10000人レース ー47
「ねぇねぇ、体育館の壁を見た? 新しいクエストがいっぱい貼り出されていたわよ」
「見たわよ。私たちの班は、金貨のクエストに行くの、あの周辺は狼の魔獣の群れがいるから魔獣の討伐もできて一石二鳥だし」
高瀬高校では、体育館の壁に全ての通常クエストが貼り付けられていて、生徒たちはそこからクエストを選んで順々に達成させて、くわえて魔獣の討伐もしていた。
どうしても魔獣を倒せない生徒は、適応化のみをして自己希望で裏方の仕事を担当する。ポイントやクエストの管理、各種の仕事の補助、食事に至るまで裏方の仕事は多かった。
「桐島高校には感謝だな。あのたくさんの通常クエストは全部、桐島高校が提供してくれたんだろ?」
「ああ。女神の世界の基礎知識も桐島高校が教えてくれたし。桐島高校もかわいそうだよな。皆けっこう強いのに、俺たちの学校以外の8校から攻撃されて。そりゃあ壊滅寸前にもなるよ」
高瀬高校の生徒たちは桐島高校に対して同情的だったので、高瀬と桐島でお互いを助け合う同盟を結ぶことに反対する者はいなかった。
「わぁ、チョコレートにビスケット! 桐島高校の物資のおかげで食事も増えたし、甘いものも食べれるようになったし。昨日のドライフルーツもおいしかった」
「靴下や下着も貰えて、トイレットペーパーも十分に使えるようになったし。あ、ねぇ、頑丈スキルのクエストに行くでしょう?」
「もちろん、最優先に行くわ。これでこちらの世界の水が飲めるようになるんだから」
「あれ? あの行列は何?」
「うふふ、凄いのよ。あの桐島高校の人、洗浄魔法持ちなの。久しぶりにさっぱりしちゃった」
「えええ!? 並ぶ! 並ぶ!」
「あたしも!」
しかも桐島高校が供する情報や物品は、高瀬高校の生徒たちのポイント獲得や生活の質を大幅に上昇させたので、誰もが好意的であった。
「桐島高校の方ですよね? もしよかったら、いっしょにクエストに行きませんか?」
「私たち基本的に30人前後の人数で行動するので、安全度は高いんですよ」
自校の生徒が高瀬高校の生徒たちから明るく声をかけられている姿を見て、水原はホッと息を吐いた。
同時に、真夏の向日葵のように生き生きと活発に行動する高瀬高校の生徒たちの姿や南城の揺るぎのない求心力と統率力に、過去の自分の力不足に打ちのめされ、湧き上がる自責に握った拳を震わせた。
握りしめた拳に爪が刺さる。
夏帆。僕の可愛い妹。
守れなかった900人。
胃液が喉にせり上がって、食道を焼く。
大勢の負傷者を切り捨てることができなかった。結果として負傷者も、助けようと庇って戦った多くの者も、ともに命を落とした。
目を閉じると、夢を見る。どうすればよかったのか、と。きっと水原が死ぬ瞬間まで、夢は続くことだろう。
水原は、理々だけを大切にして他を冷静に見棄てられる祐也を、ほんの少し羨ましいと心に巣食う罪悪感に苛まれつつ思ったのだった。
女神の簡単な問題──生か、死か。
10000人が自分で道を選んだ。
自分の意志ではなく、周りの強制や雰囲気でと言う者もいるだろうが、だからといって責任がなくなる訳ではない。
桐島高校を襲撃してきた者たちは。
女神に拉致されたから。
生き残るために。
ポイントのために。
罪を、自分自身に言い訳をして正当化できる理由があった。
自分だけではない。
皆がしている。自分だけが悪いのではない。
そんな集団心理の口実もあった。
しかし何よりも、魔獣でも人間でも殺せば殺すだけ果てなく強くなれることが前提に立つ動機があった。
