10000人レース ー63
一斉に数千人が空を仰いだ。
学校で。
森の中で。
初日には1万人もいた生徒たちだが、日々数百人の単位で減り続けてしまい、高瀬高校のような例外を除いてはどの高校も生徒の人数を大幅に減少させていた。
天空で光輝く女神が口を開く。
「子羊ちゃんたちィ、麗しの女神様よォ。元気にしていたァ?
今日はねェ、レースの終了のお知らせにきたのォ。
10日目だからァ本当はまだ今日の分が残っているのだけれどォ、団体戦でも個人戦でも1位と2位の差がァ数百万ポイントもあるからァ、もう無駄でしょオ?
だからァ、もうオシマイ」
女神が首をかしげる。
「あらァ? 個人戦1位が4人いるわァ、ふーん? ポイントの操作をしたのねェ」
パーティー内では、ポイント保有者が死亡した場合は、残るパーティーメンバーにポイントが分配をされるし、ポイント保有者が了承すればパーティーメンバーへのポイント移動も自由だった。
女神が、パーティーメンバー同士がお互いに疑心暗鬼となり搾取し合うことを目的としたシステムであったが、理々はそれを利用したのだ。
女神の気まぐれで個人戦1位に対して特別サービスなどと言って、ひとりだけ転移させられる可能性を理々は危惧したのである。あるいは、1位とそれ以下で女神が何かのペナルティを課すことを心配したのだった。
「コザカシイわねェ、まぁ、いいわァ。あたしィ寛大な女神様だからァ。
さぁ、そこの4人、望みはァ?」
祐也、高広、理々、彩乃は滝壺の前にいた。
一列に並び、女神に敬意を示して膝をついている。祐也と高広は制服であるが、理々と彩乃は上半身は制服で下半身にはロングスカートをはいていた。高瀬高校の女生徒の大半はロングスカートなので、理々と彩乃のロングスカート姿も目立つことはなかった。
最初に祐也が、少しだけ顔を上げて背筋を伸ばした。
「女神様のお言葉に甘えて、僕の望みを。今、生き残っている全員が、転移した時間軸の日本への帰還が僕の願いです」
ザワリ、と女神の纏う空気が揺らめいた。それは女神の狭い許容範囲内の答えではなかった。
そして、それは同時に生徒たちの心の琴線を弾いて、どよめきが空気を染めた。
渇望だった。
切実な願いであった──帰りたい、と。
「イヤよォ。転移は神力をいっぱい使うのよォ、疲れちゃうわァ。
だいたいねェ過去の子はァ、自分だけかァ自分と仲間だけかァを望んだわァ。
全員を望むなんてェダメよォ。贅沢よォ。罰としてアナタへのご褒美は無しよォ。
次の子ォ、アナタの望みはァ?」
苛立つように女神は嫌悪感丸出しで却下をする。生徒たちの藁にもすがる思いを歯牙にもかけず、アッサリと。
高広が礼をしたまま進み出る。
「お願いいたします、女神様。生き残った全員にどうか種族変換を」
生徒たちの全員に鳥肌が立った。
局面を打開するために。
パンドラの匣のように、全員の希望の欠片を掴もうと4人が足掻いていることを理解したのだ。
「またァ? 全員なんて面倒だからァイヤよォ。
アナタのご褒美も無しよォ。
次の子はァ?」
彩乃も深く頭を下げて、高広に続く。
「私も。私も同じく。皆に種族変換をお願いいたします」
女神はウンザリと鬱陶しげに舌打ちをする。
「もうォ、わずらわしいわねェ。アナタのご褒美も無しィ。
最後の子ォ、望みはァ?」
ゴクリ、と生徒たちの喉が鳴った。
空気中にヒリヒリと数千人の緊張が走る。
「女神様」
理々が顔を上げた。
隠されたロングスカートの中は魚の尾になっていた。理々は人魚に変身していたのだ。
「女神様、お願いいたします」
強くこいねがう。
魅了を放つが、女神は気にも止めない。女神に魅了は効かない。だから女神は届いた精神波を無視しただけであった。
しかし理々が魅了を隠れ蓑にして祈ったのは、幸運様であった。
「女神様、どうか全員に種族変換と共通語であるダリオス語をお授け下さい。女神様の特別なご慈悲をもってお助け下さい」
女神は口をすぼめた。
しんなりと眉をひそめるように思考をすると、毒を垂れ流すみたいに笑った。
「もうォ、もうォ、仕方ないわねェ。お願いを叶える約束なのにィ、個人戦1位の4人ともご褒美無しにはできないわァ。
いいわよォ、叶えてあげるわァ。
本当に特別よォ。
その代わりアナタたち4人のォ団体戦1位の権利を剥奪するわよォ。
10校と4人の権利を平等にしてあげるわァ」
女神が手を大きく振ると、空間から10メートルはある巨体なゴーレムが現れた。その数、11体。
「ゴーレムと戦ってェ、そうねェ、倒せた高校にィ種族変換とダリオス語をあげるわァ。30分以内にィ倒すことのできた高校全てにィ、あげるゥ」
ドッ、と歓声が放たれた。
数千人が快哉を叫ぶ。生徒たちの歓喜の声が迸った。
そのなかで一部の生徒たちは首筋の毛を逆立たせていた。ゾッと震える。希望が見えたと思ったのに、別の奈落の底が口を開けて待っていた。
天国から一気に叩き落とされたような。
ぬか喜びをした分、反動で憤りさえ覚えることもできず失望感で真っ赤に焼け爛れた呪詛の烙印を押された気分であった。
ゴーレムと自分たちのレベルの差。
それを把握できた者たちは、こめかみが締めつけられる圧迫感で視界が翳ったのだった。
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