10000人レース ー64
ゴオォォ、草花を薙ぎ倒す風が王者のように吹き抜けた。
海鳴りのような葉擦れの音とともに女神の声が大気に響く。
「それぞれのォゴーレムの胸にはァ、各学校のスクールエンブレムが刻印されているからァ、自分の学校のスクールエンブレムをつけたァゴーレムを倒してねェ。
4人のォゴーレムは印の無いゴーレムねェ。
間違ってェ、自分の学校以外のスクールエンブレムをつけたゴーレムを攻撃してもォ、他の学校を喜ばせるゥだけだからねェ」
嗤う女神と。
吹きこぼれる歓喜に怒涛のように沸く数千人の生徒たちと、泥を噛むように唇を引き結ぶ十数人の生徒たち。
「頑張ってェゴーレムを撃破してねェ」
喜びに小躍りする生徒たちの気持ちを虫けらを押し潰すように嗤う女神に、南城は噴き上がる怒りを胸に占めさせて、高瀬高校の生徒たちに向かって大声を張りあげた。
「聞けッ! 高瀬高校生徒諸君ッ!」
早朝だったので高瀬高校の生徒たちのほとんどは学校にいた。校内放送のスピーカーから南城の若々しい声が学校内を走り抜ける。
「うすうす覚悟はしていただろうと思うが、僕たちは日本には帰れない。だが、1位の彼らからチャンスをもらった。発言によって女神様の不興を招くおそれもあったのに彼らは、この世界で生きるためのチャンスを僕たちにくれたのだ」
南城はカリスマを使っていなかった。
レース中の影響は少しは残っているだろうが、この瞬間の選択を生徒たち自身が決めることができるようにスキルを使用しなかったのだ。
生きるか。
死ぬか。
奴隷になるか。
自身で選べるように、と。
「あのゴーレムは強い。僕たちのレベルでは足元にも及ぶことはできない。しかし! それでも僕と一緒に戦ってくれないだろうか? 後方担当だった者たちや戦闘力の低い者たちは学校に残ってくれてかまわない、無駄死にはするな。しかし! 戦う意志のある者は僕とともに立ち向かってくれないか!?」
複数の生徒が剣を振り上げた。
「情けないことを言わないでくれ。南城生徒会長だけを戦わせるつもりなんてないぜ。行くぞ、2年A組ッ!」
「この世界で生きるための最後のチャンスを掴むわよ。行きましょう、3年C組!」
「奴隷なんてイヤだッ! 戦うぞ、戦って生存権を勝ち取るんだ、1年A組ッ!」
「今日まで命があるのも南城のおかげなのに。一緒に戦うに決まっているだろう! ゴーレムが強かろうと潰すぞ、3年D組ッ!」
複数の生徒が走り出す。
「サッカー部、参戦するぞ!」
「柔道部、遅れるな!」
「剣道部、剣を持て!」
「陸上部、走れ、集まれ!」
「茶道部、魔法の使える者は私の元に集合して!」
千人の高瀬高校の生徒たちは誰ひとりとして逃げる道を選択しなかった。
続々と、広い校庭に集合する生徒たちの前に南城が立つ。
南城が剣を抜いて高くかかげた。
精悍で美しい顔立ちは古代の英雄のようだ。南城は彫像のような端整な自身の容姿の使い方を心得ていた。
「人生は唯一無二だ、たったの一度きりだ。生まれ変わりなどない。だから生まれ変わるとするならば、生きている今だッ! 参る! 高瀬高校、前進ッ!」
南城の鼓舞を受けて、千人の高瀬高校の生徒たちが獅子のごとく吼える。
「「「「高瀬高校ッ、進めッ!!!!」」」」
水原の元には、百人の桐島高校の生徒たちが駆けつけていた。
「高瀬高校の南城生徒会長の言う通り、異世界転移したから生まれ変わる、変われるのではない。生きている今の人生で生まれ変わるんだ。僕たちは過去へは戻れない。だが、今、この瞬間を変えることによって自分の未来を、終わり方を変化させることはできる」
水原の声音は、流れる水のように涼やかだ。