今までの自分とは違う自分になれるのだ。
未熟で若さゆえの傲慢さを持つ生徒たちは熱狂し、夢中になった。自分で世界を捉えるという経験のない重さは純粋さに繋がるが、逆に視野が狭く感情が行動に直結することにも繋がる。
そして異常なレベルアップの早さが生徒たちに万能感を与え、麻薬のように酔いしれさせた。
親がいない。警察もいない。法律もない。
自分は強い。強くなった。何をしても罰せられることのないゲームのような世界。
その快感を伴う全能感。
それは、もしかしたら女神による隠された精神誘導もあったかも知れない。
墜ちることのなかったのは、桐島高校と高瀬高校と祐也たち4人だけ。
桐島高校は弱さ故に。
高瀬高校は南城の強烈なリーダーシップ故に。
祐也と高広は、理々と彩乃が至上である故に。
それを越えてしまったならば平常な状態が失われるギリギリの極限の状況で、みなが選択をして、その結果が。
体育館に朗らかな笑い声が響く。
きびきびとした快活な足取りの生徒たちが行き交う。
元気で溌剌とした高瀬高校の生徒たちを眺めて、自校の生徒たちが高瀬高校の生徒たちに交じって働いている姿を見て、水原は深呼吸をして姿勢を正した。
夏帆。全てが終わったらお兄ちゃん、隣に行くから。少しの間だけ待っていてくれ。
水原は、以前通りの誠実な生徒会長の微笑を纏って一歩を踏み出した。
「ミ! ミー!!」
従魔の先輩として一生懸命にメンチ切るスライムが可愛い、理々は思った。スライムのどこに目があるのか不明だが、スライムは明らかに3番目の押しかけ従魔である霧の塊にガンを飛ばしていた。
それを受けて霧の塊が何を思ったのかは不明だが、滝壺から5メートルもあるドデカイ二枚貝を引き揚げたのである。
ジュッ!
熱湯に入れられたように二枚貝の口が開く。
〈シークレットクエスト「滝壺の主を単独で撃破しよう」が達成されました。報酬として個体名理々に固有スキル『浄化』が与えられます〉
「ぇえ!? 水蒸気ちゃんが何かしたの? 理々、今いっぱいレベルアップしたんだけど」
「何をどうやったかはわからないけど、霧が滝壺の底から二枚貝を引き揚げて、たぶん加熱して倒して、それでその経験値が主の理々に入ったんじゃないか?」
あっという間の出来事に4人は茫然となったが、アナウンスにハッと我にかえる。
「あの霧、ちょっと消えていたよな?」
「空気中の水蒸気って目に見えないのが基本だから、そういう性質のある魔物なんじゃないのかしら」
「ミー! ミー!!」
まだまだ認めないと言わんばかりにスライムの鳴き声は不満げだ。
ならば、と言わんばかりに霧の塊が理々の背中を押して洞窟の方へ進ませる。
「「「理々っ!」」」
祐也が二枚貝を魔法袋に押し込み、高広と彩乃とともに追いかける。
そして、それは一瞬だった。
洞窟に入ると霧の塊が、岩床や岩壁、天井を覆うように大きく広がり、襲ってきた蝙蝠の群れをぱっくりと包み込むみたいに食べたのである。
ジュッ!!!
ボトボトボトボトボトボトと、果てる気配もなく延々と岩床に死屍累々と落ちてゆく蝙蝠たち。
〈シークレットクエスト「高速飛行小型蝙蝠6万匹を単独で撃破しよう」が達成されました。個体名理々に60万ポイントと固有スキル『従魔の主』と地球の食料品・日用品・衣料品の一人用百年セットが各100カプセルずつ与えられます〉
今度こそ4人は、声も出せずに立ち竦み茫然とした。
この日、個人戦1位は理々となり、団体戦1位は4人の顔が堂々と空に映されることになったのだった。
読んで下さりありがとうございました。




