10000人レース ー27
「「「理々ッ!!!」」」
叫ぶ声は水中ゆえに響くことはなかった。ただ、肺から出る空気の泡になっただけであった。
鰐に似た大きな魔物だった。鋭い牙が並ぶ裂けた口に理々を咥えこみ泳ぎ去ろうとする。瞬間、高広が瞬間移動で飛び、魔物の長い尾を掴まえた。高広の瞬間移動はレベル3なので飛べる距離は3メートルだが、高速移動する魔物に衝突するように貼り付くことが出来た。
高広が怪力で尾を引っ張ったため、鋭く、速く、力強い魔物のスピードが一瞬ガクンと停止するように落ちた。
そこに祐也が魔法を最大出力で胴体に弾幕のごとく撃つ、撃つ、撃つ。魔物が苦痛に体をよじった。苦悶の怒りに魔物が口を緩めてたところで彩乃が理々をすかさず救出する。
獲物を奪われた魔物は怒り狂ったが、それ以上に祐也は激怒していた。喉の奥が苦しく、鼓動が熱く、そして頭は冷たかった。魔物を絶対に殺すために冷静に判断と予測をして、理々に誤射してしまう可能性がなくなった祐也は容赦なく生き物の弱点である目に魔法を撃ち込んだ。
水弾。
風弾。
火弾。
土弾。
土槍。
風刃。
水刃。
所有する有りったけの魔法を発動させる。
祐也には、固有スキル魔力の泉があるため魔力切れはない。魔力の泉は文字通り泉のように、魔力がこんこんと途切れることなく涌き出る、魔法使いにとって最上位のスキルなのである。
弾切れ無しの魔法の固定砲台となった祐也は強い。
各魔法自体のレベルが1から3と弱いが、止め処なく続々と放たれる魔法の物量は膨大で、魔物の目が潰れ、頭部が抉られ、肉片となって吹き飛ぶ。
〈回遊型ボスの初討伐が確認されました。個体名祐也には戦闘貢献度1位として「魔法陣解析レベル1」と「魔法言語レベル1」が与えられます。個体名高広と個体名彩乃は補助役貢献として「魔法言語レベル1」が与えられます。個体名理々には囮役貢献として「劣化版エリクサー」が与えられます。また、それぞれに初討伐報酬として1000ポイントと「10パーセント魔力増強オーブ」が与えられます〉
祐也は目の前に出現した「劣化版エリクサー」を握りしめ、高広たちを追った。すでに高広は、理々と彩乃を両手に抱えて猛烈な勢いで水面へ上昇していた。
高広の腕の中で彩乃が意識のない理々に治癒を必死にかけるが、彩乃のレベルでは理々の傷が深すぎて応急処置の治癒にしかならない。
バンッ!!
玄関の扉が乱暴に開かれ、高広が理々を抱き上げた状態で駆け込む。
「ここに理々を寝かせて」
彩乃がソファーベッドを指差した。
理々の傷は内臓まで達していて、左腕は千切れかけている。
「どうしよう……、どうしよう……、血が止まらない……」
彩乃の治癒魔法では理々の出血を抑えきることはできなかった。
そこへ祐也が息をきらせて走りこんできた。
「劣化版のエリクサーだ!」
バシャッ、と理々の傷口にエリクサーをかける。
奇跡のように。たちまち出血は止まり、それどころか傷口がふさがった。千切れる寸前だった左腕も傷などなかったかのように綺麗につながる。
「よかった! よかった! 理々の傷が……ッ!」
彩乃がボロボロ涙をこぼす。
「凄い、これで劣化版?」
「完全版だと欠損も再生できるらしい」
高広の問いかけに、祐也は額から流れた汗を手で拭いながら答えた。
足が震えている。理々が助かったという安堵から震える足を叱咤して、祐也は理々の手を取り頬に当てた。あたたかい。理々は助かった、生きている。
理々が瞼をゆっくりと上げた。
理々の瞳に映る自分に、祐也の氷のように冷たかった身体が溶ける。
「……理々……」
祐也は理々にしがみついて声もたてずに泣いた。
「ミー……」
いつの間にかスライムとセレオネも理々の枕元に来ていて、心配そうに理々の顔を覗きこんでいる。
特にセレオネは、超おいしいご飯の元が! というような大ショックの顔をしていて、とても憤激をしていた。せっかくの世紀の大発見なのに。これから超おいしいご飯の楽園生活が始まる予定だったのに、と。
人間は弱い、と心底思ったセレオネは、台所に置いてあった理々が焼いた大量のパンと塩おにぎりと夕食用のスープの大鍋を根こそぎ自分の空間収納に入れて、理々にすがりついて泣いている祐也の頭を人形のような小さな手でパチンと叩いた。
本当は、超おいしいご飯の元を危険な目にあわせた怒りのままに祐也を八つ裂きにしてしまいたかったが、それをすると理々が悲しむ。我慢する自分はエライと自画自賛しながら、祐也をカツアゲした。
「100年セットの名店お取り寄せ、出して」
「は? 出してって、こんな時に」
「死者も蘇生できる完全版エリクサーをもらってくる。異世界の料理は珍しいから、アイツからきっと貰える」
祐也は、急いで魔法袋から100年セットのカプセルを取り出した。
「セレオネちゃん、私の100年セットの分も持っていって」
「俺のも」
彩乃と高広も申し出たがセレオネは首を振った。
「それは帰ってきたら食べる。アイツにはダメ」
そうしてセレオネは、祐也の名店シリーズを洗いざらい空っぽにして、
「ちょっと果てまで行ってくる。数日で戻る」
と、飛んでいってしまったのだった。
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