が締めくくる。私たちの手の届く範囲ではないから、と。


 それから彩乃はゆっくりと首をかしげた。

 ポンと手を叩くと、

「ねぇ、これって異世界に無理矢理に召喚されて、聖女だから魔王を倒すのに協力しろ、っていうパターンにちょっと似ていない? ほら、ゲームとかの」

 と上品に微笑むが、目が笑っていない。

 人間は気持ちに余裕がなくなると視野が狭くなるし、知っていることが全ての事実ではないが、彩乃はメラメラと怒っていた。

「ねぇ、これって理々を都合よく利用したってことでしょう、神様は。それで貴方たちも理々を都合よく利用するってことでしょう? ねぇ、違うのかしら?」


 理々を喰い潰すような真似は許さない。不測の事態とはいえ理々は死亡したのだから。

 祐也も高広も彩乃も譲れない一線に敵意を剥き出した。


「理々、セレオネちゃんの従魔契約を切っちゃいなさい。理々の従魔の主というスキルで強制的に解除できるでしょう? 主の害になる従魔なんていらないわ」

 もはや彩乃は平和に慣れた日本人ではない。

 悲鳴をあげても目を瞑らなくなった。目を閉じてしまえば状況の推移についていけなくなる。それが身体に染みつくほど危うい場面を経験してきたのだ。


「やだっ! 私の美味しい三食昼寝つきが!」

 セレオネちゃんが身もふたもなく欲望をぷんぷんさせて言う。

「ひどいぞよ。わしも三食昼寝つきの従魔になるつもりだったのに!」

 パンダちゃんが駄々っ子のように短い手足をチタパタさせる。


「ふーん? スライムちゃんは理々のアシスタントをしているし、水蒸気ちゃんは理々に貢いだり外部からの攻撃を防いだりしているのに。貴方たちは三食昼寝つき? 従魔として必要あるのかしら、ねぇ?」

 彩乃が、厚顔無恥よね、と鼻を可愛くならす。

「わしは命の恩人じゃぞ!」

「そうね。でも理々は世界の恩人よね? つまりこの世界で生きる貴方たちの命の恩人とも言えるわよね?」


 きっぱりとした彩乃の言葉に、ぐぐっと唸るパンダちゃん。


「わしは強いんじゃぞ! 小僧どもなんか一捻りじゃ! それから小娘をわしの料理番にすれば解決じゃ!」

 悔しげにパンダちゃんがポロっと言う。だが、それは身内には甘く敵には苛烈な4人に対して絶対に言ってはいけない言葉だった。


 理々の命を救ってくれたからと、かろうじてあったパンダちゃんへの信頼と信用が一気に崩壊する。


「…………」

「…………」

「…………」

「……サイテー」

 祐也と高広と彩乃は無言で武器を構え、理々が侮蔑を込めて睨む。ソッと水蒸気ちゃんが理々の背後に白い翼のように浮かんだ。ドームホームの管理球は理々の左に、机は右に寄り添う。威圧感が凄まじい。

 

「ミーッ!!」

 怒りに沸騰したスライムちゃんがヤル気満々で鳴く。


「理々は料理番なんかにならないよ。この世界には、祐也たちよりも強い人はたくさんいると思うけど、理々には水蒸気ちゃんがいて、女神様さえ眠らせる神薬もある。女神様は数百年眠ったまま平気でも、他の人はどうかな? それこそ衰弱死か、弱肉強食の世界だから誰かにトドメを刺されてお仕舞いじゃないかな?」

 にっこり笑う理々は妖精みたいに可憐であるのに、何故か背筋が震える雰囲気があった。

「それに、ね。無味無臭の即死毒っていうのがあるの、怖いよね。それが空気中にあったとしても見えないから気がつかないの、凄く恐いと思わない?」


 自分の圧倒的不利を覚ったパンダちゃんは冷や汗をダラダラ垂らすが、理々がさらに追い打ちをかける。

「でも、恩は恩。エリクサーの代金、ダリオス金貨十億枚を理々はちゃんと払うね」

 ドームホームの管理球が、小さな竜巻をおこしてセレオネちゃんとパンダちゃんを巻き上げ、ポイッと家から放り出した。

「家の中だと十億枚も金貨を出せないので外で渡します。はい、お支払い」


 じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら。


 庭にポイされたセレオネちゃんとパンダちゃんの上に金貨が降り注ぐ。咄嗟に結界を張ったセレオネちゃんとパンダちゃんだが、水蒸気ちゃんが情けも無く金貨をドンドン落としていく。レース期間中に水蒸気ちゃんはクエストと宝箱で金貨を山ほど稼いでいたのだ。


 しかも幸運様が、黄金の重力の上からさらに魔力圧を重ねてかけていた。抗えない神の力である。

 幸運様は理々の死に責任を感じているので、今度こそは理々を天元突破で守護するつもりであった。


 パンダちゃんとセレオネちゃんは地面にビタリと張りつけになり、縫い付けられたように指一本動かせない。


「くぅぅ! 重いぞよ!」

「いやぁ! 潰れるぅ!」


 ピシッ、ビキビキビキビキッ!


 パンダちゃんとセレオネちゃんの結界にひび割れが軋んだ音を立てて走る。


「僕は理々さえいれば、日本だろうが異世界だろうがどこだっていいんだ」

 理々を背後から抱きしめ肩口に形よい顎を乗せて祐也が言った。背筋が粟立つようなゾッとするみたいな眼だった。

「でも、それは理々が幸福に暮らせることが大前提だ」

 細い腰に回した祐也の腕に、理々が手を添えてくれる。

 抱きしめて。

 抱きしめられて。

 祐也と理々の体温が重なる。

「僕から理々を奪う者は許さない」

 執着もあらわな声。

 敵意に尖り。

 理々には甘く蕩けて、トロトロに──ドロドロに。


「僕の大事な理々を傷付ける者は許さない。利用する者は許さない。悲しませる者は許さない。苦しめる者は許さない」

 理々は、祐也の最愛だ。

 理々さえいれば、異世界の寒々しい景色も美しい絵の世界となる。

 理々さえいれば、異世界の乾いた風の音も涼やかな川の流れになる。

 祐也にとって理々は全てなのだ。生きるための心臓であるのだ。


「僕が理々を愛する邪魔になるものは、消えてしまえ」

読んで下さりありがとうございました。

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[良い点] さいあい [一言] ゆーや好きだわw
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