10000人レース ー40
空気が凍るように寒かった。
硬くて冷ややかな冷気がジャージの隙間から鋭いトゲとなって突き刺さる。
「急に温度が下がったわね」
「うん。環境適応があるから平気だけど、冬みたいに寒いね」
「ミー」
同意するようにスライムが子猫の声で細く鳴く。今日のスライムはお留守番ではなく、理々の頭の上にちんまりと小餅となって乗っていた。
4人は、『女神の世界の基礎知識』の小冊子を完成させると、昨日に引き続き洞窟の探検を開始していた。
「火槍!」
高広の左手から発動された炎の槍が魔獣を貫通する。右手の剣は高速の斬撃で魔獣の頭部と胴体を斬りはなす。
「火弾」
「風弾」
「水弾」
「土弾」
祐也はこの四種類の魔法を好んで使い、機関銃のごとく弾幕を張るように連射している。魔力の泉がある故に弾切れの心配のない祐也は、無限の弾倉でもって魔獣を壊滅させていた。
洞窟では、森の比ではないほど頻繁に魔獣の襲撃を受けたが高広と祐也が露払いをするため、彩乃と理々は安全な場所から魔法を発動させて少しずつレベルアップしていった。
「あっ! また宝箱が出た!」
洞窟の魔獣は討伐されると宝箱に変化するものがちょくちょくいて、4人を喜ばせていた。
「今度は何かな?」
「百年セットが多いわよね。もう食料品と生活用品と衣料品が各3カプセルずつ集まったわ」
「俺、さっきの宝箱にあった魔法の短剣みたいのがいいな」
「書物や魔法薬や魔道具も宝箱に入っていた。この洞窟は、久しく来訪者が来ていないのかも。宝箱の数が凄く多い。よし、罠はない。開けよう」
祐也が解析魔法と鑑定で罠の有無を確認して、宝箱を開けた。
「おっ! 新品の魔法袋だ、50メートル四方で重量無効。理々、高広に渡していいか?」
理々と高広は魔法袋を持っていない。祐也の言葉に理々は優しい微笑を浮かべた。
「うん、高広に渡して。理々にはスライムちゃんがいるから、ドームホームが丸ごと魔法袋になっているようなものだから」
「やった! 彩乃と祐也の魔法袋が羨ましかったんだ!」
高広が抑えきれない歓喜の声を上げた。
「しかも祐也と同じウェストポーチ型。カッコいい!」
「高広、ほら、魔法薬。緊急時に色々あれば便利だから、とりどりに持っていた方がいい」
と、祐也が自分の魔法袋から物品をどんどん出す。
「ありがとう、祐也。凄い、凄い、消えるように品物が魔法袋に入ってゆく」
高広は興奮に目を輝かせてはしゃぐ。尻尾をブンブンふる大型犬のようだ。
「俺の食料品の百年セットも入れて、そうだ、予備の剣に槍に短剣にそれから岩も」
「岩?」
「俺、怪力があるから投石用に」
軽々と高広が1メートルほどの岩を持ち上げる。
「怪力はレベル4だし、投石とか的中とかのスキルも生えているから飛距離も長いし、カタパルト的撃ち出しもできるよ」
その後も魔獣を討伐しつつ進み続けて、4人は魔素がひときわ濃厚な場所を発見した。
行き止まりになっていて、地層に魔石のような魔力を放出する宝石みたいな石が幾つも埋まっていた。キラキラと地上に墜ちた星屑のように儚く淡く光っている。
「「綺麗……」」
彩乃と理々がうっとりと見る。
「魔石の数十倍のエネルギーを内包する、希少な魔宝石だ。鑑定によると、希少すぎてめったに発見されない鉱物だよ」
と祐也が説明をする。
「掘ろうよ、シャベルかツルハシがどっちを使う?」
「ツルハシだな」
高広と祐也が魔法袋からツルハシを取り出すと、
「ミー! ミー!」
とスライムもちまこい手を伸ばしてきた。
「スライムちゃんも魔宝石を掘るの?」
理々が尋ねるとスライムが自信満々にミー! と鳴いた。
「よし、掘るぞ!」
4人とスライムが地層にツルハシを振り上げた。
ガッ!!
「「「硬いッ!」」」
「いけるッ!」
「ミー!」
祐也と彩乃と理々は地層の硬さに悪戦苦闘してなかなか掘ることができずにいたが、高広とスライムは砂地のごとくザクザク掘っていく。
「やるな、スライム」
「ミー、ミー」
高広とスライムは敵手として不足はないとばかりに対抗して、ツルハシでガンガン掘り進む。
「うそ。怪力の高広はわかるとしてもスライムちゃんって丸餅サイズなのに」
「私たちだって身体強化を使っているのに、丸餅スライムちゃんに負けるなんて」
「おお、早い。やっぱり身体の大きい高広の方が有利だな。スライムは悔しそうだが丸餅サイズだし仕方ない」
丸っこくて小さなスライムは、すっかり丸餅スライムとして4人のなかでは定着していた。
「いっそのこと名前を丸餅ちゃんにする?」
「私は、タマちゃん推し。子猫ちゃんも捨てがたいわ」
「僕は水まんじゅう又は太郎丸がいいな」
と、名前は決めかねていたが。
〈シークレットクエスト「魔宝石を採掘しよう」が達成されました。報酬として個体名高広に魔法剣の双剣と双剣術レベル1が与えられます〉
「双剣術!? 片手剣も極めたいけど双剣術も憧れていたんだ。しかも魔法剣!」
高広が高揚感のままに万歳をしていると、スライムがリードして2個目の魔宝石を掘る。
「あっ、ずるい! 負けるか!」
高広とスライムが競い合っている姿を横目して、祐也と彩乃と理々は早々に地層の硬さに諦めて、近寄ってくる魔獣の討伐に切りかえた。
「あっ、宝箱!」
「私も!」
「ふーん? 魔素の濃さに関係あるのかな、魔素が濃厚なほど宝箱の出現率が高い」
と、理々と彩乃と祐也が次々に魔獣を屠る。
一方、高広とスライムは競争が楽しくなって掘るスピードが上がってゆき、
「俺のが早い!」
「ミー! ミー!」
と、魔宝石を量産品のごとく積み重ねていった。
しかし、理々に、
「そろそろお昼ご飯にしない?」
と、声をかけられると高広もスライムも掘った大穴から大急ぎで戻ってくる。
「昼飯ッ!」
「ミー!」
食いしん坊同士、息がぴったりの軽い足取りであった。
「昼食後は、出口に向かおうと考えている。この洞窟はレベルアップに最適だが、外の様子も気になるし、団体戦と個人戦のランキングも確認したい。それと学校に行って小冊子も渡したい。どうだろう?」
「「「賛成」」」
「ランキングかぁ。洞窟でけっこうポイントを稼いだけど、どうかな?」
「団体1位の高瀬高校は強いものね」
「2位の学校の追い上げも激しかったし、変動しているかも」
4人は喋りながら、風壁と結界の二重の障壁が張られた安全地帯で美味しい昼食の舌鼓を打ったのだった。
読んで下さりありがとうございました。




