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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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69/82

10000人レース ー69 水原

「ゴーレムとの戦闘中に竜が森の外で争っていたでしょう? 巨体だから目視できた人も多かったと思うのですが。あの竜がいた方向が森から最も近い都市、モラン大迷宮都市です」

 祐也がモラン大迷宮都市の方向を指差した。


 遠雷のような歓声が聞こえた。森を覆っていた結界が消えたのだ。ドドゥ、と荒ぶる波濤のごとく女神の世界の人々が、奴隷狩りや商人や騎士や冒険者などが集団となって押し寄せて来ていた。若くて健康で便利なスキルを多数持つ異世界人と異世界の珍しい品々を貪欲に求めて。


「森の外には竜のブレスの焼け跡が残っています。ブレスの方向へ進むと数時間でモラン大迷宮都市へ着くはずです。それと今ならば竜が暴れた結果、モラン大迷宮都市方面にたむろっていた人々は避難しているので、女神の世界の人々と遭遇は少なくなってチャンスです」

 水原は祐也に頭を下げた。

「すまない。僕たちの学校のゴーレムを優先してもらって。種族変換の時も助けてもらって。恩ばかりだ」

「どうか気になさらずに。僕たちが自分で決めたことですから、桐島高校と高瀬高校のゴーレムを討つことを」


 祐也たちには鑑定無効のスキルもあるし、種族変換のオーブもある。ダリオス語も喋れるし、他の王国の言語も不自由なく理解できる。だが、それらを水原に教えるつもりはなかった。

 南城がレース終了とともに高瀬高校の生徒たちの手を放したように、祐也たちもレースが終わればレースの勝者たちとも敗者たちとも関わらないことを決めていたのだ。


 水原もそうだが、南城も、祐也たちも自分にとって利益もないのに、レース期間中は自分の手が届く範囲で人に尽くしてきたのだから。もう十分である。


 南城が、これからは束縛もなければ重しもない南城としての人生を歩むと決意したように。

 祐也たち4人も、自分たち4人だけで手を取り合って道を進むと話し合っていたのである。


「では、僕たちはこれで。失礼します」

 祐也が空へ一歩を踏み出した。

「水原さんと短い間ですが共に戦えて光栄でした」

 高広が彩乃を優しく抱き上げる。

「水原さん、……ごきげんよう」

 高広の腕の中で彩乃が喉を詰まらせて言葉を紡ぐ。

 彩乃は──彩乃だけではなく高広も祐也も、二度と水原と会うことはないだろうと感じていた。


 もはや祐也たち4人と水原たちとは立つ岐路が異なり、それぞれが細かい枝のように分かれた道へと歩んで行くことをお互いに察知していた。


 ささやかな儀式のように。


 水原と祐也たち3人が最後の礼をする。


「本当にありがとう」

「「「さよなら、水原さん」」」


 身を翻して、日の光を背負った影のように小さく花色の空へ溶け込んで行く祐也たちを、水原が見つめる。

「さよなら、花園君、青山君、水沢さん。君たちの前途にたくさんの幸福がありますように」


 水原は深く呼吸をすると、振り返って真顔になった。全身の皮膚が痛いほど緊張してピリピリとしている。


 桐島高校の100人の生徒たちが、あわただしく出発の準備をしていた。

 すでに昨日から荷造りをして、プランAとプランBのどちらになったとしても即座に行動できるように計画をしていたが、種族変換の壮絶な激痛は予想外であった。


 まだ太陽は高い位置にあるが、なんとしても太陽が沈む前にモラン大迷宮都市へとたどり着きたい。異世界の品々の略奪と奴隷狩りを目的とした女神の世界の人々が溢れる森で夜を迎えるなんて、危害と災難と死の人災に自ら突入していくようなものであった。


「みんな、もう動けるかい!? 時間が惜しい、モラン大迷宮都市へと移動しよう。今日中に冒険者ギルドで登録して、きちんとした身分証を手に入れるまで種族変換をしたとは言え安心できない。黒髪黒目の僕たちだ、難癖をつけられて奴隷狩りの対象にされる可能性もある。身分証がどうしても必要だ」


