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カルテット、4/10000。  作者: 三香


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29/82

10000人レース ー29 4日目

 レース4日目の朝、目覚めた理々は「めっ!」と言わんばかりに眉根を寄せていた。

「祐也も彩乃も高広も、これ以上もう理々に謝らないで。でないと理々が魔物の接近に気付くことを遅れたのを土下座で謝るよ?」


 まだ顔色の悪い理々にそこまで言われてしまえば、3人は何も言えず口をつぐんだ。


 理々は、祐也と彩乃と高広の顔を順番に瞳に映した。

「みんな無事ね?」

 にっこりと理々は微笑む。

「理々も生きている。4人とも欠けることなく生きている、それが一番大切なことだと理々は思うの。でも、身体がしんどい時はお休みするように、心がちょっと辛い時もお休みするべきだと理々は思っている。だからね、今日はお休みしよう? 理々は今日は家事はせずに寝ます。レベルアップは大事だけど、洪水のように一気に色々なことが否応無しに押し寄せて来てみんな疲れていると思うの。せっかく安全な家があるんだからお休みをしよう?」


 理々が、人差し指を立てて口を尖らせた。常ならば桜色の唇が色を失っている、昨日血を流しすぎたのだ。


 理々は、3人が胸の中の柔らかい部分が針で刺されたように傷ついていることを理解していた。理々が臥せることによって3人が自責の念に苛まれることも。

「理々が遠慮なく寝れるように、みんなもお休みするの。これ、理々のわがままだから謝罪は理々のわがままと相殺ね。祐也も彩乃も高広も、理々も、ごめんなさいはもうお仕舞い。ね?」

 理々は、優しい天使が腕を広げて受けとめるように3人の罪悪感を吸いとって笑うと、よろり、と身体を傾げた。


「「「理々っ!」」」


 冬眠前のリスのように、理々は身体を丸くして横たわった。

「心配しないで、すぐに元気になるから。とても眠たいだけだから。あのね、休んでって言ったけど、できたら風壁のレベルをみんな上げておいて。風壁は理々の結界と同じように身を守れる魔法だから、なんだか風壁が必要な気がするの……」

 そして理々は、意識を失うみたいにスゥと眠ってしまった。


「ミー……」

 スライムも理々に寄り添って枕元で丸く眠る。


「「「理々……」」」

 3人が弱々しく理々を見つめる。

「私、側で理々の様子を看ながら魔力制御をして風壁の訓練をするわ」

 と彩乃が理々の小さな手を取り言った。

「僕は川へ行く。昨日の報酬の10パーセント魔力増強オーブを回収して、ついでにあのクエストの宝庫でポイントを稼いで川底の堆積物を徹底的に取り集めてくるよ。魔力の泉があるから常時風壁を展開して魔魚の攻撃を防げば鍛練にもなるし」

 と理々を看病したい気持ちを押し殺して祐也が言った。

「俺も祐也と行くよ。理々が、風壁が必要と言うなら幸運様の予感みたいなものだと思うんだ。俺も川底で魔魚を相手に鍛練をする」

 と素早く身支度を整えて槍を持って高広が言った。


「彩乃、回収する10パーセント魔力増強オーブを全部彩乃が使って欲しい。今回のことで彩乃の魔力を最優先で増やした方がいいと痛感した。高広も賛成している」

 祐也の言葉に彩乃が緊張を孕んで頷く。

「わかった。全部もらうわ、必ず怪我治癒を高めてみせる」


「「行ってくる」」

 祐也と高広が玄関の扉を開けた。

 爽やかな風が吹いて、森の瑞々しい緑の匂いが家の中へ入り込む。

 森の木々が揺れていた。甲高い鳥の鳴き声。葉擦れの音。川を渡った風が木々の葉をまきこみ、緑の波をつくっていた。


 祐也と高広の頭上に広がるのはラベンダー色の空、花色の美しい紫が空を染めている。


 祐也は、ふと幼い頃の理々の言葉を思い出していた。

「あのね、地球が丸いのは隅っこで誰かが泣かなくでもいいように神様がつくってくれたの。それでね、空が青いのは、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色の虹が薄れた時、最後まで残った青色が澄んだ青い空になるからなの」

 鈴を転がすような可愛らしい声で言った理々の、青い空ではない。異界の紫色の空を仰いで、祐也は理々が眠る家を振り返った。


 理々、好きだよ。


 祐也は固く目を瞑った。そうして目を開き、祐也は隣に立つ高広に視線を向けた。高広は、彩乃を想って家を振り返っていた。


「高広、理々は休めって言ったけど、やっぱりレベルアップのための討伐をしないか?」

「うん、彩乃と理々が休めばいい。俺たちは彩乃と理々を守るために強くなりたい」

 

 祐也と高広はお互いニヤリと笑うと、勢いよく川に飛びこんだ。


 理々の精密探査はなくとも、高広には超感覚がある。強い魔物を目指して魚よりも速く泳ぐ。速く、より疾く。どうやら回遊型のボスは一体ではないらしく、ほどなく祐也と高広は小山のようなものが蠢くのを発見した。川底を鳴動させながら歩く巨象であった。


 サッ、と祐也と高広が左右に別れた。


 重い長大な鼻も鋭い牙も避けて、無防備な側面から祐也が右から魔法を撃ち込み、左から高広が魔法剣で斬り込み、闘気をひらめかせて暴風の勢いで猛攻する。流星の軌跡をえがく速度で左と右が入れ替わり、旋回し、水を巻きこみ加速。剣と魔法が炸裂して巨象は最期の咆哮を上げることもできずに崩れ落ちたのだった。


〈回遊型のボスの討伐が確認されました。個体名祐也と個体名高広に、討伐報酬として10パーセント魔力増強オーブと500ポイントが与えられます〉


 祐也と高広は片腕を上げて勝利の拳をあわせると、次の強敵を求めて若く猛々しい狼のように水の中を疾走した。


 それは10時間にも及び、なおかつ川底のクエストも完了させたため、帰宅はラベンダー色の空にすっかり夜の帳が下りた星の瞬く暗い夜となっていた。


 そして、あまりに帰りの遅い祐也と高広を心配して涙目になっていた彩乃から、こってりと絞るみたいな怒りのお叱りを受けたのであった。


 ──この日、祐也は彩乃に12個の魔力増強オーブを渡した。

 後日、祐也は彩乃だけの魔力を増強したことを深く深く嘆き、後悔するのだった。

読んで下さりありがとうございました。

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