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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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42/82

10000人レース ー42

「祐也君たちは、早くから学校を離れていただろう?」

 水原は祐也たちに顔を向けた。


 理々が、ひゅっと喉を鳴らす。


「誤解しないで。責めているのではない。学校の現状を話したのも祐也君たちの判断は間違っていなかったことを知ってもらうためだ。こんな殺戮レースの中で、きちんと考えて、行動して、身を守った。それは難しいことなのに、祐也君たちは実行できた。素晴らしいことだ」


「祐也君たちが無事でよかった。桐島高校の生徒がひとりでも多く生き残ってくれていることに、僕は感謝しているんだよ。本当によかった」


 水原は、リーダーシップのある有能な生徒会長だった。公平な人格者で生徒たちから敬愛されていた。

 その美徳は、この惨たらしい殺戮レースの中でも失なわれていなかった。多くの者が墜ちていっているのに、水原は変わっていなかった。


 そのことを嬉しく思う反面、なぜ水原のような人が苦しまなければならないのか、と祐也は怒りに唇を噛んだ。


 祐也は、理々と高広と彩乃を見た。3人が頷く。


「水原さん。強くなってみませんか?」

 水原には生きる気力がなかった。夏帆の遺体とともに何処かで朽ちるつもりだ。しかし、祐也は水原に生きて欲しかった。たとえ水原の生きる目標が、復讐となったとしても。


 それに水原の姿は、そうなったかもしれない祐也と高広の姿だ。

 もしも初日に学校を離れていなかったら?

 もしもレアスキルを獲得していなかったら?

 もしも理々が幸運様に贔屓にしてもらえていなかったら?

 もしも、もしも、多くのもしもの選択肢の末に今の4人がいて、祐也は理々の、高広は彩乃の、手を握りしめたままでいられるのだ。


「僕たちのパーティーに一時的に入って、レベルアップしてみませんか?」


「祐也君たちの?」


「僕たちは個人戦1位から4位です。水原さんのお役に立てると思います」


「祐也君たちに迷惑はかけられない」


「ですから一時的に、そうですね、半日だけパーティーに加入してスキルとレベルアップを獲得するのはどうでしょうか?」


「半日……」


 水原は白い布を、ぎゅっ、と抱き締め直した。凍った花のように冷たい、白いカーテンでくるんだ妹を。


 桐島高校の900人の遺体は、高瀬高校の生徒たちが校庭に巨体な穴を魔法で掘って埋めてくれた。その後、生き残った100人の生徒を水原は、高瀬高校の生徒会長の南城に託して学校を去った。


 南城は、

「もし可能ならば学校に戻ってきてほしい」

 と学校から出ていく水原に言ったが、水原の行動自体を止めることはしなかった。


 水原は固く目を閉じた。


 夏帆の姿が目の裏側に浮かぶ。

 生き残った100人の生徒も。

 亡くなった900人の生徒も。

 そして襲ってきて夏帆を惨殺した生徒たちの姿を、水原は忘れることができなかった。


 閉じた目蓋を開いた時には、水原はもう決断していた。

「図々しくて申し訳ないが、お願いしたい。僕は強くなって、生き残った生徒たちを守りたい。レースの終わりまで、もう一人も欠けることがないように僕は強くなりたい」


 水原のチリチリと焦げつくような双眸に、ひそやかに祐也は安堵の息を吐いた。生きることへの執着を微塵も感じさせなかった水原の表情が、薄氷が溶けたような微かな熱を帯びていた。


 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。


 水原と、祐也、高広、彩乃、理々の5人はシャベルで穴を掘っていた。


 魔法で地面に穴を開けることもできるが、5人は自分たちの手で穴を掘ることを選んだ。身体強化を使用して、深く、深く、獣にも人間にも夏帆の眠りが妨げられることのないように、深い穴を黙々と掘る。


 力持ちのスライムも手伝おうとしたのだが、

「ありがとう、スライムちゃん。でもね、夏帆ちゃんの眠る場所は理々たちだけで掘りたいの。少しだけ待っていてね」

 と、理々にやんわりと言われてスライムは、ちまこい手で花を集めることにした。


「ありがとう、スライムちゃん。お花をたくさん集めてくれたのね」


 せっせとスライムが採集した花は、こんもりと小山を成していた。


 5人で穴底に褥のごとく花を敷き、夏帆を横たえ、さらに夏帆を花で埋める。その上に5人は、土を優しくかけて、夏帆を埋めたのだった。


 水原は地面に両手をついて。

 慟哭としか言いようのない涙を流す。ボタボタと顎を伝って涙が夏帆を葬った土に落ちた。


 理々と彩乃の流す涙は、こらえきれない嗚咽に変わり、お互いにすがり付くように抱きあった。


 祐也と高広は目に力を入れて涙をこらえて、武器を構えて立っている。周囲には結界と風壁の二重障壁を張ってあるが、ここは森だ。警戒を怠ることはできなかった。


 夕闇を纏った風が草木の葉を擦れ合わせ、弔いの鐘のような葉擦れの音を鳴らす。憎い、哀しい、愛おしい、と風が唸っているように理々には聞こえた。


「夏帆ちゃん、さようなら」

 頬をとめどなく濡らす涙を理々は拭うこともなく流し続けた。

 

読んで下さりありがとうございました。

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