「あのゴーレムは強敵だ。皆には戦わない自由もある。もう僕たちはレース期間中に血塗れになるほど魔獣も人間も殺した──日本にいた時は、蜂が教室に迷い込んでも悲鳴を上げて逃げていたのに」
水原が百人を見回す。桐島高校の生徒たち百人もゴーレムとの戦闘を決意していた。高瀬高校と同じように、全員が諦めない道を選んだのだ。
「でも血で汚れたからこそ、僕たちはお互いを助けることができた。守り合うことができたんだ。僕たちはこの血を誇るべきだ。辛かった、しかし辛いと思う心は逃げなかった証拠だ。だから最後に、この世界で生きる権利を皆で掴み取ろう」
「「「「はいッ! 水原生徒会長ッ!」」」」
「協力します」
声とともに高広が彩乃を腕に抱いた状態で、空中から高瀬高校の校庭に降りてきた。
突然の個人戦1位の登場に、高瀬高校の生徒たちも桐島高校の生徒たちも唖然と目を見張る。
想定外どころではない高広と彩乃の姿に、見間違いではないかと生徒たちは瞬きも忘れて凝視をして、絶句した。
しかし南城と水原は、生徒たちのような過剰な反応はなく、笑みを浮かべた足取りで歩み寄り高広と彩乃を歓迎する。
「正直に言って助かるよ」
南城の目が輝く。勝算の乏しい戦闘が一気に勝てる見込みのあるものへと跳ね上がったのだ。
「祐也からの伝言です」
高広が森の中央へと視線を向ける。
そこには、聳え立つ山のような11体のゴーレムに蟻の大群のごとく群がる生徒たちの光景があった。すでに戦闘は始まっていて、競い合うみたいに多くの生徒たちがゴーレムに対して攻撃を加えている。
しかしゴーレムの表面は硬く、魔法でも剣でも矢でも、打っても切っても突いても、かすり傷すら付かない。その上ゴーレムが片足を踏み出すだけで数人の生徒が踏み潰されて、片手をブォンと風圧を纏って振り払うだけで十数人の生徒がボールのごとく一瞬で跳ばされていた。
苦痛の絶叫。
断末魔。
ばらばらと容易く生徒たちの手足が散った。
数十数百の生命が、あっという間に容赦なく刈り取られていく。
「あのゴーレムは特定の学校を標的にしているのではなく、周囲にいる生徒たちを無造作に獲物としています。ゴーレムは激しい攻撃には応戦しているので、祐也はそれを利用するつもりです。祐也が、高瀬高校のスクールエンブレムのゴーレムと桐島高校のスクールエンブレムのゴーレムと無印のゴーレムの3体を魔法で猛攻して、こちらに誘き寄せます。3体を固めた態勢にした方が、僕たちもお互いに補い合えますし攻めやすいですから。他の8校は邪魔です」
高広の言葉を、高瀬高校の生徒たちも桐島高校の生徒たちも固唾を飲んで聞いている。
「どうでしょうか? 南城さんたちや水原さんたちのご意見は? 他に何か作戦はありますでしょうか?」
「いや、祐也君たちの作戦で戦おう」
南城が即決する。
「もう時間もない、残り23分だ。僕たちも賛成するよ」
水原も頷く。
「わかりました。祐也に合図を出します」
高広が青い信号弾を空に打ち上げた。100年セットがあるので、4人は色々な道具を所有しているのだ。
ゴーレムの近くの空中で待機していた祐也は、青い信号弾に目を眇る。
照準をあわせて、両手をゴーレムへと伸ばした。
「風弾」
「火弾」
「土弾」
「水弾」
ダダダダダダッ、とフルオートで魔法を乱射する。
撃ちまくる。的が大きいので精密射撃の必要もない。撃てば撃つだけ当たるのだ。
貫通はしないが、ゴーレムと互角に近いレベルの祐也の魔法は、誰も傷つけることのできなかったゴーレムの表皮を確実に削った。
3体のゴーレムが怒りの咆哮を上げた。後退る祐也を追いかけ、森の木々を足で薙ぎ倒す。ゴーレムの一歩ごとに重みで大地が陥没した。
残り19分、3体のゴーレムが高瀬高校の防衛ラインに入った。
「「「「「迎撃ッ!!!!」」」」
読んで下さりありがとうございました。




