10000人レース ー43
「水原さん。この洞窟は魔素が濃密な場所なんですが、何か耐性系を所持していますか?」
祐也たちは、数時間前に出てきたばかりの洞窟に戻ってきていた。
「僕は女神から最初のスキルとして、自己回復というスキルを与えられていてね。かなりレベルが高くなっているから、魔素に身体が侵食されても蝕まれる前に自己回復で回復すると思う。そんな感じで、苦痛やら睡眠やら色々の耐性が生えてきているしね。たぶん魔素の耐性もすぐに生えてくると思うよ」
苦痛に睡眠、どれほど水原さんは苦労をしてきたのか、と祐也は胸が痛くなったが表情には出さなかった。
「わかりました。では、洞窟の浅い場所でまず身体を慣らしてみましょう」
5人は、巨大な岩山の中央にポッカリとあいた天窓のような洞窟の入口を進んだ。
ポチャン、岩の天井から滲み出た水滴が落ちてくる。岩壁にも細く水が伝わり、地面はぬかるんだ泥土となっていた。
「もう少し進めば乾いた土と岩になりますけど、今はここで。まず、水原さんにスキルをとって貰いますが、絶対にこれからすることは誰にも喋らないで下さい。お願いします」
祐也が念を押すと、水原は首を縦にふって首肯した。
「僕は、夏帆を弔ってくれた祐也君たちを裏切ったりしない。約束する。絶対にだ」
「ありがとうございます、水原さん。じゃあパーティー登録をして、よし、理々、頼むよ」
祐也に呼ばれて理々が、驚愕に目を見開いている水原の前に立つ。
個人の情報はお互いの了承がないので見れないが、パーティーの情報は水原にも見ることができる。水原は、空中に4人のポイント数が表示されているので知ってはいたものの、パーティーに登録して改めて4人のポイント合計数の凄さを実感していた。
「水原さん。水原さんの今日の分のガチャを理々が使用してもいいですか?」
「ガチャ? 別にかまわないが……。ガチャを引いた者は何人もいたが、皆ロクでもないものしか当たっていなかったが?」
理々が小首を傾げて微笑む。
咲いたばかりの小さな菫の花のような無垢な笑顔だった。
〈おめでとうございます。10パーセント魔力増強オーブ、5万ポイントです〉
聞いた瞬間、ブハッ、と水原が驚きのあまりに息を吹き出した。
〈おめでとうございます。10パーセント魔力増強オーブ、5万ポイントです〉
〈おめでとうございます。10パーセント魔力増強オーブ、5万ポイントです〉
続くアナウンスに、息を整えることもできずに水原は、ゲホッゴホッ、と大きく咳き込む。
〈おめでとうございます。水矢魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。火矢魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。風矢魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。土矢魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。水縛魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。水霧魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。水壁魔法レベル1、1万ポイントです〉
〈おめでとうございます。魔力制御レベル1、1000ポイントです〉
なんとか口元を押さえて咳を止めた水原だが、目を見張って呆然としている。
「水原さんもポイントをお持ちのようですが、今回は僕たちの1000ポイントを使いました」
祐也がナイショ話のようにヒソリと言った。
「これが僕たちの個人戦1位の源です。秘密ですよ」
水原が何とも言えない顔で理々に視線を向けて沈黙した後、重々しく、それはもう重々しく、真顔で頷いた。
「誰にも言わない」
「次にこの小冊子を読んで下さい。僕には『女神の世界の基礎知識』というものがあり、この小冊子はそれをまとめたものです。僕たちが個人戦1位を維持する、もうひとつの理由です。どうぞ差し上げます」
パラリ、とページをめくった水原の指が震えた。背筋に冷たい汗が噴き出す。
「女神のゴミ捨て場……?」
水原は声を失った。なんと言う残酷すぎる世界なのだろう。必死にレースを生き残っても、さらに無慈悲に狩られる奴隷になるなんて。水原は胸を掻き毟りたくなったが、血が滲むほどに唇を噛みしめて自分の感情を収めた。
「……なるほど。強く、どうしても強くなる必要が僕たちにはあるのだな。あらゆるものから逃げ延びられる強さが僕たちには必要なんだね」
ガン! と拳で岩壁を叩く。水原は、怒りが交じった気炎を吐いた。
「くそったれがッ! 必ず強くなって100人の生徒を守り抜いて、僕は女神からもこの世界の人間からも100人の生徒とともに逃げ抜いてやるッ!!」
「はい。僕たちも逃亡するためにレベルをあげているのです。水原さん、そろそろ魔素に身体が慣れましたか?」
「ああ、ちょうど魔素耐性が生えたよ」
「では、洞窟の奥に行きましょうか。この洞窟には、休む間もないほどに襲いかかってくる大量の魔獣がいますから」
「それはいいね。好都合だ。だが僕のメイン武器は弓なのだが、学校に置いてきてしまった。的中のスキルが、魔法の水矢とかにも使えると助かるのだが」
「ならば、こちらの弓と矢を水原さんのものとして使って下さい」
祐也が魔法袋から、業物の弓と矢を取り出した。ハイエルフの遺産である。
水原が渋る。
「貰ってばかりだ。これ以上はさすがに貰えない」
「いいえ、水原さん。遠慮は無用です。水原さんにレベルアップを勧めた時から僕たちは、全力で水原さんをサポートするつもりですから。受け取ってくれないと困ります」
困惑で険しい顔をする水原に、高広と彩乃と理々も声を揃える。
「道具も武器も使ってこそ価値がありますから。俺たち、弓を使える者はいないんです」
「私たちもちゃっかり貰ったものですし」
「そうです。どうぞ受け取って下さい。それに強くなった人望のある水原さんに小冊子を広めてもらおう、という下心も理々たちにはありますから」
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