「「「はい、水原生徒会長。出発できます」」」


「よし、行こう」


 ガラガラとリヤカーの群れが動き出す。

 桐島高校の校内からも災害備蓄倉庫からも換金できそうな物資を片っ端から根こそぎ集めて、20台のリヤカーに山盛りに積んで個人個人のリュックにもぎゅうぎゅうに入れて100人の生徒たちは歩き始めた。


 リヤカーを押す者以外は全員が武器を構えている。


 他校から襲撃されて惨禍を味わった100人は油断をしない。対話のステップを飛ばして、いきなり攻撃を受ける公算が大であることを身に滲みていたからだ。


 しかし、さすがに武器を所有する100人の集団に襲いかかろうとする女神の世界の人間はいなかった。

 その代わり、敗者となった8校の生徒たちが多数すがりついてきたのだった。


「助けてっ、助けてくれっ! 同じ日本人なんだから助けてくれよっ!」


 だが、水原は彫像のように無情な表情だった。100人の桐島高校の生徒たちも。


「選択先を間違えたな」

 と水原は、助けを求めた敗者側の生徒たちを問答無用で縄で縛り猿轡をして、偶然に出くわした初老の商人の一団にためらいもなく売り払ったのである。


「一人につきダリオス銀貨一枚で売るよ」

 と水原は、真っ青になってブルブル震えている敗者側の生徒たちを視線で指し示した。

「ずいぶんと安いな?」

 女神の世界の商人が、白いものが混じった顎ひげを撫でる。

「はっきり言って邪魔なんだ。僕たちは運がいいことに森に入って直ぐに異世界の建物を発見して。もう荷物がいっぱいなんだよ。この上等な生地の服もその建物で見つけたんだ」

 水原は自分の制服の裾を引っ張る。

「すごいだろ。だから早くモラン大迷宮都市へ帰って換金をしたいんだ。奴隷を連れていたら、帰る足が遅くなってしまうよ」


「なるほど」

 商人が目を細めた。鋭い眼光がギラギラと輝く。

「ところで、その建物の場所は教えてもらうことはできるかね?」

「タダで?」

 ニヤリと笑う水原の肝は太い。女神の世界の人間として振る舞う演技力もあれば、物事を上手く処理する判断力も才幹もあった。

「情報料としてダリオス金貨五枚くれるならば教えるけど?」

「高いな。奴隷はダリオス銀貨一枚なのに?」

「奴隷は足手纏いだから安いけど、あの建物は宝の山だから高い。正当な売買だと思うけどな」


「なるほど、なるほど。君は大胆さと機知がある若者だね。商人の取り引き相手として不足はない、ぜひ情報を買わせてもらうよ」

 水原は顔にゆっくりと笑みを浮かべて、商人と握手をした。目を合わせて共犯者のような微笑を交わしあう。

「取り引き成立だ」


 そして水原は、桐島高校を襲撃した学校の場所を商人に告げたのだった。


 いそいそと足早に商人の一団が立ち去ると、生徒のひとりが小さく呟いた。

「……助けて、だって……」

 拳を握り、歯を食い縛る。

「助けて、と言った俺の弟を笑いながら矢の的にしたくせに」


 別の生徒が突き上げてくる怒りの衝動に、声を激しくした。

「俺の! 俺の親友を生きたまま燃やしたくせに!」

 違う生徒が、瞬きしない両目から涙を落とした。

「僕の恋人をなぶって殺したくせに」


 100人の生徒たちは、こみ上げてくる震えを必死に押し殺した。唇がひきつる。悲鳴のような嘆きを喉の奥で詰まらせて唸った。

「「「助けてだって!? ふざけるな! 助けてと哀願した者を殺したくせ、そんな奴らが同じ口で助けてだなんて言うなッ!」」」

読んで下さりありがとうございました。

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